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03 王太子の不貞、白日の下に晒される

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「男の子ですな」

 王宮のお雇い魔法医が、私に宿った新しい命に予知の術を使った結果――

「よくやったぞ、マルタ嬢!」

 国王陛下が歓喜に顔をほころばせる。

「なんとお目出たいのでしょう!」

 王妃様も感激している。

「身体の弱いハインツを心配しておったが、杞憂じゃったか」

 満足そうに何度もうなずく国王に、私もおっとりとほほ笑んで見せた。



 そうしてついに、第二王子誕生会の二日前となった。

「お姉様! 昨日、俺の水晶が恐ろしい情景を映し出したんです」

 王太子がいない夜、私とルネはその映像を確認して身震いした。

「あさっての誕生会で、この計画を白日はくじつもとさらしてやりましょう」

 私は震える声で提案した。

「はい。あの男がどんな罰を食らうか楽しみですね」

 ルネは強く抱きしめてくれて、私の心は次第に静まってきた。彼のドレスの胸元に頬を押し当て、美少女に化けたうるわしい横顔を見上げる。

「私の優秀な魔術師さん」

「ふふっ、何かご褒美を下さるのかな?」

 サファイヤブルーの瞳に宿るいたずらっぽい光は、子供の頃と変わらない。

「何をご所望かしら?」

「お姉様の口づけが欲しいな」

 美少女の姿で甘えた声を出されて、身体の奥がうずく。

「しょうがない子ね」

 私は背伸びして、ちょっとかがんだ彼の頬に、ふわっと唇を近付けた。



 誕生会当日、私はルネに化粧してもらっていた。

「美しいお姉様に、このようなご無体をお許しください」

 頬は青ざめ、目の下にはどんよりと隈を浮かべた鏡の中の私は、昨夜一睡もできなかったという面持ち。

「メイクテクニックまでプロ級ね」

 鏡の前で唖然とする私に、

「役者の先生から歩き方や口調、声の変え方など演技全般を習ったのですが、そのとき特殊な化粧についても教わったのです」

 大量のメイク道具をポーチにしまいながら答えるルネ。

 一体お父様は、何を考えてルネの教育方針を決め、講師を選んだのだろう?



 血色のない私の頬と唇に、王妃様は不安そうに眉根を寄せた。

「マルタさん、お部屋で休んでいた方がよろしいのではなくて?」

「お優しいお言葉、痛み入ります。でもカルロス殿下が今日のために起きていらっしゃるのに、私が甘えるわけには参りません」

 私は車椅子に座ったカルロス第二王子のほうを見た。彼は数時間ベッドから離れるだけで、疲労困憊こんぱいする人なのだ。

「くれぐれも無理をしないでね。おなかの子にさわるとよくないですから」

 妊娠が発覚してから、国王夫妻は私の体調に神経質になっている。三ヶ月前に私が思いついた計画にはなかったものの、これは幸運だった。

 王太子誕生会と違って、第二王子の誕生会は多くの来賓を招かず、王家とその親類である公爵家のみで行われた。第二王子の体調を気遣ってのことか、いかにも病人然とした彼を見せるのは王家の威信にかかわるからか、とにかく大広間には一度は見たことのある顔ぶれが並び、テーブルを囲んでいた。

