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第02話、美少女のお返しは容赦ない
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ササァ……と音を立てて、湖畔の木々が風にそよいでいる。
俺たちはどれくらい抱き合っていただろう。もしかしたらそれは一瞬だったのかもしれない。
「ご、ごめん樹葵!」
玲萌がいきなり俺から飛びすさった。
「あたし、気が動転しちゃって、つい――」
いそいそと背中を向ける。「ごめんなさい、はしたなかったわね」
「いやいや」
俺は慌てた。ふさぎこむ玲萌がかわいそうになる。
「すっげー怖い思いしたんだ。お互い無事を喜んで当然だろ? 俺なんとも思ってねぇから安心してくんな」
大嘘である。こんな美少女に裸で抱きつかれてなんとも思わねぇ男がいるわけない。
「ありがと。よかった、一緒に旅してたのが樹葵で……」
玲萌は俺に背を向けて座り直すと、
「紅灼溶玉閃、翠薫颯旋嵐、紅き力に染まりし息吹よ、我が前にあるものうち囲み給え」
と呪文を唱えて熱風を生み出し、着物を乾かしはじめた。俺はさりげなく、彼女のうしろ姿に自分の背中を近づける。玲萌が気付かないくらいの力で俺に寄りかかる。肌がふれあう――いやいやこれは暖を取っているだけだからな! なんにもやましいことはしてねぇぞ!
時折やわらかな風が湖面にさざ波を立て、湖畔の梢をすり抜ける音がする。
無言でいると互いの鼓動まで聞こえちまいそうだと思ったとき、
「も、もし秋から樹葵が復学するなら、ちょうど学園祭の時期ねっ!」
玲萌がちょっと上ずった声で話しかけてきた。「いろんな出し物があったり、露店もたくさん出たりして楽しいわよ!」
「へぇ、そうなんだ」
せっかく話題をふってもらったのに話を広げられない俺。
「そーなんだって――、樹葵だって三年間学院に通ってたんだから知ってるでしょ?」
「いや俺は学園祭時期なんて休暇かと思ってたから実家に帰ってたわ」
「えぇっ!? 寄宿舎にさえいなかったの!?」
本気で驚かれてしまった。
現実充には分からねえよなあ。学園祭なんぞ一緒にまわる友達がいてこそ楽しいんだろ? ぼっちには縁のねえ催動だよ。
「もぉ、信じらんない。一緒になにか企画やろうよ」
肌襦袢を着た玲萌が振り返った。肩越しに甘えるようなまなざしでみつめられると落ち着かなくて、俺は目をそらした。カモメのような白っぽい鳥が羽を広げて青空を飛んでゆく。
「企画って、なにをするつもりなんだ?」
試しに訊いてみただけなのだが――
「あ、学院に戻ってくれる気になったのね!」
玲萌の表情がぱっと明るくなった。
しかたねぇ。いまの実力で魔道学院に戻って無双するってぇのも悪くねえだろう。玲萌がいてくれりゃあ昔みてぇに孤独な思いをすることもないだろうしな。
「全校生徒の前で魔物を倒して注目を浴びたりして。フフフ……」
ついつい妄想がふくらむ。しかし強い魔物は古代に成敗され尽くして、いまの時代じゃそうそう出てきやしねぇんだがな。
「樹葵ったら何ひとりで楽しそうに笑ってるの?」
「なんでもねぇよ」
俺はふいっとそっぽを向くと、袖のない長半纏を羽織った。魔術で乾かした帯を腰に巻きながら、
「準備ができたら向こう岸まで飛んでいくぜ」
「ええ、行きましょう」
と胸の前で印を結んだ玲萌に、
「あんたは休んでなよ。俺が抱えて行くから心配すんな」
俺は片膝をついて両手を広げた。
「そんなっ、お姫さまだっこなんかしてもらわなくて平気よ!」
何を恥ずかしがってるんだか。
「この湖でかいからけっこう距離あるぜ? 回復したばっかできついだろ?」
「それ言ったら樹葵だって……」
そわそわしながらうつむく玲萌。
「俺の魔力は、体力と関係なく無限なんだよ」
「そっか、やっぱり樹葵ってかっこいいな」
照れ笑いしながら、玲萌ははしゃいだ声を出す。「それなら甘えちゃおっかな」
俺の太ももに玲萌のやわらかい臀部が触れた。
「ちゃんとつかまってろよ」
「うん」
玲萌は素直にうなずいて俺の首に腕をまわした。俺は立ち上がると同時に岩から飛び立つ。足元に広がる湖に雲が映っている。まるで上も下も空に囲まれているようだ。
「樹葵、重くない?」
「重いわけねえだろ、あんたみたいにやせっぽちな女の子が」
というのはカッコつけただけ。魔力で飛んでいるからいいようなものの、両手で彼女を抱えて歩くとしたら、あまり筋力のない俺にはけっこうきついだろう。
「やせっぽちじゃないもん、あたし」
玲萌がふくれっ面する。いやいや重いって言っても怒るだろ絶対。正解が分かんねえ……
「樹葵、まだ髪濡れてるわよ?」
玲萌が俺の頭に額を寄せた。「お日様うけてキラキラしてる。樹葵の髪、銀色でほんとにきれい――チュッ」
んんっ!? いまなにした玲萌!? うなじにやわらかくてしめった感触が――まさか口づけ!?
「ちょっと樹葵、なんで急降下するのよっ?」
あんたのせいで集中力が乱れたんだよ!
「あ。あそこにいる船頭かしら。樹葵を魔物よばわりしたのは」
玲萌の指さす方に、桟橋で煙管をふかしながら客待ちする姿が見える。
「ああ、あいつだね」
俺は冷静さを取り戻し、ふたたび高度をあげた。
「紅灼溶玉閃、願わくは其の血と等しき色成す烈火を以て――」
えええっ!? 玲萌がいきなり攻撃呪文を唱えだして、俺は我が耳を疑った。
「我が敵影、燠とせんことを!」
「うぎゃぁぁっ、アチチチチチ!!」
ぼぉぉぉぉ――
ざぼんっ
玲萌の放った炎の玉が寸分の狂いもなく命中し、船頭はさけび声をあげながら湖に飛び込んだ。
「あたしの大切な樹葵を傷つけたらこうなるんだから! きゃははっ」
玲萌は俺の耳元で楽しそうな笑い声をあげている。いやいや、あんたが魔力を温存できるよう俺が飛んだのに意味ねえじゃん……
俺は玲萌にバレないよう小さなため息をつきながら、湖から少し離れた林の中に降り立った。この街道が俺たちの故郷である宿場町、白草までまっすぐ伸びているのだ。
それは初夏のころ、ひとつの旅の終わりだった。王立魔道学院が長い夏季休暇からあけた秋、無尽蔵の魔力を得て最強となった俺は二年ぶりに復学した。
俺たちはどれくらい抱き合っていただろう。もしかしたらそれは一瞬だったのかもしれない。
「ご、ごめん樹葵!」
玲萌がいきなり俺から飛びすさった。
「あたし、気が動転しちゃって、つい――」
いそいそと背中を向ける。「ごめんなさい、はしたなかったわね」
「いやいや」
俺は慌てた。ふさぎこむ玲萌がかわいそうになる。
「すっげー怖い思いしたんだ。お互い無事を喜んで当然だろ? 俺なんとも思ってねぇから安心してくんな」
大嘘である。こんな美少女に裸で抱きつかれてなんとも思わねぇ男がいるわけない。
「ありがと。よかった、一緒に旅してたのが樹葵で……」
玲萌は俺に背を向けて座り直すと、
「紅灼溶玉閃、翠薫颯旋嵐、紅き力に染まりし息吹よ、我が前にあるものうち囲み給え」
と呪文を唱えて熱風を生み出し、着物を乾かしはじめた。俺はさりげなく、彼女のうしろ姿に自分の背中を近づける。玲萌が気付かないくらいの力で俺に寄りかかる。肌がふれあう――いやいやこれは暖を取っているだけだからな! なんにもやましいことはしてねぇぞ!
