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馬脚を現すの逆位置である不可解な星座
しおりを挟む「…………以上がデオキシリボ核酸、すなわちDNAの特性だ。なにか質問はあるかね?」
教室は静まり返り、それぞれが教師と目を合わせようとしない。
黎明学園だって進学校のひとつだ。「生物」なんていうのは単位さえ取れれば問題のないささいなものに過ぎない。
文化系は単語や熟語、文法の習得に余念がないし、理科系はインテグラやシグマの記号、ベクトル計算に頭を悩ませている。黎明学園の学年編成は特殊だけど、高校一年生には変わりはないのだ。
そして受験という戦いはすでに始まっている。
シオは終始窓の外を眺めていて、板書きなどしたこともなく教科書も便宜上机に乗せているだけ。
夏休みまであとわずか。その永遠とも言える期間をどう過ごしたらいいのか。基本「ヒキコモリ」なのだからして、「人生の楽しみ方」なんて知るよしもない。
あとで綿星に相談しよう。
「じゃあ、「指名発言」を要求する。年がら年中窓の外の鑑賞に多忙なる天羽。私に今の授業についての質問を義務とする」
担任であり生物の教師である鈴木清はシオを指差した。
シオは眠そうに視線を教師の方に泳がせた。
「………質問、ですかあ?そりゃいろいろとありますよ?」
「ほう、いろいろあるとは大きく出たものだ。拝聴しようじゃないか」
教師は明らかに面白がっている。
シオがしどろもどろになり、授業を聞いていなかったことを懺悔するに違いない。クラスの誰もがそう確信した。
「………RNAとタンパク質の共生関係について。恐ろしく高速で動くタンパク質の解析は現代では不可能なのですが」
突然、「ジョータ」と呼ばれる小太りのコンピュータ・オタクが立ち上がる。
「冗談を言うな。今やクアッド・コアが標準になろうとする時代だ。タブレットでさえ6コアを積んだものがある。のろまな人間の動きなど児戯に等しい」
「………タンパク質の「折りたたみ」の速度はどれくらいか知ってる?」
「わ、わからんが例え0.1秒であれどコンピューターにとってはのろまなものだ。一つのコアで一秒間に3.6Gのクロックを持っているのだぞ?」
「タンパク質の折りたたみ速度はおよそ10フェムト秒だよ」
「………………??」
シオの皮肉っぽい微笑みが浮かぶと同時に頰にわずかな窪みが出来上がる。
眠たげな瞳が見開かれた時、その表情は限りなく凛々しく、知的だ。
「………1フェムト秒は10のマイナス15乗。つまり1000兆分の一秒だ。その速度で「動作」するソフトウエアはあるかい?ハードウエアも合わせてさあ」
「それはっ………………!」
シオは話す時、例外なくジェスチャーをする。その目立たないが丁寧に手入れされた指のマニュキュアが空を舞う。
綿星は両肘をついて面白そうに見学していた。
「そもそも、現在稼働しているコンピュータ………タブレットやスパコンも含めてね。みんなフォン・ノイマンの作ったオートマトンだもん。オートマトンってのは0と1の二進法で構成された底辺を256の三角形さあ。だからモニタだって最大表示色は256の三乗に制限されている…………えっと、256の三乗……わずか16,777,216色だね」
クラスの全員が凍りついたようにシオという限りなく美麗な存在に目を注ぐ。
あちこちで囁き声が交わされていた。
ちょっと何あの子。綺麗なだけじゃなかったんだ………。生意気。
「んっと、例えばリープ・コンピューティング………つまり量子コンピューターだって無理っていえば無理なんだけど。でも、20qbit1セットはノイマン式の20bit1,000,000セットに匹敵する。それで走るなら今まで制限されていたメモリ空間へのアクセスも単純に計算すれば百万倍になるわけだけど、それでも追いつかない。つまり、シリコン・ウェハーなんて抵抗の塊より抵抗のないシナプス・コンピューティングの方がいいわけ。話は元に戻るけど、先生、「記憶RNA」ってあるよね」
「………あ、ああ」
教師はあっけにとられ、呆然としてシオの紡ぎ出す言葉に戦慄した。
「人間の原初的な機能は全て脳に集中している。………つまり、知能は「葉」にあるわけ。でも、脳や葉といったハードウェアと神経系のミクロなハードウェアを繋いでいるのは「メタ回路」。こいつが記憶RNAも含め人間が人間たる構造を作り上げていると。で、この「メタ回路」を解析しようとしているのが「カオス理論」であり「フラクタル理論」なんだけど、セル・オートマトンのレベル4では」
その瞬間、授業を終わらせる鐘が鳴った。
「シオ、「美人」っていうのは黙しているのが義務なの。わかる?」
「わかっちゃいるけど。「教師に従順に」って諭したのは他ならぬ綿星だよ?」
「程度問題よ。そこらへんは「嘘も方便」。だいたい「ぶりっ子」は無知を装い誇るものよ」
「………ま、そこらへんはまた学習しますよ」
綿星はシオの腰のあたりを凝視する。
「それにしても「淑女」はそんな恥知らずのカッコはしてないよ?」
「そう?だって暑いんだもの」
「シオ、あんたね、「無自覚の露出狂」と化してるのよ?」
「さあ?………………それって、悪いこと?誰に迷惑をかけてるの?」
綿星は啜っていた牛乳パックを握り潰した。
「あんたねえ、さっき言ったことをどこで覚えたの?」
「……………えっと、YouTubeのTVの再生かな」
「………それって一瞬じゃない」
「ああ。「もう一回見る」はやった事がないなあ」
「……なんでつまらない事ばかり記憶するのかなあ……………」
「そんな事ないよ!中国を救った本当のヒーローは「李 鴻章」だとか香港を99年で貸与して日清戦争を下関の伊藤博文との会見で停戦したとかまるっきり知らないんだからっ!」
綿星はその長い長い長い長い脚を交差させて言った。
「本当につまらなくて、思いっきり無駄な才能ね」
窓の外にはハーヴェスト・ムーンが輝いていた。
シオは今夜も衣良さんのご相伴に付き合う気が満々。
じゃなきゃ、死んでやるとも。
僕は死ぬのが怖かったことなんてない。
酒に溺れて、郁夫の胸の中で死ぬのなら、すっごい幸せだ。
限りない夢を見よう。
果てしない幻想に身を委ねよう。
それが幸福ならば、僕はそれを選択する。
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