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セレブな海のブイヤベースと淫らな酒盛り
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垂直に切り分けられたバームクーヘンに白いレースに飾られた紺青のカーペット。それらは暗いほど青い天蓋の下に拡がっていた。つまり、詩音に言わせるとそんな事になってしまう。何故なら、海を見たことがなかったから。都会の平滑な灰色の海以外は。
綿星国子はベンツ6.9の窓に貼り付いて居る詩音の背中を眺めながらため息をつく。シオはただただ飴のように流れて行く海辺の景色を見つめている。
「天羽詩音」という少年は鈍感で奔放に見えるけれど、その頭脳は驚嘆するほどに鋭く繊細だ。一度見たり聞いたり読んだりしたものを絶対に忘れない、才能と言うよりは奇病に冒されている事を綿星は嫌になるほどこの三ヶ月ほどで味わった。
今もまた、過ぎて行く岩や森の形、一瞬で過ぎ去る看板の電話番号までが記憶として頭の中に流れ込んでいるのだろう。だから彼は自ら「潜水艦」となった。それも深海に何十日も潜む加圧水型原子炉を持つ攻撃型潜水艦として。ただ、この潜水艦は翠のホルターネックキャミソール、チャコールグレイのキュロットパンツにサンダルという、たちどころに発見されてしまいそうな装いをしているが。
しかし、そんな事は全然問題じゃない。
滑らかな半透明の天鵞絨のような肌と折れそうに華奢な、それでいてしなやかで健康な身体はどこか妖艶なほど美しい曲線を描き、ほとんど骨という物を忘れてしまったかのような輪郭はこの世ならざぬ美しさを秘めている。
宝石のオニキスにも似た漆黒の瞳と濃く長い睫に、極端に細くしたカーボンファイバーの髪には天使の輪が光り輝き、うっすらと紅を滲ませた頬に桜色の口唇が浮かんでいる。
まるで神様にオーダーメイドしたかのような美貌はどんなに隠そうとしても隠せる物ではないし。
「衣良、待っているんだよね」
「そう言っていたけど。芸術家にしてはちゃんとした人だから」
詩音が振り向いたとき、疑いようのないダイアモンドのピアスが光を放つ。まあったく、これがとどめだ。呆れて言葉も枯れる。
「衣良様が約束をたがえた事は一度もございません。ご安心を」
運転をしていた逞しい男が豊かなバリトンの声を響かせた。
「伊集院も衣良様、いちご様、姫乃様と一緒に着いているはずです。万が一伊集院に失礼があったならご報告ください」
「多分失礼な事をすると思うけど──そうじゃなくちゃ面白くないし…執事さんに報告したら郁夫はどうなっちゃうの?」
「彼の祖父や祖母の元にまいらせます」
「へえ、それって田舎の方なのかな。遠いの?」
後から見ていても執事が酷薄な笑みを浮かべるのがわかる。
「それはとてもとても遠い所でございます」
到着した草冠の別邸は海から十数メートル高台の岩の上に聳え立っていた。あきれるほど大きい、洋風の建物だ。詩音も私も手ぶら。荷物を持つことを伊集院は許さなかった。大きく突き出た寿の下に衿ぐりの大きな黒いロング丈タンクトップに黒いレギンス風のスキニーパンツといった、海の楽しみとはほど遠い姿の寮母である衣良が立っている。まあ、私も黒のフルレングスパンツに手首までのアニエスのシャツだから関係ないけど。
「お邪魔します、衣良さん」
「はろはろ、衣良」詩音が軽くスキップする。
「あのねえ、綿星はいいけど、詩音は最近私になれなれしくないかしら? まあ、私の夜のお菓子だから許すけど」
「僕は浜松のうなぎパイじゃありません!」
いつも通りのじゃれ合いだな、と思う。なにしろ詩音は三日に一度は寮の一階に下りて衣良と酒を飲んで潰れるのだ。二階まで担ぎ上げる私の身にもなって欲しい。ま、軽いからいいけど。
