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第50話、三日目のはじまりでぃ!
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翌朝、王立魔道学院の中庭にて――
「なるほど、橘くんの力は魔力ではなく精霊王の力だったんですね」
俺の報告に瀬良師匠は納得してうなずいた。
「それにしても幸運でしたね!」
と我がことのようにうれしそうな顔で、俺の頭に手を乗せる。「きみが持つ最強の力を受け止められる神剣が手に入って」
「ああ。玲萌と惠簾のおかげだよ」
俺も笑いながら師匠を見上げる。なんでこの人、俺の髪なでてるんだろうと思いながら。まいっか、喜んでるし。
さわやかな日差しの下、剣術稽古に参加する学生たちは、三々五々集まって雑談に興じている。その中から、
「おい白蛇のバケモンめ、魔術剣を新調してきたんならオレと尋常に勝負せよ!」
という粗野な声が聞こえてきた。この庭ヘビなんか出るんだろうか。とにかく野蛮なヤツには関わりたくないので、俺は玲萌と惠簾のうしろにそろっとかくれる。
「なに無視してんだ。おめーだよ、青白い顔しやがって」
妖怪の狒々じゃないかと思うようなでかいのが、どしどしと歩いてきた。
「そんな突き出た耳のくせして聞こえねーのか? えぇ?」
縮髪風男は怒鳴ったかと思うと、俺のかわいい耳を引っ張りやがった。どうしてこんなことされるの!? と狼狽状態になったとき、
「紅灼溶玉閃、我が前にあるもの其の炎が中にうち囲み給え」
玲萌が顔色ひとつ変えずに呪文を唱えた。
「うわちっ、あちち、あひぃぃいいぃっ!」
男の体が瞬時にして燃え上がる。
「あらぁそろそろ焚き火の季節ですわね」
惠簾は聖女のほほえみを浮かべたまま、火だるまに手をかざして暖をとる。
「青霧透霞鏡、鎮抑静心、怒り狂う炎、鎮め給え!」
あわてた声で水の術を唱えて、狒々によく似た男はみずから消火に成功した。
「なにしやがんだ、このアマ!」
玲萌の衿をつかんだ太い手を、
「やめろよっ」
俺は思いっきり鉤爪たててなぎ払う。
「いってぇ!」
予想通り男が悲鳴をあげたとき、
「玲萌さん、カッとして魔術使ったらいけないっていつも言ってるでしょ!」
瀬良師匠が足早に近づいてきた。外壁にくっついた虫を愛でてると思ったら見られてたか。
「だって師匠、あの大猩々、あたしの樹葵に悪口言ったうえ暴力ふるったのよ!」
耳ひっぱられただけだけどな。驚きはしたが、その報復に有無を言わさず丸焼きとはさすが玲萌。
「玲萌さんは判断が早くてたのもしいですわね」
手放しでほめる惠簾。師匠と言い争う玲萌を尊敬のまなざしでみつめながら、
「わたくしも龍神さまに帰依する者として見習わなくちゃ!」
「いや惠簾、へんな影響受けなくていいからな」
俺は疲れた声でくぎをさす。
「まあ! わたくしは己の信じる大切な神様を守りたいだけですわ!」
ふふっと笑って、惠簾は人差し指でちょんと俺の頬をつついた。この娘はーっ! 神様だと思ってたらぜってーこんなことしねぇだろ!? 赤くなってうつむいていると、狒々だか大猩々だがよく分かんねーのがやってきて、
「お前が張りやがる卑怯結界に対抗する手段を身につけてきたから、再対させろ!」
と、まくし立てた。こんな暑苦しい知り合いがいた覚えはないので、
「俺あんたのこと知らねえんだけど人違いじゃね?」
おだやかな笑みを浮かべつつ、ちょっと首をかしげてみる。
「てめえ! おとといのこと忘れたとは言わせねえぞ!」
おとといってぇと―― 朝、土蜘蛛の封印を解いちまって、そのあと救護之間で玲萌に口づけして…… ああ、玲萌かわいかったなぁ。惠簾とも出会って、みんなでめし食いに行ったら夕露のやつ人面草にかぶりつきやがって……食後は三味線を手に入れて、流行り歌を歌ったら街の人が喝采してくれたんだよな。
「悪ぃ、どう思い返してみてもおめぇさんみてぇなむさ苦しい男の出番ないんだけど?」
てへっと笑う俺に、
「こいつ……」
男はふるふるとこぶしをふるわせて、
「記憶力まで爬虫類なのか!? 魔術剣技演習でオレとの試合中、結界張ってひとのことぶっ飛ばしただろ!?」
「ああ!」
俺はぽんっと手をうつ。「腰打って立てないまま、自分の魔術剣に魔力吸われて倒れちゃった人っ」
「指をさすな、指を!」
「すまねぇな、今日は髪型違うから分かんなかったよ。ちょっとプスプス煙が出ちまって最新の流行か?」
