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第四章:歌劇編Ⅰ/Ⅰ、交錯する思惑

04、皇帝を動かす方法はあるのか?

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「――というわけで、皇帝陛下は思った通り何もしてくださいません」

 はなから期待していなかったのだろう、セラフィーニ師匠はさして残念がるふうもなく、飄々ひょうひょうと言い放った。

 真っ赤な殻があざやかなロブスター料理を前に、レモはナイフとフォークを手にしたまま、

「はぁ? 帝国の平和を守りたいなら、帝国内の辺境地域に進軍計画立ててるような後継者をまず排除すべきでしょ!?」

 あからさまに憤慨している。

 ユリアが師匠におねだりしたおかげで、俺たちはロブスター料理を出す高級レストランに来ていた。

 師匠が予約したのは豪華な個室。きらめくシャンデリアの光に、壁に並んだ絵画が映える。部屋の角に置かれた色ガラスの花瓶には生花が飾られ、俺にとっちゃあ貴族の屋敷に通されたみてぇだ。背もたれに精緻な木彫りのほどこされた椅子は十脚くらいあって、四人連れの俺たちには広すぎる。

「陛下は第一皇子の思想がそこまでかたよっているとは知りませんからね。というか――」

 師匠が眉を曇らせた。

「私やエドモン殿下を含め、誰も把握していなかった」

 師匠は声をひそめたりしない。話し声が漏れないように、念のため俺が真空結界を張っているからだ。

「俺たちのことは殺すつもりだったから、本音を話しやがったってぇわけか」

 ロブスターを一切れフォークに刺して、ぱくりと食らう。わずかに酸味のあるクリーミーなソースに負けないロブスターの甘みが口いっぱいに広がり、上品な香りが鼻に抜けてゆく。舌にからみつく食感にうっとりとしていると、師匠が目を伏せて嘆息した。

「分かりません。オレリアン殿下は元来、寡黙な人ですが、ラピースラ・アッズーリ教授には話していたかもしれない――」

「そういえば、ラピースラの魂は今どこにいるんだろう?」

 俺の問いにふと視線を上げた師匠が、俺の肩越しにじーっとうしろの壁を凝視している。

「どうしたの?」

 首をかしげた俺に、師匠は低い声でささやいた。

「君のうしろに彼女の悪霊が――」

「キャーッ」

 俺は思わず叫び声を上げて、レモの腕にしがみついてしまった。

「なーんちゃって」

 満面の笑みを浮かべて舌を出す師匠。

「ちょっと師匠! ジュキを怖がらせないでよ!」

「はっはっは。ほんの少しからかっただけですよ」

 からかわれてたのか、俺は。

「ジュキは繊細なのよっ!? 心臓に剛毛が生えてる師匠と違って!」

 師匠を責め立てながら、レモは優しく俺の髪をなでてくれる。目に見えてさわれるモンスターなら対処のしようもあるが、消えたり現れたり瞬間移動したりと、この世のことわりを無視する霊という存在が、俺は苦手なのだ。断じて怖がりなんじゃねーぞ。

 そのとき、音もなく個室の扉がひらいた。――いや、真空結界のせいで聞こえないだけだった。数人の男たちをともなって現れた店の人が何か話しているので、俺は慌てて結界を解除した。

 店の人が扉を閉めて出て行くと、

「やぁ、かわい子ちゃんたち。ついでにアンドレア。ずいぶん遅くなってしまったね」

 目深にかぶった帽子とフードで顔を隠した男が、片手を挙げた。この声と吹けば飛ぶような軽い口調、すっごく聞き覚えがあるぞ。

 師匠は立ち上がって一礼すると、なぜか俺を見下ろした。

「ジュキエーレくん、悪いが先ほどの防音結界をもう一度張り直してもらえるかな?」

 ああそうか。城下にお忍びでやって来た皇子様と話すんじゃあ必要だよな。

 というか妙に広い個室だと思っていたが、第二皇子と合流するつもりだったなんて! 心臓に悪いから先に言っておいてほしいわ。

真空結界ヴオートバリア

 俺が呪文を唱えると空気が震え、一瞬鼓膜が圧迫されたような感覚に襲われる。

「ほほー……」

 感心した様子で口ひげをひねっている大柄な男は――魔法騎士団の師団長だっけか。

「防音効果のある結界ですか」

「そうよ!」

 元気な声で答えたのはレモ。

「魔法学園に通ってた頃、師匠が出した『何か新しい風魔法を創造せよ』っていう課題のために、私が考え出したの」

 いつものことだが自慢げである。

「レモネッラ嬢がつくった魔術ですか。さすが賢者と呼ばれるセラフィーニ殿のお弟子さんだ。しかし――」

 師団長は気遣うように、俺の方へ視線を向け、

「長時間、結界を維持し続けるのはアルジェント卿にも負担でしょう。教えていただければ私が途中で代わって差し上げ――」

「その必要はないわ」

 師団長の言葉はレモにさえぎられた。

「ジュキエーレ様の魔力量は無限ともいってよいほど。結界の維持なんて、赤子の手をひねるようなものよ」

 なんでそんな悪役みてぇな言い回しをするんだ、この令嬢は!