「しっかし、二人とも胸がないね~、私と姫乃のを分けてあげようか」
「遠慮しておきます」
「……貰ってもいいけど、僕の大切な何かが失われてしまうような」
「ここに居るのは全員お前が男だって事知ってんだよ」
思わず詩音の尻に蹴りを入れてしまった。飛び上がってハニーボイスどころか幼女のような奇声を上げる所が信じられないほど可愛らしい。
「くぅぅぅぅうっ!」
歯ぎしりと渾然一体となったうめき声は階段の上から聞こえた。
長い黒髪が鮮やかな深紅のマキシ・ワンピースの上で風にたなびいている。いや、こんもりと豊かに盛り上がった胸の上に、と言うべきか。
「……男なんだよなあ、ちくしょう。やっぱ手術しときゃよかった」
「姫乃さん! それだと確実に僕の大切な物が失われます!」なんて下品な先輩。
姫乃の装いは、丈は長いがノースリーブな上に胸元が極端に開いていて、目を逸らしたくなるほどの濃密な色気を放っていた。
その背中に貼り付くように茶色のくせっ毛とひらひらしたワンピースが見え隠れする。
「あれ? 早かったね」
奥の廊下から、最近妙に光り物が増えてきた青年が現れる。料理でもするのだろうか、白い麻のシャツとパンツにストライプの入った奇妙なエプロンを着けている。
「いらっしゃい、詩音。楽しめそうだね」光り輝く白い歯が憎らしい。
考えてみるとたとえ相手が男でもノープロブレムなホスト系美青年、美少女として生きる事にもはや何の抵抗のなくなった超絶の美少年、その未成年に度の強い酒を与える年増美女。
考えなくてもここは変態の巣窟になってしまっている事に愕然とする。
「さあ、しょっぱなから本場マルセイユで憶えたブイヤベースで行くからね!同じ釜の飯を食うんだからみんな仲良くね!」
と、衣良が全部綺麗にまとめてしまった。
ブイヤベースは流石に本場仕込みのせいか、場所柄鮮度の良い物が手に入るからか、抜群に美味しかった。
しかし、例によって詩音が「ワインのない食事なんて考えられない」とか「料理に対する冒瀆だ」「ボルドーのクラーレット以外は泥水だ」と喚き、料理を褒められた嬉しさからかいつもの習慣か、衣良がどんどんボトルを空け、その上郁夫が本場はマルセイユよりニューオリンズだからとか言ってジャックダニエルを飲み出し、詩音もすぐさま賛成してワイルドターキーのライが王道だだのと言い、真っ昼間から完全に酒盛りになってしまった。勿論私に止める手立てはなく、悲惨な結果にならないように詩音の口にどんどんシャコ海老蟹烏賊ムール貝を詰め込んで決着した。
「美味しかった? いちご」むにむにむに。
「美味しかったですう、先輩」ふりふりふり。
「とっておき、空けちゃった」かちゃかちゃかちゃ。
「だーかーらー、ジャックダニエルってのはテネシーウイスキーであってえ、バーボンではないの……違うの。郁夫………眠い」すやすやすや。
「では、俺が部屋にお持ち帰りに──」にやにやにや。
私が両目を素早く突いて、郁夫が床でじたばたしているうちに詩音を担いで階段を上り、二階のテラスにある寝椅子に横たえた。
遠く霞がかかり、水平線が滲んでいる。一瞬このまま日の当たる方に押し出して思いっきり日焼けさせてやろうかと思ったけど、前に詩音が陽に当たるとすぐに火傷を起こしてしまうのを思い出して踏みとどまる。
日陰の風通しの良い寝椅子の隣に腰掛けて、詩音の寝顔を見下ろす。海風は強くなく、肌にねりつくような不快感もなく、実に爽やかだ。
気が付くとそばには片付けが終わった衣良が立っていて、意味ありげにシオのショッピングバックを掲げて中身を拡げて見せた。私は思わずにんまりしてしまう。衣良と私の仕事は手早く終わらせた。詩音は一度眠ると滅多な事では目覚めない。
