僕は15角形──The second story of SIO

ぱとす

文字の大きさ
4 / 5

暗き書庫の鉄と油の香りはスリリングに

しおりを挟む


およそカットハウスとは縁のない長髪の奥から覗いた目は以外に若々しい。
この暑さにも関わらずピシッとスーツを着ているだけにそのアンバランスさが異様な雰囲気を漂わせる。
極端に薄い唇はちょっと爬虫類じみていた。

「どうですか。何か解りましたか………その、稗田さん」

長髪の男は目を眇めて郁男を睥睨したまま沈黙している。
その部屋は部屋というより「書庫」と呼んだ方がふさわしい。ちょっとしたホールぐらいの広さはあるのではないか。本の退色や劣化を防ぐためか、部屋全体には空調の絶え間ないつぶやきのような振動が響いていた。
それも並んでいる本は一様に古びていて、書籍というよりは古文書の程をなしている。稀覯本がどれほどの数になるのか、想像もつかない。

「………そこそこ興味深い………興味深いテーマでした」
「と、言いますのは?」
「あなた、キリスト教が日本に伝わり、俗にいう「隠れキリシタン」は何故にカソリックへ回帰しなかったか………知っていますか」
「………………いえ」
「聖書を基にした一種の外伝………「天地始之事」に従っているからです」



癖なのか、唇の端を指で弄びながら稗田は言葉を選ぶように虚空を見つめる。

「天地始之事には、アダムとイブ………天地始之事では「どめいごすのあだん」と「どめいごすのえわ」ですが、この他に「あんじょ」、つまり天使ですね。その長である「じゅすへる」だ重要なキーワードになるのです」
「……………「じゅすへる」?ひょっとして「ルシフェル」ですか?」
「ご明察。この「じゅすへる」が「まさんの木の実」を「あだん」と「えわ」に食べさせる。禁断の実ですね。「知恵の木」です。

稗田の声は陰鬱な押し殺したものになった。

「隠れキリシタンは「じゅすへる」と「でうす」、つまりゼウスですね、それを同格としました。そして天使と火の輪に守られた「いのちの木」の実を手に入れる儀式を「じゅすへる」は記した………そこには「いえ」が捧げられなければならない………つまり「贄」です」
「………生贄、ですか」
「ご明察。そしてその「贄」は「類い稀なる美しきものであり男でも女でもないもの」とされています」

その言葉に郁男は背筋が凍りつくのを感じた。
「類い稀なる美しきものであり男でも女でもないもの」。
心当たりがありすぎる。

「その「贄」とは………………鳳仙花という一族の血を引く、という話です。「ほうせんか」は儀式の名でもあるのですね。「贄」の条件とは「類い稀なる美しきものであり男でも女でもないもの」。私も見てみたいものです……………ただし」

稗田は初めて笑みを見せた。

「その「贄」に何らかの力が宿り「じゅすへる」の力をも打ち砕く「あんじょ」となった場合は事情は異なる、という事です。つまり、「ひこ」巫女ですね。それに導かれれば」

郁夫は思わずハッと気づく。それならば得心がいく。

「ご依頼のあった中で「大島」。これは永遠の生命を求める一族です。「じゅすへる」を信仰します。そして「綿星」とは巫女を生み出す血統。「草冠」は「あんじょ」………その巫女や「贄」を手助けする「精霊の庭」の住人ですね。「でうす」を信仰します」

立ち上がった稗田はの座った椅子の裏側に回り込んだ。
蛇に睨まれた蛙のように郁夫は凍りつく。

「もしも………もしも私が「じゅすへる」を信仰していたとしたら、どうします?」








凍りついたような数分間。
冷たい鉄の感触が郁夫のこめかみに触れた。鉄とかすかな油の匂い。

「「じゅすへる」からも依頼があったのですが、私とて生身の人間です。金額によっては考えてもよろしいですよ?」

郁夫は懐から小切手を抜き取り、背中側に差し出す。
金額の記載されていない小切手。
それを確かめた稗田は上機嫌の声音で言った。




「………結構です。「でうす」の味方になりましょう」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...