青い空

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岩西すみれ

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私は美人。

小学校に入った頃から、それはなんとなく知っていた。もっと小さな頃から、ママもパパも、お姉ちゃん達もそう言った。
さくらは頭が良い。
ゆりかはピアノの天才。
すみれは美人。
ママにそう言われると、嫌な気はしなかったけど、小さな頃は美人の意味がそんなに分からなかったから、お姉ちゃん達の方がすごいんだな~って、ちょっとつまらなかった。勉強とかピアノはダメって言われてるみたい。

実際、そう言われてるみたいなもんだって今は私も気付いてる。末っ子って、損だ。私だって別に勉強が苦手なわけじゃない。学校のテストは大体90点以上だし、バイオリンもお教室の同じ学年の子の中では1番上手だ。発表会で先生のピアノと一緒に演奏する役も、去年は私がやらせてもらえた。
でも。
現役で東大に合格したさくら姉ちゃんと、すごい先生にピアノを見てもらえる事になって高校から東京で一人暮らしをしながら音楽科に通ってるゆり姉ちゃんと比べられたら、そりゃ私は不利だ。

秀才だけど中身は「ジャニーズオタクでBL漫画好きの腐女子」のさくら姉ちゃんと、ピアノが上手ってだけでおしとやかなお嬢様キャラを求められて、外ではそう装っている反動で、家ではめちゃくちゃガサツで口の汚いデリカシー0のゆり姉ちゃんは、どっちもお父さん似で、少し出っ歯気味で目は一重だし、正直言って美人ではない。お姉ちゃん達は、お母さんに似た私は美人だから、多少頭が悪くても大丈夫、なんて慰めてくれるけど。
「大丈夫、結局ね、女は美人が一番強いのよ。だから、とりあえず肌は大事にしなよ。」
そうママも言うけど。

まあ、とはいえ、今では、美人もなかなか悪くないって思ってる。でも、美人はけっこう苦労する。低学年の頃は何かと絡んでくる男子が鬱陶しかったけれど、今は女子が断然鬱陶しい。
「すみれちゃんって超美人だね。」
そう言われて、うん、なんて答えようものなら、後で陰で何を言われるか分かったもんじゃない。いや、陰で言われるなら別に良い。陰口は陰で済ませて欲しい。わざと聞こえるように言ってきたり、無視してるのに「~ちゃんがこんな事言ってたよ」なんて、親切心を装っていちいち言いにくる女子。1番腹が立つのは「悪口言うの、やめなよ」と正義感ぶって大騒ぎする女子。みんな結局、楽しんでいるのだ。


久しぶりの学校はいつにも増して憂鬱だ。小学生って本当にバカだから、同情を装った好奇心を隠せないんだろうな。
パパ、なんで死んじゃうんだよ!
何時呟いたか分からない言葉を飲み込む。最初は悲しくて悲しくて頭がおかしくなりそうだったけど、その後だんだん腹が立ってきた。酔っ払って信号無視してあっさり死ぬなんて。普段のパパはそんなバカじゃないのに。人ってちょっと油断するとあっという間に死んじゃうんだって思うと、怖くもなった。
芳沢優希君も、今の私とおんなじ気持ちなのかな。芳沢君に話しかけてみようかな。

去年芳沢君が転校してきた時はちょっとした騒ぎだった。普段はクラスの子達が大騒ぎするのをバカみたいだと思って見てるのに、あの時は私もちょっと胸がドキドキした。だって、あんなにきれいな男の子を見たのは初めてだったから。お姉ちゃんが夢中になってるジャニーズの男の子よりもずっときれい。柔らかそうな、少しウェーブのかかった髪は茶髪って言っても良いくらいの色で、光に透けると金色にも見える。何よりきれいなのは瞳。茶色い中に少し黄色っぽいような色が混ざって、光の加減で緑にも見える。
ウチの猫と同じ瞳。
なんてきれいな瞳なんだろう。私は窓辺の席に座る芳沢君を見ないように我慢するのに苦労した。

女子も男子も興奮して芳沢君を取り囲み、質問攻めにしてたけど、私は絶対に近寄らなかった。みんな、本当にバカ。そんな一斉に押しかけたら、鬱陶しいだけってなんで分かんないんだろう。案の定、芳沢君は困ってた。っていうか、はっきり言って怯えてた。俯いて質問に答える小さな声は、ちょっと震えてた。
「ハーフ?ガイジン?どっち?」
「…パパ…、あ、お父さんが、アメリカ人で…」
「えーー!!アメリカジン??すごぉーい!アメリカ行った事あるの?」
「う、うん。」
「すごぉい!!アメリカのどこ??」
「オ、オレゴンの…」
「オレゴンってどこ~?聞いた事ない!ニューヨークじゃないの?」
「…う、うん。」
「お父さん、金髪?今度家に遊びに行っても良い?」
「…無理だと思う……」

消え入るような声で答える芳沢君は、顔を赤くして俯いていて、怯えてるように見えた。かわいそうに。放っておいてあげたら良いのに。
「この子すみれっていうの。クラスで1番美人!超美人でしょ?あ、でも東京にはもっと美人な子もいた?」
突然話に巻き込まれて、私はギョッとして芳沢君を見た。

相澤朋花。私の天敵。いつも私に絡んでくる。本当に放っておいて欲しい。
この子が他の女子を順番にいじめてるのも知ってる。やる方もやられる方も同じ穴のなんとかだから、私の知った事ではないけど、私に絡むのはマジで迷惑。やたらと絡むくせに、私に面と向かって文句は言えない。たぶんパパが朋花のパパに時々仕事を回すから。幼馴染のよしみってパパは言ってたけど、ママは良い顔してなかった。相澤家とは関わりたくないっていつも言ってた。
芳沢君は困ったように俯くだけで、私の方を見もしなかった。
そんな様子に相澤朋花はどこか嬉しそうだった。本当に嫌なやつ。

男子はすぐに飽きたし、その後1カ月くらい芳沢君につきまとってた女子も、相澤朋花が芳沢君に話しかけた女子を攻撃するようになってからは近寄らなくなった。そのうち、「見た目は良いけど中身は残念なキショい隠キャ」認定された芳沢君に話しかける子はいなくなって、彼は空気になった。芳沢君はむしろ話しかけられなくなってホッとしてるみたいで、休み時間はいつも図書館で静かに本を読んでいた。
それでも私は芳沢君が気になって、時々誰にもバレないようにこっそり盗み見た。
芳沢君はいつも悲しそうな顔をして空を見ていた。ある時ふと見ると、芳沢君は左手で右手を握りしめて、微かに震えながら苦しそうにしていた。具合が悪くなったのかな?と思って、先生を呼ぼうとした時、芳沢君の大きな瞳から透明な雫がひとつ、ポトっと落ちた。泣いてる。
芳沢君、何がそんなに悲しいんだろう。私は先生を呼ぶのをやめた。あの女の先生を、私は1ミリも信用していなかったから。向こうは私の事を気に入ってるみたいだったけど、私は、なんでかは分からないけど、最初から大嫌いだった。

芳沢君がどうしてあんなに悲しそうなのかが分かったのは、癪に触るけど、相澤朋花が誰からか分からないけど聞いたという噂話からだった。芳沢君は去年お父さんを、今年お母さんを亡くして親戚の家に引き取られて来たらしい。
相澤朋花が得意げに大声で捲し立てるのを、私はイライラしながら見ていた。まだ芳沢君は登校してなくて、彼が登校したら、デリカシーのかけらもない相澤朋花が芳沢君に絡むのは目に見えてた。
芳沢君を助けてあげたかったけど、でも、どうしたらいいか、私には分からなかった。
「来た来た!」
他人のプライバシーにずけずけと踏み込んで何がそんなに嬉しいのか私には全く分からないけど、相澤朋花とその金魚のフンは大はしゃぎで芳沢君を取り囲んだ。俯いて歩いていた芳沢君は、教室に入ってくるなり取り囲まれて、見るからに怯えて体を硬くした。どうしてそんなにオドオドしちゃうんだろう。だから相澤萌花みたいな奴らに良いようにされるのに。私は芳沢君にすら少し腹が立ってきた。芳沢君は矢継ぎ早に質問されて、どう答えて良いのか分からず、「…え、あ、あの…」と言ったきり声が出ないようだった。騒ぎが大好きな康生達までやってきて、芳沢君は真っ青な顔をしてる。「お、お父さんと、お母さんは、し、死んで…」「なんで?なんで死んだの?殺人事件?」と康生がおどけたように言い、バカな男子が数人笑う。本当に、あいつらみんな死ねば良いのに。

芳沢君はその間ずっと、右手を左手で握りしめていた。時々そうやる。右手は微かに震えていて、それを隠すように左手で握りしめて、強く握りしめているせいか爪が跡が付くほど食い込んでる。あの時、私は芳沢君の手を取って教室を抜け出したかった。相澤や康生がいないとこに連れて行ってあげたかった。
芳沢君の目に涙が浮かび、それを見てやばいと思ったのか相澤朋花はわざとらしく「そんな事言ったらダメだよ、かわいそう。」と男子を責め始め、それに言い返す康生達と小競り合いを始めた。
芳沢くんは静かに廊下に出て、トイレに行った。私もそっとトイレまで行ったけど、男子便所までは流石に入れない。

その日の朝の会が終わる寸前まで、芳沢君は帰ってこなかった。朝の会が終わるほんの少し前に、「遅れてごめんなさい」と言って教室に入った芳沢君の顔は、泣き腫らした跡がはっきりあったのに、担任のあの女は見て見ぬフリをした。みんなみんな最低だ。全員死ねば良いのに。何にもできない私もついでに死ねば良い。



ああ、だからバチが当たったのかな。
バチが当たって、パパが死んじゃったのかな。ふとそう思ったけど、それはあまりにバカバカしい考えだと自分で自分に突っ込む。
2週間ぶりの学校は、やっぱり汚くて、うるさくて、目に映る何もかもが安っぽい。

さっそく相澤朋花が擦り寄ってくる。
「すみれぇ~!!大丈夫だった?心配してたんだよ~。」大きな声で言うのは周りの人たちに聞かせるためだろう。「うん、大丈夫。あんまり人には言わないで。」私はニコリともせずに言う。絶対にこいつの同情の的なんかになってあげない。「えー!内緒だったの?知らなかったからレナとモエに言っちゃったよ~」うそつけ、クラス中に得意げに言いふらしたんだろうよ。ああ面倒くさい。お父さんを亡くしたかわいそうな少女の役なんか、絶対やってやらない。
私は相澤朋花の目をまっすぐに見て、わざとみんなに聞こえる声で宣言してやった。
「言っちゃったのは仕方がないけど、もう絶対、パパの話はしないでね。」
「え、別にそんなつもりじゃ…」
と言い訳する相澤朋花をその場に残して、私はすぐに自分の席に座った。
もしかしたらパパがいなくなったから萌花は私をいじめてくるかも知れないと思ったけど、もうどうでも良い。

その時初めて、芳沢君と目が合った。いつも自分の存在を消すかのようにひっそりと窓の外を見続けている芳沢君が、私の方を遠慮がちに見てきた。一瞬だけ目が合うと、芳沢君はすぐにまた視線を窓の外に向けたけど、私には芳沢君が頑張れって言ってくれたみたいに感じた。


ああ、私は、芳沢優希に恋してるんだ。

その時私は確信した。
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