62 / 84
第61話、俺が君を幸せにしたいから
しおりを挟む
い、いま、玲萌が大好きって―― これは俺のことか!? そうだよな、まさか露天風呂が大好きとかじゃねぇよな!
いやでも玲萌は俺のこと親友って言ってたじゃん。友達として大好きってことかもしれねえ。
そもそも俺はどうなんだ? 玲萌のことどう思ってんだろ? そりゃ一緒にいて楽しいし大切な友人だが―― でもってすげー魅力的な女の子だ。だが魅力的ってぇなら惠簾だって負けちゃいねえ。
でも玲萌に対してはそれだけじゃなく――そう、さっきみてぇに幸せだって言ってほしい。それも、俺のとなりにいるから幸せだって言ってほしいんだ。俺は惠簾だって夕露だって毎日幸せに過ごしてほしいって願ってる。でも玲萌に関してだけは、ほかの男のおかげで幸せになるってんじゃあ気に入らねえんだ。
そうだ俺、自分が玲萌を幸せにしたいんだ――
いつの間にか寝息を立てている玲萌をのぞきこむ。紅い花びらのような唇が目にとまる。――奪ってやりたい。反射的にそう思ったとき、それはぴくりと動いた。
「ん、一瞬眠っちゃった」
いつもの玲萌の声に、俺は止めていた息をふうっと吐いた。
「あたしさっき、なんか寝言口走った!?」
「寝言? いや?」
ついごまかす俺。
「よかった。あたしもう大丈夫そうよ。冷やしてくれて、ありがとねっ」
さっさと立ち上がろうとする玲萌を慌てて支える。「おい、無理すんなよ?」
「あっ、いけない」
玲萌はぶつぶつ言いながら、胸に巻いた手ぬぐいを引き上げた。気を使って目をそらす俺。なのに玲萌は腰に手ぬぐい巻いただけという俺の、頭のてっぺんからつま先まで視線を走らせる。それから突然、両手で顔を覆った。「どうしよ、耐えらんない――」
「えっ、どした?」
心配になって玲萌の肩に手をそえる。
「樹葵かっこいい……だめ、直視できないっ」
ええ…… 俺ふだんから露出度高いから、あんま変わんねえじゃん……
「もうちっとばっかし休んでたほうがいいんじゃねえか?」
「へ、平気よっ これはそのっ 違うやつだから!」
――真っ赤になってたのは湯あたりのせいばかりじゃなかったってことか。
「じゃあ行くか。冷えてもいけねえしな」
うつむく玲萌の手をやさしく握ると、俺は湯船のふちを脱衣所のほうへ歩きだした。男女の脱衣所に向かって分かれる竹垣のついたての前で立ち止まり、
「じゃ、あとでな」
と声をかけるが、玲萌は俺の手をつかんだまま離そうとしない。もう一方の手のひらを、ぴとっと俺の背中につけて、
「樹葵って華奢な男の子だと思ってたけど、けっこう背中おっきいね」
とささやいた。
「大人になったら、ぜんぶ見せてね?」
ん? なんの話だ? 首だけ振り返ると、俺の腰のあたりに視線を落としている。目を伏せている彼女は長いまつ毛がより際立って、どことなく憂いを帯びた表情に色香さえ感じる。
「そのときはあたしも―― な、なんでもないわっ、あとでね!」
なにか言いかけたまま、玲萌は身をひるがえして竹垣の向こうに姿を消した。
誰もいなくなった露天風呂に落ちる湯音だけが、午後の日差しに染み込んでいく。
「いつの間にかあいつらも上がってたのか」
手ぬぐいをしぼっていると小屋の向こうから、
「それじゃあ出発しますよ、お嬢さんがた」
「お嬢さま、お友達にご挨拶されねぇでいいんですかい?」
という車夫たちの声が聞こえる。
「玲萌せんぱーい、また明日ねーっ」
夕露の元気な声に、俺は竹垣のついたてに仕切られた細い空間を歩きながら首をかしげる。確か明日は白草の街の守り神さまに祈願する日とかで休講だったんじゃ……
「玲萌しゃん、かわいい樹葵ちゃんによろしくにゃっ! 奈楠さん、いつでも樹葵ちゃんのお姉さんになる準備はできてるからニャ~っ」
「はいはい」
板壁をへだてたすぐそこから、めんどくさそうな玲萌の声がする。姉は足りてるんだよなあ。俺には目力の鋭い口うるさい姉がいるのだ。かわいた手ぬぐいで体を拭いていると、
「玲萌さん、わたくしからも橘さまによろしくお伝えください」
と、惠簾のかしこまった声が聞こえる。「今日はつい暴走してしまって申し訳なかったと。あの方の特別なお姿を目の当たりにしたら、興奮を抑えられなくて――」
ガラガラガラ。
「真剣に話してるのに途中で出発しないでくださいましーっ」
無情な……
「では玲萌さん、明日の台本読み合わせでーっ」
惠簾の澄んだ声を残して人力車は去っていった。
