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(5)教授、昔話をする①
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「……ふう」
研究室の扉が閉められると、神里は深く息をつく。その口元には、どこか清々しさを帯びた笑みが浮かんでいた。
「今の人、お知り合いだったんですか?」
抱えていた箱を神里のデスクに置いて、藤本が問う。
頷いて神里は再びソファに座った。
「昔、ある事件で関わったことがあってな」
「そうなんですね」
「気になるか?」
「まあ……はい」
「いいだろう、教えてやる。だが、その前に……」
神里がソファに座ったまま軽く手招きをする。
「藤本、届いた荷物をこっちに持ってきてくれ」
「はい」
神里の指示を受けて、一旦はデスクに置いた箱をもう一度持ち上げる。それから、コーヒーテーブルの上に置き直した。
「何なんですか、これ」
「まあ見てろ」
したり顔で笑いながら神里は箱を開ける。
中から現れたのは、ウイスキーのボトルだった。
「先生、これ……!」
「見ての通り、ウイスキーだ。しかも、香り高きパナケアだぞ」
ウキウキとボトルを取り出す神里に対し、藤本が口を尖らせる。
「学内でアルコール類を持ち込むのはダメだって言ったじゃないですか」
「だから、持ち込ませたんだろうが」
「注文したのは先生なんだから同じ事ですってば」
「堅いことを言うな。お前さんにリベンジのチャンスを与える為なんだからよ」
「はい?」
「明日こそは、このウイスキーを使って完璧な唐揚げを作るんだ」
「その為にわざわざ注文したんですか?」
「まあな。どうせ明日も夢屋は営業してねえだろうからな」
「はあ……」
神里の食へのこだわりに閉口するとともに、肩から力が抜ける。
そんな藤本に向かって、神里は更なる指示を出した。
「それはそうと、グラスを持ってきてくれ。もちろん、氷入りでな」
「今、飲むつもりですか?」
「別にいいだろう。今日はもう講義も会議も無いんだからよ」
「はあ……分かりました」
何を言っても無駄だと悟り、藤本はため息混じりに立ち上がる。
そうして、テーブルの上に置きっぱなしになっていた空のコーヒーカップも回収しつつ、キッチンスペースへ向かった。
琥珀色の液体がロックグラスの中に揺らめく。
ウイスキー特有の、華やか且つほろ苦い香りが室内に広がった。
「……美味い」
グラスに注がれたウイスキーを一口飲んで、神里は感嘆の声をあげる。
「芳醇な香り、深いコク、どれをとっても最高だ」
「良かったですね」
「お前さんもどうだ? ん?」
「僕は遠慮しておきます」
「つれない奴め」
そう言って神里はもう一口、ウイスキーを口に含む。舌でよく味わいゆっくりと飲み込むと、そのグラスをテーブルの上に置いた。
そうして向かい側に座る藤本の方を見る。
「さてと」
一呼吸置いてから、少し改まった様子で神里は口を開いた。
「さっきの話なんだが」
「立永さんのことですか」
「ああ。少しばかり長い昔話になるが、良いか?」
「はい」
「そうか。じゃあ、話そう」
神里の顔から笑みが消える。
それから静かに語り始めた。
「ちょうど7年前の今頃のことだった。千葉県のとある小さな町で
当時17歳の少年が殺害されるという事件が起こった」
「7年前?」
「俺がお前さんと出会うより少し前のことだ」
少年にとって、それは高校3年生になって間もない頃だった。
コンビニでアルバイトをしていた彼は、普段なら夜の10時頃には自宅に帰っていた。
しかし、その日は11時になっても12時になっても帰ってこなかった。連絡もつかなかった。
少年は真面目な子で、これまで無断で外泊するようなことは無かった。
心配した両親は警察に相談し、自ら息子の捜索に乗り出した。
そうして数時間後、少年は発見された。
アルバイト先のコンビニから少し離れた所にある雑木林の中で遺体となって発見された。
体には無数の痣や傷があり、酷い暴行を受けた末に命が失われたものと思われた。
夜中の出来事であったことと、防犯カメラが不十分な地域だったことから捜査は難航した。
そこで、警察は犯罪心理学の専門家である神里に捜査協力を依頼した。
神里の分析によって犯人はあっさりと割り出され、逮捕された。
犯人は、なんと被害者と同じ17歳の少年たちだった。
被害者の少年は、アルバイトの帰りにて3人の少年に因縁をつけられた。
そして、雑木林に連れ込まれて殴る蹴るの暴行を受けた末に、命を落とした。
彼らに面識は無かった。だから、何の恨みも無いはずだった。
犯人たちは、「イライラしてたから」というだけの理由で被害者をいたぶり、死に至らしめたのだった。
「その被害者の名は立永大悟」
「立永?」
「そう。さっきここに来た立永さん──立永留一さんは被害者の父親だ」
「そう……だったんですか」
人の良さそうな笑みを浮かべるあの男性の顔を思い出して、藤本は顔を曇らせる。
