いないはずの子供

ken

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監禁されて最初の1週間、彼は何とか解放してもらえるように懇願したが、返ってくるのは男達の激しい暴力だった。1週間が過ぎると彼は何もかもを諦めた。猫のシロの餌が気がかりで、翔太の事はもっと心配だった。その事で脅された彼は、抵抗する事も懇願する事もやめ、逃げる事も死ぬ事も諦めた。終わりのない地獄の中で、彼の心は乖離し時に物語の世界を彷徨い、時には、痛めつけられ犯されている自分を天井から見下ろすような感覚を覚えた。

子供の頃、おじ様の家で観たテレビで、涙は身体のホルモンを正常にし心のバランスを整える、と聞いてから、彼は辛い時は我慢せず涙を流す事にしていた。声を出して泣く事が許されない時は、静かに声を殺して涙を流した。
このまま自分は二度とここから出られず、死ぬまで犯されるのだろうか。考えると正気を保てなくなりそうで、気が狂いそうで、彼は心を守るために涙を流した。そうやって、何とか正気を保ってきたのだ、子供の頃から。
大丈夫。できる。
死ぬのは怖くなかったけれど、気が狂うのは怖かった。男達の残虐さも怖かった。なぜ、何もしていない僕を、こんなにも傷付けて楽しいのだろう。考えれば考えるほどに、恐怖で胸が潰れそうになった。
あまりの恐怖に気がおかしくなりそうになると、彼は必死で以前読んだ本を心の中で呟いた。誰もいない時には、声に出して暗誦した。
宮沢賢治、ロアルド・ダール、ハリーポッターシリーズやナルニア国物語。小さな頃から何度も何度も繰り返し読んだその物語を、彼は必死で思い出した。芥川龍之介や梶井基次郎、谷川俊太郎や高村光太郎も。
彼は覚えている限りの物語や詩や、俳句、短歌を暗誦した。彼はおじ様と呼んだ男の家に軟禁されていた時に、本を読む楽しみを知り、物語の中に救いを求めた。おじ様は彼に様々な本を与えた。
百人一首を覚えると、おじ様は喜んだ。
「美しく、知的な奴隷が最上の奴隷だ。」
そう言って。
そのかわり、その家に置いてもらうために、食事をもらい、体を清潔にし、そして何より、学びたいという渇望を満たすために、彼はどんな事でもさせられた。痛くて苦しくて、惨めで堪らなかったけれど、学ぶ事、物語を読む事、そして、誰かと話す事や、笑いかけてもらう事、温かな言葉や触れてもらう温もりを、彼はどうしようもなく求めた。
どれほど苦しい時も、物語の世界や、美しい言葉から浮かぶ景色は、彼の心をほんの少し慰めた。
平安の人達の暮らしを、彼はおじ様から学んだ。
源氏物語や土佐日記は、惨めで苦痛に満ちた世界から、一時ではあっても彼を解放してくれた。

毎日毎日、繰り返される陵辱と暴力の中で、彼は必死に正気を保とうと努力した。それでも次第に心と身体が乖離し、幽体離脱のような感覚を覚え、記憶が混同し、現実と妄想の境が分からなくなった。何人もに連続して犯されると、もはや身体の感覚が無くなり、ただただ自分は穴の空いた人形だと思うようになった。痛みの感覚が遠のき、涙だけが壊れた蛇口から水が漏れるように流れた。
それなのに、ようやく数時間にわたった輪姦から解放されてしばらくすると、強烈な痛みが身体に戻ってくる。麻酔が切れたように。身体が内側から切り刻まれているかのような痛みに、彼は声を出す事もできず蹲るしかない。痛みのために眠る事もままならず、ようやく痛みが薄れた頃にまた犯される。

食欲は無くなり、何日もゼリーだけで過ごした。
もうそろそろ死ぬかも知れない。
ようやく、解放される。
そう思って、彼は心から安堵した。
早く死ねれば良いのに。
毎日そればかり考えた。