詩音が目覚めたのは午後も三時頃。草冠の別邸の岩を下ったところにある岩棚の上だった。組み立て式のパラソルでしっかり日陰は確保してある。
「あれえ、僕、食堂にいたはずなんだけど………って」
「買ってきた水着じゃない。似合っているわ」
「僕の裸を見たのは誰?」
「私と衣良と、その他全員。……っていうのは嘘だけど」
詩音はスタイリッシュな白亜のセパレートの水着になっていた。へたに色彩を使うより、奇妙な色香が漂う。
早くも赤みが差している郁夫がシュノーケルを目の上にずらして海から上がってくる。
「起きた? いやあ、実に眼福の時間を過ごさせてもらったよ」
「デジカメでたくさん撮影したの。学校が始まったらオークションよ」
私も意地悪くにやついてやった。詩音の頬がたちまち紅に染まる。
「僕をおもちゃにするのに、まだ飽きないの?」
「こんな面白いこと、そう簡単に諦めるわけないじゃない」
「あら、王女様のお目覚めね。キスしてあげてもいいわよ」
「お姉様、それ、浮気です」
ゴージャスとしか言いようのない肉体を晒した姫乃はやっぱり「超」が付く過激なビキニ、いちごはピンクの可愛らしいパレオの付いたセパレーツを身につけていた。ここがプライベートビーチでなかったら男達が迷わず殺到するだろう。
「さすがに男物を買う勇気はなかったわけね。詩音が上半身を晒したら犯罪になっちゃうものねえ」
衣良は地味なラインの入ったワンピースだが、今でも現役でナンパの対象になるであろう肉感的で若々しい肌を輝かせている。
「それにしても、水着にするって事は僕を一回全裸にしなければならないわけで…あう」
「心配しないで。その部分は私が担当したから」
「またそんな好き勝手にしてっ」
「何をいまさらっておもうけどねえ」
そんな言い合いをしている間に、いちごが手にしたiPhoneで踊るように詩音をいろいろな角度から狙っていた。気が付いた詩音が思わず両手で胸を抱きしめる。って、お前男じゃなかったのか?
「な、なんで撮るんだよ」
「お姉様が言うにはあ、この貴重な写真は後々脅迫の種に使えそうだって言うからあ」
「い、いやだああああああ!!」
詩音は準備体操もしないで海に飛び込んだ。ありゃりゃ、立派に泳げるんじゃない。
夕食は昼食と打って変わって純海鮮和風料理となった。
「和食と言ったら、やっぱり日本酒かな?」
「日本酒? 詩音は意外と軟派なんだね」
そう言って郁夫は一本の風格ある異国の香りを漂わせた瓶をテーブルの上に置いた。
「沖縄の波照間島に知り合いがいてね。特別に秤り売りしてもらった。焼酎古酒の頂点、「KIKUNOTSURU」50度」
意外や衣良の瞳が光った。
「知ってる。波照間では一本五百円なのに、那覇に来ると五千円になるっていう、あれね。なんでもバナナみたいな味がするって聞いているけど」
二人が焼酎談義を交わしている隙に、詩音はすでに飲んでいた。どれだけ酒に意地汚いのだろう。将来は間違いなく閉鎖病棟行きだ。
「あ、詩音いつの間に」
「…少しは教育って事をしなくちゃねえ」
などと言いながらも手は二人の間で交錯する。結局はこの三人、同じ酒飲みなのだ。一人15歳という圧倒的に違法なのが混ざっているのが問題だが。
「詩音、この生しらす生姜と一緒に」
「ん~~」
「詩音、この鮑の肝が最高に美味しいわよ」
「ん~~」
「…このマグロ、脂が乗っているし」
「ん~~」
「私は老人介護のボランティアじゃないのよ」
「ん~?」
ここいらへんは完全に天然だ。取り返しが付かないことを身をもって知る。しかし、箸の上げ下ろしひとつ取ってもいちいち仕草が美しいのは気のせいなんかじゃない。姫乃といちごは完全に二人の世界に行っているし。
「お姉様、今日の夜のお話は?」
「小人の一族の勇者が旅をしてね」
「うんうん」
「気持ちの悪いぬるりとした化け物に追いかけられて」
