【完結】誓いの指輪〜彼のことは家族として愛する。と、心に決めたはずでした〜

山乃山子

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18 それぞれの願い③

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午後3時。
康介は楓を見舞う為に病院を訪れた。
しかし、どんな顔で楓に会えば良いのかは未だに決めかねていた。

(今の楓の記憶は、浦坂に殴られて気絶したことになっているんだ。
 それ以上は思い出さないように、下手に刺激しないようにしないと……)

ぐるぐると考えながら楓の病室に辿り着く。
その時、病室の扉が開いて中から人が現れた。

(誰だ?)

それは楓と同じ高校の制服を着た少年だった。
楓よりもずっと背が高く、がっしりした体格の少年だった。
髪を茶色に染めていて耳にはピアスがあるので、少しヤンチャな印象を持つ。
雰囲気からして悪い人間ではなさそうだが。

「…………」

少年は、康介の方をチラリとだけ見て、そのままその横を通り過ぎていった。

(楓の病室から出てきたってことは、楓の知り合いか?)

茶髪の少年のことが気になった康介は迷わず病室の扉を開けた。

「楓!」
「あ、康介さん」

ベッドの上で体を起こした状態で楓は康介を迎えた。
そこには、実に穏やかな笑顔があった。
ずっと楓のことを考えて悶々と悩んでいた康介は思わず拍子抜けする。
が、笑顔でいてくれるのに越したことは無いのでほっと胸を撫で下ろした。

「今日は遅かったね。仕事、忙しいの?」
「え? ああ、ちょっとな」
「そっか。忙しいのにわざわざ来てくれてありがとね」
「いや、良いんだ。気にしないでくれ」

康介を気遣う楓の言葉にチクリと胸の奥が痛む。
実際は、康介は忙しくなどなかった(彼の周りの刑事たちは忙しそうにしていたが)
田城の話を聞いた後、楓とまともに顔を合わせる勇気がなくてグダグダしていただけだった。
だが、いざ顔を合わせてみると存外普通だったので、大いに安心する。

「楓、昨夜はよく眠れたか?」
「うん。久しぶりに落ち着いて眠れたような気がする」
「そうか。俺を安心させる為の嘘じゃないよな?」
「嘘じゃないよ。……あ、このアメジストが効いたのかも」

そう言って楓は昨日から首にぶら下げているアメジストのペンダントを持ち上げる。

「え? そうなのか?」
「きっと康介さんのお陰だね。ありがとう」
「いやー……どうだろうな」

アメジストの効果云々はさておき、実際問題、楓の顔色は悪くなさそうだった。
目の下のクマも昨日よりはマシになっている。
そんな中、康介は楓の手元にある何冊かのノートに気付く。

「楓、そのノートは?」
「授業のノート。僕が休んでる間の分を、友達が持ってきてくれてたんだ」
「ほう、友達か」
「今日は先生たちの都合で学校が早く終わったらしくて、ついさっきまで話をしてた」
「そうか。その友達ってのは、どんな奴なんだ?」
「良い人だよ。話が面白くて、一緒にいると楽しいんだ」
「なるほど」
「僕と違って背が高くて顔もカッコいいから、女の子によくモテてるんだ。
 だから、一緒にいると女の子たちの視線が痛いんだよね」
「どういう視線なんだ、それは」
「『何であんたみたいなチビが蒼真くんの隣に居るのよー!』みたいな」
「お、おう」

自分の背の低さにコンプレックスを持っているようで、楓は困り顔で曖昧に笑う。
その様子が可愛くて、康介はつい口元を緩める。

「蒼真っていうのか。その友達は」
「うん。北條蒼真ほうじょうそうまくん」
「真面目な奴か?」
「うーん……ちょっと悪ぶってるところはあるかも。でも、良い人だよ。
 僕が困ってる時はいつも助けてくれるし。
 今日だって、わざわざここまでノートを持ってきてくれたし」
「そうか。じゃあ、その友達にも心配をかけたかもな」
「うん。何があったのかすごく聞かれた。よく分からないって答えておいたけど」
「そうだな。それが良い」
「そうそう。蒼真くんね、絵が凄く上手なんだ。
 美術部に入れば良いのにって思うぐらい」
「へえ、そうなのか」
「僕は蒼真くんの絵が好きだったんだけど、
 今の蒼真くんは絵を描くことがあまり好きじゃないみたい。
 残念だけど、本人の気持ちが大事だから仕方ないかなって」
「そうか」

にこにこと笑いながら友達のことを話す楓を、微笑ましく見つめる。
そんな康介を、楓が怪訝な顔で見つめ返した。

「どうしたの? なんだか嬉しそう」
「ああ。楓がちゃんと高校生活を楽しんでることが判って嬉しいんだよ。
 友達にも恵まれてるみたいで安心した」
「うん。いじめに遭ったりとかはしてないから、心配しないで」
「ああ、本当に良かった」

微笑む康介の目の前で、楓は貰ったノートをパラパラとめくる。

「早く蒼真くんと一緒に学校に通えるようになりたいな」
「じゃあ、頑張って体を治さないとな」
「うん。リハビリも頑張る」
「それは良いことだ」

よしよし、と康介は楓の頭を撫でる。
北條蒼真という友達の影響だろうか。
楓は今、未来に希望を持って明るく笑えている。
それを好ましく思いつつ、どこか寂しくも思いつつ、康介は楓に微笑みかけた。

「…………」

その時、不意に楓の顔から笑みが消えた。
少し目を見開いて、ぼんやりとしているように見えた。

「楓、どうした?」
「あ……ううん。何でもない」
「どこか痛いのか?」
「ううん。ちょっとぼうっとしてただけ。……本当に何でもないから」
「そうか? それなら良いが」

楓は何でもないと言って笑って見せた。
何か引っかかるものを感じたが、康介は今は深く追求しないことにした。
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