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第51話、神剣 VS 魔術剣
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俺の呼びかけに応えて、金色の銅剣が虹色の光を放つ。と同時に、刀身から霞のようなものが雲のごとくわきあがり、幼い少女の姿を形作った。
『ぬしさま、わらわはうれしいぞ。さっそくつるぎとして役立てるとは!』
くもぎりさんは声をはずませる。
対する魔術剣・地獄斬は刀身に漆黒の霞をまとっている。持ち主が、
「よぉっく聞けぇ!」
と、無駄にでかい声を出した。「オレはおととい、かつて近衛組魔術剣師範をつとめていた祖父に頼んで、結界をも切り裂く妙技を伝授してもらったんだ! それをお前相手に披露できる機会がこんなに早く訪れるとはな!」
遠巻きに見守る学生たちのあいだから、
「樹葵に賭けるひと! はい銅貨二枚ね! あなたも樹葵ね、銅貨一枚りょーかいよっ」
という玲萌の元気な声が聞こえてくる。図太くも胴元など始めやがって…… ったく、ひとごとだと思っていい気なもんだぜ。
「魔刀地獄斬もなかなか有望よ! だれか地獄斬に賭けないの?」
「なこと言っても相手は伝説級の神剣だろ?」
「地獄斬が良い魔術剣ったって、しょせん学生が使える水準の話だしなぁ」
「神剣づかいのあやかし対、名門剣術士の家系とはいっても普通の人間でしょ? 私は橘くんに銅貨三枚!」
自分も、僕も、という声が続く。
「あああっ、もう! 全員が樹葵に賭けたら賭けが成立しないじゃないっ」
頭をかかえる玲萌の声に、地獄斬の持ち主は歯ぎしりした。「どいつもこいつもふざけやがって―― お前ら覚えてろよ! 未来の近衛組魔術剣班の頭をバカにしたこと後悔させてやる!」
さけぶやいなや走り出す。間合いのずいぶん手前で魔術剣を一閃した。
「斬撃!?」
あやかしの跳躍力を使って、俺は大きくうしろに飛ぶ。着地点をねらって、魔術剣から魔力の衝撃波が飛び来る。
――結界、は利かないんだっけ!? と思ったとき、すごい勢いで体が空へ引き上げられた。神剣から発せられた光が俺の全身を薄く包んでいる。
『斬撃もこの高さまでは届くまい』
ななめ上方に浮かんだくもぎりさんが敵を見下ろしながらつぶやく。
「飛ぶのは卑怯だぞ!」
下から聞こえる怒鳴り声に、
「あんた結界も卑怯だっていうんだろ? 将来、近衛組に入って大王の護衛中に魔術を使う強盗が襲ってきたらどうするんだ? 敵が使う戦術は選べないんだぜ?」
と言い返してやる。
「くそっ、異形の魔物のくせになまいきなんだよ!」
悔しそうに吐き捨てた。悪口の語彙だけは豊富である。
『本当に人間というのは、精霊と魔物の区別もつかないのじゃのう』
寂しそうなくもぎりさんに、
「あれは俺をののしってるだけだよ」
と苦笑する。
『ぬしさま、悲しそうなのじゃ……』
振り向いたくもぎりさんのいたわるようなまなざしに、なんとなくきまりが悪くなって、
「しかしどうするかな。この距離だとつるぎで攻撃を加えるのは不可能だ。魔術なら届くけど、それじゃあ剣術試合で勝ったことにはならねぇし」
『なんとか近付いて、一振りでも攻撃してくだされ。あの斬撃は避けられるよう、なんとかわらわがぬしさまを移動させるのじゃ』
「よし、そんなら守備は任せたぞ!」
まあ万一当たったところで師匠の防御術があるから、減点されるだけでケガを負うことはなさそうだしな。
「念のため―― 結界!」
自分でも結界を張って一直線に降りてゆく。高速に下降するという意図を持っただけで、同時に体が空をすべるのだから、まるで精神世界にいたときのようだ。
繰り出される斬撃をくもぎりさんの操縦でかわしつつ、すきあらばつるぎを振るう。が―― ちっとも当たらねぇ! 向こうの攻撃も届かないのだが、それはこちらも同じこと。あぁめんどくせぇ。
『ぬしさまっ、お心が乱れておりますぞ!』
いやだってこんな不毛な試合いつまで続けるの!? そのとき、頭に縮髪風の燃えかすを乗っけた男が舌打ちした。
「ちょこまかと逃げやがって。チビは便利だな、え? 的が小さすぎるせいでオレの攻撃が当たりゃしねえ!」
ぷちん。
「俺はチビじゃねぇぇっ!」
「ぎゃぉうっ」
大きく振るった神剣が、即座にのけぞった男の腰をとらえた。だが同時に、
「うわいってぇ!」
俺も飛びすさることになった。
「橘くんの袈裟斬り七十八点! 團くんの斬撃―― って、えぇ!? 私の防御術が一部破損した!?」
瀬良師匠の驚いた声を下に聞きつつ、外套をなびかせて舞い上がる。下から敵の呪文詠唱が聞こえる。
「紅灼溶玉閃、願わくは其の血と等しき色成す烈火を以て、我が敵影、燠とせんことを!」
炎の弾はあさっての方向へ放たれ、中庭を覆う結界に当たって消滅した。剣術は得意でも魔術は苦手なようだ。
そっちが魔術で攻撃するなら、俺もやらせてもらうぜ。
「水よ」
ざっばぁぁぁん!