「なんと! 聖剣の騎士殿のお力には感服いたす。お一人で帝都魔法騎士団に匹敵するお力とお見受けした」

「いや俺、魔力量っていうか精霊力が多いだけで、体力はあんまないほうだし――」

 小声で言い訳を始めた俺の手を、いきなりエドモン第二皇子がにぎった。

「これほどの力を持つアルジェント卿がいる多種族連合ヴァリアンティ自治領を、ゆくゆくは攻め滅ぼそうなどと、気の違ったことを言う兄上を放ってはおけん!」

 あーこれは真空結界を張っておいてよかったわ……ほとんどクーデター計画の密談じゃんか。

「殿下、宰相殿の説得は成功したのですか?」

 師匠の質問に、エドモン殿下はため息をついて俺のとなりに腰を下ろした。

「宰相は話の分かる男だから、僕の話を聞いたあとでもう一度、父上に面会していさめてくれた。だけど臆病者の父はなんと言ったと思う?」

 皇帝陛下に失礼なことは言えないので、みな一様に口を閉ざして皇子の次の言葉を待つ。

「自分の代で、第二皇子が帝位を継ぐという前例を作るわけにはいかぬ、だとさ!」

 俺たちも皇子一行も渋い顔して沈黙する中、ユリアがバリバリと殻ごとロブスターを噛み砕く音だけが響く。

「殿下、やはりここはもう一度、皇后陛下にお願いするしかありますまい」

 師匠の口調はいつになく重い。

「今回明らかになったオレリアン殿下の危険思想も含めて伝えれば、動いて下さるのでは? あの方とて本心ではあなたを帝位につけたいはず」

 師匠の言葉を受けて、レモがそっと俺のマントを引いた。

「オレリアン様は、皇后様の実のご子息じゃないのよ」

「え……」

 レモに耳打ちされて思い出した。ガキの頃にドーロ神父から習った帝国の歴史を。今の皇后陛下は皇帝陛下にとって、二番目のきさきなんだっけ。

 息子の耳が不自由なのにオペラ狂いとは冷淡な母親だと思っていたが、実子じゃないなら納得かも知れねえ。

「でも母上は僕を避けてるんだよう」

 エドモン殿下が子供のような口調で、口をとがらせた。

「それは殿下が、令嬢方のお尻ばかり追いかけていらっしゃるからでしょう」

 師匠がざくっと切り返す。言葉こそ丁寧だが眉をひそめる様子を見ると、皇子の教師って顔してやがる。

「さっき皇宮ですれ違ったときなど、目も合わせてくださらなかった」

「それは殿下が女性ばかりでなく、少年までイケる口だと広まったからでしょう」

「ジュキエーレちゃんと運命の出会いを果たしたのは昨日の午後だぞ? もううわさになるのか!?」

 師団長含め、皇子の連れて来た男たちがすぅぅっと視線をそらした。侍従か近衛兵か――城下にまぎれるため変装しているからよく分からないが、昨日、第二皇子邸の応接間で見た顔ぶれだ。

「人の口に戸は立てられませんよ、殿下。ただでさえ皇宮で働く法衣ほうえ貴族たちは、繰り返しの毎日に飽き飽きしているのですから。楽しみといったら誰が誰に恋文こいぶみを送っただの、あちらの子爵様が新人歌手に懸想けそうしただの――」

「そう、それだよ!」

 エドモン殿下が突然、師匠を指さした。この皇子、師匠と話しているとやや子供っぽくなるのは、学生時代を思い出すからなのかな。興奮した口調のまま、

「貴族が歌手に夢中になるといったら寝室に連れ込むのが世の常だ! なのに母上といったら、男性歌手には一切興味がないときている!」

 エドモン殿下、妙なところで憤慨なさる。

 いやでも、皇后陛下が女性歌手とベッドを共にするってぇ線はないのか? いくらエドモン殿下でも、自分の母親についてそんな想像はしないか。

「というわけで、ジュキエーレくん」

 師匠がにっこりと目を細めて俺を見た。

「やっぱり君が、皇后クリスティーナ様お気に入りの女性歌手になるという作戦しか残っていないようだ」



 ─ * ─



やっぱり女装して帝都の舞台に立つ羽目になるのか!?
次話、『ラピースラの魂をその身に縛れる人物』←ちゃんとラピースラを倒す方法も話し合います!
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