クールな女医さんはお砂糖で出来ている

桜屋敷 櫻子

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プロローグ

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 私の幼少期の記憶は病院で埋まっている。



 元から身体の弱かった私だけど、母親を病気で亡くしてからというもの、体調は悪化するばかりだった。そして、ついに総合病院の小児科病棟へ入院することになってしまった。いつ退院出来るかも分からず、短期入院で入って退院していく子たちを見送った。院内の売店に行くことも出来ないほどの病状だった私は、常に病室にいた。



 でも、そんな日々も永遠ではなかった。



 入院して半年。病状が安定したということで、私も他の子みたいに一人で売店に行けるようになった。私は500円玉を握り締めて、院内の売店へ駆け足で行った。走ったら怒られてしまうのだけど、とにかく嬉しかった。病室にいると、つい、母の顔を思い出して涙が出てしまうから。そして、私は売店でとある女性と知り合うことになった。



 初めて入る売店は、広くはなかった。でも、いい匂いがした。





 「いらっしゃいまーせー」





 売店のレジには一人の女性がいた。中年で小太り、真っ赤なエプロンに大量のアップリケが縫い止められていた。私を見るなり、その女性は目を丸くした。初めて見る顔だからだろう。私はその女性に、500円で買えるお菓子がないかを聞いた。緊張していた。いつもは看護師さんや作業療法士さんとしか話さないから。





 「500円で買えるお菓子ねぇ。豪勢にパンケーキとかどう?」



 「パンケーキ……」





 私は思わず、涙ぐんでしまった。亡くなった母がよく焼いてくれた、熱々のパンケーキを思い出してしまって。ポロポロと涙を流す私に、真っ赤なエプロンからハンカチを取り出し渡してくれる女性。あたしがなんか言っちゃったかねぇ?と、慌てながら。私はハンカチを借りて、涙を拭った。ハンカチはいい香りがした。



 その女性は、私にいくつか質問をしてきた。いつから入院してるんだい?とか、ハンバーグは好き?とか、私の涙が止まるようにしてくれているのだと分かった。これが、私とおばちゃんの出会いだった。この日、私はパンケーキを買って病棟に戻った。また明日もおいで、と言われたのが嬉しかった。おばちゃんは、まるで母のようだった。



 私の母はおばちゃんとはタイプの違う人だったけど、母性的なところは共通していた。病室に戻ると、同じ部屋の子がおかえりを言ってくれた。初めての売店、どうだった!?と聞かれ、私はパンケーキを見せる。それ、新作だー!その子は興奮して、私も今度買ってこよ!と言って、ベッドに戻っていった。





 「……お母さん」





 母の顔と、おばちゃんの顔が頭に浮かぶ。おばちゃんは言ってくれた。あたしのこと、お母ちゃんだって思っていいからね!と。その言葉を頭の中で繰り返す。買ってきたばかりのパンケーキのパッケージを破り、齧り付く。随分食べていなかった、the・甘い物に舌がびっくりしている。でも、久し振りに心が満たされた。



 いつ退院出来るか分からないけど、これからは売店に行けばおばちゃんに会える。それを楽しみに、期限の不明な入院生活を頑張ろうと思えた。次の日、また一人、同じ病棟の年長さんが退院していった。割と回転の早い病棟ではあるけど、最近は退院続きだった。でも、空きベッドのある私の病室に、新しい子が入院してきた。



 その子は検査入院らしく、明後日には退院するそうだった。退院。頑張ろうとは思っても、退院には憧れてしまう。今日もまた1日が終わる。
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