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第1章 聖なる乙女の学園
第1話 プリムローズちゃん六歳
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はじめてデイジー・ロータスと会ったのは、私が六歳のときだ。
自室で本を読んでいるとき、母親が「あなたの従者になる子よ」と言って連れてきたのだ。妖精族の女の子だった。背中に半透明の羽があって、羽ばたいていないのに、宙に浮いている。
小さな体で、そしてほんのり甘い香りがした。
妖精族は、男女ともに成人しても一〇〇センチメートル前後の身長にしかならない。まれにそれより小さかったり大きかったりする妖精もいるが、例外的だ。
目の前のデイジーは、私と同い年だった。だが、背丈は人間族である私のほうがずっと大きかった。
彼女は端正な顔立ちで、とても美しかった。絵本のなかに出てくるお姫さまのようだった。きれいなドレスを着て、ほがらかな笑みをたたえている。見るものにやわらかな印象を与えた。
彼女は細くしなやかな指でドレスの裾を軽く持ち上げ、一礼した。
「はじめまして、お嬢さま。デイジー・ロータスです」
彼女の声は、聞くものに安らぎを与えた。だから、私はこの子を巻き込むことにした。この子が私の知る攻略キャラの一人だったから、という理由もある。
私には前世の知識があった――「知識」と呼ぶのは、これを記憶と呼んでいいのか自信がないからだ。私にとって前世は、あくまでも情報の羅列として存在していた。感情と結びつかず、思い出というにも無理がある。
前世の両親や生活に思いを馳せても、今の自分の感情とうまくつながらないのだ。ゆえに知識と呼んだほうがしっくり来る。
人格面もそうだ。前世の知識によれば、記憶を持って転生した場合、肉体が変化するだけで内面は同じであるはずなのだ。
ところが、私は「前世の私」を自分だと思えなかった。
明らかに別人で、なんというか……赤の他人が書いた分厚く冗漫な自伝を読んだ、あるいはその生涯を描いた長く退屈な映画を見たような気分にしかならないのだ。
思い出しても、なつかしさが何ひとつ感じられない。
感情にしてもそうだ。まるで物語の一説であるかのように「そのとき、主人公は悲しんでいた」とか「そのとき、主人公はうれしく思っていた」とか、そういう情報としてだけ存在している。
私がその感情を直に味わうことができないのだ。
前世の「私」がやりこんでいたゲームもそうだ。『聖なる乙女の学園』というゲームをたいそう気に入って、「これぞ史上最高のゲーム!」などと絶賛していたが、私にはどこがどう「史上最高」なのか理解不能だった。
つまらない、とまでは言わない。
しかし、どうひいき目に見ても褒め過ぎだった。少なくとも、前世の「私」がなぜ一度クリアしたゲームを何周もし、すべてのイベントをコンプリートするほどの情熱をそそぎ込んだのか、よくわからない。
現世の私だったら、絶対にそこまでやらないだろう。もっとも、今はその知識が役立つのだから、感謝すべきなのかもしれないが。
母親が退室し、二人きりになったところで、私はデイジーに自分の事情を説明した。前世の知識があること、そして私たちの住むこの世界が『聖なる乙女の学園』というゲームの世界かもしれないことを。
「ちょっと待ってください」
デイジーが軽く手を上げた。
「どうして『聖なる乙女の学園』というゲーム世界だとわかるのですか?」
「色々あるけれど、まず名前よ。私のプリムローズ・フリティラリアという名前、あなたのデイジー・ロータスという名前」
「その名前の人物が出てくると?」
「そう、登場するわ」
プリムローズ・フリティラリアとデイジー・ロータスは、『聖なる乙女の学園』の攻略キャラだ。
このゲームは恋愛育成ゲームで、主人公を操作して特定のキャラクターを攻略し、恋人関係になることを目的としている。
「私たちの立場と名前は、ゲームそのままなのよ。プリムは公爵令嬢だし、その従者であるデイジーは子爵令嬢……通うのはアルファ王立学園で、そこで私たちはリリー・リリウムという少女と出会うの」
名前が百合まみれなだけあって、主人公は女の子だった。
「主人公であるリリーは、訓練で能力値を伸ばしつつ、イベントをこなして好きな女の子を攻略していく形になるわ」
「……内容はともかく、その情報だけでゲーム世界だと断定するのは早計では?」
「確かに、たまたま名前や立場が一致しただけかもしれないわ。ただ、この世界がなんらかのゲームとか漫画とか――とにかく、日本の作品である可能性は低くないと思うの」
「なぜです?」
「この世界の言語と日本語が同じだからよ。こんな偶然は普通ないでしょう?」
実にシンプルな理由だ。
地球には様々な言語が存在したが、この世界には一つしか言語がない。この世界では、どこの国で書かれた本であろうと、漢字、カタカナ、ひらがなで文章が綴られている。
ほかにも、フランスやベルギーがないのに「フランスパン」や「ベルギーワッフル」があったり、仏教が存在しないのに「成仏」という単語があったりする。
前世の知識を考えると、日本由来としか思えない単語が多数存在するのだ。
「『聖なる乙女の学園』は、十九世紀ヨーロッパがモチーフだったけれど、言語に関する設定はなかったのよね、確か」
といっても、実際の十九世紀とは異なっていた。『学園』の世界には魔法や怪物の存在が付け足されている。魔法を利用したドライヤーや洗濯機、エアコンなどの生活家電まであった。
