真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん

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第三幕:再び動き出した王族暗殺事件

23、入れ替わった兄と弟

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 真実を知りたい私はじっと彼の目を見つめた。

「リラお嬢様にそんな、ねだるような表情をされたら困りますね」

 アルカンジェロは片手でこめかみを押さえながら、声をひそめた。

「ジルベルト兄上は十年前、すでに亡くなっているんです」

 衝撃の事実に私はごくりと喉を鳴らした。次の瞬間、私の脳内に火花が散った。街の通りをしめやかに進んでゆくアルベルト殿下の豪華な葬列がまぶたの裏によみがえる。

「もしかして十年前、アルベルト殿下の葬儀のとき、棺に納められていたのは――」

「ジルベルト兄上なんだ」

 アルカンジェロはさらりと明かした。

「あの夏の昼下がり、離宮で俺と兄上に飲み物が出された時、先に飲んだのは兄上だった。隣で兄上が苦しみだして、すぐに侍従が俺の飲み物を取り上げた」

 前触れもなく告げられた真実に、私は目を見開いた。胸をかきむしる第二王子と、兄を呆然と見つめる幼いアルベルト殿下のお姿を想像した私は、すぐに引っかかりを覚えた。

「王子殿下たちのお食事なら、大勢の使用人が状況を目撃していたんじゃない?」

「いいえ、数人の侍女と侍従が一、二名だったかな。離宮では普段よりリラックスした雰囲気で過ごすので。大人たちはおらず、まだ子供だった俺とジルベルト兄上だけ、おやつを出してもらったんですよ」

 そういえば父は、毒殺現場にいた使用人たちへの聞き取り調査を禁じられたのだっけ。

 私はうしろで櫂を操るゴンドリエーレに聞こえないよう、アルの服をつかんで尋ねた。

「離宮にはブライデン公爵一家もいたのよね? グイードは毒入りストローを使わなかったの?」

「あの夏、グイードは離宮に来ていない。夏風邪を引いたせいで長時間の移動には耐えられないだろうと言われて、王都の屋敷で寝ていたんだ」

「偶然、なのかしら」

 ブライデン公爵が事件の首謀者で、息子に害が及ばないよう、王都に残したとも考えられる。

「グイードは幼い頃、体が弱くてよく熱を出していたんだ。それで甘やかされてああなったんだよ」

 ああなったというのは現在、賭博場に通い詰めていることだろう。

「子供の頃のグイードはおとなしくて素直な子で、お父さんの言いなりって感じだったんだけどなあ」

 肩をすくめるアルを見ながら私は考える。グイードは確か私と同い年。十年前は七歳だ。私もそれくらいの頃はよく熱を出したし、長時間の移動が負担になるのもうなずける。公爵を疑う材料としては弱すぎるだろう。

