いないはずの子供

ken

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透は、翌日から部屋に帰るのが怖くなった。
1週間ほど、友達の家を転々としたりネットカフェに泊まったりしたが、ずっとそんな事を続ける訳にもいかず仕方がなく部屋に帰ると、物音が気になって眠れなかった。
時折複数の男達の馬鹿笑いや悲鳴のような声が聞こえる度に、あの男の子の怯え切った瞳や傷だらけの痩せた身体が目に浮かんで心が抉られた。ウトウトと細切れな睡眠の中で、酷い夢を見たりした。自分がまたあの子を犯す夢だったり、あの子が海の底で泣いている夢だったりした。
1カ月ほどそんな日々が続いて、透は大学やバイトを休みがちになった。夜眠れず、朝起きられない。午前中部屋で過ごすと、男達が部屋を出ていく音が聞こえる。そこから昼の3時ごろまで、部屋には男の子しかいないのだろう。その時間、彼はよく泣いていた。ベランダに出ると啜り泣く声が聞こえて透はいたたまれない気持ちになった。時折、堰を切ったように泣きじゃくる時もあった。泣いていない時は、何やらぶつぶつと呟いている時もあった。
部屋の壁は薄くないのでベランダに出なければ物音はそれほどしないのに、泣き声が聞こえるような気がして部屋にいられず、でも大学に行く事もできず、透は街を意味もなく彷徨い歩いた。友人達は皆透を心配したが、誰にも相談できなかった。
同じ大学に通う小学生からの幼馴染の女の子が、透の現状を母親に話し、彼女伝いに透の母親の耳に入った。母親は心配して部屋に来たが、透は母親にも言えなかった。言える訳ない。透自身もあの男の子を犯したのだ。母親は透を自宅に連れ帰った。病院に連れて行かれて、鬱傾向と診断された。大学に傷病休業を申請し、半期休む事にした。
1週間ほど実家で過ごしたら、少し落ち着いた。あのアパートは引き払って、別の所に住もう。
早く何もかも忘れてしまおう。
そう思った矢先に、実家の電話が鳴った。
母親が出た。大学の友人と名乗るその男の電話を、母親は何も疑わず透に繋いだ。

「透く~ん!しばらく見ないと思ったら、お母ちゃんに泣きついてんの?」

隣の男の連れだった。
透は愕然とした。なぜ実家の電話番号を知っているのだろう。恐怖で震えを止められなかった。

「透くん、聞いてる?今晩さ、シロちゃんが待ってるよ。シロのやつ、昨日の5Pがよっぽど辛かったのか、今日は休ませてくれとか駄々こねちゃってね。このままだとあいつ、きっつーいお仕置きなんだよ。透君なら優しいからさ~。買ってやるだろ?今度は2人っきりにしてやるから。2時間で40,000のとこをさ、けっこうケツがグロいことになってるから、特別割引で35,000にしてやるよ。来ないと、シロ、お仕置きなんだよなぁ。あいつのケツ、壊れちゃうかもね~。」

恐怖で口も聞けない透に、今度は隣の男は凄んだ。

「おい、聞いてんのか?あ?オマエ、逃げられると思ってんじゃねーよな?来ないとあいつ、死ぬかもよ?そんな事になったら寝覚め悪いだろ?5時に来い。絶対来いよ。」


透がアパートの部屋を訪れると、男の子は手錠でベッドの柵に大の字で縛られて、男達がその身体にロウソクを垂らしていて、彼は虚な目で天井を見つめヒィーヒィーと掠れた弱々しい悲鳴をあげていた。身体には白い蝋がたくさんこびり付いて、その蝋の下に透ける皮膚は赤くなっていた。

「透く~ん、やっぱ来てくれたね。待ち切れなくてちょっとお仕置きしちゃったよ~!」
先日は見なかった男がケタケタと笑い、隣の男は男の子の口に火のついたロウソクを押し込んだ。
ロウソクを咥えさせられた男の子が熱さに顔を歪める。透は急いでATMでおろして来た10万円を男に渡した。
「こ、これで!これで6時間!6時間2人にして。金払うんだから良いだろ!?」
「うーん、ちょぉっと足らないけど、まあ勘弁してやるよ。」
男はわざとゆっくり札を数えながら言った。
透は慌てて男の子の口からロウソクを取ると、
「出てってくれよ!2人にしてくれる約束だろ?」
と叫んだ。
「いいよ。ゆっくり可愛がってやりなよ。ケツは使えねえかも知んないけど。」

男達は、リビングに1人見張りを残してアパートの部屋を後にした。


「だ、大丈夫?」
「……ぁ、は、はい。あ、あの……
う、後ろの穴は…痛くて…   ごめんなさい。許して下さい。む、鞭とか…ロウソクとかなら…できます。」
「そんな事!」
「あ、ぃ、ご、ごめんなさい。許して下さい。」
男の子は虚な目でごめんなさいと繰り返した。
「ねえ、なんで?なんであいつらの言いなりに?あいつらの言ってた事、本当なの?戸籍ないって。」
「こ、せ…こせき…こせきは分からないけど…
い、いないはずの子なのは本当です。」

口なら。口なら使えます。
ごめんなさい。
そう言う少年の目は、透を見てはいなかった。
身体は前に見た時よりさらに痩せこけていて、傷も増えていた。透はリビングにいる男に言って鍵をもらい手錠を外した。
身体についている蝋をそっと丁寧に剥がすと、男の子は時折痛みに顔を歪めたが抵抗しなかった。風呂場に行ってタオルを水につけて冷やして、特に赤くなっている皮膚を冷やしてあげた。彼は少し驚いた様子で、ようやく焦点の定まった目で透を見た。
やっぱり、痛々しいくらいに澄んだ目をしていた。

「寝なよ。何もしなくて良いから。」
「え?…え、でも…」
「大丈夫。聞かれたらちゃんとサービスしてもらったって言うから。あ、添い寝。添い寝して。それならちゃんと働いた事になるでしょ?」
彼は怯えた目で不安そうにリビングへ続く扉を見やったが、それ以上は何も言わず、ベッドの端に寄って透が入るスペースを作ってくれた。身体を動かす度にどこかが痛むのか、ほんの少し身体を移動させるだけなのにひどく時間がかかり、苦痛の呻きが口から溢れた。透が隣に寝転ぶと、男の子は微かに身体を硬直させ、目は瞑らずにそのまま、ボォっと天井を見つめた。そっと手を握ると、びくりと身体を震わせ、更に全身に力が入った。
小さな手だった。折れそうに細い指が、緊張で硬く強張っていた。手首には、手錠が擦れた酷い傷があって、血が滲んでいた。何度も傷つけられたのか、血が滲んでいない箇所もぐるりと一周、真っ黒に色素が沈着していた。

1時間ほど、身じろぎもせずに隣にいると、男の子は少しずつ全身の力を抜いて、ゆっくりと目を瞑った。長いまつ毛の間から、涙がゆっくりと頬を伝って耳朶に溜まり、それからシーツに染みを作った。彼はずっと声を出さずに、泣いていた。




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