つまり、私が今いるこの世界とそっくりなのだ。
自室で本を読んでいるとき、母親が「あなたの従者になる子よ」と言って連れてきたのだ。妖精族の女の子だった。背中に半透明の羽があって、羽ばたいていないのに、宙に浮いている。
小さな体で、そしてほんのり甘い香りがした。
妖精族は、男女ともに成人しても一〇〇センチメートル前後の身長にしかならない。まれにそれより小さかったり大きかったりする妖精もいるが、例外的だ。
目の前のデイジーは、私と同い年だった。だが、背丈は人間族である私のほうがずっと大きかった。
彼女は端正な顔立ちで、とても美しかった。絵本のなかに出てくるお姫さまのようだった。きれいなドレスを着て、ほがらかな笑みをたたえている。見るものにやわらかな印象を与えた。
彼女は細くしなやかな指でドレスの裾を軽く持ち上げ、一礼した。
「はじめまして、お嬢さま。デイジー・ロータスです」
彼女の声は、聞くものに安らぎを与えた。だから、私はこの子を巻き込むことにした。この子が私の知る攻略キャラの一人だったから、という理由もある。
私には前世の知識があった――「知識」と呼ぶのは、これを記憶と呼んでいいのか自信がないからだ。私にとって前世は、あくまでも情報の羅列として存在していた。感情と結びつかず、思い出というにも無理がある。
前世の両親や生活に思いを馳せても、今の自分の感情とうまくつながらないのだ。ゆえに知識と呼んだほうがしっくり来る。
人格面もそうだ。前世の知識によれば、記憶を持って転生した場合、肉体が変化するだけで内面は同じであるはずなのだ。
ところが、私は「前世の私」を自分だと思えなかった。
明らかに別人で、なんというか……赤の他人が書いた分厚く冗漫な自伝を読んだ、あるいはその生涯を描いた長く退屈な映画を見たような気分にしかならないのだ。
思い出しても、なつかしさが何ひとつ感じられない。
感情にしてもそうだ。まるで物語の一説であるかのように「そのとき、主人公は悲しんでいた」とか「そのとき、主人公はうれしく思っていた」とか、そういう情報としてだけ存在している。
私がその感情を直に味わうことができないのだ。
前世の「私」がやりこんでいたゲームもそうだ。『聖なる乙女の学園』というゲームをたいそう気に入って、「これぞ史上最高のゲーム!」などと絶賛していたが、私にはどこがどう「史上最高」なのか理解不能だった。
つまらない、とまでは言わない。
しかし、どうひいき目に見ても褒め過ぎだった。少なくとも、前世の「私」がなぜ一度クリアしたゲームを何周もし、すべてのイベントをコンプリートするほどの情熱をそそぎ込んだのか、よくわからない。
現世の私だったら、絶対にそこまでやらないだろう。もっとも、今はその知識が役立つのだから、感謝すべきなのかもしれないが。
母親が退室し、二人きりになったところで、私はデイジーに自分の事情を説明した。前世の知識があること、そして私たちの住むこの世界が『聖なる乙女の学園』というゲームの世界かもしれないことを。
「ちょっと待ってください」
デイジーが軽く手を上げた。
「どうして『聖なる乙女の学園』というゲーム世界だとわかるのですか?」
「色々あるけれど、まず名前よ。私のプリムローズ・フリティラリアという名前、あなたのデイジー・ロータスという名前」
「その名前の人物が出てくると?」
「そう、登場するわ」
プリムローズ・フリティラリアとデイジー・ロータスは、『聖なる乙女の学園』の攻略キャラだ。
このゲームは恋愛育成ゲームで、主人公を操作して特定のキャラクターを攻略し、恋人関係になることを目的としている。
「私たちの立場と名前は、ゲームそのままなのよ。プリムは公爵令嬢だし、その従者であるデイジーは子爵令嬢……通うのはアルファ王立学園で、そこで私たちはリリー・リリウムという少女と出会うの」
名前が百合まみれなだけあって、主人公は女の子だった。
「主人公であるリリーは、訓練で能力値を伸ばしつつ、イベントをこなして好きな女の子を攻略していく形になるわ」
「……内容はともかく、その情報だけでゲーム世界だと断定するのは早計では?」
「確かに、たまたま名前や立場が一致しただけかもしれないわ。ただ、この世界がなんらかのゲームとか漫画とか――とにかく、日本の作品である可能性は低くないと思うの」
「なぜです?」
「この世界の言語と日本語が同じだからよ。こんな偶然は普通ないでしょう?」
実にシンプルな理由だ。
地球には様々な言語が存在したが、この世界には一つしか言語がない。この世界では、どこの国で書かれた本であろうと、漢字、カタカナ、ひらがなで文章が綴られている。
ほかにも、フランスやベルギーがないのに「フランスパン」や「ベルギーワッフル」があったり、仏教が存在しないのに「成仏」という単語があったりする。
前世の知識を考えると、日本由来としか思えない単語が多数存在するのだ。
「『聖なる乙女の学園』は、十九世紀ヨーロッパがモチーフだったけれど、言語に関する設定はなかったのよね、確か」
といっても、実際の十九世紀とは異なっていた。『学園』の世界には魔法や怪物の存在が付け足されている。魔法を利用したドライヤーや洗濯機、エアコンなどの生活家電まであった。
つまり、私が今いるこの世界とそっくりなのだ。
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