聖なる乙女の××

笠原久

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第2章 聖なる乙女の騎士

第19話 漫画のラスボス、思ったより強い

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「適度に休むのも大切なことだよ。特に、デイジーさんの運動量は相当なものだ……。プリムさんにとっては、そうでもなさそうだけど」

 私たちが打ち合いをやめると、リリーはデイジーに水筒を渡した。

 中身はリリーお手製のスポーツドリンクだ。デイジーは息をととのえながら、ゆっくりと味わうように飲んだ。シスルが訊いた。

「そういや『英雄』にも赤黒い魔獣って出てくるんだよな?」

「ええ、中ボスですよ。プロートス大陸最後のボスでしたね。確か」

 ふぅ……とデイジーは大きく息をついた。それからタオルを受け取って、彼女は顔の汗を念入りにぬぐった。

「正直、あまり強くなかったんですよね。いちおう、主人公の仇っていうポジションではありましたけど」

「そうなんか」

 意外そうにシスルが言った。どこか不満そうに猫耳を伏せている。

「漫画だと、めちゃくちゃ強かったんだけどなぁ。喰ったものの能力を取り込む力があってさ、それで超強化されてんだよ。最後の仇討ち篇なんて、魔獣や魔物率いて王都を占拠してたぞ」

「え? そんな大ピンチになるの?」

 私が驚いて訊いた。

「なるぜ。仇討ち篇は王都を奪還するってストーリーだからな。マーガレット陛下が民を城に避難させて籠城。ちなみに王城以外は落ちてるぞ、全部。んで王国軍や冒険者ギルドと協力して王都解放戦だ。最終的にリリーたちが赤黒い魔獣を仕留めて終わる」

「へー、赤黒い魔獣を倒さないととんでもないことになるのね。ほんとよかったわー、倒しといてくれて」

「いや別に変わんねぇだろ……。今のお前をぶっ倒して王都を占拠するとか、絶対に無理じゃねーか」

 シスルは片耳だけ上げた状態で私を見た。私は腰に手を当てた。

「でも、めっちゃ強いじゃない。漫画のエリュトロン・メラン。食べるほど強くなるなら、もっと超強化されててもおかしくないでしょ?」

「そりゃあそうだが……正直、今のお前らより強くなるのは無理じゃねぇかな」

「あ、そうだ」

 と私は人差し指を立てた。

「実はもう一個気になってることがあったんだけど、タイトルに『騎士』って入ってるってことは、騎士いたの?」

 シスルは怪訝な顔になった。

「そりゃそうだろ? なんだ、『学園』にはいなかったのか?」

「いなかったわ」

「え、マジで?」

 シスルは意外そうな顔で言った。しっぽがぴくりと反応している。そうよ、と私はうなずいた。

「だって『聖なる乙女の学園』って、十九世紀ヨーロッパがモチーフなんだもの」

「ああ、なるほど」

 リリーが得心した様子で言った。

「十九世紀だと、すでに騎士爵のような身分を示す言葉になっているね」

「そうなのよね。前世の知識と照らし合わせたとき、なぜか警察や軍人がいなくなって、代わりにそのへん全部騎士がやってるから、なんでだろう? ってちょっと疑問だったのよ」

 現実とゲームでは違うのだろう、と私は深く考えていなかった。

「でも、『騎士』のほうにはいるっていうなら、そのへん反映されてるのかしらね? 男女比は漫画だと一対一だったみたいだし」

「デイジーさん、『英雄』のほうはどうだったんだい?」

 リリーが訊いた。

「騎士団は普通にありましたよ。『英雄』だと、『個人の力が圧倒的だから、個人の武勇を誇る騎士がいつまでも存続した』みたいな設定がありましたね。この世界と同じで」

 デイジーが私を見ながら言った。

「実際、お嬢さまなら一人で軍勢を蹴散らせるわけですから、地球みたいな軍隊を作っても無意味なんですよね」

「無意味どころか、余計な犠牲が増えそうだね」

 リリーが苦笑いで、じっと私を見つめた。

「まぁとにかく、私としては赤黒い魔獣がいなくなってくれて万々歳かしらね! 今のところ、魔王が侵攻してきたっていう話もないし!」

「でも、ラオカさまはもうすぐ来るって言ってましたが?」

 デイジーの言葉に、私は耳をふさいだ。

「聞こえませーん! 実際、来ていないんだから大丈夫でしょ、たぶん」

 私は自信満々に胸を張った――特に根拠がないにもかかわらず。
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