「きゃあ、怖い」
「最後には悪い悪魔をやっつけるの」
「お姉様、私が眠るまで手を離さないでね」
それ、指輪物語だろ。
部屋は有り余っていると言うのに、姫乃といちごは同室どころか同じベッドらしい。これはこれで世間的には申し訳が立たないが、詩音と私も同室だ。まあ、郁夫の夜這いなどという有事を考慮しての事だけど。万が一があったら、詩音は流れに身を任せてしまうだろうし、郁夫は天国に召されてしまう。
まるで鏡のような月が水面を輝かして眩しいぐらいだ。部屋を巡る風は真夏だというのに信じられないぐらい透明で快適だ。名も知らぬ植物で織られたベッドは心地よい弾力を提供してくれる。
詩音の寝顔はいつにも増して美しく、こうやって月光の下の姿はまるで神話を描いた物語の一ページのようだ。それほどまでに詩音は神々しい美しさを放っている。
---------------------------------------------------------------------------------------------------
「贄は美しいほどに力は強く、拡がって行くものだ、娘」
祖母の話が自然に思い浮かぶ。
「そして強い力を宿した贄は強い香りを放つ。多くの者に追われるのだ、巫女よ」
祖母の話をそのまま詩音に当てはめると、おそらくこの百数十年かそれ以上か、空前絶後の「贄」としての存在になるだろう。
しかし、贄は例えるならば核弾頭そのものであり、自らの意志は持たない。悲しいことに、ロケットとなり目標を定めボタンを押すのは巫女たる私の力。それが「ほうせんか」のシステムだ。
楽しい時間は好きなだけ味わっておくといい、少年よ。
再び溶け出して流れる景色を詩音は眺めている。また濁流のようなデータを飲み込んでいるのだろう。
---------------------------------------------------------------------------------------------------
「慌ただしい旅になってしまいましたね」
逞しいバリトンが車の中に響く。
「仕方がありません。高校生と言っても結構忙しいものです」
無言が車内を満たしてから、再びバリトンが響く。
「まあ、普通の高校生なら、ですけど」
ベンツ6.9は森と海の道から抜け出て、やがてインターチェンジへと音もなく走り続けた。
綿星国子はベンツ6.9の窓に貼り付いて居る詩音の背中を眺めながらため息をつく。シオはただただ飴のように流れて行く海辺の景色を見つめている。
「天羽詩音」という少年は鈍感で奔放に見えるけれど、その頭脳は驚嘆するほどに鋭く繊細だ。一度見たり聞いたり読んだりしたものを絶対に忘れない、才能と言うよりは奇病に冒されている事を綿星は嫌になるほどこの三ヶ月ほどで味わった。
今もまた、過ぎて行く岩や森の形、一瞬で過ぎ去る看板の電話番号までが記憶として頭の中に流れ込んでいるのだろう。だから彼は自ら「潜水艦」となった。それも深海に何十日も潜む加圧水型原子炉を持つ攻撃型潜水艦として。ただ、この潜水艦は翠のホルターネックキャミソール、チャコールグレイのキュロットパンツにサンダルという、たちどころに発見されてしまいそうな装いをしているが。
しかし、そんな事は全然問題じゃない。
滑らかな半透明の天鵞絨のような肌と折れそうに華奢な、それでいてしなやかで健康な身体はどこか妖艶なほど美しい曲線を描き、ほとんど骨という物を忘れてしまったかのような輪郭はこの世ならざぬ美しさを秘めている。
宝石のオニキスにも似た漆黒の瞳と濃く長い睫に、極端に細くしたカーボンファイバーの髪には天使の輪が光り輝き、うっすらと紅を滲ませた頬に桜色の口唇が浮かんでいる。
まるで神様にオーダーメイドしたかのような美貌はどんなに隠そうとしても隠せる物ではないし。
「衣良、待っているんだよね」
「そう言っていたけど。芸術家にしてはちゃんとした人だから」
詩音が振り向いたとき、疑いようのないダイアモンドのピアスが光を放つ。まあったく、これがとどめだ。呆れて言葉も枯れる。
「衣良様が約束をたがえた事は一度もございません。ご安心を」
運転をしていた逞しい男が豊かなバリトンの声を響かせた。
「伊集院も衣良様、いちご様、姫乃様と一緒に着いているはずです。万が一伊集院に失礼があったならご報告ください」
「多分失礼な事をすると思うけど──そうじゃなくちゃ面白くないし…執事さんに報告したら郁夫はどうなっちゃうの?」
「彼の祖父や祖母の元にまいらせます」
「へえ、それって田舎の方なのかな。遠いの?」
後から見ていても執事が酷薄な笑みを浮かべるのがわかる。
「それはとてもとても遠い所でございます」
到着した草冠の別邸は海から十数メートル高台の岩の上に聳え立っていた。あきれるほど大きい、洋風の建物だ。詩音も私も手ぶら。荷物を持つことを伊集院は許さなかった。大きく突き出た寿の下に衿ぐりの大きな黒いロング丈タンクトップに黒いレギンス風のスキニーパンツといった、海の楽しみとはほど遠い姿の寮母である衣良が立っている。まあ、私も黒のフルレングスパンツに手首までのアニエスのシャツだから関係ないけど。
「お邪魔します、衣良さん」
「はろはろ、衣良」詩音が軽くスキップする。
「あのねえ、綿星はいいけど、詩音は最近私になれなれしくないかしら? まあ、私の夜のお菓子だから許すけど」
「僕は浜松のうなぎパイじゃありません!」
いつも通りのじゃれ合いだな、と思う。なにしろ詩音は三日に一度は寮の一階に下りて衣良と酒を飲んで潰れるのだ。二階まで担ぎ上げる私の身にもなって欲しい。ま、軽いからいいけど。
「しっかし、二人とも胸がないね~、私と姫乃のを分けてあげようか」
「遠慮しておきます」
「……貰ってもいいけど、僕の大切な何かが失われてしまうような」
「ここに居るのは全員お前が男だって事知ってんだよ」
思わず詩音の尻に蹴りを入れてしまった。飛び上がってハニーボイスどころか幼女のような奇声を上げる所が信じられないほど可愛らしい。
「くぅぅぅぅうっ!」
歯ぎしりと渾然一体となったうめき声は階段の上から聞こえた。
長い黒髪が鮮やかな深紅のマキシ・ワンピースの上で風にたなびいている。いや、こんもりと豊かに盛り上がった胸の上に、と言うべきか。
「……男なんだよなあ、ちくしょう。やっぱ手術しときゃよかった」
「姫乃さん! それだと確実に僕の大切な物が失われます!」なんて下品な先輩。
姫乃の装いは、丈は長いがノースリーブな上に胸元が極端に開いていて、目を逸らしたくなるほどの濃密な色気を放っていた。
その背中に貼り付くように茶色のくせっ毛とひらひらしたワンピースが見え隠れする。
「あれ? 早かったね」
奥の廊下から、最近妙に光り物が増えてきた青年が現れる。料理でもするのだろうか、白い麻のシャツとパンツにストライプの入った奇妙なエプロンを着けている。
「いらっしゃい、詩音。楽しめそうだね」光り輝く白い歯が憎らしい。
考えてみるとたとえ相手が男でもノープロブレムなホスト系美青年、美少女として生きる事にもはや何の抵抗のなくなった超絶の美少年、その未成年に度の強い酒を与える年増美女。
考えなくてもここは変態の巣窟になってしまっている事に愕然とする。
「さあ、しょっぱなから本場マルセイユで憶えたブイヤベースで行くからね!同じ釜の飯を食うんだからみんな仲良くね!」
と、衣良が全部綺麗にまとめてしまった。
ブイヤベースは流石に本場仕込みのせいか、場所柄鮮度の良い物が手に入るからか、抜群に美味しかった。
