ガールズメイクライ

イグサコウジ

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part.3

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「……それは、なんというか」

 玲は懸命に僕にかけるべき言葉を探しているようだった。
 視線がさっきから僕を見ておらず、どこかに言葉は転がってないか、浮いてないか、探すかのように右往左往している。

「……大変だったね。もしかして、今日図書室で書いてるのって……そのせい?」

「……部室に居づらい」

「だろうね……」

 心中を察してくれて、うんうんと頷く玲。中学時代からそうだったけど、玲は自分が主導権を握るというよりは、僕にそっと寄り添ってくれるところがある。
 その優しさについ甘えてしまうのは僕のいけない癖だと思うけれど、今日ぐらい許してほしい。

「うげっ」

 玲の優しさに癒されつつあったところに、明らかに僕に向けられた心底嫌そうな声が聞こえてきた。
 なんだかとても聞き覚えがある。具体的には、昨日散々聞いたような。

「……なんであんたがいんのよ」

 声のした方、図書室の入り口に目をやると、嫌悪感たっぷりの眼差しを僕に向ける角田が立っていた。

「お前のせいで部室に居づらいからここで書いてるんだよ」

「奇遇ね、あたしもあんたのせいで部室に居づらいからここで書こうと思ってたの」

「なんだと?」

 どうやら角田の中では、昨日に引き続き喧嘩の大安売りが開催中らしい。
 いや、初対面のときもこんな感じだったから、もしかしたら一年中セールでもやっているのかもしれない。

「内藤くん、やっぱり昨日喧嘩したのって……この子?」

「そう。角田、えーと……礼奈」

「人の名前くらいきちんと覚えなさいよ、内藤大地。それと」

 嫌味を言い残すと、角田はあきれた様子で玲の方を向いた。

「なんであんたまでいるのよ、玲」

「なんでって……図書委員だもん。文芸部のお姉ちゃんがいる方が不自然だよ」

「玲にまで難癖つけるなよ面倒くさ……え? お姉ちゃん?」

 いま、玲がさらりととんでもないことを言った気がする。

「内藤くん……まさか私の名字忘れちゃった?」

「角田……玲」

「覚えてるんならもっと早く気付こうよ……」

 そうだ、玲の名字は角田。もう何年も名前で呼んでいるからすっかり頭から抜け落ちていた。
 そして、目の前の憎き宿敵は角田礼奈。つまり、玲の言う通り。

「え、双子?」

「そうだよ。二卵性だからあんまり似てないって言われるけど」

「ねえ玲、もしかしてあんたがよく話してた中学の男友達って……」

「うん、内藤くんのことだよ」

「嘘でしょ……玲が気に入るからどんな素敵な男子かと思ったら……」

 僕がふたりのあまりの似てなさに呆けているうちに、失礼な会話は進んでいく。それを遮る余裕すらないほど、僕はショックを受けていた。
 玲はいつも物静かで読書が好きな優しい子で、絵に描いたような文学少女といった感じだ。おまけに顔立ちもよかったので密かに玲に憧れている男子は多かった。
 一方、角田はといえば、口を開けば辛らつな言葉ばかり飛び出すし、小説は書くけど面白いとはお世辞にも言えないし、顔立ちは玲の姉だと聞けばいいように見えてくるが、意地の悪い性格がそれを台無しにしている。

「あ、内藤くん。その顔はまだ信じてないね?」

「当たり前だって……こんなの信じたくない」

「しょうがないなあ……お姉ちゃん、あれやるよ」

「アレ? ええ……わかったわかった、やればいいんでしょ」

 玲の言葉を合図に、ふたりは髪をほどき始める。ほどいたふたりの髪はほぼ同じ長さで、少し姉妹っぽさが増したように感じた。
 さらに角田はふたつ結びに、玲はツインテールに髪を結び直して、ふたりは髪形を交換した形になる。それでもまだ顔つきの違いが大きすぎて、双子だという気がしてこない。

「いくよ、せーの!」

 髪を結び終えたふたりは、おもむろに僕の正面に向き直る。そして、玲の合図で角田は柔らかい笑顔を、玲は眉を吊り上げて怒った顔をしてみせた。
 そうすると不思議なことに、角田は玲に、玲は角田にそっくりになったのだった。

「……おお!」

「どう? 信じた?」

「信じる! いまからめっちゃくちゃ信じる!」

「はあ……これ疲れるから嫌なのよね……」

 僕の反応に玲はいつもの柔らかい笑みを浮かべ、角田は不機嫌そうな表情になり、あっという間に双子は元に戻ってしまった。それでも僕がふたりは双子であると信じるには十分だった。

「だってこうでもしないと、内藤くん信じてくれないし……」

「そこも嫌なのよね……なんでよりによってあんたと玲が友達なの?」

「何が不満なんだよ?」

 角田はどうやら僕と玲の関係が不服らしい。何を言われてもこの関係を解消するつもりはないけれど、一応話だけは聞いてやろうと思った。

「玲から聞いてた男友達のイメージと内藤、ぜんっぜん違うんだけど!」

「そうかなあ……そんなことないと思うんだけど」

「玲さ……僕のこと、どんな風に言ってたの?」

「え? 本を読むのが好きで、私が重いものを持とうとしたり、高いところのものを取ろうとするといつも手伝って
くれる、とても優しい男の子だよって」

「……そう、なんだ」

 一体どんなことを言われているのか戦々恐々としながら聞いてみると、玲はつらつらと説明してくれた。
 説明の通りだと僕はまるで心優しい物静かな文学青年のようで、聞いてるこっちが恥ずかしくなってくる。

「この説明からこれはないでしょ、これは」

 気恥ずかしさと良く言われた多幸感に水を差すように、角田が僕を指差して言う。
 確かに玲の説明通りとまではいかないけど、まったく的外れではないと思う。というか、そう思いたい。

「イメージ通りならあんなつまらない小説書かないだろうし」

「……そこまで言われる筋合いはないぞ。大体、お前のよりは絶対面白かった」

「……言ってくれるじゃない」

 いつまでも言われっぱなしでいてたまるか。反撃のチャンスが訪れた予感がして、僕は畳みかけるように言葉を並べる。

「そりゃ、角田の批評には一理あるとは思うけどな」

 僕は少し嘘をついた。一理どころか百理はある。
 だけど、ここで尻込みしたらまた角田のペースに戻されてしまう。引くわけにはいかない。

「人に偉そうなこと言う前に、自分の小説読み返してみろよ。それとも自分の書いたのを読むときだけ目が悪くなる病気にでもかかってるのか?」

「……なによ」

 攻められるだけ攻めると、角田は少しの間押し黙った。次にどんな辛らつな言葉が飛んでくるかと身構えたけど、返ってきたのはふてくされたようなひとことだけだった。
 唇を尖らせていかにも不機嫌そうな表情になった角田は、いつの間にか机に置いていた自分の鞄をひったくるように脇に抱えた。

「真剣に読んで批評してやったのに」

「お姉ちゃん……それでも言い方が悪いとちゃんと聞いてもらえなくなっちゃうんだよ」

「玲は黙ってて。これはあたしと内藤の問題なの」

 気遣う玲をびしっと指差して、その言葉を遮る角田。玲は僕と角田を交互に見やると、それから黙ったまま、すごすごと一歩引き下がった。

「じゃあもういい。悪いこと言われたくないならずっとあんなの書いてればいいわ」

 わざとらしくとげとげしさを強調させて角田はそう言うと、踵を返して図書室の出入り口へと歩いていく。
 その歩き方は実に荒々しくて、脇を通られた生徒が思わず読んでいた本から顔を上げるほどだった。

「チラシの裏にね!」

 言い忘れたのか思いついたのか、角田はくるりと振り返ると、大声で捨て台詞を吐いて図書室から出ていった。図書室中の視線が声をかけられた僕と、隣にいる玲に注がれる。

「お姉ちゃんったら……図書室なんだから静かにしてよ」

「……図書室にも居づらくなりそう」

「ごめんね内藤くん。お姉ちゃんってちょっと素直すぎるというか、気難しいというか」

 厄介者の姉の分まで、と言わんばかりに何度も頭を下げてくる玲。
 だけど、角田の批評が辛口すぎることについては謝ってこない。どうやら、角田の小説を見る目は玲からも信頼されているらしく、それについては少し悲しい。

「いいよ、うん……せめて図書室は追い出されたくないな……」

「うるさくしないなら私も追い出したりしないから……部室いるの嫌でしょ?」

「ありがとう……玲は優しいな……それなのに姉の方ときたら」

 そう、角田と違って玲は本当に優しい子だ。中学時代からまったく変わらない。
 僕は玲からの慰めを心の傷に塗り込みながら、初めて出会った日のことをぼんやりと思い出していた。
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