警察が踏み込んで彼が解放されたのは、そんな頃だった。


怒声をあげながら部屋に入ってきた警官達に、彼が真っ先に感じたのは強い恐怖だった。幼い頃繰り返し、見つかったら警官に捕まって牢屋に入れられて毎日殴られると母親に言われてきた彼にとって、制服警官はいつも怖い存在だった。彼らは大声で怒鳴り、見張りの男の胸ぐらを掴んだ。手錠をかけられてベッドヘッドに拘束され、下半身は脚を大きく開いた状態で天井のフックに括り付けられていた彼は、大勢の警官に囲まれてただただ恐怖に震えた。恥ずかしさはとうに感じなかった。何度もその体勢にされて男達に犯されたのだ。それよりも、ただひたすらに、怖かった。
以前、何度か部屋の主の男に無理矢理連れられてきた隣の部屋の男が、隅の方で蒼白い顔で震えていた。その男は以前は優しくしてくれた。でも、今は警官と共にいた。彼は警官なのだろうか。
自分の身に何が起こるにしても、きっと更に地獄が待っているのだろう。ならばこのままここで早く死にたかった。警官が何かを問いかけてくるが、彼の耳には何も意味のある言葉として届かなかった。彼は、心の中で呟いた。

春はあけぼの やうやうしろくなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたるくもの、細くたなびきたる

ふわりと、下半身に何かが掛けられる感触がした。痩せた蒼白い顔の男が、上着をかけてくれたのだ。なぜそんな事をするのだろう、と彼は思った。そんな事をしたら、汚れてしまうのに。たぶん尻の穴からは血が出ている。冷たいものが背中を伝う感じがしたから。
でも、上着を払う事はできなかった。
「動かないで下さい。怪我をします。」
警官の1人が彼の足の手錠を切りながら言った。

彼はまた、平安の美しい情景に戻った。

夏は夜。月のころはさらなり…

「おじ様、ほたるとは何ですか?」
「蛍は虫だ。お尻に発光器官を持っていて、薄緑色に光るんだ。夏の初めに、ボウっと光るたくさんの蛍は、とても美しい。」
そう言って、おじ様は光る蛍の映像を見せてくれた。夜の闇の中にたくさんの光がぼんやりと浮き上がり、それはとても美しい情景だった。
「蛍は綺麗な水辺にしか生息しないから、こういう山裾の、美しい田園地帯しかいないんだよ。都会にはいない。」
食い入るように携帯電話の画面に映し出される映像を観ていたら、髪の毛を掴まれて床に頭を押しつけられた。
「ご、ごめんなさい。あんまり美しいから。」
彼は慌てて謝罪し、言いつけ通り尻尾のついたディルドを入れられた尻を振りながら、またおじ様の足の指を丹念に舐めた。
「いい子にしていたら今度、蛍を見に連れて行ってやるよ。蛍の光に囲まれておまえを犯してみたいな。さぞ美しいだろうな。」
「はい、ありがとうございます。」
おじ様はそう言ったが、結局彼が本物の蛍を見る事はなかった。それでも、あの短い映像を、彼はそれから何度も繰り返し心に描いた。

そんな美しい景色の中で、死んでいけたら幸せだろうな。誰もいない、山の麓の小川のほとりで。
彼は警官が全ての枷を工具で切り、毛布に包まれて担架で救急車に乗せられるまで、蛍の飛び交う小川にいた。救急車の中で、彼はついに意識を手放した。

次に目覚めたのは病院のベッドの上で、腕に針が刺されていた。点滴だ、と彼は思った。おじ様の家で、最後の2年ほど、酷く痛めつけられると医者が呼ばれて点滴をされた。その医者はおじ様の友人で、時々おじ様に命令されてその医者にも奉仕した。
その男の顔はもうよく覚えていなかったが、点滴をされているという事は、回復したらここで身体を売るのだろうと彼は思った。
窓からはぬけるような青い空が見えた。

いつまでこの苦しみは続くのだろう。
誰か、僕を殺して下さい。
彼は心から死を願った。

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