いやでも玲萌は俺のこと親友って言ってたじゃん。友達として大好きってことかもしれねえ。
そもそも俺はどうなんだ? 玲萌のことどう思ってんだろ? そりゃ一緒にいて楽しいし大切な友人だが―― でもってすげー魅力的な女の子だ。だが魅力的ってぇなら惠簾だって負けちゃいねえ。
でも玲萌に対してはそれだけじゃなく――そう、さっきみてぇに幸せだって言ってほしい。それも、俺のとなりにいるから幸せだって言ってほしいんだ。俺は惠簾だって夕露だって毎日幸せに過ごしてほしいって願ってる。でも玲萌に関してだけは、ほかの男のおかげで幸せになるってんじゃあ気に入らねえんだ。
そうだ俺、自分が玲萌を幸せにしたいんだ――
いつの間にか寝息を立てている玲萌をのぞきこむ。紅い花びらのような唇が目にとまる。――奪ってやりたい。反射的にそう思ったとき、それはぴくりと動いた。
「ん、一瞬眠っちゃった」
いつもの玲萌の声に、俺は止めていた息をふうっと吐いた。
「あたしさっき、なんか寝言口走った!?」
「寝言? いや?」
ついごまかす俺。
「よかった。あたしもう大丈夫そうよ。冷やしてくれて、ありがとねっ」
さっさと立ち上がろうとする玲萌を慌てて支える。「おい、無理すんなよ?」
「あっ、いけない」
玲萌はぶつぶつ言いながら、胸に巻いた手ぬぐいを引き上げた。気を使って目をそらす俺。なのに玲萌は腰に手ぬぐい巻いただけという俺の、頭のてっぺんからつま先まで視線を走らせる。それから突然、両手で顔を覆った。「どうしよ、耐えらんない――」
「えっ、どした?」
心配になって玲萌の肩に手をそえる。
「樹葵かっこいい……だめ、直視できないっ」
ええ…… 俺ふだんから露出度高いから、あんま変わんねえじゃん……
「もうちっとばっかし休んでたほうがいいんじゃねえか?」
「へ、平気よっ これはそのっ 違うやつだから!」
――真っ赤になってたのは湯あたりのせいばかりじゃなかったってことか。
「じゃあ行くか。冷えてもいけねえしな」
うつむく玲萌の手をやさしく握ると、俺は湯船のふちを脱衣所のほうへ歩きだした。男女の脱衣所に向かって分かれる竹垣のついたての前で立ち止まり、
「じゃ、あとでな」
と声をかけるが、玲萌は俺の手をつかんだまま離そうとしない。もう一方の手のひらを、ぴとっと俺の背中につけて、
「樹葵って華奢な男の子だと思ってたけど、けっこう背中おっきいね」
とささやいた。
「大人になったら、ぜんぶ見せてね?」
ん? なんの話だ? 首だけ振り返ると、俺の腰のあたりに視線を落としている。目を伏せている彼女は長いまつ毛がより際立って、どことなく憂いを帯びた表情に色香さえ感じる。
「そのときはあたしも―― な、なんでもないわっ、あとでね!」
なにか言いかけたまま、玲萌は身をひるがえして竹垣の向こうに姿を消した。
誰もいなくなった露天風呂に落ちる湯音だけが、午後の日差しに染み込んでいく。
「いつの間にかあいつらも上がってたのか」
手ぬぐいをしぼっていると小屋の向こうから、
「それじゃあ出発しますよ、お嬢さんがた」
「お嬢さま、お友達にご挨拶されねぇでいいんですかい?」
という車夫たちの声が聞こえる。
「玲萌せんぱーい、また明日ねーっ」
夕露の元気な声に、俺は竹垣のついたてに仕切られた細い空間を歩きながら首をかしげる。確か明日は白草の街の守り神さまに祈願する日とかで休講だったんじゃ……
「玲萌しゃん、かわいい樹葵ちゃんによろしくにゃっ! 奈楠さん、いつでも樹葵ちゃんのお姉さんになる準備はできてるからニャ~っ」
「はいはい」
板壁をへだてたすぐそこから、めんどくさそうな玲萌の声がする。姉は足りてるんだよなあ。俺には目力の鋭い口うるさい姉がいるのだ。かわいた手ぬぐいで体を拭いていると、
「玲萌さん、わたくしからも橘さまによろしくお伝えください」
と、惠簾のかしこまった声が聞こえる。「今日はつい暴走してしまって申し訳なかったと。あの方の特別なお姿を目の当たりにしたら、興奮を抑えられなくて――」
ガラガラガラ。
「真剣に話してるのに途中で出発しないでくださいましーっ」
無情な……
「では玲萌さん、明日の台本読み合わせでーっ」
惠簾の澄んだ声を残して人力車は去っていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
130
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる