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第72話、ケモ耳メイドにチャイナドレス――ってここはコスプレ会場か!?
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その後の日々は劇の練習をしたり、宣伝用のチラシを作ったり、夕露のじいちゃんが店主と懇意にしてるっていう呉服屋・織屋さんの店で衣装の寸法をはかってもらったりしているうちに、またたく間に過ぎていった。
そして今日、ついに試着品がてきあがったってんで、俺たちは廻船問屋沙屋さんの屋敷の奥―― 早い話が夕露ん家に集まっていた。
「このままなにごともなく学園祭をむかえられるといいけどな」
つややかな白い絹地に銀糸の刺繍をほどこした、見慣れねぇ異国風の服に袖を通しながら俺はつぶやいた。本職が俺専用にあつらえてくれたので、ツノを出せるよう肩には切り込みが入っている。素晴らしい。
「土蜘蛛の話なら――」
と、となりで凪留が紺鼠のかたい生地の服を羽織りながら答える。
「きみが聖なる神剣で浄化したから消滅したのでは?」
「でもさ――」
次の言葉を言う前に、
「樹葵くんにも見せてくるね!」
という元気な声が部屋の中から聞こえた。女子たちは畳敷きの間で着替えているのだ。部屋を奪われた俺たちは、土間の台所が見える板の間にいるってわけ。
いきおいよく襖があいて飛び出してきたのは夕露。
「見て見て!」
縦二列に並んだ金色の釦をどう留めるのか試行錯誤していた俺の所へ、ぱたぱたと走ってくる。
「これメイド服って言うんだって! かわいいでしょーっ?」
両足を土間に下ろして板敷のはしに腰かけてた俺は振り返って、うっかり彼女のゆれる胸に注目した。この冥土服とやら、胸の下がきゅっと細くなっているので豊かな胸がふだんより強調されるのだ。俺は苦労して目をそらすと、
「かわいいかわいい」
「もおっ ちゃんと見てないでしょ?」
ぷぅっと頬をふくらませた夕露は草履をはいて土間に下りると、その場でくるりと回った。やわらかそうな紺色の裾が、その上に重ねた白い前掛けといっしょにふわりとふくらむ。
「どこがかわいいかちゃんと言ってくれなきゃ許してあげないよ?」
と首をかしげる仕草が子供みたいだ。
「その紺色の生地が夕露の瞳の色によく合っててかわいいよ」
「ほんと? うれしーっ」
「それより頭に耳ついてんじゃん。なにそれ?」
とりあえず喜ばせておいたあとで、気になる点を突っ込む。
「わたし魔界のメイドさんだから獣人族っていう設定なんだって! しっぽもついてるんだよ?」
うしろをむいて丸いケツを突き出してくる。
「ほんとだ。柴犬?」
ぽんぽんと黄色いしっぽをたたくと、
「おにいちゃんのえっち!」
と、ふざけながらひざの上に乗っかってきた。やわらかい臀部がずっしりと密着する。
「重いって夕露」
「ひっどーい!」
事実を告げてもどいてくれない。
「ところであんたさっきから冥土、冥土って言ってるけど魔界なの? 地獄なの?」
「いまさらなに言ってんの樹葵くん。メイドさんっていうのは、魔界のお城へ奉公に上がってる女中さんでしょ?」
などと話していると、今度は静かに襖がひらく音がした。
「まあ、夕露さんったら橘さまのおひざのうえに! うらやましすぎますわっ!!」
惠簾の大きなひとりごとが聞こえてきた。同時に部屋の中から、
「夕露さん、裾の長さを見ますからこちらへ」
と織屋専属の仕立て屋さんから声がかかった。夕露は元気よく、
「は~い!」
と返事して俺のひざから立ち上がると部屋の中へ戻って行った。
かわりに惠簾がすぐ横にひざをついて、細い指先を俺の手に重ねた。
「帝国の姫フェイリェンの衣装もご覧になって、橘さま」
惠簾と凪留は人間界の王族役だ。凪留のほうは勇者が現れた小国の王子だが、惠簾演じるフェイリェンは大きな帝国の姫君らしい。
「この服、旗袍っていうんですって。橘さまを誘惑するのにぴったりだと思いません?」
「なんでだよ」
「試してみます?」
光沢ある緋色の生地が、惠簾の女性らしい身体の線を際立たせる。特筆すべきは裾に大きく入った切り込み。ちらちらとのぞく長い足から目が離せない……
「ふふっ 凝視していらっしゃいますわね? これ『すりっと』っていうんですって。龍神さま、わたくしの足召し上がります?」
俺の両足のあいだに惠簾はひざをついた。俺の大事なとこにあたりそう――であたらない。そのわずかな距離に呼吸が早くなる。俺の衣装、下半身がぴっちりしてるのにヤバイって。元気になったらすぐバレるじゃん!!