俺はさまざまな術を無詠唱で発動させられるが、水龍王の力を受け継いだので水系の攻撃力がもっとも高いのだ。
「むだむだぁっ!」
男はわめきながら、魔術剣から魔力の衝撃波を放って水を切り裂いた。「オレが斬れるようになったのはお前の結界だけじゃねーんだよ! こうして水さえも――」
みなまで聞かなくても分かるので、無視して中庭で一番高い松の上に座った。
「いってぇ…… やだなあ。俺の白い足に傷が残ったらどうしてくれるんだよ」
ふくらはぎにひとすじ、傷が刻まれているのをみつけると、自分がかわいそうになって泣けてきた。
「この白くて小さなヒレが切りとられたりしなくて、ほんっとーに良かったけど」
立てたひざに額を乗せて、両手で片足を抱きしめるようにしていると、
『ぬしさま、うろこがあるんだからそうそうケガもしないじゃろ』
くもぎりさんがあきれた顔で眺めている。
「いやいや傷になってるじゃん!!」
プンプンする俺。うろこといっても、真っ白い爪のような断片が肌の上に並んでいるのだ。刃物が当たれば傷もつく。あとで惠簾に回復術かけてもらわなきゃ。
『それはそうとぬしさま、敵前でいら立つのはやめてくだされ。わらわとのつながりが切れてしまうのじゃ』
それはそうと、じゃないやい。
『つねにわらわと同じような気分でいてほしいのじゃ。おだやかに、あたたかく――』
神剣といっても武器のくせに「おだやかに」とは無茶を言う。だが俺はうなずいて、松の木のてっぺんに立ち上がった。
「わかった。今度は気を付けるから、できるかぎり敵に近づきつつ斬撃を避けてほしい」
『ふむ。ぬしさま、なにか策があるのじゃな?』
俺は口を閉ざしたまま目をふせた。
『ぬしさまならやりとげるじゃろう。わらわに任せてたもれ』
『ぬしさま、わらわはうれしいぞ。さっそくつるぎとして役立てるとは!』
くもぎりさんは声をはずませる。
対する魔術剣・地獄斬は刀身に漆黒の霞をまとっている。持ち主が、
「よぉっく聞けぇ!」
と、無駄にでかい声を出した。「オレはおととい、かつて近衛組魔術剣師範をつとめていた祖父に頼んで、結界をも切り裂く妙技を伝授してもらったんだ! それをお前相手に披露できる機会がこんなに早く訪れるとはな!」
遠巻きに見守る学生たちのあいだから、
「樹葵に賭けるひと! はい銅貨二枚ね! あなたも樹葵ね、銅貨一枚りょーかいよっ」
という玲萌の元気な声が聞こえてくる。図太くも胴元など始めやがって…… ったく、ひとごとだと思っていい気なもんだぜ。
「魔刀地獄斬もなかなか有望よ! だれか地獄斬に賭けないの?」
「なこと言っても相手は伝説級の神剣だろ?」
「地獄斬が良い魔術剣ったって、しょせん学生が使える水準の話だしなぁ」
「神剣づかいのあやかし対、名門剣術士の家系とはいっても普通の人間でしょ? 私は橘くんに銅貨三枚!」
自分も、僕も、という声が続く。
「あああっ、もう! 全員が樹葵に賭けたら賭けが成立しないじゃないっ」
頭をかかえる玲萌の声に、地獄斬の持ち主は歯ぎしりした。「どいつもこいつもふざけやがって―― お前ら覚えてろよ! 未来の近衛組魔術剣班の頭をバカにしたこと後悔させてやる!」
さけぶやいなや走り出す。間合いのずいぶん手前で魔術剣を一閃した。
「斬撃!?」
あやかしの跳躍力を使って、俺は大きくうしろに飛ぶ。着地点をねらって、魔術剣から魔力の衝撃波が飛び来る。
――結界、は利かないんだっけ!? と思ったとき、すごい勢いで体が空へ引き上げられた。神剣から発せられた光が俺の全身を薄く包んでいる。
『斬撃もこの高さまでは届くまい』
ななめ上方に浮かんだくもぎりさんが敵を見下ろしながらつぶやく。
「飛ぶのは卑怯だぞ!」
下から聞こえる怒鳴り声に、
「あんた結界も卑怯だっていうんだろ? 将来、近衛組に入って大王の護衛中に魔術を使う強盗が襲ってきたらどうするんだ? 敵が使う戦術は選べないんだぜ?」
と言い返してやる。
「くそっ、異形の魔物のくせになまいきなんだよ!」
悔しそうに吐き捨てた。悪口の語彙だけは豊富である。
『本当に人間というのは、精霊と魔物の区別もつかないのじゃのう』