「冗談で言ってやがんのか!? たったいま、そこの桃色髪の女が燃やしたんだろーが!」
気の毒に肩でゼーゼーと息をしながら玲萌を指さす。ああ言えばこう言う玲萌への指導がようやく終わったらしい瀬良師匠が、
「橘くんたち、本格的に魔術剣試合をするなら、得点自動計算機能付き防御術をかけましょう」
と、ふところから魔法陣の書かれた護符を取り出した。そこへ梵字を書き足し、俺たちにかざして呪文を唱える。ほんの一瞬、まばたきするように透明なものが視界をよぎった。それ以外に体感できる変化はないが、師匠の術がかかったはずだ。
ふと気付くと、いつものように玲萌がさりげなく俺のとなりに立っている。その腕をそっと引いて、
「攻撃の強さと当たった場所を感知して自動で勝敗つけてくれる術だっけ? これってどういう仕組みなんだ?」
こそっと尋ねる。おそらく座学で習ったんだけど忘れたのだ。
「樹葵の場合は神剣に精霊の力を流すわけだけど、通常は魔術剣に流した魔力が、全身を覆う防御結界に触れたときに反応して、その圧力と場所が護符に浮かび上がるのよ。魔術剣だから使える方法で、魔力を流さない武器じゃ感知できないわ」
生活態度は問題ありでも勉強だけはできる玲萌、てきぱきと答えてくれた。
「なるほどな、勉強になるわ」
とうなずく俺に、
「いつでも家庭教師してあげるわよ! 樹葵なら無料でっ!」
はじける笑顔で俺を見上げる玲萌がまぶしい。その頬にふれたくてうずうずしていると、うしろから不快な声がかかった。
「暴力女とイチャイチャしてねーで、とっとと魔術剣を抜けよ」
あいにく神剣なんだけどな。
「じゃ、樹葵。がんばってね! 大猩々がウッホウッホいってるから、あたし行くね。みんなと応援してるから!」
と、瀬良師匠や惠簾たち見物の学生が集まる方を目で示す。
「応援、感謝するぜ」
俺はつい、あいさつがわりのふりして玲萌を抱き寄せる。瞬間、玲萌の唇がふっと俺の頬をかすめた。
「えへっ」
と照れ笑いひとつ残して、彼女はみんなのほうへ走って行った。
――えっ!? いまの口づけ!?
しかし、華やぐ想いにひたるひまもなく、
「我が魔力のもと敵を喰らい給え、地獄斬! 饗宴のはじまりだっ!」
暑っ苦しい声にため息ひとつ、俺も鞘からつるぎを抜いた。
「我が魂の詩と響きあえ、神剣・雲斬――」
「なるほど、橘くんの力は魔力ではなく精霊王の力だったんですね」
俺の報告に瀬良師匠は納得してうなずいた。
「それにしても幸運でしたね!」
と我がことのようにうれしそうな顔で、俺の頭に手を乗せる。「きみが持つ最強の力を受け止められる神剣が手に入って」
「ああ。玲萌と惠簾のおかげだよ」
俺も笑いながら師匠を見上げる。なんでこの人、俺の髪なでてるんだろうと思いながら。まいっか、喜んでるし。
さわやかな日差しの下、剣術稽古に参加する学生たちは、三々五々集まって雑談に興じている。その中から、
「おい白蛇のバケモンめ、魔術剣を新調してきたんならオレと尋常に勝負せよ!」
という粗野な声が聞こえてきた。この庭ヘビなんか出るんだろうか。とにかく野蛮なヤツには関わりたくないので、俺は玲萌と惠簾のうしろにそろっとかくれる。
「なに無視してんだ。おめーだよ、青白い顔しやがって」
妖怪の狒々じゃないかと思うようなでかいのが、どしどしと歩いてきた。
「そんな突き出た耳のくせして聞こえねーのか? えぇ?」
縮髪風男は怒鳴ったかと思うと、俺のかわいい耳を引っ張りやがった。どうしてこんなことされるの!? と狼狽状態になったとき、
「紅灼溶玉閃、我が前にあるもの其の炎が中にうち囲み給え」
玲萌が顔色ひとつ変えずに呪文を唱えた。
「うわちっ、あちち、あひぃぃいいぃっ!」
男の体が瞬時にして燃え上がる。
「あらぁそろそろ焚き火の季節ですわね」
惠簾は聖女のほほえみを浮かべたまま、火だるまに手をかざして暖をとる。
「青霧透霞鏡、鎮抑静心、怒り狂う炎、鎮め給え!」
あわてた声で水の術を唱えて、狒々によく似た男はみずから消火に成功した。
「なにしやがんだ、このアマ!」
玲萌の衿をつかんだ太い手を、
「やめろよっ」
俺は思いっきり鉤爪たててなぎ払う。
「いってぇ!」
予想通り男が悲鳴をあげたとき、
「玲萌さん、カッとして魔術使ったらいけないっていつも言ってるでしょ!」
瀬良師匠が足早に近づいてきた。外壁にくっついた虫を愛でてると思ったら見られてたか。
「だって師匠、あの大猩々、あたしの樹葵に悪口言ったうえ暴力ふるったのよ!」
