笑顔の消えたおまえを

ken

文字の大きさ
20 / 26
救出

逡巡

桜亮は病室のベッドの上から窓の外を見つめながら、翔太は今、何をしているのだろうと考えていた。

毎朝9時に、神宮寺先生と小林先生が来て、1時間ほど診察していく。
桜亮はその1時間が苦痛だった。でも、それを言うことはできない。今までの生活と比べたら天国のような環境だ。この1時間はその為の犠牲だと思うしかなかった。桜亮は、喉を見られる時口内に差し込まれる細い棒が、怖かった。口の中に何かを入れられるのが酷く苦痛だった。聴診器を胸に当てられるのも、嫌だった。外科の先生が来る日はもっと辛かった。傷の状態を見られるという事は、桜亮にとっては汚れきった身体を見られる屈辱に耐える事だった。時折、肛門の傷も見られる。薬を塗られる。その度に、桜亮は自分の身体を好きなようにこじ開けられる感覚を再び味わった。
もちろん、あの人達とここの人達は違うことはよく分かっていた。ここの人達は、いつも本当にすまなそうに謝ってくれる。何故だか分からないけど、何をするにも桜亮に良いか?と聞いてくれる。
それでも、身体を触られるのも、見られるのも怖かった。

だから、診察が終わるとすぐに、桜亮は翔太を思い浮かべる。
翔太は学校にいるだろうな。今はなんの授業だろう。実習かな。翔太は制服よりも実習服か体操服でいる事の方が多かった。桜亮と翔太は共に機械科で、機械科の実習服はつなぎだった。貧相な身体がブカブカとツナギの中で泳いでまるで似合ってない自分と違って、翔太の実習服姿は格好良い。制服のブレザーの時よりも、筋肉がしっかり付いた厚い胸板が強調される。桜亮は翔太の実習服姿を思い浮かべた。
もう何日ここにいるだろう。点滴してもらえる栄養剤や痛み止め、抗生物質などのおかげで、桜亮は日に日に身体が楽になっていくのを感じた。常に感じていた鈍痛や、ここに来たばかりの時にあった刺すような腰回りの痛みはだいぶ良くなった。空腹感や胃の痛みも解消され、気怠さや発熱による関節痛も和らいでいた。
息を十分に吸える、と感じたのは久しぶりの事だった。夜、身体を触られずに独りで眠れる事も、何をされるかと常に怯えずに過ごせる事も、本当に久しぶりだった。それでも目を覚まさずにぐっすりと眠る事はできなかった。夜中に何度も目を覚まして、自分がまだちゃんと病室にいて、誰もいない事を確かめてはまた眠りについた。時々、身体が震える発作もあった。歯を食いしばって全身に力を入れて、痙攣が治まるのをただ黙って待った。

ここに入院して最初の3日間、翔太は毎日来てくれた。翔太の顔を見ると、桜亮は安心した。部屋の中の空気がスッと温かくなるような気がした。
でも、それからぱったりと、翔太は来なくなった。なぜ来なくなったのか、分からなかった。翔太は、もう俺に関わるのが面倒になったのかも知れないな。もしかしたらエイズに罹ってるって知ったのかもしれない。そもそも翔太は、幼馴染の義理で俺をここに連れてきてくれただけなのかもしれない。
悲しかったけれど、どうしようもないと思った。翔太の人生の邪魔はしたくない。自分が、翔太の隣にいる事はできないと、桜亮はちゃんと分かっていた。暴力と陵辱に塗れた日々の中で、桜亮は自分の事をもうまともな人間だとは思えなくなっていた。篤太郎や征一郎や、それに彼らに命じられて奉仕した数えきれない男達から、人形だとか奴隷だとか雌犬だとか、便器やトイレットペーパーとさえ言われて、最初は抵抗を感じていたがそのうち何も感じなくなった。ただ、穴とだけ呼ばれる事もあった。穴と呼ばれれば穴に、雌犬と呼ばれれば雌犬になった。そんなモノが、翔太にふさわしくない事くらい、よく分かっている。自分は汚されきった挙句、今やエイズウイルスの媒体だ。
それでも、桜亮は心を捨てきれなかった。翔太を見たら胸が高鳴り、彼に触れたい、触れられたいと思ってしまった。彼に好きと言われて、それがいくら過去の、まだ汚されてない頃の自分を見ているだけだとわかっていても、それでも嬉しかった。まるで自分が人間に戻れたような気がしてしまった。
でも、もうそんな心は捨てないといけない。翔太は俺とは違って、何にも汚されていない、きれいでまともな人間だから。翔太の未来にとって、俺の存在は邪魔でしかない。
それに、この平穏がいつまでも続くとも思えなかった。じきに篤太郎様が来て、俺はもとの生活に戻るのだろう。いや、戻れないか。俺の身体はもうエイズウイルスで汚染されてるから、もうあの人達に抱かせる事はできない。用済みになった俺は、どうなるのだろう。

