アッチの話!

初田ハツ

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幼馴染みクライシス! の巻

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※トリガー警告
作中の展開として、性的マイノリティへの差別発言・セクハラ・合意のないキスの描写があります。


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四月のはじめ、グループの責任者だという先輩の招集で大地が訪れたのは、大学の門から見えるくらいの近さのカフェだった。特別変わったところのない大手チェーンの店だけれど、明るく入りやすく、座席同士の間隔も広めで、周囲の声もあまりうるさくない。新入生が緊張せず話せそうな場所を選んでくれたらしい。
情報グローバル学科・通称グロ科では、全体での新歓イベントを行う代わりに、五十音順の学籍番号で振り分けられた新入生と上級生の小グループを作り、それぞれに履修の相談などができるカフェミーティングを行うのが恒例になっている。
大地と映見は同じグループに配置され、この日、初めて顔を合わせた。同時にそれは、映見が早々、上級生たちの度肝を抜く自己紹介をやってのけたミーティングでもあった。
「両親は日本人ですが、アメリカで育って、日本には来たばかりです。まだこっちの習慣に馴染めてないと思うので、間違ってることがあったら教えてください」
入学条件としてある程度の英語力が求められるグロ科に、こういう学生は珍しくない。皆笑顔で聞いていた。
「あと、オープンにしているので先に言っておきますが、レズビアンです」
先に自己紹介を終えていた大地は、驚いて映見の顔を見た。同じテーブルについた上級生たちも一瞬言葉を失っている。
口火を切ったのは三年の男子だった。
「……おーい、いきなりカミングアウトかよ! そっから日本の常識と違ってるよ!」
投げつけられた言葉に、映見はぽかんとした表情で固まっている。四年の女性が咄嗟にとりなした。
「いや、それはどっちかというと日本の悪習ね。そういう率直な話し方、私は好きだよ」
「ちょっと先輩、そんなこと言ったら狙われちゃいますよ」
耐えかねたのは、大地だ。
「そういう言い方、失礼じゃないですか?」
入学したばかりの一年生に、真っ向から非難されるとは夢にも思っていなかったのだろう。信じられないものを見るような顔が、大地に向けられる。その瞬間、さきほどの四年生が、大地を睨んでいる彼の肩をぱしっと叩いて笑顔のまま言い放った。
「そう、あんたが悪い!」
彼女の軽妙な制し方に加え、ほかの先輩たちも場を取り持ってくれたので、入学早々上級生と喧嘩になることは免れた。けれどその三年生とは、最後までぎこちない雰囲気でミーティングを終えることとなった。
数日後、授業で再会した映見に「あの時はありがとう」と言われて、大地は慌てて首を振った。
「いや俺、変に険悪な感じにしちゃって、むしろごめん」
「自分のことで怒ってくれるのは、嬉しいものだよ」
そんな言葉を照れもなくさらりと言う映見に、大地は驚きつつ感心する。それから少し考えて、口を開いた。
「……この後、ちょっと時間ある?」
映見に、話したいことがあったからだ。

大窓に面したカウンター席と、いくつかのテーブル席のわきに、自動販売機が数台設置されている国際学部のラウンジで、紙コップ式の自販機のコーヒーを買い、大地と映見は向かい合って座る。にこやかな映見に対し、大地は目を泳がせ、緊張を隠せなかった。
「実は俺も、同性の好きな人がいるんだ」
紙コップを両手でもぞもぞと握りながら言う大地に、映見はなんでもないような笑顔で、こくりと頷いた。
「そういう話かなって思った」
ゲイってこと? と小声で問う映見に、大地は返した。
「それは……俺もまだよくわからない。ただ、子どもの頃からずっと一人の男の子が好きなんだ」