助けを求めるように視線をめぐらせると、となりで固まっている凪留と目が合った。こいつ惠簾のこと好きなんだっけ? 顔面蒼白になってねぇで暴走する惠簾を止めてほしいんだが――
「よそ見しちゃダメ」
惠簾は耳もとでささやくと、両手で俺の頬をはさんで自分のほうへ向かせた。神秘的な黒い瞳に魅了されて、息をするのも忘れてしまいそうだ。これほどの美少女なんだから、凪留だけじゃなく魔道学院じゅうに惚れてる男たちがいるんだろうな……
「橘さま、わたくしにはかわいいって言ってくださらないの?」
「えっ」
細い腕がすぅっと伸びてきて、俺の首もとにからみつく。きめ細やかな肌が耳の下をすべる感触に、思わずうっとりとする。
「夕露さんとの会話、ふすま越しに聞こえてましたのよ?」
惠簾は少し悲しげにほほ笑んだ。
「あ……」
しまった、と思う。年下の女の子を悲しませちゃいけねぇ。
「惠簾はかわいいっていうより、すごくきれいだよ。学院じゅうの男が夢中になるんじゃねーかな?」
笑った俺に惠簾は眉をひそめ、
「橘さま以外の男性から夢中になっていただいても、めんどうなだけですわ」
こいつぁ手厳しいや。凪留はすっかりうつろな目をしている。
――俺だってきみに夢中さ、と軽口をたたこうとして、俺はなぜか思いとどまった。あいつのことを思い出したからかもしれねぇ。
「なあ、玲萌は?」
「はぁ」
惠簾はこれ見よがしにため息をついた。「まったくそわそわしちゃって。橘さまったらしょうがない方」
「そわそわなんかしてねーし」
むっとする俺を挑発するように美脚を見せながら、
「玲萌さん、露出度高い衣装で恥ずかしいんですって」
「なんだよ、らしくねぇな」
惠簾の長い脚からするりと抜け出して、俺は立ち上がった。
そして今日、ついに試着品がてきあがったってんで、俺たちは廻船問屋沙屋さんの屋敷の奥―― 早い話が夕露ん家に集まっていた。
「このままなにごともなく学園祭をむかえられるといいけどな」
つややかな白い絹地に銀糸の刺繍をほどこした、見慣れねぇ異国風の服に袖を通しながら俺はつぶやいた。本職が俺専用にあつらえてくれたので、ツノを出せるよう肩には切り込みが入っている。素晴らしい。
「土蜘蛛の話なら――」
と、となりで凪留が紺鼠のかたい生地の服を羽織りながら答える。
「きみが聖なる神剣で浄化したから消滅したのでは?」
「でもさ――」
次の言葉を言う前に、
「樹葵くんにも見せてくるね!」
という元気な声が部屋の中から聞こえた。女子たちは畳敷きの間で着替えているのだ。部屋を奪われた俺たちは、土間の台所が見える板の間にいるってわけ。
いきおいよく襖があいて飛び出してきたのは夕露。
「見て見て!」
縦二列に並んだ金色の釦をどう留めるのか試行錯誤していた俺の所へ、ぱたぱたと走ってくる。
「これメイド服って言うんだって! かわいいでしょーっ?」
両足を土間に下ろして板敷のはしに腰かけてた俺は振り返って、うっかり彼女のゆれる胸に注目した。この冥土服とやら、胸の下がきゅっと細くなっているので豊かな胸がふだんより強調されるのだ。俺は苦労して目をそらすと、
「かわいいかわいい」
「もおっ ちゃんと見てないでしょ?」
ぷぅっと頬をふくらませた夕露は草履をはいて土間に下りると、その場でくるりと回った。やわらかそうな紺色の裾が、その上に重ねた白い前掛けといっしょにふわりとふくらむ。
「どこがかわいいかちゃんと言ってくれなきゃ許してあげないよ?」
と首をかしげる仕草が子供みたいだ。
「その紺色の生地が夕露の瞳の色によく合っててかわいいよ」
「ほんと? うれしーっ」
「それより頭に耳ついてんじゃん。なにそれ?」
とりあえず喜ばせておいたあとで、気になる点を突っ込む。
「わたし魔界のメイドさんだから獣人族っていう設定なんだって! しっぽもついてるんだよ?」