 国王陛下のありがたいお言葉を拝聴する間、第二王子以外は起立する。これは毎年のこと。去年までの私はサンティス公爵家の令嬢として参加していたけれど。

 さて、計画実行と行きますか。私はすぐうしろの壁ぎわに控えるルネに目配せすると、突然立ちくらみを起こした。

「お嬢様!」

 ルネが駆け寄って支えてくれる。会場を駆け巡るひそひそ声をかき消すように、

「座っていなさい、マルタさん!」

 王妃様の声が聞こえた。

「ポーションを飲めばすぐに楽になります―― ああ、洗面所にバッグを置いてきてしまったわ」

「すぐに取って参ります!」

 ルネは訓練した女声で答えると、一陣の風のように消えた。

 正面席にいらっしゃる国王陛下までが、

「マルタ嬢、無理をするでない。そちは大事な世継ぎを身ごもっておるのだ」

 声をかけて下さったところへ、ルネが一瞬で戻ってきた。当然だ。全て計画通りなのだから。

「このバッグでしょうか?」

 ビーズで飾られた小さなバッグのふたを開けながら走ってくる。

 私のもとへ駆け寄った瞬間、バッグの口から水晶玉が転がり出た。

「ああっ、申し訳ありません!」

 真っ白いテーブルクロスの上を転がる水晶に手を伸ばすふりをして、ルネは魔力を込める。

「いけないわ! その水晶は――」

 上ずった声を出す私の演技に、王妃様が眉をひそめた。

「何を隠しているのです、マルタさん」

「絶対お見せできません!」

 水晶が皆の見守る空間に映像を投影する。

「私だってあの場面を見てショックで、昨夜全く眠れなかったのです……」

 顔を覆って椅子に倒れかかると、演技だと分かっているはずなのにルネが抱きしめてくれた。

 虚空に映し出されたのはまた、あの悪趣味とも言えるミリアム嬢の部屋。王家とサンティス公爵家が固唾かたずをのんで見守る中、

「どこだ、ここは?」

「さあ?」

「とにかく実際に起きた場面を記録したんだろう」

 ほかの公爵家がこそこそと耳打ちし合うのが聞こえる。

『そういえばミリィ、あの計画は進んでいるのか?』

 映像の中から聞こえた声に、人々は顔を見合わせた。当の本人を盗み見ると、顔面蒼白である。

『あの計画ってぇ?』

 金で飾られたベッドに腰かけ足をぶらぶらと揺らしながら、しどけない下着姿のミリアム嬢が、舌足らずな喋り方で尋ねる。

『急がなくてよいとは言ったが、忘れたわけではないだろう?』

『ミリィが殿下の子を産むって話でしょぉ?』

 誰もが目を見開いたが、声を出す者はない。食い入るように映像を見つめている。

『そうではない。我が妻を亡き者にしてくれと頼んだだろう。あの女が生きている限り、お前は僕の正妻になれないのだぞ? 僕たちの子が庶子と呼ばれ、さげすまれてもよいのか?』

 そこかしこで息をのむ音がした。

「ぼ、僕は嵌められたんだ!」

 一人大声を出したのは、映像の中ではなく今この場にいる王太子。

「きっとミリアムの手の者に違いない! こんな証拠をマルタに送って、秘密にしたければ金を払えとか言ったんだろう!?」

 私に向かって大声で問い詰める。

「グロッシ家はごろつきをたくさん雇っているんだ! こんな汚い方法だって思いつくに違いない!」

 あらあら随分な言いようだけど、愛した女性の実家ではないの?

「連れて行け」

 国王の無慈悲な声が響いた。顎をしゃくって息子を示すと、広間の壁ぎわで待機していた衛兵たちが、

「失礼いたします。殿下」

 と大股で歩いてきた。

「父上、僕とミリアムも被害者です! これはグロッシ男爵家の陰謀だ!」

 わめき続ける王太子は、屈強な衛兵三人に抱えられ、広間の外へ連れ出された。

「あいつらはミリアムを利用して、王家から金をむしり取ろうとしているに違いない!」

 王太子の叫び声が遠ざかっていく。

 水晶が投影する映像の中では、寝台の上で王太子とミリアムが抱き合っていた。

 貴族女性たちは扇で顔を覆い、恥ずかしくていたたまれないという演技をしながら、笑いをこらえている。

 一方私は涙をぬぐう演技をして、

「このように裏切られた妻だと世に知れては、私は恥ずかしくて生きていけませんわ!」

 貴族の矜持に震えて見せた。

「申し訳ありません、マルタ様」

 そしてルネが徹するのは叱られた侍女の演技。

「残念なことだが、息子はこの映像を事実と認めておった」

 国王の重々しい声が響いた。

 そう、王太子は嵌められたと騒いでいたが、一言も偽物だとは言わなかったのだ。

 お馬鹿さんで助かったわ~




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次話、王太子視点です。断罪されます!

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作者は現在、恋愛小説大賞に参加中です。のぞいていただけると嬉しいです!

『君を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~』
https://www.alphapolis.co.jp/novel/802191018/891717449
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