寂しそうなくもぎりさんに、
「あれは俺をののしってるだけだよ」
と苦笑する。
『ぬしさま、悲しそうなのじゃ……』
振り向いたくもぎりさんのいたわるようなまなざしに、なんとなくきまりが悪くなって、
「しかしどうするかな。この距離だとつるぎで攻撃を加えるのは不可能だ。魔術なら届くけど、それじゃあ剣術試合で勝ったことにはならねぇし」
『なんとか近付いて、一振りでも攻撃してくだされ。あの斬撃は避けられるよう、なんとかわらわがぬしさまを移動させるのじゃ』
「よし、そんなら守備は任せたぞ!」
まあ万一当たったところで師匠の防御術があるから、減点されるだけでケガを負うことはなさそうだしな。
「念のため―― 結界!」
自分でも結界を張って一直線に降りてゆく。高速に下降するという意図を持っただけで、同時に体が空をすべるのだから、まるで精神世界にいたときのようだ。
繰り出される斬撃をくもぎりさんの操縦でかわしつつ、すきあらばつるぎを振るう。が―― ちっとも当たらねぇ! 向こうの攻撃も届かないのだが、それはこちらも同じこと。あぁめんどくせぇ。
『ぬしさまっ、お心が乱れておりますぞ!』
いやだってこんな不毛な試合いつまで続けるの!? そのとき、頭に縮髪風の燃えかすを乗っけた男が舌打ちした。
「ちょこまかと逃げやがって。チビは便利だな、え? 的が小さすぎるせいでオレの攻撃が当たりゃしねえ!」
ぷちん。
「俺はチビじゃねぇぇっ!」
「ぎゃぉうっ」
大きく振るった神剣が、即座にのけぞった男の腰をとらえた。だが同時に、
「うわいってぇ!」
俺も飛びすさることになった。
「橘くんの袈裟斬り七十八点! 團くんの斬撃―― って、えぇ!? 私の防御術が一部破損した!?」
瀬良師匠の驚いた声を下に聞きつつ、外套をなびかせて舞い上がる。下から敵の呪文詠唱が聞こえる。
「紅灼溶玉閃、願わくは其の血と等しき色成す烈火を以て、我が敵影、燠とせんことを!」
炎の弾はあさっての方向へ放たれ、中庭を覆う結界に当たって消滅した。剣術は得意でも魔術は苦手なようだ。
そっちが魔術で攻撃するなら、俺もやらせてもらうぜ。
「水よ」
ざっばぁぁぁん!
俺はさまざまな術を無詠唱で発動させられるが、水龍王の力を受け継いだので水系の攻撃力がもっとも高いのだ。
「むだむだぁっ!」
男はわめきながら、魔術剣から魔力の衝撃波を放って水を切り裂いた。「オレが斬れるようになったのはお前の結界だけじゃねーんだよ! こうして水さえも――」
みなまで聞かなくても分かるので、無視して中庭で一番高い松の上に座った。
「いってぇ…… やだなあ。俺の白い足に傷が残ったらどうしてくれるんだよ」
ふくらはぎにひとすじ、傷が刻まれているのをみつけると、自分がかわいそうになって泣けてきた。
「この白くて小さなヒレが切りとられたりしなくて、ほんっとーに良かったけど」
立てたひざに額を乗せて、両手で片足を抱きしめるようにしていると、
『ぬしさま、うろこがあるんだからそうそうケガもしないじゃろ』
くもぎりさんがあきれた顔で眺めている。
「いやいや傷になってるじゃん!!」
プンプンする俺。うろこといっても、真っ白い爪のような断片が肌の上に並んでいるのだ。刃物が当たれば傷もつく。あとで惠簾に回復術かけてもらわなきゃ。
『それはそうとぬしさま、敵前でいら立つのはやめてくだされ。わらわとのつながりが切れてしまうのじゃ』
それはそうと、じゃないやい。
『つねにわらわと同じような気分でいてほしいのじゃ。おだやかに、あたたかく――』
神剣といっても武器のくせに「おだやかに」とは無茶を言う。だが俺はうなずいて、松の木のてっぺんに立ち上がった。
「わかった。今度は気を付けるから、できるかぎり敵に近づきつつ斬撃を避けてほしい」
『ふむ。ぬしさま、なにか策があるのじゃな?』
俺は口を閉ざしたまま目をふせた。
『ぬしさまならやりとげるじゃろう。わらわに任せてたもれ』
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