うしろをむいて丸いケツを突き出してくる。
「ほんとだ。柴犬?」
ぽんぽんと黄色いしっぽをたたくと、
「おにいちゃんのえっち!」
と、ふざけながらひざの上に乗っかってきた。やわらかい臀部がずっしりと密着する。
「重いって夕露」
「ひっどーい!」
事実を告げてもどいてくれない。
「ところであんたさっきから冥土、冥土って言ってるけど魔界なの? 地獄なの?」
「いまさらなに言ってんの樹葵くん。メイドさんっていうのは、魔界のお城へ奉公に上がってる女中さんでしょ?」
などと話していると、今度は静かに襖がひらく音がした。
「まあ、夕露さんったら橘さまのおひざのうえに! うらやましすぎますわっ!!」
惠簾の大きなひとりごとが聞こえてきた。同時に部屋の中から、
「夕露さん、裾の長さを見ますからこちらへ」
と織屋専属の仕立て屋さんから声がかかった。夕露は元気よく、
「は~い!」
と返事して俺のひざから立ち上がると部屋の中へ戻って行った。
かわりに惠簾がすぐ横にひざをついて、細い指先を俺の手に重ねた。
「帝国の姫フェイリェンの衣装もご覧になって、橘さま」
惠簾と凪留は人間界の王族役だ。凪留のほうは勇者が現れた小国の王子だが、惠簾演じるフェイリェンは大きな帝国の姫君らしい。
「この服、旗袍っていうんですって。橘さまを誘惑するのにぴったりだと思いません?」
「なんでだよ」
「試してみます?」
光沢ある緋色の生地が、惠簾の女性らしい身体の線を際立たせる。特筆すべきは裾に大きく入った切り込み。ちらちらとのぞく長い足から目が離せない……
「ふふっ 凝視していらっしゃいますわね? これ『すりっと』っていうんですって。龍神さま、わたくしの足召し上がります?」
俺の両足のあいだに惠簾はひざをついた。俺の大事なとこにあたりそう――であたらない。そのわずかな距離に呼吸が早くなる。俺の衣装、下半身がぴっちりしてるのにヤバイって。元気になったらすぐバレるじゃん!!
助けを求めるように視線をめぐらせると、となりで固まっている凪留と目が合った。こいつ惠簾のこと好きなんだっけ? 顔面蒼白になってねぇで暴走する惠簾を止めてほしいんだが――
「よそ見しちゃダメ」
惠簾は耳もとでささやくと、両手で俺の頬をはさんで自分のほうへ向かせた。神秘的な黒い瞳に魅了されて、息をするのも忘れてしまいそうだ。これほどの美少女なんだから、凪留だけじゃなく魔道学院じゅうに惚れてる男たちがいるんだろうな……
「橘さま、わたくしにはかわいいって言ってくださらないの?」
「えっ」
細い腕がすぅっと伸びてきて、俺の首もとにからみつく。きめ細やかな肌が耳の下をすべる感触に、思わずうっとりとする。
「夕露さんとの会話、ふすま越しに聞こえてましたのよ?」
惠簾は少し悲しげにほほ笑んだ。
「あ……」
しまった、と思う。年下の女の子を悲しませちゃいけねぇ。
「惠簾はかわいいっていうより、すごくきれいだよ。学院じゅうの男が夢中になるんじゃねーかな?」
笑った俺に惠簾は眉をひそめ、
「橘さま以外の男性から夢中になっていただいても、めんどうなだけですわ」
こいつぁ手厳しいや。凪留はすっかりうつろな目をしている。
――俺だってきみに夢中さ、と軽口をたたこうとして、俺はなぜか思いとどまった。あいつのことを思い出したからかもしれねぇ。
「なあ、玲萌は?」
「はぁ」
惠簾はこれ見よがしにため息をついた。「まったくそわそわしちゃって。橘さまったらしょうがない方」
「そわそわなんかしてねーし」
むっとする俺を挑発するように美脚を見せながら、
「玲萌さん、露出度高い衣装で恥ずかしいんですって」
「なんだよ、らしくねぇな」
惠簾の長い脚からするりと抜け出して、俺は立ち上がった。
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