耳ひっぱられただけだけどな。驚きはしたが、その報復に有無を言わさず丸焼きとはさすが玲萌。
「玲萌さんは判断が早くてたのもしいですわね」
手放しでほめる惠簾。師匠と言い争う玲萌を尊敬のまなざしでみつめながら、
「わたくしも龍神さまに帰依する者として見習わなくちゃ!」
「いや惠簾、へんな影響受けなくていいからな」
俺は疲れた声でくぎをさす。
「まあ! わたくしは己の信じる大切な神様を守りたいだけですわ!」
ふふっと笑って、惠簾は人差し指でちょんと俺の頬をつついた。この娘はーっ! 神様だと思ってたらぜってーこんなことしねぇだろ!? 赤くなってうつむいていると、狒々だか大猩々だがよく分かんねーのがやってきて、
「お前が張りやがる卑怯結界に対抗する手段を身につけてきたから、再対させろ!」
と、まくし立てた。こんな暑苦しい知り合いがいた覚えはないので、
「俺あんたのこと知らねえんだけど人違いじゃね?」
おだやかな笑みを浮かべつつ、ちょっと首をかしげてみる。
「てめえ! おとといのこと忘れたとは言わせねえぞ!」
おとといってぇと―― 朝、土蜘蛛の封印を解いちまって、そのあと救護之間で玲萌に口づけして…… ああ、玲萌かわいかったなぁ。惠簾とも出会って、みんなでめし食いに行ったら夕露のやつ人面草にかぶりつきやがって……食後は三味線を手に入れて、流行り歌を歌ったら街の人が喝采してくれたんだよな。
「悪ぃ、どう思い返してみてもおめぇさんみてぇなむさ苦しい男の出番ないんだけど?」
てへっと笑う俺に、
「こいつ……」
男はふるふるとこぶしをふるわせて、
「記憶力まで爬虫類なのか!? 魔術剣技演習でオレとの試合中、結界張ってひとのことぶっ飛ばしただろ!?」
「ああ!」
俺はぽんっと手をうつ。「腰打って立てないまま、自分の魔術剣に魔力吸われて倒れちゃった人っ」
「指をさすな、指を!」
「すまねぇな、今日は髪型違うから分かんなかったよ。ちょっとプスプス煙が出ちまって最新の流行か?」
「冗談で言ってやがんのか!? たったいま、そこの桃色髪の女が燃やしたんだろーが!」
気の毒に肩でゼーゼーと息をしながら玲萌を指さす。ああ言えばこう言う玲萌への指導がようやく終わったらしい瀬良師匠が、
「橘くんたち、本格的に魔術剣試合をするなら、得点自動計算機能付き防御術をかけましょう」
と、ふところから魔法陣の書かれた護符を取り出した。そこへ梵字を書き足し、俺たちにかざして呪文を唱える。ほんの一瞬、まばたきするように透明なものが視界をよぎった。それ以外に体感できる変化はないが、師匠の術がかかったはずだ。
ふと気付くと、いつものように玲萌がさりげなく俺のとなりに立っている。その腕をそっと引いて、
「攻撃の強さと当たった場所を感知して自動で勝敗つけてくれる術だっけ? これってどういう仕組みなんだ?」
こそっと尋ねる。おそらく座学で習ったんだけど忘れたのだ。
「樹葵の場合は神剣に精霊の力を流すわけだけど、通常は魔術剣に流した魔力が、全身を覆う防御結界に触れたときに反応して、その圧力と場所が護符に浮かび上がるのよ。魔術剣だから使える方法で、魔力を流さない武器じゃ感知できないわ」
生活態度は問題ありでも勉強だけはできる玲萌、てきぱきと答えてくれた。
「なるほどな、勉強になるわ」
とうなずく俺に、
「いつでも家庭教師してあげるわよ! 樹葵なら無料でっ!」
はじける笑顔で俺を見上げる玲萌がまぶしい。その頬にふれたくてうずうずしていると、うしろから不快な声がかかった。
「暴力女とイチャイチャしてねーで、とっとと魔術剣を抜けよ」
あいにく神剣なんだけどな。
「じゃ、樹葵。がんばってね! 大猩々がウッホウッホいってるから、あたし行くね。みんなと応援してるから!」
と、瀬良師匠や惠簾たち見物の学生が集まる方を目で示す。
「応援、感謝するぜ」
俺はつい、あいさつがわりのふりして玲萌を抱き寄せる。瞬間、玲萌の唇がふっと俺の頬をかすめた。
「えへっ」
と照れ笑いひとつ残して、彼女はみんなのほうへ走って行った。
――えっ!? いまの口づけ!?
しかし、華やぐ想いにひたるひまもなく、
「我が魔力のもと敵を喰らい給え、地獄斬! 饗宴のはじまりだっ!」
暑っ苦しい声にため息ひとつ、俺も鞘からつるぎを抜いた。
「我が魂の詩と響きあえ、神剣・雲斬――」
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