時折やわらかな風が湖面にさざ波を立て、湖畔の梢をすり抜ける音がする。
無言でいると互いの鼓動まで聞こえちまいそうだと思ったとき、
「も、もし秋から樹葵が復学するなら、ちょうど学園祭の時期ねっ!」
玲萌がちょっと上ずった声で話しかけてきた。「いろんな出し物があったり、露店もたくさん出たりして楽しいわよ!」
「へぇ、そうなんだ」
せっかく話題をふってもらったのに話を広げられない俺。
「そーなんだって――、樹葵だって三年間学院に通ってたんだから知ってるでしょ?」
「いや俺は学園祭時期なんて休暇かと思ってたから実家に帰ってたわ」
「えぇっ!? 寄宿舎にさえいなかったの!?」
本気で驚かれてしまった。
現実充には分からねえよなあ。学園祭なんぞ一緒にまわる友達がいてこそ楽しいんだろ? ぼっちには縁のねえ催動だよ。
「もぉ、信じらんない。一緒になにか企画やろうよ」
肌襦袢を着た玲萌が振り返った。肩越しに甘えるようなまなざしでみつめられると落ち着かなくて、俺は目をそらした。カモメのような白っぽい鳥が羽を広げて青空を飛んでゆく。
「企画って、なにをするつもりなんだ?」
試しに訊いてみただけなのだが――
「あ、学院に戻ってくれる気になったのね!」
玲萌の表情がぱっと明るくなった。
しかたねぇ。いまの実力で魔道学院に戻って無双するってぇのも悪くねえだろう。玲萌がいてくれりゃあ昔みてぇに孤独な思いをすることもないだろうしな。
「全校生徒の前で魔物を倒して注目を浴びたりして。フフフ……」
ついつい妄想がふくらむ。しかし強い魔物は古代に成敗され尽くして、いまの時代じゃそうそう出てきやしねぇんだがな。
「樹葵ったら何ひとりで楽しそうに笑ってるの?」
「なんでもねぇよ」
俺はふいっとそっぽを向くと、袖のない長半纏を羽織った。魔術で乾かした帯を腰に巻きながら、
「準備ができたら向こう岸まで飛んでいくぜ」
「ええ、行きましょう」
と胸の前で印を結んだ玲萌に、
「あんたは休んでなよ。俺が抱えて行くから心配すんな」
俺は片膝をついて両手を広げた。
「そんなっ、お姫さまだっこなんかしてもらわなくて平気よ!」
何を恥ずかしがってるんだか。
「この湖でかいからけっこう距離あるぜ? 回復したばっかできついだろ?」
「それ言ったら樹葵だって……」
そわそわしながらうつむく玲萌。
「俺の魔力は、体力と関係なく無限なんだよ」
「そっか、やっぱり樹葵ってかっこいいな」
照れ笑いしながら、玲萌ははしゃいだ声を出す。「それなら甘えちゃおっかな」
俺の太ももに玲萌のやわらかい臀部が触れた。
「ちゃんとつかまってろよ」
「うん」
玲萌は素直にうなずいて俺の首に腕をまわした。俺は立ち上がると同時に岩から飛び立つ。足元に広がる湖に雲が映っている。まるで上も下も空に囲まれているようだ。
「樹葵、重くない?」
「重いわけねえだろ、あんたみたいにやせっぽちな女の子が」
というのはカッコつけただけ。魔力で飛んでいるからいいようなものの、両手で彼女を抱えて歩くとしたら、あまり筋力のない俺にはけっこうきついだろう。
「やせっぽちじゃないもん、あたし」
玲萌がふくれっ面する。いやいや重いって言っても怒るだろ絶対。正解が分かんねえ……
「樹葵、まだ髪濡れてるわよ?」
玲萌が俺の頭に額を寄せた。「お日様うけてキラキラしてる。樹葵の髪、銀色でほんとにきれい――チュッ」
んんっ!? いまなにした玲萌!? うなじにやわらかくてしめった感触が――まさか口づけ!?
「ちょっと樹葵、なんで急降下するのよっ?」
あんたのせいで集中力が乱れたんだよ!
「あ。あそこにいる船頭かしら。樹葵を魔物よばわりしたのは」
玲萌の指さす方に、桟橋で煙管をふかしながら客待ちする姿が見える。
「ああ、あいつだね」
俺は冷静さを取り戻し、ふたたび高度をあげた。
「紅灼溶玉閃、願わくは其の血と等しき色成す烈火を以て――」
えええっ!? 玲萌がいきなり攻撃呪文を唱えだして、俺は我が耳を疑った。
「我が敵影、燠とせんことを!」
「うぎゃぁぁっ、アチチチチチ!!」
ぼぉぉぉぉ――
ざぼんっ
玲萌の放った炎の玉が寸分の狂いもなく命中し、船頭はさけび声をあげながら湖に飛び込んだ。
「あたしの大切な樹葵を傷つけたらこうなるんだから! きゃははっ」
玲萌は俺の耳元で楽しそうな笑い声をあげている。いやいや、あんたが魔力を温存できるよう俺が飛んだのに意味ねえじゃん……
俺は玲萌にバレないよう小さなため息をつきながら、湖から少し離れた林の中に降り立った。この街道が俺たちの故郷である宿場町、白草までまっすぐ伸びているのだ。
それは初夏のころ、ひとつの旅の終わりだった。王立魔道学院が長い夏季休暇からあけた秋、無尽蔵の魔力を得て最強となった俺は二年ぶりに復学した。
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