神里はテーブルの上のグラスを手に取り、中のウイスキーを少しだけ口に含んだ。
研究室の扉が閉められると、神里は深く息をつく。その口元には、どこか清々しさを帯びた笑みが浮かんでいた。
「今の人、お知り合いだったんですか?」
抱えていた箱を神里のデスクに置いて、藤本が問う。
頷いて神里は再びソファに座った。
「昔、ある事件で関わったことがあってな」
「そうなんですね」
「気になるか?」
「まあ……はい」
「いいだろう、教えてやる。だが、その前に……」
神里がソファに座ったまま軽く手招きをする。
「藤本、届いた荷物をこっちに持ってきてくれ」
「はい」
神里の指示を受けて、一旦はデスクに置いた箱をもう一度持ち上げる。それから、コーヒーテーブルの上に置き直した。
「何なんですか、これ」
「まあ見てろ」
したり顔で笑いながら神里は箱を開ける。
中から現れたのは、ウイスキーのボトルだった。
「先生、これ……!」
「見ての通り、ウイスキーだ。しかも、香り高きパナケアだぞ」
ウキウキとボトルを取り出す神里に対し、藤本が口を尖らせる。
「学内でアルコール類を持ち込むのはダメだって言ったじゃないですか」
「だから、持ち込ませたんだろうが」
「注文したのは先生なんだから同じ事ですってば」
「堅いことを言うな。お前さんにリベンジのチャンスを与える為なんだからよ」
「はい?」
「明日こそは、このウイスキーを使って完璧な唐揚げを作るんだ」
「その為にわざわざ注文したんですか?」
「まあな。どうせ明日も夢屋は営業してねえだろうからな」
「はあ……」
神里の食へのこだわりに閉口するとともに、肩から力が抜ける。
そんな藤本に向かって、神里は更なる指示を出した。
「それはそうと、グラスを持ってきてくれ。もちろん、氷入りでな」
「今、飲むつもりですか?」
「別にいいだろう。今日はもう講義も会議も無いんだからよ」
「はあ……分かりました」
何を言っても無駄だと悟り、藤本はため息混じりに立ち上がる。
そうして、テーブルの上に置きっぱなしになっていた空のコーヒーカップも回収しつつ、キッチンスペースへ向かった。
琥珀色の液体がロックグラスの中に揺らめく。
ウイスキー特有の、華やか且つほろ苦い香りが室内に広がった。
「……美味い」
グラスに注がれたウイスキーを一口飲んで、神里は感嘆の声をあげる。
「芳醇な香り、深いコク、どれをとっても最高だ」
「良かったですね」
「お前さんもどうだ? ん?」
「僕は遠慮しておきます」
「つれない奴め」
そう言って神里はもう一口、ウイスキーを口に含む。舌でよく味わいゆっくりと飲み込むと、そのグラスをテーブルの上に置いた。
そうして向かい側に座る藤本の方を見る。
「さてと」
一呼吸置いてから、少し改まった様子で神里は口を開いた。
「さっきの話なんだが」
「立永さんのことですか」
「ああ。少しばかり長い昔話になるが、良いか?」
「はい」
「そうか。じゃあ、話そう」
神里の顔から笑みが消える。
それから静かに語り始めた。
「ちょうど7年前の今頃のことだった。千葉県のとある小さな町で
当時17歳の少年が殺害されるという事件が起こった」
「7年前?」
「俺がお前さんと出会うより少し前のことだ」
少年にとって、それは高校3年生になって間もない頃だった。
コンビニでアルバイトをしていた彼は、普段なら夜の10時頃には自宅に帰っていた。
しかし、その日は11時になっても12時になっても帰ってこなかった。連絡もつかなかった。
少年は真面目な子で、これまで無断で外泊するようなことは無かった。
心配した両親は警察に相談し、自ら息子の捜索に乗り出した。
そうして数時間後、少年は発見された。
アルバイト先のコンビニから少し離れた所にある雑木林の中で遺体となって発見された。
体には無数の痣や傷があり、酷い暴行を受けた末に命が失われたものと思われた。
夜中の出来事であったことと、防犯カメラが不十分な地域だったことから捜査は難航した。
そこで、警察は犯罪心理学の専門家である神里に捜査協力を依頼した。
神里の分析によって犯人はあっさりと割り出され、逮捕された。
犯人は、なんと被害者と同じ17歳の少年たちだった。
被害者の少年は、アルバイトの帰りにて3人の少年に因縁をつけられた。
そして、雑木林に連れ込まれて殴る蹴るの暴行を受けた末に、命を落とした。
彼らに面識は無かった。だから、何の恨みも無いはずだった。
犯人たちは、「イライラしてたから」というだけの理由で被害者をいたぶり、死に至らしめたのだった。
「その被害者の名は立永大悟」
「立永?」
「そう。さっきここに来た立永さん──立永留一さんは被害者の父親だ」
「そう……だったんですか」
人の良さそうな笑みを浮かべるあの男性の顔を思い出して、藤本は顔を曇らせる。
神里はテーブルの上のグラスを手に取り、中のウイスキーを少しだけ口に含んだ。
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