カフェミーティングで親しくなった四年生が教えてくれた店は、大学からほど近いビルの地下にあった。洋食店というより、スナックか何かと間違えられそうな「飛行船」という店名が看板に記されている。店内は意外に広く、ウッド調で落ち着く雰囲気だった。五限が終わってすぐ、夜営業が始まる六時ちょっと過ぎには到着したけれど、すでに何組かの先客がいた。
先輩のおすすめはオムライスだったけれど、メニューを見ていると他にもいろいろ試したくなる。大地と愛実はハンバーグとミニオムライスセット、映見はチキンカツレツとミニオムライスセットを頼み、冬人はスタンダードなオムライスを頼んだ。
先日のカフェテリアでの冬人たちとの会合は、お互いにどこまで話すか、打合せ不足だった。大地は映見のセクシャリティのことを勝手に話せないと思ったし、映見は映見で、大地と仲良くなったきっかけの話で自分が同性愛者だと言ったら、大地のことまでバレてしまうんじゃないかという懸念があった。
映見が心配しているのは、そのせいで冬人にあらぬ誤解を与えてしまったのではないか、ということだ。大地は「そんなことふーくんが気にするかなあ」と言うけれど、映見はあの時の冬人の表情に、わずかに察するものがあった。だから今回は、よくよく二人で辻褄を合わせてから、改めて冬人たちに会うことにしたのだ。
「すごい! 先輩たちの前でレズビアンですって言ったの?」
どうやってその話に運ぼうかと考えていたら、愛実がちょうどよく「大地が映見を助けた時の話をもっと詳しく聞きたい」と振ってくれた。今はカフェミーティングでの次第を、ひと通り話したところだ。
「すごいかな? 日本って、アメリカよりもっとオープンにしにくい感じなのかな?」
そう愛実に返しながら、映見は、冬人の様子が気になった。自分と大地の間に恋愛の気配はないと知って、彼はどう反応するだろう。
冬人はゆっくり映見の顔を見て、それから口を開いた。
「日本って、何に関してもあんまり自分のことをオープンに話さない人が多いからかもね」
冬人の態度が落ち着いているので、映見はちょっと拍子抜けした。冬人が自分と大地との仲を誤解したのでは、と思ったのは、勘違いだったのだろうか。ひとまず、会話を続けることにする。
「たしかに、みんなすごくシャイなの? って思うことは多いかな」
大地が頷く。
「アメリカのおばあちゃんち行った時とかに、日本の差別ってアメリカとはちょっと違うのかなって思ったことがあるよ」
「へえ、どういうふうに?」
愛実が興味を示した。
「アメリカでは人種とかバカにされたり、見下されたりすることがあるけど……日本もそれはあるんだけど、それ以上に、『人と違うやつを嫌う』って感じが、向こうより強い気がする」
映見は首をかしげる。
「人はみんな違うでしょ?」
「でもそれ……わかる」
愛実が大地に同意した。
「差別される人が話を聞いてもらえないっていうのは、どこでもあると思うけどさ、日本社会って『話を聞いてほしい』って主張すること自体がマイノリティなんだよ」
愛実の言葉に、大地が大きくうんうんと頷く。
「浮いちゃいけない、目立っちゃいけない。小学校からずっとそう!」
日本では珍しい容姿の大地と、女子にしては珍しいメカ好きの愛実には、体験的に同じような鬱憤があるのかもしれない。そんな話を遮るように、
「お待たせしあっしたー」
と、やたら筋骨隆々な若い店員が運んできたのは、二人分のハンバーグとミニオムライスセットだった。
「美味しそう!」
愛実が感嘆の声を上げる。デミグラスソースのかかった丸くて分厚いハンバーグと、滑らかなオムライス。続いて運ばれてきたチキンカツレツも思った以上に大きいし、セットメニューでない正規サイズのオムライスは、黄色い表面の美しさがさらに際立っていた。
「衣にハーブが入ってるかな? トマトソースの味最高!」
映見が一口頬張って、満足気な表情を浮かべる。
「これ、懐かしいオムライスだ」
冬人がそう言ったのは、とろっとした半熟卵がかかっているものでも、ライスの上に乗った半熟オムレツを真ん中から開くタイプでもなく、全面がきちんと卵に包み込まれているオムライスだったからだ。
「卵に厚みがあって、ふわっとしてる。おいしい」
しばし、お互いに食リポし合って盛り上がる。
「さっきの話だけどさ……」
不意に、冬人が切り出した。
「人と違っちゃいけないなんて、僕自身は思ってないつもりだったけど、知らないうちにその枠に囚われてることもあるよね」
皆少し、食べる手が止まる。
「白状すると、大地がエミーを連れてきた時、二人に恋愛的な何かあるのかなって疑ったんだ。男友達だったらそんなこと思わないのに、女の子ってだけで……最初から偏見を持ってて、エミーっていう人自身を見てなかった」
表情があまり変わらないから、何を考えているかわからないところがあるけれど、面白い人だな、と映見は思う。
「……それで言ったら、私自身も当たり前みたいに、男女だから恋愛関係だと思われたかなって考えちゃってた。自分のことでも、飲み込まれて忖度しちゃうんだよね」
愛実がハンバーグを刻みながら、うんうんと頷く。
「あー、こういう話は檸檬もいたら、いっぱい毒吐いてくれそうなのにね」
「今頃、運営委員の先輩たちに忖度してるところかな」
と笑う冬人。
「顔合わせの飲み会って言ってたよね? 委員会活動するなんて意外」
映見の言葉に、冬人と愛実は、ニヤリと顔を見合わせた。
「それがさあ……委員の先輩に顔がめちゃくちゃタイプの人がいるからだって、あのビッチ」
つい映見たちの前でも、いつもの口の悪さが出て愛実はおっと、と口を押さえる。
「本人は、顔が好きなだけで本気になるつもりはないって言うんだけどさ」
冬人の言葉に、映見が首をかしげる。
「えー、本当に? その人を追いかけて委員会にまで入っちゃったんでしょ?」
「でしょ? そう思うよね!」
映見が同意見で、愛実は嬉しそうだ。冬人は笑いながら、少し考えるように視線を上げる。
「僕、檸檬がああいう人を好きなの、ちょっと納得できるな」
カラン、とドアベルの音を立てて、新たに女性客が二人、明るい声で話しながら入ってくる。ほかの席の客たちもきっと、人間関係やら恋やら芸能人やら、それぞれの日々にまつわるいろいろなことを、食事と共に話しているのだろう。
「あの人は、檸檬の譲れないこととか、大事にしたいことを、ちゃんと大切にしてくれそうな人って気がする」
「自称『遊び人』にとって、本気で恋するのって、難しいことなのかな?」
大地がコップの底の水跡を紙ナプキンで拭きながら、何とはなしに言った。皆が「うーん」と唸る。愛実が思案顔で、ぽつりと言う。
「そうじゃなくても、本気の恋は、誰にとっても難題かもね……」

そんな愛実の言葉が、胸に残っていたせいだろうか。それとも、冬人が自分と映見の関係を気にしていたとわかったから……。もしくは、その誤解がとけて、安心したから……。
二人の部屋に帰ってから、大地は冬人にしがみついて、離れられなくなってしまった。ソファ替わりにも使っているベッドに腰かけた冬人の、首に抱きつき、背中に腕を回し、襟元に顔をうずめる。
「ふーくーん、ふーくん」
「どしたの、大地」
冬人は当たり前のように受け止めて、髪を撫でてくれた。優しい声に胸が詰まる。こんなにべたべたに甘えているくせに、肝心なことが言えないなんて、映見が知ったら笑うかも、と大地は思う。
「ふーくん」
首元に擦り付けるように顔の角度を変えて、冬人の唇に近づく。冬人は親指で大地の口の端を撫でてから、顔を寄せる。
二人暮らしを始めてからは、ずっと眠る前のキスがルーティンになっていた。それ以外のタイミングでキスをしたのは、これが初めてだ。いつものキスより、味わうように夢中で口づけてしまう。
必死に舌に吸いついていたら、いつの間にか大地の体は、仰向けにベッドに沈んでいた。自分に覆いかぶさって見下ろす冬人が、熱っぽい瞳をしている。同じ昂りを感じてくれているのだと思うと、嬉しくなる。
「……ふーくん、俺、たっちゃった」
真っ正直に白状してしまったら、冬人の顔が再び降りてくる。互いのTシャツの裾をぐしゃぐしゃとかき回す。
「ふーくん……」
「……触ってもいい?」
冬人が大地のジーパンに手をかけて、大地は息を呑む。
「触るだけ……」
大地は、夢中で冬人の体にしがみついた。

大地に先に体を洗うよう促した冬人は、今は、自分がシャワーを浴びている。微かな水音を聞きながら、大地はベッドの奥の部屋の隅に座って、窓の外に目をやっていた。とはいってもそこには、隣のビルの壁と、夜の闇が見えるだけだ。シャワーを浴びた後でも、体にまださっきの余韻が残っている。
……なぜ自分たちの間には、決定的な言葉が足りないんだろう。
言う勇気も、聞く覚悟もないまま、欲しくてたまらない体温だけをねだってしまう自分は、ずるいのだろうか。始め方から間違ったのかもしれない、と大地は思う。それは、二人が出会った、小学三年生の時のこと。自分が最初から、誤魔化して始めてしまったから。

東京でずっと塾や英語教室の講師をしていた両親が、友人の学習塾の共同経営者となって、新たなスタートを切った時だった。大地ら一家は、東京から静岡に引っ越すことになった。
はす向かいの家に同い年の男の子がいると聞いて、大地は会うのを楽しみにしていた。家族で挨拶に行ったその家が、あまりに大きくてきれいだったので驚いたのを覚えている。なんでも母親がちょっと名の知れた料理研究家で、自宅で教室も開いているらしい。夫とは離婚して、息子二人と三人暮らしだと聞いた。
大地に初めて会った子どもは、たいていまずは、大地の容姿に対して何らかの反応をする。「きれい」と褒めたり、「なんで」と不思議がったり、中には脅えてしまう子もいる。
冬人の反応は、そのどれとも違っていた。はにかみながらお互い挨拶を交わした後に、すぐに冬人が言ったのは、
「ねえ、今から僕んちで一緒に遊ばない?」
これまで同年代の子たちが、大地を特別視せず普通の友達だと思ってくれるまで、多少の時間が必要なのは当たり前だった。こんなに何のハードルもなくすぐに仲良くなれた友達は、冬人が初めてだ。そして冬人はその頃から、とても優しい少年だった。出会った日、冬人の家で探検したり、ゲームをしたりして遊んで、その日のうちにもう大地は、冬人のことが大好きになっていた。
冬人を好きな気持ちが高まりすぎて、思わず頬にキスしてしまったのは、それから数か月後。近所の雑木林で、秘密基地を作ろうなんて言って、二人だけで遊んでいた時だった。驚いた顔をする冬人に、大地は、
「アメリカのおばあちゃんちでは、みんな挨拶でチューするんだ」
そう言って誤魔化した。実際、祖母は会うたびいつも大地の頬に熱烈なキスをくれるけれど、ほかの親戚は、頬と頬を合わせるだけだ。大地の方から誰かにキスしたのも、初めてのことだった。
「ごめん、つい癖で」
そううそぶく大地に、冬人は、「いいよ」と答えた。
「ちょっと恥ずかしいけど、なんか嬉しかった」
大地の心臓はドキドキが止まらなくなる。
「……じゃあ、またやってもいい?」
 冬人は頷いて微笑み、「いいよ」と答えた。
その時から、二人きりになると、お互いの頬にキスをするのが習慣になった。ほかの人がいる時はしない、二人だけの秘密というのは、暗黙の了解だった。
四年生になった頃には、初めて唇にキスをした。大地の部屋で、じゃれて頬にキスし合っていたら、気付くと唇が近くにあって、まるで自然なことのように触れてしまった。そのことについて、お互いに話すことはなかったけれど、その後も時々、二人きりになると唇と唇で触れ合った。
その頃にはもう、大地は自分の冬人への気持ちが、ただの友達への思いではないと気付いていた。
毎日、それぞれの家に帰らなきゃならない夕方は、淋しくてなかなか冬人の手を離せなかった。同年代の子どもたちは、「一生」とか「永遠」とかいう言葉をむやみに使うのが好きで、「お前、永遠に罰ゲームな!」とかよく言っていたけれど、大地はその言葉を聞くたびに冬人を思い浮かべた。いつも家の前で離れてしまうその手を、ずっと握っていられる「永遠」があればいいのに、と願った。自分でも、まだ子どもなのに、こんな気持ちは早すぎるんじゃないかと思ったけれど、気付いた時にはもう好きで仕方なかった。
二人の中学校入学祝いを冬人の家で開いてくれた日、初めて両方の親から許可が出て、冬人の部屋に泊まった。その夜、これまでで一番長いキスをした。一つのベッド、一つの布団の中で、唇を離すのが惜しくて、ずっと口付けてしまうのを、冬人は黙って受け入れてくれた。
一度だけ、それまでとは全然違うことをしたのは、高一の夏。その日、冬人の二つ上の兄の誕生日パーティーが開かれた。
冬人の兄は、地元では有名なハンサムで、さらに大人しい冬人とは違い社交的で華やかな人気者だった。その人気は、卒業後関西の大学に行くことが決まった彼のために地元の友人たちが企画して、数十人規模の誕生日パーティーを開くほどだ。とはいえ、会場には広い田中家が選ばれ、張り切った母の豪華な手料理が並んだので、誰がホストかはよくわからない状況だった。
大地と冬人にとっては、あまりよく知らない先輩たちばかりのアウェーな会だったけれど、家族であり、家族ぐるみで付き合いのある近所の幼馴染みであり、同じ高校の後輩ということで、兄から参加するように頼まれた。そこで事件は起こった。
しばらく前から、冬人にやたら絡む女性がいた。兄のクラスメイトの一人だけれど、冬人をしきりに「かわいい」と言い、「お兄さんは無理めだけど、弟でもいい」などと肝の太いことを言ってくる。隅の方に大地と二人でいた冬人をソファへ引っ張っていき、自分の隣に座らせた。冬人は断り切れずにいるようだった。冬人の顔が、彼女の両手に挟んで捉えられ、大地があっと息を呑んだ瞬間に、顔と顔が重なっていた。
「やめてください……」
冬人がそう言う声が聞こえて、顔を背けようとしているのが見えたけれど、大地は耐えきれず、その場を立ち去った。自分以外の誰かが冬人にキスするなんて、考えたことがなかった。そのまま二階の冬人の部屋に逃げ込んで、うずくまる。怒りなのか、悲しみなのかよくわからない涙が溢れてきた。
そのまま、どれくらい時間が経ったかわからない。気が付いたら冬人のベッドの上で眠っていた。冬人はベッドの端に座って、部屋着のTシャツに着替えているところだった。
「あ、ごめん、寝ちゃってた……」
起き上がろうとする大地の頭を優しく押さえて、冬人は「寝てていいよ」と言う。そして、大地の目の前に向かい合うようにして寝転がった。
「どうして、ここに一人で来てたの」
冬人が問う。大地はただ、
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と答える。冬人はそっか、と返して、大地の髪を撫でた。
「大地の髪、やわらかくて好きだ」
大地は思わず、いつものように顔と体を冬人に近づける。そしていつものように、二人の唇が重なる。
その瞬間、大地は不意に、冬人があの女の人にキスされたシーンを思い出した。急に悔しい気持ちが湧き上がってきて、思わず冬人の唇に歯を立てた。
「んっ……」
冬人が驚いて声を上げる。
お互いの瞳の中に、見慣れない炎が燃えている。噛みついたところから、着火スイッチが押されてしまったようだ。
弾みがついたように深く口付ける。下半身に熱がこもり、キスをしたままお互い触り合った。その夜の興奮と罪悪感は、大地にとって、一生忘れられそうもない思い出となった。

それ以来、体に触れ合うことはずっとなかった。たまにキスが深くなりかけても、無理やり打ち切るようにストップした。今日のようなことは、高一のあの時以来だ。
何かが変わり始めているんだろうか。──そう思う一方で、今さら二人の関係を変えられるなんて、ありえない気もしてくる。
(このままずっと、好きって伝えられないまま死んじゃったらどうしよう……)
大地は妙にセンチな気持ちになって、涙を拭う。
その後ろ姿を、シャワーから上がった冬人が見ていたことに、大地は気づいていなかった。
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