しかし、例によって詩音が「ワインのない食事なんて考えられない」とか「料理に対する冒瀆だ」「ボルドーのクラーレット以外は泥水だ」と喚き、料理を褒められた嬉しさからかいつもの習慣か、衣良がどんどんボトルを空け、その上郁夫が本場はマルセイユよりニューオリンズだからとか言ってジャックダニエルを飲み出し、詩音もすぐさま賛成してワイルドターキーのライが王道だだのと言い、真っ昼間から完全に酒盛りになってしまった。勿論私に止める手立てはなく、悲惨な結果にならないように詩音の口にどんどんシャコ海老蟹烏賊ムール貝を詰め込んで決着した。
「美味しかった? いちご」むにむにむに。
「美味しかったですう、先輩」ふりふりふり。
「とっておき、空けちゃった」かちゃかちゃかちゃ。
「だーかーらー、ジャックダニエルってのはテネシーウイスキーであってえ、バーボンではないの……違うの。郁夫………眠い」すやすやすや。
「では、俺が部屋にお持ち帰りに──」にやにやにや。
私が両目を素早く突いて、郁夫が床でじたばたしているうちに詩音を担いで階段を上り、二階のテラスにある寝椅子に横たえた。
遠く霞がかかり、水平線が滲んでいる。一瞬このまま日の当たる方に押し出して思いっきり日焼けさせてやろうかと思ったけど、前に詩音が陽に当たるとすぐに火傷を起こしてしまうのを思い出して踏みとどまる。
日陰の風通しの良い寝椅子の隣に腰掛けて、詩音の寝顔を見下ろす。海風は強くなく、肌にねりつくような不快感もなく、実に爽やかだ。
気が付くとそばには片付けが終わった衣良が立っていて、意味ありげにシオのショッピングバックを掲げて中身を拡げて見せた。私は思わずにんまりしてしまう。衣良と私の仕事は手早く終わらせた。詩音は一度眠ると滅多な事では目覚めない。
詩音が目覚めたのは午後も三時頃。草冠の別邸の岩を下ったところにある岩棚の上だった。組み立て式のパラソルでしっかり日陰は確保してある。
「あれえ、僕、食堂にいたはずなんだけど………って」
「買ってきた水着じゃない。似合っているわ」
「僕の裸を見たのは誰?」
「私と衣良と、その他全員。……っていうのは嘘だけど」
詩音はスタイリッシュな白亜のセパレートの水着になっていた。へたに色彩を使うより、奇妙な色香が漂う。
早くも赤みが差している郁夫がシュノーケルを目の上にずらして海から上がってくる。
「起きた? いやあ、実に眼福の時間を過ごさせてもらったよ」
「デジカメでたくさん撮影したの。学校が始まったらオークションよ」
私も意地悪くにやついてやった。詩音の頬がたちまち紅に染まる。
「僕をおもちゃにするのに、まだ飽きないの?」
「こんな面白いこと、そう簡単に諦めるわけないじゃない」
「あら、王女様のお目覚めね。キスしてあげてもいいわよ」
「お姉様、それ、浮気です」
ゴージャスとしか言いようのない肉体を晒した姫乃はやっぱり「超」が付く過激なビキニ、いちごはピンクの可愛らしいパレオの付いたセパレーツを身につけていた。ここがプライベートビーチでなかったら男達が迷わず殺到するだろう。
「さすがに男物を買う勇気はなかったわけね。詩音が上半身を晒したら犯罪になっちゃうものねえ」
衣良は地味なラインの入ったワンピースだが、今でも現役でナンパの対象になるであろう肉感的で若々しい肌を輝かせている。
「それにしても、水着にするって事は僕を一回全裸にしなければならないわけで…あう」
「心配しないで。その部分は私が担当したから」
「またそんな好き勝手にしてっ」
「何をいまさらっておもうけどねえ」
そんな言い合いをしている間に、いちごが手にしたiPhoneで踊るように詩音をいろいろな角度から狙っていた。気が付いた詩音が思わず両手で胸を抱きしめる。って、お前男じゃなかったのか?
