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第61話、俺が君を幸せにしたいから

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 い、いま、玲萌レモが大好きって―― これは俺のことか!? そうだよな、まさか露天風呂が大好きとかじゃねぇよな!

 いやでも玲萌レモは俺のこと親友って言ってたじゃん。友達として大好きってことかもしれねえ。

 そもそも俺はどうなんだ? 玲萌レモのことどう思ってんだろ? そりゃ一緒にいて楽しいし大切な友人だが―― でもってすげー魅力的な女の子だ。だが魅力的ってぇなら惠簾エレンだって負けちゃいねえ。

 でも玲萌レモに対してはそれだけじゃなく――そう、さっきみてぇに幸せだって言ってほしい。それも、俺のとなりにいるから幸せだって言ってほしいんだ。俺は惠簾エレンだって夕露ユーロだって毎日幸せに過ごしてほしいって願ってる。でも玲萌レモに関してだけは、ほかの男のおかげで幸せになるってんじゃあ気に入らねえんだ。

 そうだ俺、自分が玲萌レモを幸せにしたいんだ――

 いつの間にか寝息を立てている玲萌レモをのぞきこむ。あかい花びらのような唇が目にとまる。――奪ってやりたい。反射的にそう思ったとき、それはぴくりと動いた。

「ん、一瞬眠っちゃった」

 いつもの玲萌レモの声に、俺は止めていた息をふうっと吐いた。

「あたしさっき、なんか寝言口走った!?」

「寝言? いや?」

 ついごまかす俺。

「よかった。あたしもう大丈夫そうよ。冷やしてくれて、ありがとねっ」

 さっさと立ち上がろうとする玲萌レモを慌てて支える。「おい、無理すんなよ?」

「あっ、いけない」

 玲萌レモはぶつぶつ言いながら、胸に巻いた手ぬぐいを引き上げた。気を使って目をそらす俺。なのに玲萌レモは腰に手ぬぐい巻いただけという俺の、頭のてっぺんからつま先まで視線を走らせる。それから突然、両手で顔をおおった。「どうしよ、耐えらんない――」

「えっ、どした?」

 心配になって玲萌レモの肩に手をそえる。

樹葵ジュキかっこいい……だめ、直視できないっ」

 ええ…… 俺ふだんから露出度高いから、あんま変わんねえじゃん……

「もうちっとばっかし休んでたほうがいいんじゃねえか?」 

「へ、平気よっ これはそのっ 違うやつだから!」

 ――真っ赤になってたのは湯あたりのせいばかりじゃなかったってことか。

「じゃあ行くか。冷えてもいけねえしな」

 うつむく玲萌レモの手をやさしく握ると、俺は湯船のふちを脱衣所のほうへ歩きだした。男女の脱衣所に向かって分かれる竹垣のついたての前で立ち止まり、

「じゃ、あとでな」

 と声をかけるが、玲萌レモは俺の手をつかんだまま離そうとしない。もう一方の手のひらを、ぴとっと俺の背中につけて、

樹葵ジュキって華奢な男の子だと思ってたけど、けっこう背中おっきいね」

 とささやいた。

「大人になったら、ぜんぶ見せてね?」

 ん? なんの話だ? 首だけ振り返ると、俺の腰のあたりに視線を落としている。目を伏せている彼女は長いまつ毛がより際立きわだって、どことなくうれいを帯びた表情に色香さえ感じる。

「そのときはあたしも―― な、なんでもないわっ、あとでね!」

 なにか言いかけたまま、玲萌レモは身をひるがえして竹垣の向こうに姿を消した。

 誰もいなくなった露天風呂に落ちる湯音だけが、午後の日差しに染み込んでいく。

「いつの間にかあいつらも上がってたのか」

 手ぬぐいをしぼっていると小屋の向こうから、

「それじゃあ出発しますよ、お嬢さんがた」

「お嬢さま、お友達にご挨拶されねぇでいいんですかい?」

 という車夫たちの声が聞こえる。

玲萌レモせんぱーい、また明日ねーっ」

 夕露ユーロの元気な声に、俺は竹垣のついたてに仕切られた細い空間を歩きながら首をかしげる。確か明日は白草シラクサの街の守り神さまに祈願する日とかで休講だったんじゃ……

玲萌レモしゃん、かわいい樹葵ジュキちゃんによろしくにゃっ! 奈楠ナナンさん、いつでも樹葵ジュキちゃんのお姉さんになる準備はできてるからニャ~っ」

「はいはい」

 板壁をへだてたすぐそこから、めんどくさそうな玲萌レモの声がする。姉は足りてるんだよなあ。俺には目力の鋭い口うるさい姉がいるのだ。かわいた手ぬぐいで体をいていると、

玲萌レモさん、わたくしからもたちばなさまによろしくお伝えください」

 と、惠簾エレンのかしこまった声が聞こえる。「今日はつい暴走してしまって申し訳なかったと。あのかたの特別なお姿をの当たりにしたら、興奮を抑えられなくて――」

 ガラガラガラ。

「真剣に話してるのに途中で出発しないでくださいましーっ」

 無情な……

「では玲萌レモさん、明日の台本読み合わせでーっ」

 惠簾エレンの澄んだ声を残して人力車は去っていった。
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