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第49話、いま明らかになる神剣のさらなる力
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社務所で出してもらった熱い茶を飲んでいると、奥から濡れた襦袢を替えて、白衣と緋袴を着付けた惠簾が戻ってきた。水しぶきに当たった玲萌を魔力熱であたためてやりながら、俺は神剣・雲斬の精と会ったことを三人に話した。
「――ってぇわけで俺の魔力量でもこの神剣なら使えるみてぇなんだ、普通の魔術剣士のようにな」
いまは革製の鞘におさめて、腰帯から下げたつるぎを示す。「魔力じゃなくて精霊の力だってぇ話なんだけどな」
「それでは明日の剣術の時間には、こんどこそ橘さまがかっこよく剣をふるうお姿を拝めるのですね!」
惠簾が胸の前で手を組んで、きらきらとした瞳で俺をみつめる。そんな期待されても重いんだが…… うつむいてなにげなく神剣のつかに触れると――
『大丈夫じゃよ。わらわと修行したときのことを思い出せばよいのじゃ。おなごどもは皆、ぬしさまにほれぼれするじゃろうて』
頭の中にくもぎりちゃん――いや、くもぎりさんの声が聞こえてきた。こうやって勇気づけてくれるのか。ありがたい!
「樹葵、あたしはもう乾いたからだいじょうぶよ。きみのほうが頭から滝の水かぶってたけど、体冷えてない?」
ほっそりとした指先が、俺の二の腕をやさしくなでた。
「俺は泉からここまで歩いてるあいだ、全身に魔力の熱をまとって乾かしたから平気だよ」
玲萌の小袖のすそを乾かしていた魔力熱を消して答えた俺の髪を、
「まだ濡れてるんじゃない?」
と玲萌が過保護な姉のようになでたとき、遠くから時を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「ああああああっ!」
いきなり叫び声をあげたのは、それまで居眠りしていた夕露だ。「忘れてた! わたし午後、院長の必修科目『魔術史』があったんだ!」
「夕露ならちょっと出席日数が足りないくらい、家のコネでどうにかできそうだけど?」
しれっとずる賢い提案をする玲萌。
「そ、それが…… わたしドジだから去年の暦見てたり、雨の日は休講だと思って行かなかったり、曇りの日に暗いから夜だと思って帰っちゃったり、いろいろ不運が重なって一度も出席してないからコネでも厳しいって言われちゃって……」
不運が重なったのではなくバカを重ねたのである。さすがの玲萌も沈黙している。
「魔道学院なんて走ればすぐですわよ」
すました調子で言う惠簾に、
「いや、四半刻はかかるだろ」
と俺。まず山を降りねばならない。惠簾はすくっと立ち上がると、からりと障子戸をあけた。
「ほら、真正面に見えているじゃありませんか。わたくしなど捨て鐘が聞こえてから音速で飛び出して、教師が点呼を取っているのに間に合いますわよ」
捨て鐘とは時を伝える鐘の前に打つ合図の音である。普通は校門で捨て鐘を聞いて、やっべーとか言いながら教室まで走るのだ。
「惠簾ちゃん―― 樹葵くんとは別方向に妖怪だったんだね……」
「うふふ、夕露さんったら。大福のようにぽちゃぽちゃかわいらしいから、走るのは大変かもしれませんわね」
夕露、しっかり言い返されてるぞ。
「樹葵、なんかつるぎ光ってない?」
「えっ?」
腰にのつるぎに目をやると、鞘から光がもれている。
『わらわを使うのじゃ。ぬしさまの清らかな力をわらわに流し込んでくだされ』
「まさかさっきみたいに空を飛べるってぇのか?」
俺は思わず、頭の中に響くくもぎりさんの声への返答を口に出す。
「樹葵、夕露をおんぶして学院まで飛んで行くの?」
玲萌の言葉に、
『ほそっこいぬしさまにそのようなことはさせられぬのじゃ』
「俺べつに、ほそっこくねーし」
「は?」
玲萌の呆けた反応を見ると、くもぎりさんの声はやはり俺だけに聞こえているようだ。
『急いでおるのじゃろ? はよ、わらわを鞘から抜きなされ』
俺は手早く紐をとくと、黄金色のつるぎを手にまぶたを閉じた。呼吸を深めて気を流すと、目をつむっているはずの視界にくもぎりさんの姿が浮かび上がった。水色の髪も衣も、空を漂うようにそよいでいる。
『心の目で見るのじゃ。ぬしさまの背中に真っ白い翼があるのが分かるじゃろ? いまのぬしさまに触れている者はだれでも、天女のように空を舞うのじゃよ』
くもぎりさんが伸ばした小さな手をとると、俺の体もふわりと宙に浮いた。
「樹葵くんが浮かんでるー!」
夕露の声で我に返って目を開けると、あぐらをかいたまま体が畳から離れている。虹色に輝く刀身から光の膜が放たれ、うっすらと俺の全身を包んでいた。
「夕露、俺の手に触れてみてくれ」
「こう?」
つるぎをにぎった俺の手に夕露がふっくらとした手を重ねると、光の膜は彼女をも包み込んだ。
「わぁ、浮かんだよぉ!」
これは便利だ。土蜘蛛みたいにでかい敵と戦うときにも使えそう。
「あたしも寮に帰るからご一緒していい?」
「もちろん!」
笑顔でうなずくと、玲萌が俺の左腕をぎゅっと抱きしめた。そこまでくっつかなくても飛べるはずなんだが、うれしいからだまっておこう。
「行ってらっしゃいませ、みなさま」
惠簾に見送られて、俺たちは澄みきった青空へ飛び出した。
「わぁ高い怖い高いっ!」
あわくった夕露が俺の腕にしがみつく。足元をかすめる木々に身をすくめる夕露に、
「あんたは風の術で空飛んだりしねぇもんな」
「『しねぇ』じゃなくて『できねぇ』よね、夕露」
てきぱきと事実を指摘する玲萌。俺がわざわざやんわりと言ってやったのに。
「だってぇ……呪文覚えても、お手洗い行っておっきい方すると忘れちゃうんだもん」
「脳みそも一緒に出してるんじゃないの?」
とんでもねぇツッコミを入れる玲萌。頼むから俺の両脇でへんな会話しないでくれ……
「玲萌せんぱいがいじめるのぉ、助けておにいちゃん」
ふざけて甘えた声を出す夕露。ふと俺を見上げて、
「ふああっ」
と間の抜けた声を出した。「樹葵くんの背中にうっすら白い羽が見えるのーっ」
飛び立つ前は気付いていなかったようだが、彼女たちも金色の光に覆われることでくもぎりさんの意識に同調するのだろうか。
「えぇ?」
玲萌も振り返って、
「わぁ、あたしたち幻を見てるのかしら」
と目をこすった。「これっていま、樹葵は魔術使ってる感覚あるの?」
「ないな、まったく。歩くくらい自然だよ。つるぎに力を流すときだけ集中したけどな」
「それはいいわね! 空中に浮かびながら結界張ったり、ほかの術を発動させたり自由自在じゃない!」
玲萌の言う通りだ。神剣は単なる武器ではなく、素晴らしい魔道具とも呼べるものだった。
「――ってぇわけで俺の魔力量でもこの神剣なら使えるみてぇなんだ、普通の魔術剣士のようにな」
いまは革製の鞘におさめて、腰帯から下げたつるぎを示す。「魔力じゃなくて精霊の力だってぇ話なんだけどな」
「それでは明日の剣術の時間には、こんどこそ橘さまがかっこよく剣をふるうお姿を拝めるのですね!」
惠簾が胸の前で手を組んで、きらきらとした瞳で俺をみつめる。そんな期待されても重いんだが…… うつむいてなにげなく神剣のつかに触れると――
『大丈夫じゃよ。わらわと修行したときのことを思い出せばよいのじゃ。おなごどもは皆、ぬしさまにほれぼれするじゃろうて』
頭の中にくもぎりちゃん――いや、くもぎりさんの声が聞こえてきた。こうやって勇気づけてくれるのか。ありがたい!
