90 / 103
第4章 聖なる乙女の覇者
第9話 人間にも魔族にも恐れられている
しおりを挟む
聖騎士たちは、魔族ほど従順ではなかった。
聖都にいる者は、素直に降伏を受け入れた。しかし、それ以外の場所で戦っていた聖騎士たちは納得できなかったらしい。各地で戦いが巻き起こっていた。
聖王は神妙な様子で、粛々とマーガレット陛下の要求に応じていた。聖都の聖騎士たちは武装解除し、武器も鎧も身につけずにいた。
彼女たちは抵抗する気配をまったく見せない。ずっと肩を落とし、うなだれていた。ただ、私の姿を見かけるとぎょっとして硬直する。
そしてしばらくすると、そそくさとどこかへ行ってしまうのだった。
聖都は魔王軍によって占拠されている。城内はもちろん、大通りや広場を武装した魔族や魔獣、魔物たちが我が物顔で闊歩していた。
やはり魔王軍への嫌悪感が強いようで、店で買い物をしたり、食事をしたり、酒を飲んだりする魔族たちを、聖都の住民は苦々しい顔で見つめていた。
別段、魔族たちは暴れているわけでも、住民を威圧しているわけでもない。
私が「手荒なことはしないように」と言った影響なのだろう。魔王軍は聖都で問題を起こさないよう、極力気を使っている様子だった。
子供たちが悪ふざけで魔物にちょっかいを出したときなど、上官である魔族が青い顔で親御さんに土下座していた。怪我をさせたわけではない。魔物はただ、子供たちのほうに顔を向けただけだ。
だが、相手がびっくりして泣いてしまったのだ。で、上官がすっ飛んでやってきた。
申しわけありません! と上官は地に頭をこすりつけた。
泣きじゃくる子供たちとその両親は、不気味なものを見る目で魔族をながめている。私はたまたま現場に居合わせた。
すると、上官は私にも土下座し、「今後はこのようなことがないよう精進いたしますので、どうか、どうか……!」と懇願してきた。
「いや、別に処罰とかしないから」
と言ったのだが、相手は聞き入れる素振りを見せない。仕方がないので親子に顔を向けると、こちらも話を聞く姿勢をまったく見せなかった。
「お許しください! まだ分別のつかぬ年頃なのです! よく言って聞かせますから……!」
と泣くのだった。
私はなにを許せばいいの? 言い聞かせるってなにを?
私が困惑していると、どこからともかくウェデリアが現れた。
「プリム陛下は寛大だ。だが、その寛容さに甘えていいわけではない……わかるな?」
もちろんでございます、と上官と両親たちは声を揃えた。
親御さんは子供たちの頭を押さえ、一緒に土下座している。ウェデリアは鷹揚にうなずいた。
「うむ。では今後、陛下をこのような些事でわずらわせないように」
はい、と言って彼女たちは嵐のように去っていった。
「なにやってるの?」
私が訊いた。ウェデリアはとびっきりの笑顔で答えた。
「プリムさまに代わって、威厳を示してます!」
「あなた、虎の威を借る狐って知ってる?」
「プリムさまはお優しい虎だから安全ですね!」
「そういう問題じゃない!」
「あと、マーガレット閣下から『できるだけ偉そうにしてろ』って言われました!」
「そっかぁ、陛下の指示かぁ……というか、さらっと陛下じゃなくて閣下になってる」
「宰相は陛下じゃなくて閣下だって言ってました!」
「そうね。正しいけど間違ってるわね」
私はため息をついた。押し切られて条約にサインしなければ……と思うが、今さら悔いても遅い遅い。後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
なんという含蓄のある言葉だろう。
私はこのことわざの意味を、胸の奥でこれでもかと噛みしめていた。
あとで陛下あらため閣下に訊くと、ウェデリアは私直属の部下、という扱いになっているらしい。上に立つものとして、相応に威厳のあるところを見せないといけないのだそうだ。
あまり下手に出ると、仕える側が困惑するから……と。
私は公爵令嬢かつ王位継承権持ちだが、人の上に立つとは思っていなかったので、その手の心得はまったくない。が、ウェデリアのほうはそういった才能に恵まれているのか、楽しそうにこなしていた。
デイジーやリリー、シスルは面倒くさがって人前に出ようとしない。
本来なら教師という立場で私たちを教え導く(そう、一応まだ、私たちは学園に所属していた)ダリアとアイリスは、私たちに関わろうとしなかった。
形式上はウェデリアと同じ幹部という扱いなのだが、マーガレット閣下の側近という感じだった。補佐役として忙しく動きまわっている様子だ。
ただ、私と出会うと「仕事があるから」と避けられている印象だ。
