2 / 103
序章 騎士と英雄のあいだ
第2話 どうあがいても断れない状況
しおりを挟む
「このまま行けば、いずれ聖王国のあるメソン大陸も落ちるかもしれぬ……そうなれば、次はプロートス大陸、ひいてはこのアルファ王国に魔王軍の魔の手が迫るだろう」
女王は悲しげに言った。どこか芝居がかった調子だった。
「そこでだ、プリムローズ……そなたら四人に、魔王討伐を頼みたい」
誰も、何も答えなかった。女王は泰然として、ほほえみを浮かべている。私は言った。
「恐れながら、陛下……わたくしはただの小娘にございます。公爵令嬢という立場ではございますが、これといって取り柄のない平凡な――」
さえぎるように、女王は楽しげに笑った。
「ほんの二年ばかり前、伝説の神竜ラオカミツハと戦って、天変地異を引き起こしたのは記憶に新しいが?」
女王は愉快そうに手を打ち鳴らした。
「いやはや、恐ろしい限りだ! 当時十五歳の少女が、しかもデイジー・ロータスとたった二人だけで、あの伝説の神竜を打ちのめすとは!」
「誤解でございます、陛下。私たちは勝っておりません。終始、遊ばれておりました」
これは事実だった。
「だが、あの神竜はそなたたちを気に入り、味方してくれるそうだが?」
「それは確かに、そのとおりなのですが――」
「やはり、お前たち以外に適役はおらんな!」
「お待ちください、陛下! そちらにいらっしゃる近衛隊長様も素晴らしい使い手! その名は大陸全土にとどろいております!」
ふぅむ、と女王はちらりと近衛隊長に目を向けた。彼女は首を横に振った。
「陛下……武術大会のことをお忘れですか?」
「ああ、そうであったな。プリムローズは、大陸中から猛者が集まる武術大会の優勝者であったな! しかもそこにいるリリーは準優勝、シスルとデイジーも準決勝まで勝ち進んだ手練れではないか!」
近衛隊長は大きくうなずいた。
「はい、間違いなく王国――いえ、大陸随一の使い手です。おそらく世界すべてを見渡しても、この四人と同格の存在はおりますまい」
女王はうれしそうに何度もうなずいた。
「やはり、今代聖剣の使い手はお前たちの誰かに違いあるまい。仮に違ったとしても、魔王を討伐するくらい楽々とこなしてみせるだろう!」
女王は立ち上がり、私の前まで歩いてきた。膝をついている私は本来なら見上げる形になるはずだ。しかし、女王は膝を曲げ、わざと上目遣いに私をのぞき込んだ。
「引き受けてくれるだろう?」
おねだりでもするように彼女は言った。
「は、はい……」
事実上の、命令だった。どうあっても、このお方は私たちに魔王討伐をさせたいらしい。いいだろう、と私は内心でつぶやいた。引き受けようじゃないか。ただし、完遂するとは口が裂けても言わない。
そう、引き受けはするが途中で放棄させてもらう。
どうせ、ちょっとした路銀を渡して放り出すつもりだろう。ならば、私も相応の働きをするまでだ。アルファ王国から離れたところで、適当に死んだように見せかけて……と私が頭のなかであれこれ計算していると、女王が言った。
「そうか! うれしいぞ、プリムローズ! では紹介しよう」
と言って、彼女は商人風の男を呼んだ。男は一礼すると、自己紹介をした。
「はじめまして、プリムローズ様。私はマットソン商会のリキャルド・マットソンです。女王陛下のご依頼に応じ、これより魔王討伐の支援を担当いたします。どうぞ、お見知り置きを」
私は震える声で問いかけた。
「あの、陛下? 支援とは、どういう……?」
「決まっているだろう。魔王討伐をせよというのだ。このような難事、国からの支援はあって当然! そこで、メソン大陸やヒュスタトン大陸にも支店を持つマットソン商会に協力を依頼した。これより、お前たちの旅路は彼らがサポートする。武器や防具はもちろん、宿の手配から情報収集までなんでもやってくれるぞ!」
「といっても、情報のほうは一商人が手に入れられるものと大差ありませんので、あまり期待されても困りますが」
「なぁに、その点は我々のほうで諜報部隊を出し、その都度情報をしっかり提供する。こういう状況だ、役割分担は大切だからな!」
「まったくもってその通りでございます、さすがは陛下」
ふたりはにこやかに笑った。
「あの……専門の諜報部隊、お出しになるのですか?」
私の顔は、きっと引きつっているのだろう。そんなことを思いながら、問いかけた。
「もちろんだ。偉そうに命令だけしておいて、何もせぬわけにも行くまい! 我々もできるかぎりの助力を約束しよう!」
「さ、左様でございますか……」
「頼りにしているぞ! お前たちが要だからな!」
女王は上機嫌に笑った。
「そして見事、魔王討伐を果たした暁には、お前たちの望むものを――むろん、私に用意できる範囲で、だが――なんでも叶えてみせよう!」
女王は子供のようにほほえんだ。
「なんだったら、この国を譲ってもよいのだぞ?」
「即位したばかりの陛下を退位させる予定はございませんので」
「む、そうかね?」
女王はどこか残念そうだ。
「まぁいい。とにかく、がんばってくれたまえ」
