真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん

文字の大きさ
39 / 44
第四幕:愛し合う二人の幸せを求めて

39、王子殿下からのプロポーズ

しおりを挟む
「ご息女リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢を私の妃にしたい。婚約を承諾してもらえるかな?」

「へっ?」

 お父様の口から間の抜けた声が漏れ、私は思わず両手で口を抑えた。

 アルベルト殿下は構わず、英雄の演説のように朗々と語り続ける。

「彼女は素晴らしい王国民というだけでなく、未来の王妃にふさわしい」

 未来の王妃!? 伯爵令嬢としての教育しか受けてこなかった私に務まるのだろうか?

 だがブリタンニア王国へ逃げ出す道が閉ざされた今、私たちはこの国で幸せになるしかない。

 アルは両腕を大きく広げ、月光の下、堂々と宣言した。

「リラ嬢は私を守り抜き、十年来の事件を解決に導いてくれた勇気ある令嬢だ。彼女のほかに私の妃となるべき女性はいないだろう!」

 十年来の事件を持ち出されては、お父様に立つ瀬はない。可哀想に冷や汗をかいているようだ。

「ありがたきお言葉にございます! しかし殿下にはすでに婚約者が――」

 その言葉を聞いた途端、アルの表情が憂いを帯びた。だが気が動転していたのか、父はつい口走った。

「あ、でもエルヴィーラ嬢はもう――」

 小さなつぶやきを聞き逃すアルではない。ふっと眉根を寄せ、オウム返しに尋ねた。

「エルヴィーラ嬢はもう?」

 海を渡る夜風に吹かれているというのに、こうべを垂れたお父様のこめかみから汗が流れ、舟の上に落ちた。

「エルヴィーラ嬢がどうしたと言うのだ?」

 アルが王族の威厳を放つ。お父様は息子の失態を打ち明けたくはないのだろう。押し黙っている。

「言え」

 テノールの美声が、しんとした大広間で大理石の床に落ちたコインのように、響き渡った。

「じ、実は」

 お父様は震える声で打ち明けた。

「わが不肖の息子と共に出奔しまして――、現在、セグレート家と我が伯爵家が必死の捜索をしております」

 月明かりに照らされたアルの表情が、彼の素顔に戻った。

「そうか――。あの女性も愛に生きる人だったのか」

 チョコレートブラウンの瞳に優しい色が浮かぶ。

 だが彼はすぐに冷たい王子の仮面をつけた。

「王太子妃という未来を捨てて逃げ出すとは。そのような女性を妃にむかえるのは甚だ不安だ」

 同じことを計画していた私はあさってのほうへ目をそらした。いやいやアル、あなたも同罪よね!? まったく大した演技力だ。これなら劇場に立ってもスターになれただろう。オペラに出演しなかったのが悔やまれる。

「どちらにせよ、私の元婚約者はあなたの息子に連れ出されてしまった。代わりにご息女を王家に差し出すということで、よろしいですな?」

「すべて殿下の仰せのままに!」

 震える声で答えた父を、アルは早々に舟から追い出しにかかった。

「では騎士団長。未来の妻と二人きりにさせてくれ。城に着くまで小舟バルカの周囲を護衛してくれると助かる」

「殿下に舟を漕いでいただくわけには参りません。騎士団の船にお乗りください」

 焦る父に、アルはいつもの自信に満ちた口調で答えた。

「私は十年間、暗殺者にいつ襲われても良いように鍛えてきた。お前たち騎士に体力で引けは取らぬ」

 体力の問題ではないと言いたげな父ではあったが、

「承知しました」

 うやうやしく頭を下げ、騎士団の船に戻った。父は教育係ではないのだから、やんちゃ王子をいさめる義務はない。

 アルは先ほどと同じように櫂を握り、舟を漕ぎ始めた。

「リラ、俺たちの未来のために戦ってくれてありがとう」

 切なげな微笑を浮かべる彼の白い頬に、濡れた黒髪が一房かかる。

「突然、噓八百を並べた俺のこと、嫌いになってない?」

 月光の下、黒い瞳が不安そうに揺れている。

 私はほほ笑んで首を振った。

「だって私のためについてくれた嘘でしょう?」

 彼の嘘のおかげで私は、王太子殿下をそそのかして国外へ連れ出そうとした反逆者とならずに済んだのだ。

「ああ、俺たちが一緒に生きていける未来のためだ。次は父上を丸め込んでやる」

 アルの瞳には闘志が燃えていた。国王陛下が首を縦に振って下さらない限り、私はアルの婚約者になれない。クリス兄様の行動を考えれば、不安はさらに募る。しかも――

「私は王妃教育なんて受けていないわ」

「安心してくれ。リラ、君は妃としてもっとも重要な資質を備えているのだから」

 アルは王族らしからぬ様子で櫂を漕ぎながら、数え上げた。

「申し分ない知性と教養、優雅な立ち居振る舞い、厳しい父上に従って来た忍耐力、そして愛のためなら揺るがない信念と行動力。この国の歴史や経済、政治について、さらに周辺国の言語についてもすでに学んでいるだろう?」

 確かに私は幼いころから、学ぶことが好きな子供ではあった。

「王宮だけの特別な儀式についてはこれから学ぶ必要があるけれど、明日から王妃になるわけじゃないんだ。真面目なリラならすぐにマスターできるから、俺は心配していないよ」

 本当に何の懸念もないのか、アルはさっぱりとした口調で言いきった。彼が私を信じてくれるから、私も自信を持てる。それに私は今夜、自分だけの力で屋敷を抜け出し、グイードの首も掻っ切ってやった。もう昨日までの私とは違う。私は何にだってなれるのよ。

 アルは真剣なまなざしで、夜の海に浮かぶ王都を見つめていた。

「ブライデン公爵家の者を次の国王にするわけにはいかない」

 彼の真摯な瞳が私をとらえた。

「リラ、俺と一緒にこの国を支えてくれるか?」

 尋ねた彼の声は強い意志を秘めたテノールだった。彼は密かに守られる王子ではなく、国を背負う王太子になったのだ。

「君となら、俺はこの国をもっと良くして行けると信じている。俺がこの国の舵取りを担うなら、意味のない堅苦しいルールは変えていく。子供が親に売られるような貧困もなくしていくんだ」

 アルは希望に満ちた瞳で夢を語った。今はもう、あきらめのまなざしで国を出られないと語った青年はどこにもいない。彼は自らの意志で王となる道を選択したのだ。

「そしてリラこそ、新しい時代に理想的な妃だ。伝統と変革のバランスを大切にできる、自立心にあふれた女性だから」

 この国で幸せになれないなら、外国へ逃げ出すしかないと思っていた。だけど今の私たちには、もうひとつの選択肢がある。逃げるのではなく、私たちの力で国を変えていくのだ。

 私はかごの中の小鳥でもなければ、運河に落ちて翻弄されるだけの木の葉でもない。この両手でしっかりと、自分の人生の舵を握っている。 

 だがこぶしを握りしめたとき、アルがふと悲しげにつぶやいたのが聞こえた。

「エージェントに断りの手紙を書かなきゃな……」

 私たちのもうひとつの夢は今夜、月光にとけて消えて行ったのだ――



─ * ─



第四幕を最後までお読みいただき、ありがとうございます!
終幕を残すのみとなりました。終幕ではグイードとパメラの末路、そしてクリス兄様とエルヴィーラ嬢のその後が明らかになります。



─ * ─



他サイトの話になりますが、本作は『初恋はリラの花のように』というタイトルでカクコン10に参加しております。カクヨムアカウントをお持ちの方は、カクヨムでも応援いただけると大変嬉しいです(≧▽≦)
https://kakuyomu.jp/works/16818093089352013867/reviews
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】幼い頃からの婚約を破棄されて退学の危機に瀕している。

桧山 紗綺
恋愛
子爵家の長男として生まれた主人公は幼い頃から家を出て、いずれ婿入りする男爵家で育てられた。婚約者とも穏やかで良好な関係を築いている。 それが綻んだのは学園へ入学して二年目のこと。  「婚約を破棄するわ」 ある日突然婚約者から婚約の解消を告げられる。婚約者の隣には別の男子生徒。 しかもすでに双方の親の間で話は済み婚約は解消されていると。 理解が追いつく前に婚約者は立ち去っていった。 一つ年下の婚約者とは学園に入学してから手紙のやり取りのみで、それでも休暇には帰って一緒に過ごした。 婚約者も入学してきた今年は去年の反省から友人付き合いを抑え自分を優先してほしいと言った婚約者と二人で過ごす時間を多く取るようにしていたのに。 それが段々減ってきたかと思えばそういうことかと乾いた笑いが落ちる。 恋のような熱烈な想いはなくとも、将来共に歩む相手、長い時間共に暮らした家族として大切に思っていたのに……。 そう思っていたのは自分だけで、『いらない』の一言で切り捨てられる存在だったのだ。  いずれ男爵家を継ぐからと男爵が学費を出して通わせてもらっていた学園。 来期からはそうでないと気づき青褪める。 婚約解消に伴う慰謝料で残り一年通えないか、両親に援助を得られないかと相談するが幼い頃から離れて育った主人公に家族は冷淡で――。 絶望する主人公を救ったのは学園で得た友人だった。   ◇◇ 幼い頃からの婚約者やその家から捨てられ、さらに実家の家族からも疎まれていたことを知り絶望する主人公が、友人やその家族に助けられて前に進んだり、贋金事件を追ったり可愛らしいヒロインとの切ない恋に身を焦がしたりするお話です。 基本は男性主人公の視点でお話が進みます。 ◇◇ 第16回恋愛小説大賞にエントリーしてました。 呼んでくださる方、応援してくださる方、感想なども皆様ありがとうございます。とても励まされます! 本編完結しました! 皆様のおかげです、ありがとうございます! ようやく番外編の更新をはじめました。お待たせしました! ◆番外編も更新終わりました、見てくださった皆様ありがとうございます!!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

結婚前夜に婚約破棄されたけど、おかげでポイントがたまって溺愛されて最高に幸せです❤

凪子
恋愛
私はローラ・クイーンズ、16歳。前世は喪女、現世はクイーンズ公爵家の公爵令嬢です。 幼いころからの婚約者・アレックス様との結婚間近……だったのだけど、従妹のアンナにあの手この手で奪われてしまい、婚約破棄になってしまいました。 でも、大丈夫。私には秘密の『ポイント帳』があるのです! ポイントがたまると、『いいこと』がたくさん起こって……?

【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない

春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。 願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。 そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。 ※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

処理中です...