復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第11話 淑女教育──武術訓練

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 カーテシー訓練から半晨刻一時間後。私とルーシーは武術の授業を受けるために動きやすい服に着替えて西の訓練場に居た。西の訓練場は騎士たちの自主的な鍛錬に使われるが、今日は授業があるので私たち以外は使用禁止になっている。今日は体力を測る為に西の訓練場で授業をすることになっただけで、次からは別の場所でやるらしい。


「王女殿下、お待ちしておりました。…………やはりイライザ様のカーテシー訓練を受けたのですね」


 私たちの様子を見たサンセット侯爵夫人が苦い表情を浮かべる。練習ではなく訓練と言ったあたり、彼女もカーテシー訓練の経験者なのかもしれない。


「サンセット侯爵夫人もカーテシー訓練を受けたことがあるのですか?」

「はい。私はサンセット家に嫁ぐまでは騎士でしたので訓練に明け暮れる毎日で、恥ずかしい話ではありますが淑女としての作法などは全く身についていなかったのです。ですが、侯爵夫人になる以上は淑女の作法も身につけなければならないと思い、イライザ様のお母様に教えを仰いだのです」


 サンセット侯爵夫人の表情が段々と暗くなっていく。


「普段から鍛えていたサンセット侯爵夫人でも厳しい訓練だったのですか?」

「それはもう厳しかったです。武術でも足腰は重要なので普段からかなり鍛えていましたが、それでも翌日は筋肉痛に苛まれました。普段どれだけ偏った鍛錬をしていたのか身に沁みてわかりましたよ」

「サンセット侯爵夫人でも翌日は筋肉痛になったのなら、私は明日は動けそうにありませんね」


 私の言葉に苦笑いするサンセット侯爵夫人。


「ところで……あの、王女殿下。サンセット侯爵夫人は止めて頂けませんか? 肩が凝ってしまいそうで……」


 少し気まずそうに首をすくめて言うサンセット侯爵夫人。


「では、どのようにお呼びしたら良いのでしょうか」

「家名ではなく私の名前でお呼び下さい。その方が気疲れしないので。ルーシーさんも畏まった態度は止めてください」

「では、お言葉に甘えさせて頂きます。ルイーズ様」


 ルーシーは戸惑うことなくルイーズ様の言葉を受け入れた。その様子に満足した様子のルイーズ様。


「あの、ルイーズ様も私のことは名前でお呼び下さい。師に敬称で呼ばれるのは違和感があって……」

「……そうですか? そう仰るなら、フレイア様と呼ばせて頂きます」


 少し困惑した様子で言うルイーズ様。そのとき私は思い出した。この国で王族を敬称ではなく名前で呼べる貴族は非常に少ない。王族からの絶対的な信頼がなければ許されないのだ。それなのに私は初対面の日に許した。困惑するのも理解できる。

 やはり記憶を取り戻してから周囲との常識にズレを感じる。少し生活しづらい。時間が経てば常識もこの世界のものと擦り合わせられるのだろうか。


「では授業を始めましょうか。本当は体力を測りたかったのですが、今日は走るのは無理そうなので上半身を中心に鍛錬を始めましょう」

「と言いますと素振りなどでしょうか」


 ルイーズ様の言葉にルーシーが疑問を投げかける。


「いいえ。確かに筋力を鍛えるために素振りをするのは一般的に知られている効率の良い鍛錬方法ですが、初心者がすると癖が付いたり身体を痛めやすくなります。今日は簡単な鍛錬から始めます。両腕を前へ突き出して下さい」

「こ、こうですか?」


 私とルーシーは言われるがままに腕を突き出す。


「そのまま私が良いと言うまで腕を維持して下さい」

「それだけですか?」


 ルーシーの問いかけにルイーズ様は頷く。ルイーズ様も私たちと一緒に鍛錬するようで私とルーシーの隣で両腕を突き出して腰を落としている。私たちに腰を落とすように言わなかったのはカーテシー訓練のあとに下半身の鍛錬をすれば筋肉が限界を超えてしまうと判断してのことだろう。実際その通りなのでありがたい。


これはきついな……


 ただ両腕を突き出すだけなら問題ない。しかし維持するとなると話は別だ。同じ部位の筋肉を使い続け力を抜くことも許されない。疲労と重力で徐々に重さが増していくように感じる。事前に明確な時間がわからないまま続けるには精神力も必要だ。いつ終わるとも知れない行為は拷問に等しい効果を持つこともあると聞く。勿論ルイーズ様が行っているのは拷問ではなく鍛錬なので私たちの様子を見ながら精神的な限界を超えないように調節するだろう。


「王女殿下。顔が赤いですよ」


 腕を突き出して一刻十五分経った頃、ルーシーがいびつな笑顔で話しかけてくる。見るからに無理をしている表情だが本人は茶会に参加している深窓の令嬢でのごとく穏やかな表情だと思っているようだ。自信満々の言葉がそれを物語っている。


「貴女も顔が真っ赤よ。汗も凄いし」

「ひ、日が昇って少し暑くなってきたんですよ。王女殿下は腕が震えているようですが……」


 まさか自分の顔まで真っ赤になっているとは思わなかったようで少し吃っている。それでも気丈に振る舞おうと軽口を叩き続ける。


「貴女の腕も震えているわよ」

「まさか。王女殿下、目まで疲れてしまったのでは?」


 鍛錬の途中で対抗心が生まれたのか、ルーシーは異様に突っかかってくる。普段ならありえないのだが、今は授業中なので互いの能力が高まるようであれば多少の競争は当然だ。私もルーシーに負けじと言い返す。それを見ていたルイーズ様は笑みを浮かべて待ち望んだ言葉を言った。


「もう良いですよ」


 私もルーシーも前に突き出した両腕から力を抜き、胸を撫で下ろした。これ以上経っていれば腕が保たないところだった。しかしホッとしたのも束の間。ルイーズ様が私とルーシーを絶望の谷底に突き落とす言葉を言い放つ。


「余裕そうでしたから次の鍛錬に移りましょう」


次…………


 そう言ったルイーズ様は私たちと同じ鍛錬をしていたはずなのに疲れた様子は全くない。毎日鍛えているだけはある。その後、カーテシー訓練に次ぐ体力増強の訓練で私とルーシーは心身ともに疲れ果てた。武術の授業が終わる頃にはお迎えが近い老人のように全身が細かく震えていた。今の私はお祖母様より先に三途の川を渡ってしまいそうだ。


「今日はここまでにしましょう。しばらくは同じ鍛錬を続けます。寝る前に柔軟をして全身の筋肉を緩めることをお勧めします。筋肉痛の治りが早くなりますから」

「貴重な助言、感謝します」


 そう言って震える脚でカーテシーをする。しかし筋肉の疲労で自身の身体を支えることに必死な私のカーテシーには優雅さの欠片もない。


「では、私はこの後に騎士だった頃の仲間と模擬試合の約束をしていますので失礼致します」

「「ご指導ありがとうございました」」


 ルイーズ様は私たちにカーテシーをして足早に訓練状を去っていく。流石は元騎士だ。同じ鍛錬をした上で模擬試合をする体力が残っているとは……。


「王女殿下、着替えて食事に致しますか? それとも湯浴みを致しますか?」

「湯浴みにしましょう。服が汗で張り付いて気持ち悪いわ」




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