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第三幕:再び動き出した王族暗殺事件
30、クリス兄様の置き手紙
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私はソファに腰掛けると、震える指先で手紙を開けた。
*
親愛なるリラへ、
この手紙を読んでいるとき、君が笑顔でいてくれることを願っている。だがそれが難しいことも、君を大いに困惑させるであろうことも、分かっているんだ。
僕は王都から去ることに決めた。君も知っている通り、僕はいつも騎士団長である父上の期待に沿って、プリマヴェーラ家に相応しい行いをしようと努めてきた。けれど今回は、その道を選ぶことができない。僕は、自分の心に従う選択をしたのだから。
リラ、僕はエルヴィーラ嬢と共に旅立ちます。彼女を愛しています。そして、彼女もまた僕を選んでくれた。この道は険しいものになるだろうし、正しいと言い切ることはできない。それでも僕たちは互いに支え合い、新しい未来を切り拓くことを誓ったんだ。
僕にとって唯一の心残りは、君を残していくこと。君はかけがえのない家族であり、友であり、支えだった。君の真摯な言葉と賢さが、どれだけ僕を励ましたことか! でも今の僕に選べるのは、自分の信じる道を進むことだけ。
僕たちの行き先を君に伝えることはできない。君を巻き込まないためでもある。ただ、どうか知っていてほしいのは、僕の心は常に君と共にあるということ。君が幸せに過ごせるよう、毎日主に祈ろう。
最後に父と母について少しだけ書かせてほしい。家を去る僕にこんなことを言う資格はないけれど、許してくれ。
父上は仕事をしすぎるきらいがある。無理をして体を壊さないよう、注意してあげてほしい。
母上は繊細なひとだ。いつも好きなものに囲まれて過ごせるように気を配ってあげてくれ。
リラにはたった一つだけ伝えたい。どうか自分の心に忠実でいてほしい。どんなに厳しい状況でも、君自身の幸せを追い求める勇気を失わないでくれ。
愛を込めて
クリスティアーノ
*
クリス兄様からの手紙を一読した私の胸には、異なる二つの感情が去来していた。ひとつは、まさかという思い。でもそれと交錯して、どこかで分かっていたのだと納得する自分もいる。
だって明日、エルヴィーラ様は第三王子アルベルト殿下の婚約者として、正式に国民の前で挨拶することになっているのだから。逃げるなら今夜しかないのだ。
そして大建国祭最終日の熱気にまぎれて島から出るという計画は、私とアルも立てていたもの。奇しくも私と兄は、同じことをするはずだった。
私が手紙から顔を上げると、
「クリスティアーノ様はどこへ!?」
侍従が待ちきれない様子で尋ねた。
私は何も言わずに首を振った。
「お嬢様はお休みになる時間ですから」
侍女マリアに追い出され、侍従は失意のうちに部屋から去って行った。
静けさが落ちると、中庭をはさんだ母の部屋から、調子っぱずれなアリアを歌うチョッチョの声が聞こえてくる。
「私は心に決めた
この胸を焦がす炎に従うって」
母上の華やかな笑い声が夜の静寂を破る。二人とも随分お酒が入っているようだ。
「嘘をつくのはおしまいよ
彼と生きてゆくの」
母とチョッチョの声が重なると、マリアは神経質そうに眉根を寄せた。私がさっき開けてしまった鎧戸を閉めるために窓辺へ近づく。ガラス窓を開け、鎧戸に手を伸ばしたマリアが、ふと夜空を見上げた。
「今夜は満月ですわね」
私もつられて外を見たとき、庭木の枝に止まった二羽の夜啼き鶯が目に入った。寄り添う二羽はやわらかな月光に彩られ、愛の歌をさえずっている。
クリス兄様もお母様も、小鳥たちでさえ愛に生きているのに、どうして私だけ自分の心を殺しているの?
胸の奥から問いが聞こえてきた。
お父様に逆らっても死ぬわけじゃないでしょ?
家名ってそんなに大事?
私はふらふらと窓辺へ近づき、マリアの隣に立って中庭を眺めた。
月明かりを浴びた白い井戸が目に飛び込んできたとき、先ほどまでとは全く違う考えが閃いた。
井戸に飛び込んで自分の息の根を止められるなら、なんだってできるじゃない。
そう、井戸へたどり着けるということはつまり、中庭に出られるって、私は知っていたのよ。廊下には私兵が立っているけれど、中庭にはいないのだから。
そして中庭の端には、使用人たちが使う荷物運搬用の船着き場がある。
アルが礼拝堂で待っている可能性は限りなくゼロに近い。近衛兵に守られて、王宮に連れ戻されたはずだ。
それでもこの目で見て確かめたい。行かずにあきらめるなんて、できない。
アルに手を引かれなくても一人で行動できることを、自分自身に示そう。
私は手に持ったままだったクリス兄様からの手紙に目を落とした。最後の行には、「どんなに厳しい状況でも、君自身の幸せを追い求める勇気を失わないでくれ」と綴られた黒インクが、ランプの灯りを照り返して輝いている。
アルカンジェロも言っていたわ。ほんの少し勇気を出すだけだって――
私は気が付いてしまった。
ずっと鳥かごの中に閉じ込められていると思っていたけれど、扉の鍵は開いていた。私にはその扉を押す勇気がなかっただけなのだと。
鎧戸を閉めたガラス窓が鏡のように私を映し出した。プラチナブロンドの後れ毛がかかる紫の瞳には、意志の炎が燃えていた。
─ * ─
ついに覚悟を決めたリラ。次幕から行動開始です!
第三幕もお付き合いいただきありがとうございました!
カクヨム版は完結済みです。
『初恋はリラの花のように』というタイトルで掲載しています。
https://kakuyomu.jp/works/16818093089352013867
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親愛なるリラへ、
この手紙を読んでいるとき、君が笑顔でいてくれることを願っている。だがそれが難しいことも、君を大いに困惑させるであろうことも、分かっているんだ。
僕は王都から去ることに決めた。君も知っている通り、僕はいつも騎士団長である父上の期待に沿って、プリマヴェーラ家に相応しい行いをしようと努めてきた。けれど今回は、その道を選ぶことができない。僕は、自分の心に従う選択をしたのだから。
リラ、僕はエルヴィーラ嬢と共に旅立ちます。彼女を愛しています。そして、彼女もまた僕を選んでくれた。この道は険しいものになるだろうし、正しいと言い切ることはできない。それでも僕たちは互いに支え合い、新しい未来を切り拓くことを誓ったんだ。
僕にとって唯一の心残りは、君を残していくこと。君はかけがえのない家族であり、友であり、支えだった。君の真摯な言葉と賢さが、どれだけ僕を励ましたことか! でも今の僕に選べるのは、自分の信じる道を進むことだけ。
僕たちの行き先を君に伝えることはできない。君を巻き込まないためでもある。ただ、どうか知っていてほしいのは、僕の心は常に君と共にあるということ。君が幸せに過ごせるよう、毎日主に祈ろう。
最後に父と母について少しだけ書かせてほしい。家を去る僕にこんなことを言う資格はないけれど、許してくれ。
父上は仕事をしすぎるきらいがある。無理をして体を壊さないよう、注意してあげてほしい。
母上は繊細なひとだ。いつも好きなものに囲まれて過ごせるように気を配ってあげてくれ。
リラにはたった一つだけ伝えたい。どうか自分の心に忠実でいてほしい。どんなに厳しい状況でも、君自身の幸せを追い求める勇気を失わないでくれ。
愛を込めて
クリスティアーノ
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クリス兄様からの手紙を一読した私の胸には、異なる二つの感情が去来していた。ひとつは、まさかという思い。でもそれと交錯して、どこかで分かっていたのだと納得する自分もいる。
だって明日、エルヴィーラ様は第三王子アルベルト殿下の婚約者として、正式に国民の前で挨拶することになっているのだから。逃げるなら今夜しかないのだ。
そして大建国祭最終日の熱気にまぎれて島から出るという計画は、私とアルも立てていたもの。奇しくも私と兄は、同じことをするはずだった。
私が手紙から顔を上げると、
「クリスティアーノ様はどこへ!?」
侍従が待ちきれない様子で尋ねた。
私は何も言わずに首を振った。
「お嬢様はお休みになる時間ですから」
侍女マリアに追い出され、侍従は失意のうちに部屋から去って行った。
静けさが落ちると、中庭をはさんだ母の部屋から、調子っぱずれなアリアを歌うチョッチョの声が聞こえてくる。
「私は心に決めた
この胸を焦がす炎に従うって」
母上の華やかな笑い声が夜の静寂を破る。二人とも随分お酒が入っているようだ。
「嘘をつくのはおしまいよ
彼と生きてゆくの」
母とチョッチョの声が重なると、マリアは神経質そうに眉根を寄せた。私がさっき開けてしまった鎧戸を閉めるために窓辺へ近づく。ガラス窓を開け、鎧戸に手を伸ばしたマリアが、ふと夜空を見上げた。
「今夜は満月ですわね」
私もつられて外を見たとき、庭木の枝に止まった二羽の夜啼き鶯が目に入った。寄り添う二羽はやわらかな月光に彩られ、愛の歌をさえずっている。
クリス兄様もお母様も、小鳥たちでさえ愛に生きているのに、どうして私だけ自分の心を殺しているの?
胸の奥から問いが聞こえてきた。
お父様に逆らっても死ぬわけじゃないでしょ?
家名ってそんなに大事?
私はふらふらと窓辺へ近づき、マリアの隣に立って中庭を眺めた。
月明かりを浴びた白い井戸が目に飛び込んできたとき、先ほどまでとは全く違う考えが閃いた。
井戸に飛び込んで自分の息の根を止められるなら、なんだってできるじゃない。
そう、井戸へたどり着けるということはつまり、中庭に出られるって、私は知っていたのよ。廊下には私兵が立っているけれど、中庭にはいないのだから。
そして中庭の端には、使用人たちが使う荷物運搬用の船着き場がある。
アルが礼拝堂で待っている可能性は限りなくゼロに近い。近衛兵に守られて、王宮に連れ戻されたはずだ。
それでもこの目で見て確かめたい。行かずにあきらめるなんて、できない。
アルに手を引かれなくても一人で行動できることを、自分自身に示そう。
私は手に持ったままだったクリス兄様からの手紙に目を落とした。最後の行には、「どんなに厳しい状況でも、君自身の幸せを追い求める勇気を失わないでくれ」と綴られた黒インクが、ランプの灯りを照り返して輝いている。
アルカンジェロも言っていたわ。ほんの少し勇気を出すだけだって――
私は気が付いてしまった。
ずっと鳥かごの中に閉じ込められていると思っていたけれど、扉の鍵は開いていた。私にはその扉を押す勇気がなかっただけなのだと。
鎧戸を閉めたガラス窓が鏡のように私を映し出した。プラチナブロンドの後れ毛がかかる紫の瞳には、意志の炎が燃えていた。
─ * ─
ついに覚悟を決めたリラ。次幕から行動開始です!
第三幕もお付き合いいただきありがとうございました!
カクヨム版は完結済みです。
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