いないはずの子供

ken

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河川敷の小屋は、リュウジが見つけた場所だった。

「ねえねえ、川に行かねぇ?」
「川?」
「うん、川で泳ぐんだよ。気持ち~ぜ~!」
「あ、あ、はい。で、でも…」
「何?川、嫌い?」
「き、嫌いじゃ…   あ、あの、川に行ったこと、なくて、ぼ、ぼく…泳げないと思います。」
「学校でプール… あ、ごめん。わりー!
シロちゃん大丈夫だよ。足、水にパシャパシャって浸けるだけでも気持ち~から!」

川だ、川だ~と浮かれるリュウジに連れられて、彼は初めて河原に降りた。その川は町の北側を流れていて、金持ちの客に連れて行かれるホテルの部屋から何度も見下ろしたことがあったが、近くに行った事はなかった。朝、ホテルの窓から見下ろす川面がキラキラと太陽に反射する様は、美しかった。
そこに実際に行けると思うと、彼も心が浮き立った。リュウジは川に着くとすぐにトランクス一枚になって、つめてー!だの、ヒャー!だのと叫びながら子供のようにはしゃいだ。彼はそんなリュウジを見ながら、思わず笑みがこぼれた。ズボンを捲って慎重に川に足先を浸けると、ひんやりとして気持ちが良かった。川の石はツルツルと滑らかで、グレーに白やピンクの模様が入った石もあり、彼は夢中で石を拾った。
ひとしきり遊ぶとリュウジは河川敷を探索して、ホームレスが打ち捨てた小屋を見つけた。ベニヤ板と段ボールでできていて、中はちょうど彼とリュウジが寝転べるくらいのスペースがあった。薄汚れた毛布が2枚あり、彼らは川でそれを洗って干した。その夜は2人でそこで寝た。からりとした好天で、毛布はまだ多少埃臭かったがよく乾いていた。

朝方、リュウジは泣き出した。
「なあ、頼む。シロちゃん、ごめん、頼むよ。挿れて。オレさ、あいつに挿れられたくてたまんないんだ。客に挿れられてる時さ、いっつもあいつに挿れられてるって思い込むんだけど、でも無理。分かるだろ、客では気持ち良くなれねぇ。
寂しくてさ。ああ、オレ、女だったら良かったよ。女だったらさ、あいつのセフレ位にはなれたかなぁ。
シロちゃん、頼むよ。寂しい。挿れて。」

リュウジは、戸惑う彼の性器にしゃぶりつき勃たせると、呆然と横たわる彼の上に跨った。初めて挿入した彼の性器は締め付けられる痛みですぐに萎えた。それでも構わずに、リュウジは腰を振り続け、彼は黙って横たわった。そのうちリュウジは諦めて、今度はしつこく彼の性器を舐めしゃぶった。その間ずっと、リュウジは好きな男の名前を呼び続け、彼は自分がその男だったら良かったのにと思った。僕がその男で、リュウジの事を愛してあげられたら良かったのに。
悲しくはないのに涙が出た。これでリュウジが少しでも慰められるのなら、こんな身体は好きに使って良いと思った。それなのに、涙は止まらなかった。
もはや完全に萎えている自分の性器を、赤ちゃんがおしゃぶりを吸うように舐めているリュウジの頭を優しく撫でながら、彼はなぜだか涙が止まらなかった。
「悪かった!ごめん、許して!」
日が高く昇る頃に起き出してすぐ、リュウジは真っ青な顔をして謝った。
それからも、2人は時々その小屋に泊まった。
でもリュウジは二度と彼の身体に手を出さなかった。ただ2人で並んで手を繋いで寝た。客の悪口やままならない恋の弱音を、リュウジがほとんど1人で喋り続け、彼は、時々相槌を打つ他は黙って静かにそれを聞いた。


なんとか歩いて街中を離れてその小屋で独り、彼は身体を丸めて横たわるとなるべく動かないように身体を休めた。変な縛り方をされて肩の関節や首の筋が痛くて、寝返りを打つのも辛かった。鞭で手加減なく打ち据えられた背中や尻の痛みも酷く、呼吸する度に呻き声をあげてしまう程だった。身体を洗う事もできなかったため、客の男の出した精液と血が混ざって尻周りがベタベタと気持ち悪かった。
彼は独りで痛みと不快感に耐えながら、リュウジの事を思った。バイクで電柱にぶつかって死んだリュウジは、もっと痛かっただろうな。最後まで実らない恋に苦しんだリュウジ。リュウジの言う通り、恋しくて挿れられたくて堪らなくなるのなら、自分が恋だと思っていたアレは、きっと恋なんかじゃなかったんだろう。
かわりに僕が死ねば良かったのに。
優しかったリュウジを思って、彼は声を出さずに泣いた。もう涙なんて出ないと思っても、涙は後から後から流れた。

2日、彼は飲まず食わずで蹲った。
2日目の夜、あまりの喉の渇きに、彼は痛む身体を起こして這うように川辺まで行き、川の水を飲んだ。3日目の夕方少し身体がマシになり、彼は痛む身体を引きずってコンビニに行った。そこのコンビニの深夜の外国人店員は、トイレでフェラチオすると廃棄の弁当をくれる。それもリュウジから教わった事だった。傷だらけの彼を見てその店員は何やら外国語でぶつぶつ呟くと、トイレで彼の服を脱がせた。そしてトイレにあった新品のウェットティッシュで彼の傷口を拭いた。
「痛い!」
と思わず小さな悲鳴をあげる彼に、
「ガマンシロ。」
と店員が片言の日本語で言った。
どうやら、そのティッシュにはアルコールが含まれているから消毒になる、というような事を、その店員は言っているようだった。
ひとしきり彼の傷口を拭くと、店員はズボンの前をくつろげて性器を出した。彼は黙って跪き、性器を咥えた。射精すると店員の男は小さな声で
「Thanks.」
と言い、廃棄の弁当を二つくれた。
金を出して買ったお茶とその弁当を持って、彼はまた河川敷の小屋に戻った。

数ヶ月、彼は死ぬことばかり考えながら過ごした。飢えて死ぬことができたら、そう思うけど、空腹が限界を越えるとフラフラとコンビニに行って髭の濃い外国人の男の性器を咥えて弁当やお茶をもらった。そして、自己嫌悪に苛まれる。その繰り返しだった。

ある夜、もう何もかもが耐えがたくなった彼は、川に流されて死のうと思って川に入った。歩いて川の中伏まで進んだところで
「アーアー」
と鳴く声が聞こえた。
目を凝らすと、中洲の岩に小さな仔猫が取り残されていた。彼は歩いて中洲まで行き、仔猫を掴むと岸に戻った。初めて触る仔猫のか細さやその鳴き声の必死さに、死ぬことはすっかり忘れて彼は夢中で仔猫を抱いて小屋まで帰った。乾いた自分の服で仔猫を丁寧に拭き、そのまま服に包んでコンビニに走った。全身ずぶ濡れで汚い仔猫を抱いた彼を見て、その店員は空を仰いだ。
「ボカチョーダー!」
それでも店員はトイレに彼を連れて行き、服を全部脱がせて絞ると、そのままそこで待つように言った。彼と仔猫は同じようにずぶ濡れで、痩せ細り、惨めな顔で俯いた。店員はぶつぶつとベンガル語で罵り言葉を呟きながら、下着やTシャツを買ってやり、たまたま持っていた自分の替えのズボンまで与えた。
「ごめんなさい。後ろの穴、使いますか?口だけで良いのですか?」
そう言う彼に店員は大声で何か怒鳴りつけ、怯えて震える彼にミルクや廃棄の弁当やタオルを押し付けて、サッサと出ていけと首根っこをつかんでほとんど蹴り出すように追い出した。

その日から、彼はまた働くようになった。
年老いたホームレスに教えてもらって空き缶を拾って金に換え、それでも足らない時は、暴力的でしつこい客に合わないよう注意して馴染みのゲイバーに行き、そこで紹介してもらった客に身体を売った。猫の餌を買うためと思えば、辛さも少し紛れた。身体を売る事しか、彼は自分で充分な金を稼ぐ方法を知らなかった。
それでも、毎日身体を売る生活をやめ必要最低限しか客を取らなくなって、彼はずいぶんと心が落ち着いた。同じ身体を売るでも、誰にも命令されず自分で自分の毎日の暮らしを決められる事が、彼には嬉しかった。初めて、自分は自由だと思えた。

そして、小さな友達ができた。
子供時代の叶わなかった夢を、彼はその男の子に見る事ができた。
もうしばらく、生きてみても良いかも知れない。

あの男達が現れたのは、そう思い始めた矢先の事だった。
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