「な、なんで撮るんだよ」
「お姉様が言うにはあ、この貴重な写真は後々脅迫の種に使えそうだって言うからあ」
「い、いやだああああああ!!」
詩音は準備体操もしないで海に飛び込んだ。ありゃりゃ、立派に泳げるんじゃない。
夕食は昼食と打って変わって純海鮮和風料理となった。
「和食と言ったら、やっぱり日本酒かな?」
「日本酒? 詩音は意外と軟派なんだね」
そう言って郁夫は一本の風格ある異国の香りを漂わせた瓶をテーブルの上に置いた。
「沖縄の波照間島に知り合いがいてね。特別に秤り売りしてもらった。焼酎古酒の頂点、「KIKUNOTSURU」50度」
意外や衣良の瞳が光った。
「知ってる。波照間では一本五百円なのに、那覇に来ると五千円になるっていう、あれね。なんでもバナナみたいな味がするって聞いているけど」
二人が焼酎談義を交わしている隙に、詩音はすでに飲んでいた。どれだけ酒に意地汚いのだろう。将来は間違いなく閉鎖病棟行きだ。
「あ、詩音いつの間に」
「…少しは教育って事をしなくちゃねえ」
などと言いながらも手は二人の間で交錯する。結局はこの三人、同じ酒飲みなのだ。一人15歳という圧倒的に違法なのが混ざっているのが問題だが。
「詩音、この生しらす生姜と一緒に」
「ん~~」
「詩音、この鮑の肝が最高に美味しいわよ」
「ん~~」
「…このマグロ、脂が乗っているし」
「ん~~」
「私は老人介護のボランティアじゃないのよ」
「ん~?」
ここいらへんは完全に天然だ。取り返しが付かないことを身をもって知る。しかし、箸の上げ下ろしひとつ取ってもいちいち仕草が美しいのは気のせいなんかじゃない。姫乃といちごは完全に二人の世界に行っているし。
「お姉様、今日の夜のお話は?」
「小人の一族の勇者が旅をしてね」
「うんうん」
「気持ちの悪いぬるりとした化け物に追いかけられて」
「きゃあ、怖い」
「最後には悪い悪魔をやっつけるの」
「お姉様、私が眠るまで手を離さないでね」
それ、指輪物語だろ。
部屋は有り余っていると言うのに、姫乃といちごは同室どころか同じベッドらしい。これはこれで世間的には申し訳が立たないが、詩音と私も同室だ。まあ、郁夫の夜這いなどという有事を考慮しての事だけど。万が一があったら、詩音は流れに身を任せてしまうだろうし、郁夫は天国に召されてしまう。
まるで鏡のような月が水面を輝かして眩しいぐらいだ。部屋を巡る風は真夏だというのに信じられないぐらい透明で快適だ。名も知らぬ植物で織られたベッドは心地よい弾力を提供してくれる。
詩音の寝顔はいつにも増して美しく、こうやって月光の下の姿はまるで神話を描いた物語の一ページのようだ。それほどまでに詩音は神々しい美しさを放っている。
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「贄は美しいほどに力は強く、拡がって行くものだ、娘」
祖母の話が自然に思い浮かぶ。
「そして強い力を宿した贄は強い香りを放つ。多くの者に追われるのだ、巫女よ」
祖母の話をそのまま詩音に当てはめると、おそらくこの百数十年かそれ以上か、空前絶後の「贄」としての存在になるだろう。
しかし、贄は例えるならば核弾頭そのものであり、自らの意志は持たない。悲しいことに、ロケットとなり目標を定めボタンを押すのは巫女たる私の力。それが「ほうせんか」のシステムだ。
楽しい時間は好きなだけ味わっておくといい、少年よ。
再び溶け出して流れる景色を詩音は眺めている。また濁流のようなデータを飲み込んでいるのだろう。
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「慌ただしい旅になってしまいましたね」
逞しいバリトンが車の中に響く。
「仕方がありません。高校生と言っても結構忙しいものです」
無言が車内を満たしてから、再びバリトンが響く。
「まあ、普通の高校生なら、ですけど」
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