「樹葵、あたしはもう乾いたからだいじょうぶよ。きみのほうが頭から滝の水かぶってたけど、体冷えてない?」
ほっそりとした指先が、俺の二の腕をやさしくなでた。
「俺は泉からここまで歩いてるあいだ、全身に魔力の熱をまとって乾かしたから平気だよ」
玲萌の小袖のすそを乾かしていた魔力熱を消して答えた俺の髪を、
「まだ濡れてるんじゃない?」
と玲萌が過保護な姉のようになでたとき、遠くから時を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「ああああああっ!」
いきなり叫び声をあげたのは、それまで居眠りしていた夕露だ。「忘れてた! わたし午後、院長の必修科目『魔術史』があったんだ!」
「夕露ならちょっと出席日数が足りないくらい、家のコネでどうにかできそうだけど?」
しれっとずる賢い提案をする玲萌。
「そ、それが…… わたしドジだから去年の暦見てたり、雨の日は休講だと思って行かなかったり、曇りの日に暗いから夜だと思って帰っちゃったり、いろいろ不運が重なって一度も出席してないからコネでも厳しいって言われちゃって……」
不運が重なったのではなくバカを重ねたのである。さすがの玲萌も沈黙している。
「魔道学院なんて走ればすぐですわよ」
すました調子で言う惠簾に、
「いや、四半刻はかかるだろ」
と俺。まず山を降りねばならない。惠簾はすくっと立ち上がると、からりと障子戸をあけた。
「ほら、真正面に見えているじゃありませんか。わたくしなど捨て鐘が聞こえてから音速で飛び出して、教師が点呼を取っているのに間に合いますわよ」
捨て鐘とは時を伝える鐘の前に打つ合図の音である。普通は校門で捨て鐘を聞いて、やっべーとか言いながら教室まで走るのだ。
「惠簾ちゃん―― 樹葵くんとは別方向に妖怪だったんだね……」
「うふふ、夕露さんったら。大福のようにぽちゃぽちゃかわいらしいから、走るのは大変かもしれませんわね」
夕露、しっかり言い返されてるぞ。
「樹葵、なんかつるぎ光ってない?」
「えっ?」
腰にのつるぎに目をやると、鞘から光がもれている。
『わらわを使うのじゃ。ぬしさまの清らかな力をわらわに流し込んでくだされ』
「まさかさっきみたいに空を飛べるってぇのか?」
俺は思わず、頭の中に響くくもぎりさんの声への返答を口に出す。
「樹葵、夕露をおんぶして学院まで飛んで行くの?」
玲萌の言葉に、
『ほそっこいぬしさまにそのようなことはさせられぬのじゃ』
「俺べつに、ほそっこくねーし」
「は?」
玲萌の呆けた反応を見ると、くもぎりさんの声はやはり俺だけに聞こえているようだ。
『急いでおるのじゃろ? はよ、わらわを鞘から抜きなされ』
俺は手早く紐をとくと、黄金色のつるぎを手にまぶたを閉じた。呼吸を深めて気を流すと、目をつむっているはずの視界にくもぎりさんの姿が浮かび上がった。水色の髪も衣も、空を漂うようにそよいでいる。
『心の目で見るのじゃ。ぬしさまの背中に真っ白い翼があるのが分かるじゃろ? いまのぬしさまに触れている者はだれでも、天女のように空を舞うのじゃよ』
くもぎりさんが伸ばした小さな手をとると、俺の体もふわりと宙に浮いた。
「樹葵くんが浮かんでるー!」
夕露の声で我に返って目を開けると、あぐらをかいたまま体が畳から離れている。虹色に輝く刀身から光の膜が放たれ、うっすらと俺の全身を包んでいた。
「夕露、俺の手に触れてみてくれ」
「こう?」
つるぎをにぎった俺の手に夕露がふっくらとした手を重ねると、光の膜は彼女をも包み込んだ。
「わぁ、浮かんだよぉ!」
これは便利だ。土蜘蛛みたいにでかい敵と戦うときにも使えそう。
「あたしも寮に帰るからご一緒していい?」
「もちろん!」
笑顔でうなずくと、玲萌が俺の左腕をぎゅっと抱きしめた。そこまでくっつかなくても飛べるはずなんだが、うれしいからだまっておこう。
「行ってらっしゃいませ、みなさま」
惠簾に見送られて、俺たちは澄みきった青空へ飛び出した。
「わぁ高い怖い高いっ!」
あわくった夕露が俺の腕にしがみつく。足元をかすめる木々に身をすくめる夕露に、
「あんたは風の術で空飛んだりしねぇもんな」
「『しねぇ』じゃなくて『できねぇ』よね、夕露」
てきぱきと事実を指摘する玲萌。俺がわざわざやんわりと言ってやったのに。
「だってぇ……呪文覚えても、お手洗い行っておっきい方すると忘れちゃうんだもん」
「脳みそも一緒に出してるんじゃないの?」
とんでもねぇツッコミを入れる玲萌。頼むから俺の両脇でへんな会話しないでくれ……
「玲萌せんぱいがいじめるのぉ、助けておにいちゃん」
ふざけて甘えた声を出す夕露。ふと俺を見上げて、
「ふああっ」
と間の抜けた声を出した。「樹葵くんの背中にうっすら白い羽が見えるのーっ」
飛び立つ前は気付いていなかったようだが、彼女たちも金色の光に覆われることでくもぎりさんの意識に同調するのだろうか。
「えぇ?」
玲萌も振り返って、
「わぁ、あたしたち幻を見てるのかしら」
と目をこすった。「これっていま、樹葵は魔術使ってる感覚あるの?」
「ないな、まったく。歩くくらい自然だよ。つるぎに力を流すときだけ集中したけどな」
「それはいいわね! 空中に浮かびながら結界張ったり、ほかの術を発動させたり自由自在じゃない!」
玲萌の言う通りだ。神剣は単なる武器ではなく、素晴らしい魔道具とも呼べるものだった。
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