いないはずの子供

ken

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お兄さんに会ったのは、去年の秋くらいです。

翔太は母親に見守られて、警察官と話した。

たまたま河川敷に行ったら、白い可愛い仔猫がいて、翔太の足元でくるくると飛び跳ねて遊んでいた。可愛くて思わず撫でていたら、お兄さんがコンビニの袋を持って現れた。
驚いて少し怖くなって、でもお兄さんも同じくらい怖がってるように見えて、それでなんか逆に安心した。
「お兄さんの猫?遊んで良い?」
そう聞いたら、お兄さんはオドオドした調子で
「う、うん。ぼ、ぼくのっていうか…
シロちゃんです。名前。可愛いでしょう。喉の下のとこ、撫でられるのが好きです。」
と言った。小さな声だった。
それからお兄さんは、コンビニの袋から缶詰の餌を出して、僕に渡してくれた。
「食べさせてあげて下さい。」

最初のうちは僕たちはあまり喋らなかった。お兄さんは無口で、大人の人なのかまだ子供なのか分からなかったけれど、シロを撫でる僕をみて嬉しそうに笑っていた。それから僕に、お腹空いた?って聞いて、空いてないって言ったら、なぜか恥ずかしそうに僕に尋ねてきた。
「あ、あの、僕、ちょっとお腹空いちゃって。ご飯食べて良いですか?」
「うん。」
「おにぎり、2つあるんです。1個食べませんか?」
「うーん、じゃあもらう。」
お兄さんは嬉しそうに僕におにぎりを選ばせてくれた。2人でおにぎりを食べて、それから僕にチョコレートをくれた。
お兄さんはいつも僕を子供扱いせず、大人が大人に話すみたいな話し方で僕に話してくれた。

「ね、あの、その服って、小学校の運動の時に着るお洋服ですよね?」
僕の着ていた体操服を見て、お兄さんがまた小さな声で言った。
「うん。」
「小学校行ってるんですね。すごい。ランドセル持って行きますか?」 
「うん。」
「黒い?ピカピカのですか?」
「うーん、黒いけど、ピカピカじゃないよ、もう。」
「ふーん、すごいです!」

お兄さんは学校の子達と違って、小さな小さな声で喋った。

それから、僕は2日に一回は河川敷に行ってお兄さんとお喋りした。お兄さんは自分はあまり話さなくて、僕の話を聞きたがった。小学校の話を聞かせてっていつも言った。僕は、愚痴を言うみたいな気持ちでお兄さんに小学校の生活を話したけど、お兄さんは目をキラキラさせて楽しそうに僕の話を聞いてくれた。そんな風に僕の話を聞いてくれる人は初めてだった。お兄さんに話すと、大嫌いな小学校のいろんな部分が、ほんの少しマシに思えた。
お兄さんは小学校のいろんなところの細かい様子を聞きたがった。
「あの、運動場ってすごく広いんですよね。走ってどの位?何分くらいですか?」
とか
「机って、みんな1人1つずつもらえるんですか?」
とか。

「翔太君はすごいです。翔太君は僕の憧れです。」
いつもお兄さんは言ってくれた。
お兄さんがランドセルを見たがったから、僕はよく学校帰りにお兄さんのところに寄った。
「…ご、ごめん、ごめんなさい。あの、ちょっとだけ、ほんのちょっと触って良いですか?ランドセル、触ってみたかったんです。」
「え、良いけど。お兄さんは小学生の時ランドセルじゃなかったの?」
「あ、あ…はい。僕は…僕は、良い子じゃなかったからもらえなかったんです、ランドセル。」
お兄さんは悲しそうに俯いた。
「全然触って良いよ。何なら背負ってみたら?」
僕が言ったらお兄さんはすごく嬉しそうにした。
背負って、何度も何度も肩の紐を撫でて、それから何度もありがとうございますって言った。

時々、ママが作って置いてくれる夜ご飯とか、休みの日のランチとかをお弁当にしてお兄さんと食べた。お兄さんは、カップラーメンを食べさせてくれた。ママはカップラーメンを食べさせてくれないから、僕はそれがすごく嬉しくて、よくお兄さんとお昼ご飯を取り替えっこした。
2人で食べると何でもすごく美味しかった。
ある時は、マクドナルドのハンバーガーを食べさせてくれた。それがお兄さんの1番の大好物なんだって。ママはそういうのは食べさせてくれないって言ったら、翔太君のママの作るご飯も美味しいから、だからママは翔太君にママのご飯を食べて欲しいんですって言った。
僕たちはお喋りしない時は一緒にそれぞれ本を読んだ。お兄さんはいつも同じ本を何度も読んでいて、時々僕が学校の図書館で借りた本を貸してあげるととても喜んだ。

「お兄さんに、何か嫌な事をされた事はないですか?」
「嫌なこと?」
「例えば、身体を触られたり。」
「身体を?なんで?
嫌なことされた事はないです。お兄さんはいつも優しくて、丁寧語で話して、本を読むのが好きで、恥ずかしそうに小さな声で話した。一回も嫌な気持ちになった事はないです!」
「そうですか。じゃあ良かった。いろいろとお話ししてくれてありがとうございました。4月のあの日のことも、もう一度話してもらえますか?」
「はい。」

翔太は松部に話した事をもう一度繰り返した。
男達は4人いて、みんなでお兄さんに何かしていた。何をしてたのかは分からない。近くに寄らないでと言われたし、すぐに逃げちゃったから。

写真で見覚えのある男の顔を2人は指さしたが、他の男の顔はハッキリとは見ていなかった。怖くて、見られなかった。

翔太は心底後悔していた。
あれから、すぐに母親か父親にその日にあった事を言っていたら。そうしたらお兄さんは怪我をしなかったのかも知れない。
親に心配をかけたくなかったし、それに、すぐにまたお兄さんに会えると思っていた。親に話して、河川敷に行くのを禁止されるのが怖かった。
でも。
そのせいでお兄さんは…
翔太は悲しさに胸が詰まった。



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