聖都にいる者は、素直に降伏を受け入れた。しかし、それ以外の場所で戦っていた聖騎士たちは納得できなかったらしい。各地で戦いが巻き起こっていた。
聖王は神妙な様子で、粛々とマーガレット陛下の要求に応じていた。聖都の聖騎士たちは武装解除し、武器も鎧も身につけずにいた。
彼女たちは抵抗する気配をまったく見せない。ずっと肩を落とし、うなだれていた。ただ、私の姿を見かけるとぎょっとして硬直する。
そしてしばらくすると、そそくさとどこかへ行ってしまうのだった。
聖都は魔王軍によって占拠されている。城内はもちろん、大通りや広場を武装した魔族や魔獣、魔物たちが我が物顔で闊歩していた。
やはり魔王軍への嫌悪感が強いようで、店で買い物をしたり、食事をしたり、酒を飲んだりする魔族たちを、聖都の住民は苦々しい顔で見つめていた。
別段、魔族たちは暴れているわけでも、住民を威圧しているわけでもない。
私が「手荒なことはしないように」と言った影響なのだろう。魔王軍は聖都で問題を起こさないよう、極力気を使っている様子だった。
子供たちが悪ふざけで魔物にちょっかいを出したときなど、上官である魔族が青い顔で親御さんに土下座していた。怪我をさせたわけではない。魔物はただ、子供たちのほうに顔を向けただけだ。
だが、相手がびっくりして泣いてしまったのだ。で、上官がすっ飛んでやってきた。
申しわけありません! と上官は地に頭をこすりつけた。
泣きじゃくる子供たちとその両親は、不気味なものを見る目で魔族をながめている。私はたまたま現場に居合わせた。
すると、上官は私にも土下座し、「今後はこのようなことがないよう精進いたしますので、どうか、どうか……!」と懇願してきた。
「いや、別に処罰とかしないから」
と言ったのだが、相手は聞き入れる素振りを見せない。仕方がないので親子に顔を向けると、こちらも話を聞く姿勢をまったく見せなかった。
「お許しください! まだ分別のつかぬ年頃なのです! よく言って聞かせますから……!」
と泣くのだった。
私はなにを許せばいいの? 言い聞かせるってなにを?
私が困惑していると、どこからともかくウェデリアが現れた。
「プリム陛下は寛大だ。だが、その寛容さに甘えていいわけではない……わかるな?」
もちろんでございます、と上官と両親たちは声を揃えた。
親御さんは子供たちの頭を押さえ、一緒に土下座している。ウェデリアは鷹揚にうなずいた。
「うむ。では今後、陛下をこのような些事でわずらわせないように」
はい、と言って彼女たちは嵐のように去っていった。
「なにやってるの?」
私が訊いた。ウェデリアはとびっきりの笑顔で答えた。
「プリムさまに代わって、威厳を示してます!」
「あなた、虎の威を借る狐って知ってる?」
「プリムさまはお優しい虎だから安全ですね!」
「そういう問題じゃない!」
「あと、マーガレット閣下から『できるだけ偉そうにしてろ』って言われました!」
「そっかぁ、陛下の指示かぁ……というか、さらっと陛下じゃなくて閣下になってる」
「宰相は陛下じゃなくて閣下だって言ってました!」
「そうね。正しいけど間違ってるわね」
私はため息をついた。押し切られて条約にサインしなければ……と思うが、今さら悔いても遅い遅い。後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。
なんという含蓄のある言葉だろう。
私はこのことわざの意味を、胸の奥でこれでもかと噛みしめていた。
あとで陛下あらため閣下に訊くと、ウェデリアは私直属の部下、という扱いになっているらしい。上に立つものとして、相応に威厳のあるところを見せないといけないのだそうだ。
あまり下手に出ると、仕える側が困惑するから……と。
私は公爵令嬢かつ王位継承権持ちだが、人の上に立つとは思っていなかったので、その手の心得はまったくない。が、ウェデリアのほうはそういった才能に恵まれているのか、楽しそうにこなしていた。
デイジーやリリー、シスルは面倒くさがって人前に出ようとしない。
本来なら教師という立場で私たちを教え導く(そう、一応まだ、私たちは学園に所属していた)ダリアとアイリスは、私たちに関わろうとしなかった。
形式上はウェデリアと同じ幹部という扱いなのだが、マーガレット閣下の側近という感じだった。補佐役として忙しく動きまわっている様子だ。
ただ、私と出会うと「仕事があるから」と避けられている印象だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる