夢幻宵祭り ~自らに呪いをかけ鬼となった、とある少女の物語~

綾森れん

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二章、加速 ――Tumbling Down――

10.壊れたフランス人形は蜘蛛のように罠を張る

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 火の消えたようなアパートの玄関前に、ひとりの少女が膝を抱えてうつむいていた。ゆるくうねる黒髪、幾重にもひだのついた黒いロングスカートを、外廊下のコンクリートに広げて、じっと座っている。声をかけようとして広松ひろまつは、言葉を飲み込んだ。 

(オニか)

 嫌なものを見た、と言いたくなるような、独特の暗鬱な空気が漂っている。

 黙って見下ろす広松に気が付いて、少女は顔を上げた。

「広松さん……」

 念入りに施した化粧の力か、病的な少女は不思議な美しさをまとっていた。

「助けて」

 よろよろと立ち上がり、広松の胸に顔をうずめる。「もうこんな姿でいるのは嫌。人に戻りたい」

 魅入られぬよう、広松は一歩後ずさり、

「きみは充分きれいだよ」

 少女は強く首を振る。黒髪が首に巻き付く。

「嘘を言わないで。わたしが醜くなければ、なぜあなたは逃げようとするの。みんなそう、オニであるわたしを怖がっているの」

 少女は両手に顔をうずめる。「どんなに着飾っても駄目。皆、恐ろしがって逃げ出すの。だけど心まで化け物になった覚えはない、心は人であった昔のように傷付くの。こんなの耐えられない」

 すすり泣く少女の姿が夜響に重なる。夜響がこんな弱さを見せてくれたら――

「泣くのはおよしなさい」

 広松は少女の両肩をしっかりと握る。少女はうるむ瞳で広松を見上げ、

「広松さんは、神道や仏教や陰陽道にお詳しいのでしょう」

「心得はある。私に任せなさい」

 少女の姿が明滅し、その後ろに夜響が透けて見える。自らを魅惑の魔物に変えた少女は、ふっと不気味な笑みを浮かべて、再び夕闇に溶け消えた。花開く時を待たずして、花は自ら花弁を黒く塗りつぶしてしまった―― 広松は危うく、目の前の少女を抱きしめそうになる。

(夜響が俺を頼ってくれたら)

 大丈夫だ、とやさしく肩を抱いてやりたい。良かった、と安心して泣きじゃくる夜響は、どんなにかわいいだろう。

 鍵を開け部屋に招き入れると、少女はためらいがちに、遠慮深く、部屋へ上がる。だが鍵をかける広松の背中で、ほくそ笑んでいた。「大・成・功♥」

 居間のソファに座らせた少女は疲れ果て、レモンティをかき混ぜながら、夜響にオニにされてしまったと、ぽつりぽつり話す様子を見ても、とてもおはらいに耐えられるとは思えない。

「準備が出来るまで休んでなさい」

 だが直衣のうしに着替え、おふだとお神酒みきを用意して戻ってくると、少女はソファに横たわって昏々と寝入っていた。彼女が目を覚ますまで、と、寝室に戻り横になった広松も、いつの間にか睡魔に抱きすくめられていた。



 腹が減って、ゆりが目を覚ますと辺りは真っ暗。

(何時だろ)

 きっ腹を抱えてソファに起きあがる。

(か弱い演技ってのも、結構力使うんだな)

 ふらりと窓へ立ち寄れば、辺りの家は皆電気を付けている。深夜ではないようだ。

(夜響来ないじゃん。あいつ毎日広松に会ってんのかと思ったけど。早く悔しがりに来てくんなきゃ、ほんとに人に戻されちゃうよ)

 足音に慌てて振り返ると、広松がトイレに起きたようだ。

(二人同時に目を覚ますってことは、何か物音でもしたのかな)

 それにしても広松ひろまつとおるって馬鹿な奴、とゆりは小生意気な鼻をつんと天井に向けた。(女なんて元来男より強いのに、その女が弱音吐いて男に頼るときゃあ、何か裏があるに決まってる)

 それから、そうだ、と気が付く。(広松の側にいなけりゃ、夜響に見られたって、なんの面白みもないじゃん!)

 広松は「この体では祈祷は無理だ」と言っていた。夜響が現れるまで、仮病を使っていればいい。
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