やっぱり、すぐに殺してもらえた方が良いかも知れない。
あの冷たい真っ暗な地下室で、死ぬまで監禁されるくらいなら、いっそすぐに殺される方が良い。楽に殺してもらえると良いな。殴り殺されるのは嫌だな。
奥様の連れてくるあの頭のおかしい男に殴り殺されるのは、嫌だ。あの男なら、エイズになってても構わず俺を犯すかもしれない。最後くらいは、少しでもきれいな身体で死にたいな。犯されて、精液や尿や、血や、よく分からないいろいろなものでドロドロに汚されたまま、自分は死ぬのだろうか。
桜亮は窓の外を見つめたまま、涙を流した。

本当は、翔太に抱きしめられながら死ねたらどんなにか良いけど、そんな事したら翔太は傷付くだろうし、迷惑がかかる。
ああ、でも。

翔太と最後の日々を過ごせたら、どんなに幸せだろうか。
どこでも良い。2人だけで過ごせるところで、数日でも良い、2人きりで何も怖い事のない日々を送れたら。
そうしたら、俺はあの地下室で独り死んでも構わない。翔太との幸せな思い出にがあれば殴り殺されることにも耐えられるかも知れない。

桜亮の思考はぐるぐると、恐怖と叶わない夢の間を彷徨った。

翔太、会いたい。
最後に一目だけでも、翔太に会いたい。
桜亮はただそれだけを、涙を流しながら願った。


どれだけの間、涙を流していたのか。桜亮はノックの音でふと現実に引き戻された。スッと涙が止まり、桜亮は慌てて頬を伝う雫を拭った。
扉が細く開いて、「入るよ。」と言いながら神宮寺が入ってきた。
「桜亮くん、ごめんね気が付かなくて。合図決めよう。ノックして、入って良ければ2回、手を叩いてくれる?」
そう言いながら神宮寺は手をパンパンと2回拍手した。

桜亮は目の前のその医師を不思議な気持ちで見つめながら頷いた。
この部屋に入っても良いかどうかを俺に聞くなんて。意思のないモノとして扱われ続けた桜亮には、理解ができない事だった。島で桜亮が寝るように言われた小屋の扉は、桜亮の意思には関係なくいつでも好きな時に開けられた。小屋の扉どころの話ではない。桜亮の身体も、桜亮の意思とは関係なくいつでも好きな時にこじ開けられ侵入されたのだ。
だから桜亮は、その全く理解できない医師の話を、ノックされたら手を2回叩くというルールなんだと解釈した。
もう1人の小林という医師も、それから吉田という医師も、看護師の人たちも、何故だか分からないが、桜亮の身体を診察する時にいちいち、「服を捲りますね。」とか「少し触っても良いですか。」とか言う。
島には病院はなく、小さな医院が一つあるだけだった。幼い頃は身体が丈夫だったので医院にかかる事はほとんどなく、あの家に連れて行かれてからは、どんな怪我をしても、どんなに身体が辛くても、医師に診てもらう事など許されなかった。だから桜亮は、医師というものに接した記憶はなかった。
それ故に桜亮は、医師というのは少し変わった人ばかりなんだと思った。そして桜亮にとって、変わった人、理解しづらい人はすなわち恐怖だった。要求や欲望が分かりやすい人の方が対処しやすいからだ。

神宮寺は桜亮が頷くのを見て、にっこりと笑い、それから胸のポケットから一枚の封筒を出した。
「安田翔太くんからお手紙を預かりました。」
翔太の名前を聞いて、桜亮は胸がドキドキするのを感じたが、顔には出さないように注意した。神宮寺が入ってきた時と同じ淡い微笑みを張り付かせたまま、桜亮はその手紙を受け取った。早く読みたくてたまらなかったけれど、グッと我慢した。
「ごめんね、僕達の判断で桜亮くんは今面会謝絶になってます。だから、安田くんはお見舞いに来られなくてね。毎日来てたんだけど、会わせられなくて。ごめん。言うべきかどうか迷ってたんだ。桜亮くんに早くこの病院に慣れてもらいたかったから。でもさっきね、安田くんがこの手紙を持ってきて、会えないならこれを桜亮くんに渡して欲しいって言われてね。すぐに渡したいと思って来たんだ。」
桜亮は涙が出そうになって思い切り頬の内側を噛んだ。

良かった。翔太は元気なんだ。
俺、嫌われた訳ではなかった。まだ翔太は俺のこと気にかけてくれてるんだ。

「早く読みたいだろうからね。僕はもう行くね。また明日、少し話をしましょう。ぐっすり眠るんだよ。」

神宮寺はそう言って手をヒラヒラ振りながら部屋を出て行った。
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。