「はい、必ずや魔王を討伐してみせます」
私はあきらめた。
女王は悲しげに言った。どこか芝居がかった調子だった。
「そこでだ、プリムローズ……そなたら四人に、魔王討伐を頼みたい」
誰も、何も答えなかった。女王は泰然として、ほほえみを浮かべている。私は言った。
「恐れながら、陛下……わたくしはただの小娘にございます。公爵令嬢という立場ではございますが、これといって取り柄のない平凡な――」
さえぎるように、女王は楽しげに笑った。
「ほんの二年ばかり前、伝説の神竜ラオカミツハと戦って、天変地異を引き起こしたのは記憶に新しいが?」
女王は愉快そうに手を打ち鳴らした。
「いやはや、恐ろしい限りだ! 当時十五歳の少女が、しかもデイジー・ロータスとたった二人だけで、あの伝説の神竜を打ちのめすとは!」
「誤解でございます、陛下。私たちは勝っておりません。終始、遊ばれておりました」
これは事実だった。
「だが、あの神竜はそなたたちを気に入り、味方してくれるそうだが?」
「それは確かに、そのとおりなのですが――」
「やはり、お前たち以外に適役はおらんな!」
「お待ちください、陛下! そちらにいらっしゃる近衛隊長様も素晴らしい使い手! その名は大陸全土にとどろいております!」
ふぅむ、と女王はちらりと近衛隊長に目を向けた。彼女は首を横に振った。
「陛下……武術大会のことをお忘れですか?」
「ああ、そうであったな。プリムローズは、大陸中から猛者が集まる武術大会の優勝者であったな! しかもそこにいるリリーは準優勝、シスルとデイジーも準決勝まで勝ち進んだ手練れではないか!」
近衛隊長は大きくうなずいた。
「はい、間違いなく王国――いえ、大陸随一の使い手です。おそらく世界すべてを見渡しても、この四人と同格の存在はおりますまい」
女王はうれしそうに何度もうなずいた。
「やはり、今代聖剣の使い手はお前たちの誰かに違いあるまい。仮に違ったとしても、魔王を討伐するくらい楽々とこなしてみせるだろう!」
女王は立ち上がり、私の前まで歩いてきた。膝をついている私は本来なら見上げる形になるはずだ。しかし、女王は膝を曲げ、わざと上目遣いに私をのぞき込んだ。
「引き受けてくれるだろう?」
おねだりでもするように彼女は言った。
「は、はい……」
事実上の、命令だった。どうあっても、このお方は私たちに魔王討伐をさせたいらしい。いいだろう、と私は内心でつぶやいた。引き受けようじゃないか。ただし、完遂するとは口が裂けても言わない。
そう、引き受けはするが途中で放棄させてもらう。
どうせ、ちょっとした路銀を渡して放り出すつもりだろう。ならば、私も相応の働きをするまでだ。アルファ王国から離れたところで、適当に死んだように見せかけて……と私が頭のなかであれこれ計算していると、女王が言った。
「そうか! うれしいぞ、プリムローズ! では紹介しよう」
と言って、彼女は商人風の男を呼んだ。男は一礼すると、自己紹介をした。
「はじめまして、プリムローズ様。私はマットソン商会のリキャルド・マットソンです。女王陛下のご依頼に応じ、これより魔王討伐の支援を担当いたします。どうぞ、お見知り置きを」
私は震える声で問いかけた。
「あの、陛下? 支援とは、どういう……?」
「決まっているだろう。魔王討伐をせよというのだ。このような難事、国からの支援はあって当然! そこで、メソン大陸やヒュスタトン大陸にも支店を持つマットソン商会に協力を依頼した。これより、お前たちの旅路は彼らがサポートする。武器や防具はもちろん、宿の手配から情報収集までなんでもやってくれるぞ!」
「といっても、情報のほうは一商人が手に入れられるものと大差ありませんので、あまり期待されても困りますが」
「なぁに、その点は我々のほうで諜報部隊を出し、その都度情報をしっかり提供する。こういう状況だ、役割分担は大切だからな!」
「まったくもってその通りでございます、さすがは陛下」
ふたりはにこやかに笑った。
「あの……専門の諜報部隊、お出しになるのですか?」
私の顔は、きっと引きつっているのだろう。そんなことを思いながら、問いかけた。
「もちろんだ。偉そうに命令だけしておいて、何もせぬわけにも行くまい! 我々もできるかぎりの助力を約束しよう!」
「さ、左様でございますか……」
「頼りにしているぞ! お前たちが要だからな!」
女王は上機嫌に笑った。
「そして見事、魔王討伐を果たした暁には、お前たちの望むものを――むろん、私に用意できる範囲で、だが――なんでも叶えてみせよう!」
女王は子供のようにほほえんだ。
「なんだったら、この国を譲ってもよいのだぞ?」
「即位したばかりの陛下を退位させる予定はございませんので」
「む、そうかね?」
女王はどこか残念そうだ。
「まぁいい。とにかく、がんばってくれたまえ」
「はい、必ずや魔王を討伐してみせます」
私はあきらめた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる