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第18話、異世界の野菜はひと味違う
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「みてみて、人面草だよ! いいでしょ~!」
夕露が手にした野菜の束を元気よく振る――と、葉っぱからかすかにうめき声が……
「あんた昼めし買いに行ったんじゃなかったのか?」
「そうだよ? これ、わたしのお昼」
と、小松菜のよーな葉野菜を俺の鼻の先にぶる下げる。
「ち、近づけるな……」
思わずのけぞる俺。ぱっと見わからないが、間近で見ると葉脈が人の目鼻立ちにそっくりだ。根っこを切られて苦しいのか、口をパクパクさせてるヤツもいる。
「それ食えるのかよ?」
「青物市場に食べられない毒草が売ってるわけないでしょ、樹葵くん」
なに言ってるのかしらこの人、と言わんばかりに怪訝な顔をしやがる夕露。
「観賞用ではありませぬか?」
と首をかしげたのは惠簾。「生け花にして床の間に飾るのかもしれませんよ」
「生け花って―― これ花じゃないからな?」
つっこむ俺に、
「お鼻ついてるよ」
すっとぼけた返答はもちろん夕露。葉に浮かんだ人面のまんなかを指差している。葉っぱと目をあわせつつ、舌なめずりしたかと思うと、
「いっただっきまーす!」
きらきらした笑顔のまま、ぱきっと一枚、株から葉をもぎとった。
一瞬、ぴぎゃっ!? と小さな声が聞こえた気がしたのだが――
むしゃむしゃとうまそうに食いやがる…… さらにもう一枚、
パキッ
「みぎゃっ」
むっしゃむっしゃ
ピリッ
「ぎゃおぅ」
もっしゃもっしゃ
――厳しい自然の摂理を具現化したかのような光景に俺は絶句する。女子と一緒にめし食うってこういう感じなのか…… 知らなかったぜ。
「おいしいけど、お塩かけたいなあ」
「お清めの塩なら持ってますよ」
と、惠簾がふところから巾着を取り出した。清めの塩で野菜食うのか!?
「惠簾ちゃんありがとう! お塩が人面草の青臭さを消して自然な甘みをきわだたせてくれて、とってもおいしいです!」
しっかり食レポする夕露。
「思い出したわ!」
うなぎを食い終わった玲萌がポンっとひざをたたいた。「去年、興味本位で『夜の魔法薬学』って本を読んだんだけど、そこに人面草のことが載ってたのよ」
「つまり魔法薬の材料だったってことか?」
さすが玲萌、勉強熱心だ。
「まあ……わたくし聞いたことありませんわ―― 祈祷で治せないご病気の方たちを救うため、魔法薬学についても学んでいるのに……」
落ち込む惠簾。「それでどのような症状に効くのでしょう?」
問われた玲萌が、すっと目をそらす。
「えっとまあ、男性が夜使うみたいよ?」
――ん?
ああ、精力剤になるのか。『夜の』という題名はそういう意味だったか。
「ねっ、樹葵」
「は!? 俺は知らねえし! どこに視線やってんだよっ」
勉強熱心かと思ったら玲萌のやつ…… 前言撤回だっ
惠簾も俺から顔をそむけて、肩をふるわせて笑いをこらえてるし。
夕露だけがただひとり、人面草に夢中になっている。
「そうだ玲萌、さっき話の途中だったが、学園祭のトリにあんたは何したいんだ? 今日の放課後集まるってぇなぁ、そのへん話し合うんじゃねーのか?」
「そのとおりよ樹葵、察しがいいわね」
「玲萌さんは演劇をやりたがっているんです」
惠簾が眉をひそめた。長時間の瞑想よりはましだと思うが――
「ふ~ん、準備たいへんそうだけどな。ま、舞台裏から三味線くらい弾いてやらぁ。下座音楽みてぇなやつ」
「なにが『ふ~ん』よ樹葵、ひとごとみたいな顔しちゃって。きみ助演男優賞だからね?」
「……は? いや待て、俺はやるなんてひとことも言ってないぞ!」
「だいたい生徒会の出し物に賞なんてありませんよ」
と呆れ顔の惠簾。
夕露が指についた塩をなめなめ、
「でもどうせ主役は玲萌せんぱいなんでしょ?」
と尋ねる。さすが玲萌とつきあいが長いヤツ。
「ぴんぽ~ん♪ あたしは魔王の娘! 樹葵の役は魔界の姫であるあたしの護衛よ!」
「どっから拾ってきたんだ、そんな異世界モノの滑稽本みてぇな設定」
俺の質問に、玲萌はごそごそと巾着袋をあさりだした。
「これこれ。いま貸本屋さんから借りてるの! 『魔王の娘は護衛の騎士と逃げ出したい ~恋心を隠してきた幼馴染から「愛さない」と言われてショックを受けていたのに私が追放された途端、溺愛されて幸せです~』」
ばーんっと色刷りの表紙を見せびらかす玲萌。
「なんだその長い題名は」
そっこー突っ込む俺に、
「貸本屋さんが持ってくる目録には題名しか載ってないでしょ。だから戯作者たちは少しでも興味を持ってもらおうと、題名で内容を説明するようになったのよ」
なるほど、一理あるな。
「にしても、貸し本持って登校してるとは」
「そりゃそうよ、授業中に台本執筆してるんだから」
「授業中に!?」
「お芝居用にせりふだけで伝わるよう書きかえてんのよ」
いや、俺が驚いたのはそこじゃなくてだな…… さっきの土蜘蛛に関する講義中も熱心になにか書き取っていると思ってたら、内職してたのかよ。
「異国の地を舞台にしたお話で、父である魔王を倒されてしまった魔界のお姫様が、兄の決めた相手と政略結婚をさせられそうになって――っていう物語。その嫌な婚約者ってのが人間界の王子っていう設定なの」
嬉々として説明する玲萌に、惠簾が顔をしかめる。
「そんな魔がつくような人たちが主人公だなんていけませんわ。やっぱりここは全員で瞑想しませんと」
「あっそーだ、惠簾ちゃん!」
玲萌の声が高くなる。ろくでもないことを思いついたときの表情だ。
「この話、姫と人間界の王子が『婚姻の儀』をとりおこなう場面があるのよ。それを原作の異教徒風じゃなくて、あたしたちの文化にのっとった神前式にすりゃあいいじゃない! 玲萌ちゃんあったまいい! で、儀式のさいちゅうに瞑想時間をぶっこみましょうっ」
いやいや神前式の結婚式で瞑想なんざぁしねぇだろうが。
「それは素晴らしい考えですわ、玲萌さん!」
惠簾が玲萌の手をにぎった。まじか。あっさり丸め込まれる惠簾、巫女として大丈夫か?
「ふっふっふっ、決まりね。放課後の生徒会が楽しみだわ!」
勝ち誇っている玲萌に、
「俺はまだやるとは言ってねーぞ」
「台本が仕上がってから決めてくれてもいいけど?」
けろっとした顔で言いやがる。
「あんたが一生懸命、台本書き上げたあとじゃあ俺も断りにくいだろうが」
「だから外堀からうめていく作戦なのよっ」
こいつ…… 俺はこめかみを押さえつつ、
「で、あんたが俺にやらせたい護衛の役ってぇなあ、どんな人物なんだ? 主役の姫さんとどう関わるんだよ?」
仕方なく尋ねてやると、
「魔界だからみんな人外なんだけど、護衛の騎士くんは竜族って設定で外見も樹葵にぴったりなのよ。幼いころから姫の護衛をしていて、いわば幼なじみなのね。ふたりはお互いを想いあっているんだけど、身分違いだから口に出せないの。両片思いで切ないのよーっ」
貸し本を胸に右へ左へゆれる玲萌。
「落ち着け」
「望まぬ政略結婚に、姫は魔力封じの首飾りをしてのぞむの。じゃないと魔王ゆずりの魔法が暴発したら困るから」
伏線か?
