真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん

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第四幕:愛し合う二人の幸せを求めて

37、グイードの過ちと海上の激闘

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「ありました。このメダルを使いましょう」

 ジュストコールの内ポケットから、守護聖人の彫られたメダルを取り出す。

 アルも、グイードの手下たちも、息を吞んで成り行きを見守っている。

 海を渡る冷たい夜風が時折、三艘の小舟を静かにゆすった。

「では投げますよ」

「よかろう」

 グイードが偉そうに答えたのと同時に、私はメダルを宙に放った。小舟の中に座ったまま、左の手の甲でメダルを受け止め、すぐに右の手のひらを重ねる。

「表でしょうか、裏でしょうか」

「裏だ!」

 グイードが叫ぶ。実際、裏だった。

 だが私は平然とのたまった。

「外れです。表ですわ」

 堂々と右手を外すと、当然ながらグイードは声を荒らげた。

「嘘をつけ! 裏に見えるぞ! 今夜の月は明るいんだからな!」

「ではこちらへ近づいていらっしゃいな」

 私は右手を腰のうしろへ回し、こっそり短剣を握った。

 月光がメダルを照らし、「まことの愛、汝が道を照らせり」と刻まれた文字に反射する。

 グイードは手下に命じて小舟を近づけさせた。

 彼が小舟から身を乗り出すと、ぷんと酒の匂いが鼻をかすめた。グイードは私を舐め腐り、完全に油断しているようだ。メダルの真上まで首を伸ばして、勝ち誇った声を出した。

「ほら見ろ、裏じゃないか」

 その瞬間、私の右腕が動いた。短剣の刃が月明かりを受けて銀色の光線を描く。光の線はグイードの首元を切り裂いた。

「ぐわっ」

 のけぞったグイードの首が見る見るうちに染まってゆく。小舟のへりにうつぶせになったグイードは、苦しげにうめいた。

「う、嘘だ! あの真面目くさった堅物令嬢が刃物で人を刺すなど――」

 だがその言葉も終わらぬうちに、アルがグイードの船に飛び移った。小舟が大きく傾く刹那、剣がひらめく。

「ギャッ」

 漕ぎ手の男が悲鳴を上げ、暗い海へと落下した。 

 だがもう一艘の舟が私の方へ近づいてきて、男の一人が乗り移ろうと手を伸ばす。

「来ないで!」

 私はグイードの血がついた短剣を振り回した。

「リラ!」

 叫んだアルが剣を鞘に納め、櫂を握る。

 だが賊は私の右手をひねり上げた。

「キャーッ」

 痛みに思わず悲鳴が漏れる。

「その女性を放せ!」

 アルが櫂を操り、小舟をぶつけるも、

「それ以上近づいたら、この女の顔を切り刻むぞ!」

 私の舟へ飛び移った男が怒鳴った。

 アルの動きが止まる。

「素直じゃねえか、王子さんよ。いいぞ、おとなしく剣を海へ捨てるんだ」

「だめよ、アル!」

「うるせえ、てめぇは黙ってろ!」

 男が私の腹を蹴った。

「痛いっ」

「リラに手を上げるな!」

 必死で懇願するアルに、男は楽しそうに答えた。

「お前さんが剣を捨てれば、これ以上女を傷付けたりしねえよ」

 男たちのボスであるグイードさえ倒せば、雇われただけの彼らは逃げてくれると考えたのだが、甘かった。グイードに怪我を負わせることはできたが、命を刈り取るには至らなかった。

 アルは腰から剣を抜くと、表情ひとつ変えぬまま、夜の海へと放り投げた。

「おとなしいじゃねえか」

 私のうしろで男が嗤う。

「やれ」

 小舟に残っていたもう一人に命じた。

「おうよ」

 短く答えた男は櫂を操り、アルの乗った舟へと近づく。

「や、やめて」

 私は震える声で哀願した。このままではアルが殺されてしまう! なんとか状況をひっくり返す方法はないの?

 私たちは王都のある島から、まだそれほど離れてはいないのだから――

「アル、海に飛び込んで逃げて!」

「そうはさせるかよ」

 絞り出すような声は、アルの足元にうずくまっていたグイードのものだった。首筋から赤黒い粘液を垂らしながら、アルの足に絡みつく。

 そうだ、大声を出せば島にいる人々に聞こえないだろうか?

 私はアルカンジェロの声楽レッスンで培ったよく通るソプラノで、力の限り叫んだ。

「嫌ぁぁぁっ!」

 アルの乗る舟に移ろうとしていた男が驚きのあまり固まった。

「うるさいぞ、このアマ!」

 私を後ろから羽交い絞めにした男が、腰の剣を抜く。

「た、た、助けてぇぇっ!!」

 私は恐怖で気が触れた演技をして、陸地に向かって大声を出し続ける。

「殺されちゃうー!」

「リラ、俺のリラ!」

 しまった、アルまで取り乱しているわ。迫真の演技が効いたらしい。アルは必死の形相で、血まみれのグイードと組み合っている。彼らの舟に飛び移った男は、アルがグイードを盾にするため、攻撃しかねていた。

「誰かぁぁぁっ!」

 再び叫んだとき、陸地から灯りが近づいてくるのが見えた気がした。

「黙らないとお前から殺すぞ!」

 男の持つ剣が私の首筋に当たった。冷たい感触に息が止まりそうになる。だがそのとき、

「見ろ、あそこだ!」

 島のほうからお父様の声が聞こえた。

「全船急げ! 最高速度だ!」

 幻などではない。明かりを灯した船がいくつも近づいてくる。

「なっ、騎士団だと!?」

 耳元で男が叫んだ。

「まずい、逃げろ!」

 慌てた声と同時に私の体には自由が戻った。男は自分の小舟に飛び移ると、櫂を握り、仲間を置いて逃げ始めた。

「リラ、本土へ向かって漕ぐんだ! 俺はあとから行く!!」

 私に向かって叫んだアルは、グイードの剣を手に、賊の一人と切り結んでいる。だが足元に倒れたままのグイードがアルの邪魔をするので、思うように動けない。

「そんな――」

 逡巡する私に、アルの自信に満ちた声がかかった。

「俺を信じろ!」

「分かったわ!」

 私は櫂を握った。だが騎士団の船は次第に近づいてくる。

 必死で櫂を漕ぐ私の目に、アルが男に向かってグイードを突き飛ばしたのが見えた。

 だが男は舟の舳先へ飛んで、体勢を崩すことなくこれをかわした。再度アルへと剣先を突き出す。だが一瞬早く、アルの回し蹴りが男の腰を打った。

「おわっ」

 体勢を崩した男は派手な水しぶきを上げて夜の海に落下する。

 アルは続いてグイードを海へ落とそうとした。だが――

「キサマっ」

 海に落とされた男が小舟のへりをつかんだ。

「危ない!」

 私は歯を食いしばって櫂を動かしながら、思わず叫んだ。

 海に落ちた男が小舟に這い上がろうとしたせいで、バランスを崩した小舟はアルとグイードを乗せたままひっくり返った。

「アル!」

 海に落ちたアルを助けに行かなくちゃ! このままでは騎士団に救助されてしまう!

 海面に伏せた小舟に近づこうと、反対方向に櫂を動かす。

 暗い海の中から三人の男が浮かび上がった。グイードは死にたいでひっくり返った小舟によじ登ろうとしているが、出血多量で力が出ないようだ。アルと賊は左手で小舟につかまったまま、まだ右手に持った剣で攻防を繰り広げている。

 騎士団より先に近づいて、賊の頭を櫂で殴って沈めるしかない!



─ * ─



アルの命は助かるのか?
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