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暗き書庫の鉄と油の香りはスリリングに
しおりを挟むおよそカットハウスとは縁のない長髪の奥から覗いた目は以外に若々しい。
この暑さにも関わらずピシッとスーツを着ているだけにそのアンバランスさが異様な雰囲気を漂わせる。
極端に薄い唇はちょっと爬虫類じみていた。
「どうですか。何か解りましたか………その、稗田さん」
長髪の男は目を眇めて郁男を睥睨したまま沈黙している。
その部屋は部屋というより「書庫」と呼んだ方がふさわしい。ちょっとしたホールぐらいの広さはあるのではないか。本の退色や劣化を防ぐためか、部屋全体には空調の絶え間ないつぶやきのような振動が響いていた。
それも並んでいる本は一様に古びていて、書籍というよりは古文書の程をなしている。稀覯本がどれほどの数になるのか、想像もつかない。
「………そこそこ興味深い………興味深いテーマでした」
「と、言いますのは?」
「あなた、キリスト教が日本に伝わり、俗にいう「隠れキリシタン」は何故にカソリックへ回帰しなかったか………知っていますか」
「………………いえ」
「聖書を基にした一種の外伝………「天地始之事」に従っているからです」
癖なのか、唇の端を指で弄びながら稗田は言葉を選ぶように虚空を見つめる。
「天地始之事には、アダムとイブ………天地始之事では「どめいごすのあだん」と「どめいごすのえわ」ですが、この他に「あんじょ」、つまり天使ですね。その長である「じゅすへる」だ重要なキーワードになるのです」
「……………「じゅすへる」?ひょっとして「ルシフェル」ですか?」
「ご明察。この「じゅすへる」が「まさんの木の実」を「あだん」と「えわ」に食べさせる。禁断の実ですね。「知恵の木」です。
稗田の声は陰鬱な押し殺したものになった。
「隠れキリシタンは「じゅすへる」と「でうす」、つまりゼウスですね、それを同格としました。そして天使と火の輪に守られた「いのちの木」の実を手に入れる儀式を「じゅすへる」は記した………そこには「いえ」が捧げられなければならない………つまり「贄」です」
「………生贄、ですか」
「ご明察。そしてその「贄」は「類い稀なる美しきものであり男でも女でもないもの」とされています」
その言葉に郁男は背筋が凍りつくのを感じた。
「類い稀なる美しきものであり男でも女でもないもの」。
心当たりがありすぎる。
「その「贄」とは………………鳳仙花という一族の血を引く、という話です。「ほうせんか」は儀式の名でもあるのですね。「贄」の条件とは「類い稀なる美しきものであり男でも女でもないもの」。私も見てみたいものです……………ただし」
稗田は初めて笑みを見せた。
「その「贄」に何らかの力が宿り「じゅすへる」の力をも打ち砕く「あんじょ」となった場合は事情は異なる、という事です。つまり、「ひこ」巫女ですね。それに導かれれば」
郁夫は思わずハッと気づく。それならば得心がいく。
「ご依頼のあった中で「大島」。これは永遠の生命を求める一族です。「じゅすへる」を信仰します。そして「綿星」とは巫女を生み出す血統。「草冠」は「あんじょ」………その巫女や「贄」を手助けする「精霊の庭」の住人ですね。「でうす」を信仰します」
立ち上がった稗田はの座った椅子の裏側に回り込んだ。
蛇に睨まれた蛙のように郁夫は凍りつく。
「もしも………もしも私が「じゅすへる」を信仰していたとしたら、どうします?」
凍りついたような数分間。
冷たい鉄の感触が郁夫のこめかみに触れた。鉄とかすかな油の匂い。
「「じゅすへる」からも依頼があったのですが、私とて生身の人間です。金額によっては考えてもよろしいですよ?」
郁夫は懐から小切手を抜き取り、背中側に差し出す。
金額の記載されていない小切手。
それを確かめた稗田は上機嫌の声音で言った。
「………結構です。「でうす」の味方になりましょう」
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