「アルはグイードと親しかったのね」

「幼い頃、何度か一緒に遊んだんだ。いとこ同士だからね」

 アルにも多少なりともグイードと同じ血が流れていると思うと、あまり気分のよいものではない。考えないようにしよう。

「グイードも、ブライデン公爵も、今のアルに会っても気づかないのね」

 真剣な私の声に対して、アルは笑いをこらえているようだ。

「君だって気づかなかったじゃないか」

「だって私はたった一度、お会いしたきりですし!」

 慌てて言い繕う私をなだめるように、アルは優しい声で答えた。

「叔父やいとことも頻繁に会っていたわけではないしね。それに俺も警戒していたから、貴族の屋敷に出入りするようになったのは、ほんの二、三年前からなんだよ」

 幼少期の面影が薄くなるまでは、聖歌隊でのみ歌っていたということか。

 祭りの喧騒が遠くに聞こえ、すぐ近くで櫂が水をかきまぜる音だけが、妙に大きく響く。

 私はぽつりとつぶやいた。

「あなたが国を出たら、次の国王は――」

「ブライデン公だね。公爵はしがない音楽家でしかない俺にも誠意を持って接してくれる。身分の高低に関わらず、分け隔てなく人を見られる公爵なら、よい国王になるだろう」

「あなたは私のために国も王位も何もかも捨てて、見知らぬ国へ旅立つというの?」

 ほんの二週間前、彼は「この国から離れられませんから」とあきらめたように笑っていた。でも今は、チョコレートブラウンの瞳に燃える炎を宿している。

「俺はあなたに出会って変わったのです。本当の愛を知ってしまった以上、もう後戻りはできない」

 彼の低い声が甘く鼓膜を打ち、悦びが全身を駆け巡る。

 ほかにもたくさん訊きたいことがあったはずなのに、ゴンドラは劇場に着いてしまった。

 船着き場を備えた出入口からロビーへ入る。案内係に従って大階段を登り、わが伯爵家が年間契約しているボックス席へ向かう。

 番号のついた扉がたくさん並んだ廊下には、仮面で顔を隠したきらびやかな仮装姿の人々が行き交い、不思議の国へ迷い込んだかのようだ。ボックス席を契約しているのは上流階級の者ばかりだから、仮装にも力が入っている。

 案内係が小さな木の扉を開けるとムスクの匂いが漂ってきて、私は母が来ていることを悟った。咄嗟に逃げ出したくなったが、すでに時遅し。

「あら、椅子が足りないのではなくて?」

 太陽の仮面をつけたお母様が、入り口に立ち尽くす私たちを振り返っていた。

「フィオ、案内係に頼んできてくださる?」

「はあい」

 無駄に良いお返事をして、チョッチョが飛び出してくる。

「おおっと」

 アルを見るなり、楽しそうな声をあげた。

「ボクから生徒さんを奪った先生マエストロじゃんか!」

 母の前で可愛らしく振舞っているときとは違う、下町の貧しい子供のような口調だ。

「おおっと、これはこれは」

 対するアルも気安い口調でやり返す。

「お嬢様の音楽教師をクビになった不真面目な前任者ではないか!」

 親しげに小突き合う二人を、私は意外な気持ちで眺めていた。でも考えてみれば、狭い王都で働く同世代の歌手同士なのだから、顔見知りでも不思議はない。

 チョッチョは廊下を去って行く劇場案内係を追いかけ、

「椅子、二つ追加で」

 酒場で注文でもするような口調で頼んだ。

 ボックス席には初めから四つ椅子があるはずだが――

 と思ってのぞくと、大きな図体をした空色のドレス姿と寄り添う小姓が見えた。なんと、お兄様とエルヴィーラ様もいらっしゃっていたなんて! お兄様は騎士団のお仕事があるものとばかり思っていましたわ。

「狭くなるから私たちは――」

 アルカンジェロと一緒にいる今、なるべく家族に会いたくない私は辞退を申し出たのだが、

「大丈夫よ、リラ」

 お母様が平気で名前を呼ぶ。お互い誰だか分かっているとはいえ、変装している意味がないじゃない! どことなくデリカシーに欠ける母の態度は、いつも私を苛立たせる。

「つめて、つめて」

 お兄様とエルヴィーラ様を壁際に寄せてしまった。

 案内係が椅子を二脚持ってきて、私とアルカンジェロは狭いボックス席に詰め込まれた。派手な仮装をしているせいで、六人が入るとぎりぎりだ。

 オーケストラピットから弦楽器がチューニングする音が聞こえてくると、開演前特有の期待感が胸を騒がせる。前列に座っていたドレス姿の兄が、白い仮面をつけたまま振り返った。

「そういえば手紙を預かってきたんだ」

 女装しているからといって高い声でしゃべる努力をするつもりはないらしい。大きく広がったスカートのひだの間から、封蠟のついた手紙を取り出した。

 私は手紙を受け取りながら尋ねる。

「どなたからですの?」

「ほら、婚約者候補の師団長だよ」

 一番聞きたくない言葉だった。手紙を胸元にしまったとき、折られた紙の角が胸をひっかいて、チクリと痛んだ。



─ * ─



手紙の内容は次回! リラは何を思うのか?
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