「でも紆余曲折あってけっきょく、嫌味な人間界の王子にひん死の怪我を負わせて、姫は人間界を逃げ出すのね」
やはりな。創作物てなぁ大体こういう展開だ。
「そのときお尋ね者になった姫に唯一ついてきてくれたのが、護衛の騎士である竜族の青年なの」
玲萌はうっとりしながら貸し本を抱きしめる。食べ終わった夕露は長い話にすっかり飽きて居眠りしている。
「最後、ふたりは魔法で空を飛びながらようやくお互いの気持ちを確かめあって接吻を――あ」
あ。じゃねーよ。玲萌はそこまで語るとみるみるうちに真っ赤になった。俺はつとめて冷静に、
「で、俺らは学院の舞台で、全校生徒と街の人たちが見てる中、接吻場面を演じなきゃならねぇわけか?」
「ち、違うわよ! 台本はあたしが書きなおすんだから!!」
叫んで立ち上がると、俺たち三人をかわるがわる指さして、
「あんたたち、さっさと食器をお店に返してらっしゃい! 学院にもどるわよっ」
そう言い放つと自分の盆を手に、早足で去っていった。
夕露が手にした野菜の束を元気よく振る――と、葉っぱからかすかにうめき声が……
「あんた昼めし買いに行ったんじゃなかったのか?」
「そうだよ? これ、わたしのお昼」
と、小松菜のよーな葉野菜を俺の鼻の先にぶる下げる。
「ち、近づけるな……」
思わずのけぞる俺。ぱっと見わからないが、間近で見ると葉脈が人の目鼻立ちにそっくりだ。根っこを切られて苦しいのか、口をパクパクさせてるヤツもいる。
「それ食えるのかよ?」
「青物市場に食べられない毒草が売ってるわけないでしょ、樹葵くん」
なに言ってるのかしらこの人、と言わんばかりに怪訝な顔をしやがる夕露。
「観賞用ではありませぬか?」
と首をかしげたのは惠簾。「生け花にして床の間に飾るのかもしれませんよ」
「生け花って―― これ花じゃないからな?」
つっこむ俺に、
「お鼻ついてるよ」
すっとぼけた返答はもちろん夕露。葉に浮かんだ人面のまんなかを指差している。葉っぱと目をあわせつつ、舌なめずりしたかと思うと、
「いっただっきまーす!」
きらきらした笑顔のまま、ぱきっと一枚、株から葉をもぎとった。
一瞬、ぴぎゃっ!? と小さな声が聞こえた気がしたのだが――
むしゃむしゃとうまそうに食いやがる…… さらにもう一枚、
パキッ
「みぎゃっ」
むっしゃむっしゃ
ピリッ
「ぎゃおぅ」
もっしゃもっしゃ
――厳しい自然の摂理を具現化したかのような光景に俺は絶句する。女子と一緒にめし食うってこういう感じなのか…… 知らなかったぜ。
「おいしいけど、お塩かけたいなあ」
「お清めの塩なら持ってますよ」
と、惠簾がふところから巾着を取り出した。清めの塩で野菜食うのか!?
「惠簾ちゃんありがとう! お塩が人面草の青臭さを消して自然な甘みをきわだたせてくれて、とってもおいしいです!」
しっかり食レポする夕露。
「思い出したわ!」
うなぎを食い終わった玲萌がポンっとひざをたたいた。「去年、興味本位で『夜の魔法薬学』って本を読んだんだけど、そこに人面草のことが載ってたのよ」
「つまり魔法薬の材料だったってことか?」
さすが玲萌、勉強熱心だ。
「まあ……わたくし聞いたことありませんわ―― 祈祷で治せないご病気の方たちを救うため、魔法薬学についても学んでいるのに……」
落ち込む惠簾。「それでどのような症状に効くのでしょう?」
問われた玲萌が、すっと目をそらす。
「えっとまあ、男性が夜使うみたいよ?」
――ん?
ああ、精力剤になるのか。『夜の』という題名はそういう意味だったか。
「ねっ、樹葵」
「は!? 俺は知らねえし! どこに視線やってんだよっ」
勉強熱心かと思ったら玲萌のやつ…… 前言撤回だっ
惠簾も俺から顔をそむけて、肩をふるわせて笑いをこらえてるし。
夕露だけがただひとり、人面草に夢中になっている。
「そうだ玲萌、さっき話の途中だったが、学園祭のトリにあんたは何したいんだ? 今日の放課後集まるってぇなぁ、そのへん話し合うんじゃねーのか?」
「そのとおりよ樹葵、察しがいいわね」
「玲萌さんは演劇をやりたがっているんです」
惠簾が眉をひそめた。長時間の瞑想よりはましだと思うが――
「ふ~ん、準備たいへんそうだけどな。ま、舞台裏から三味線くらい弾いてやらぁ。下座音楽みてぇなやつ」
「なにが『ふ~ん』よ樹葵、ひとごとみたいな顔しちゃって。きみ助演男優賞だからね?」
「……は? いや待て、俺はやるなんてひとことも言ってないぞ!」
「だいたい生徒会の出し物に賞なんてありませんよ」
と呆れ顔の惠簾。
夕露が指についた塩をなめなめ、
「でもどうせ主役は玲萌せんぱいなんでしょ?」
と尋ねる。さすが玲萌とつきあいが長いヤツ。
「ぴんぽ~ん♪ あたしは魔王の娘! 樹葵の役は魔界の姫であるあたしの護衛よ!」
「どっから拾ってきたんだ、そんな異世界モノの滑稽本みてぇな設定」
俺の質問に、玲萌はごそごそと巾着袋をあさりだした。
「これこれ。いま貸本屋さんから借りてるの! 『魔王の娘は護衛の騎士と逃げ出したい ~恋心を隠してきた幼馴染から「愛さない」と言われてショックを受けていたのに私が追放された途端、溺愛されて幸せです~』」
ばーんっと色刷りの表紙を見せびらかす玲萌。
「なんだその長い題名は」
そっこー突っ込む俺に、
「貸本屋さんが持ってくる目録には題名しか載ってないでしょ。だから戯作者たちは少しでも興味を持ってもらおうと、題名で内容を説明するようになったのよ」
なるほど、一理あるな。
「にしても、貸し本持って登校してるとは」
「そりゃそうよ、授業中に台本執筆してるんだから」
「授業中に!?」
「お芝居用にせりふだけで伝わるよう書きかえてんのよ」
いや、俺が驚いたのはそこじゃなくてだな…… さっきの土蜘蛛に関する講義中も熱心になにか書き取っていると思ってたら、内職してたのかよ。
「異国の地を舞台にしたお話で、父である魔王を倒されてしまった魔界のお姫様が、兄の決めた相手と政略結婚をさせられそうになって――っていう物語。その嫌な婚約者ってのが人間界の王子っていう設定なの」
嬉々として説明する玲萌に、惠簾が顔をしかめる。
「そんな魔がつくような人たちが主人公だなんていけませんわ。やっぱりここは全員で瞑想しませんと」
「あっそーだ、惠簾ちゃん!」
玲萌の声が高くなる。ろくでもないことを思いついたときの表情だ。
「この話、姫と人間界の王子が『婚姻の儀』をとりおこなう場面があるのよ。それを原作の異教徒風じゃなくて、あたしたちの文化にのっとった神前式にすりゃあいいじゃない! 玲萌ちゃんあったまいい! で、儀式のさいちゅうに瞑想時間をぶっこみましょうっ」
いやいや神前式の結婚式で瞑想なんざぁしねぇだろうが。
「それは素晴らしい考えですわ、玲萌さん!」
惠簾が玲萌の手をにぎった。まじか。あっさり丸め込まれる惠簾、巫女として大丈夫か?
「ふっふっふっ、決まりね。放課後の生徒会が楽しみだわ!」
勝ち誇っている玲萌に、
「俺はまだやるとは言ってねーぞ」
「台本が仕上がってから決めてくれてもいいけど?」
けろっとした顔で言いやがる。
「あんたが一生懸命、台本書き上げたあとじゃあ俺も断りにくいだろうが」
「だから外堀からうめていく作戦なのよっ」
こいつ…… 俺はこめかみを押さえつつ、
「で、あんたが俺にやらせたい護衛の役ってぇなあ、どんな人物なんだ? 主役の姫さんとどう関わるんだよ?」
仕方なく尋ねてやると、
「魔界だからみんな人外なんだけど、護衛の騎士くんは竜族って設定で外見も樹葵にぴったりなのよ。幼いころから姫の護衛をしていて、いわば幼なじみなのね。ふたりはお互いを想いあっているんだけど、身分違いだから口に出せないの。両片思いで切ないのよーっ」
貸し本を胸に右へ左へゆれる玲萌。
「落ち着け」
「望まぬ政略結婚に、姫は魔力封じの首飾りをしてのぞむの。じゃないと魔王ゆずりの魔法が暴発したら困るから」
伏線か?
「でも紆余曲折あってけっきょく、嫌味な人間界の王子にひん死の怪我を負わせて、姫は人間界を逃げ出すのね」
やはりな。創作物てなぁ大体こういう展開だ。
「そのときお尋ね者になった姫に唯一ついてきてくれたのが、護衛の騎士である竜族の青年なの」
玲萌はうっとりしながら貸し本を抱きしめる。食べ終わった夕露は長い話にすっかり飽きて居眠りしている。
「最後、ふたりは魔法で空を飛びながらようやくお互いの気持ちを確かめあって接吻を――あ」
あ。じゃねーよ。玲萌はそこまで語るとみるみるうちに真っ赤になった。俺はつとめて冷静に、
「で、俺らは学院の舞台で、全校生徒と街の人たちが見てる中、接吻場面を演じなきゃならねぇわけか?」
「ち、違うわよ! 台本はあたしが書きなおすんだから!!」
叫んで立ち上がると、俺たち三人をかわるがわる指さして、
「あんたたち、さっさと食器をお店に返してらっしゃい! 学院にもどるわよっ」
そう言い放つと自分の盆を手に、早足で去っていった。
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