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1章 名もなき村
31 異変
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それからはいつものルーティンにレイジは森に行ってレモンライムの木と白根の生息地の捜索、 ミーナと俺は河原で見つけた長めの石板を使った軽い炒め物を村人に教えるというのが加わった。
鍋が到着していないので、斑芋は毒抜きが難しいから教えられていないがデビルボア、フライラット、緑菜を使った料理は教えている。
まあ、内容としてはステーキか肉野菜炒めになるのだが。
村人の中には料理人の天職持ちはミーナ以外にはいないが、戦闘系の天職持ちなら解体作業は難なくこなすし、ステーキや肉野菜炒め程度なら天職が農家の人たちでも俺と同じ程度にはこなせるようになった。
まあ、肉自体は戦闘系の天職持ちの人たちによって一口大に切ってもらっているから熱した石板に乗せてそのまま焼いたりかき混ぜつつ焼くだけだから初めての人でもそんなに難しい作業ではないのだろう。
ただ、問題がなかったわけでもなく調合師が用意することになっていた火は大問題だった。
当初、調合師のやつは魔法で火を熾した後、その火を魔力で維持しようとしていた。
これは、村の中では木材は家を建てるために必要な建材という認識で、火を保つために使うなんてもってのほかみたいな思考があったからだ。
事実、調合師はポーション作成に当たって薪なんかは使わずに魔力だけでポーション作成に必要な火を維持しているらしい。
もちろんこの試みは大失敗で、そもそもポーションの調合用の鍋は鉄製なのに対して、今使っているのは石板。
熱伝導率も違えば、熱の保持時間も違う。
ポーション自体はじっくりコトコト作るらしく、基本は弱火なんだとか。
しかし、石板でのステーキづくりを弱火でやられた日には一枚焼き切るのに一体何時間かかることやら。
あまりにも酷すぎるので適当な木を切って薪にしてやってみたこともあったが、木の内部が完全に乾燥していないと煙が酷すぎて料理どころの騒ぎじゃなかった。
結局、来年以降用にある程度の量の木を薪として乾燥させつつ、調合師に火加減を調節してもらって料理をしている現状だ。
調合師はかなり不貞腐れていたが、いの一番に出来上がった料理を食べられることで満足したらしい。
そうして、概ね平和な毎日を過ごしていた……そう、過ごしていたはずなんだ。
「動くなっ! 怪しいやつめっ! 貴様が報告にあった神の名を勝手に名乗る余所者だなっ!!」
平和なはずだったんだ、つい昨日までは……。
今日になってみればいきなり騎士のような恰好をした人間が数人、村にやってきて料理を教えていた俺に向かって槍を向けてきたってわけだ。
槍の先端は木製ではなく鉄製であるところから考えても調合師を同じく、国に仕えている人間なのは明らかだろう。
「確かに俺は余所者だが、別に怪しくはない、ただ単に料理を教えているだけだ」
「それが怪しいと言っているんだっ! 村人を集めて獣の死骸を火にかけるなど魔族の儀式以外に何があるっ!?」
えー、ここにきて魔族とかいう概念も登場するのか?
神様は前任者が世界の浄化をしたと言っていたけれど、魔族が儀式を行っている状態では浄化は不完全なのでは……?
まあ、不完全だからこそ俺がこの世界に来たっていうのもあるのは事実なんだが……。
「おい、調合師。これは一体どういうことだ? 絶対、あんたの関係者だろ?」
「君ってさ、完全に私の名前が調合師だって思ってるでしょ? でもまあ、私の関係者なのは確かよ。調合師には各地の異変を伝える役割もあるんだから変な人間が村にやってきたら報告する義務があるのよ」
「おいおい、人を指して変とか失礼じゃないか?」
まあ、実際にこの世界にはない変なことをやっている自覚はある。
「君には悪いと思ったけど、この地を治める領主様は寛容な人だから、こんな態度に出てるのは完全にこの人たちの独断よ。そうよね、あんたたち?」
「確かに領主様からは説得してお連れするように命令されている。だが、このような面妖な儀式を行っている輩にそこまで遜る必要はないっ! なあに、手足の一本や二本無くなったところで問題ないだろう。」
いや、問題大有りだわ。
「やめとけ、あんたらが痛い思いするだけだぞ。神様の加護は強力だからな」
「うるさいっ、お前たち少し痛い目に合わせてやれっ!」
いやいや、そこまで言ってあんたが来るんじゃなくて部下にやらせるんかいっ!
「本当にやめとけ、怪我してからじゃ遅いんだぞ!?」
俺を取り囲んでいた男の中から特に年若い二人が前に出てきて俺の両足めがけて槍をふるってくる。
いや、冷静に言っているが、内心はビビりまくりだし本当は一目散に逃げだしたい気持ちでいっぱいだ。
でも、俺の後ろには村人たちはもちろん、ミーナもいる。
俺が逃げ出してしまったらミーナも村人たちもどうなるかわからない。
それに、こういった洗礼も一度は必要なことなのかもしれない。
「やれっ!!」
リーダーっぽい男が叫ぶや否や、前に出ていた二人の若い騎士は俺の両足めがけて槍をふるう。
その行動の結末が一体どういうことにつながるのか全く理解しないままに……。
「「ぐぎゃあぁぁっ!!!」」
そう、槍をふるわれた俺は無傷でふるってきた二人にはそれぞれの右足と左足に大きな穴が空いているのだ。
俺はもちろん、ミーナも理解しているが俺には神様の加護がかかっていて俺に対する攻撃はすべて攻撃したものへと二倍の威力で返っていく。
「何……いったい、なんだというのだっ!!」
「だから、言っただろう? 俺には神様の加護がかかっているって。そんな人間を槍で突こうとしたんだ、天罰が下ってもおかしくはないだろう?」
「君、その話マジだったのっ!?」
「あんたと村長には話してあったろう? 神様から依頼されて料理の技術を広めるために旅をしているって。神様に頼まれたんだ、加護をもらっていてもおかしくもなんともないだろう?」
「いやいや、おかしいから。教会の比喩表現か何かかと思ってたから」
「黙れっ! 面妖な技を使いおってっ! 儀式といいさっきの謎の攻撃といい貴様、もう許せんぞっ!」
「そんなことより、そっちの二人には約ポーションを使ってやれよ。下手すると死ぬぞ?」
足に大穴が開いているのだ、出血量から考えてもいつ死んだっておかしくはない。
「ええいっ! そんなことより、貴様を殺す方が先決に決まっておるだろう! おい、お前たちもいけっ!」
本当に命令しかしない男だが、こいつの言うことを聞くような人間は残っていない。
足に大穴が空いている二人はもちろん行動不能だし、残った人間も攻撃したはずの人間が気づいたら足に大穴が空いていた事実と俺と調合師の会話で神様の存在を信じたらしい。
残った人間は天に向かって謝罪をするばかりで、最初に攻撃してきた二人は調合師と村長にポーションをかけられている。
いや、神様に謝罪するよりも先に仲間を助けてやれよ。
なんで、調合師と村長が村のポーションを使ってやってるんだよ!?
「そんなに俺を殺したいなら、自分で向かって来いよ。部下に命令するばかりじゃなくてさ」
「馬鹿にしおって! 貴様なぞわたし一人で十分よっ!」
「頼むから、ポーションで治せない部分に攻撃するのはやめろよ? あんたみたいに人の話を聞かない人間でも死んだら悲しむ人間もいるだろう?」
こちらとしては正当防衛……というか、神様による強制的な加護というか呪いみたいなものだから防ぎようがないのだ。
まあ、防ぐ手段があったとしても自分の命を差し出そうとは思わないから攻撃されたら相手が傷ついてもしょうがないとは思っているけれども……。
「黙れ黙れ黙れっ!! どんな呪いだろうとペテンだろうとわたしには効かないことを証明してやるっ!」
「やめろっ!!!!」
リーダーっぽい男が槍を構えて俺に向かってくる瞬間に聞きなれない男の声が響いてきた。
村にいる誰とも、またさっきやってきた騎士の中の誰とも違う声だ。
襲ってきた男は声を意にも介していなかったのか、それとも声が聞こえないくらい興奮していたのか何事もなかったかのように叫びながら俺に向かって槍を突き出す。
手や足なんかの末端の部分に攻撃されたのなら万が一の確率で避けられたかもしれない。
だが、男が狙ってきたのは俺の腹部で俺の運動神経、並びに男の身体能力を加味すれば避けることなど到底かなわない。
結果は分かり切っている。
ホーンラビットと同じことになるのだ。
男の腹部には攻撃に使用した槍の二倍の大きさの穴が空いており地面には夥しいほどの血痕が流れ落ちる。
一目見て、男が助からないことはわかる。
「おいっ、調合師っ! 早くポーションを持ってこいっ」
「ダメよ、そこまでの大怪我になれば村に保管してあるポーションじゃ回復しきれない。苦しむ時間が長くなるだけ」
俺が慌てたのはこの男が死にそうになっているからじゃない……俺に攻撃してきた人間が死のうがどうでもいい……そんな風に感じてしまった自分に焦ったんだ。
神様が言うには俺は前の世界で善行も悪行も等しく行っていたらしい。
善人ならばたとえ自分を攻撃してきた人間でも死にそうになれば涙を流すのだろうか。
悪人ならば自分を攻撃した人間が死にそうになれば哄笑でもあげるのだろうか。
そのどちらでもない俺はただただ、戸惑っていただけだ。
悲しくもない、嬉しくもない。
その感情の起伏のなさが妙に気持ち悪かった。
「マサトさんっ、大丈夫ですか!?」
抱きついてきたミーナの体温とその言葉によってどこかに飛んで行ってしまった俺の思考回路は冷静さを取り戻していく。
たとえ、自分を攻撃してきた人間が死に瀕しているときに何も感じなくても、それで自分を信じてくれた人間を放って何もかもどうでもよくなっていいわけではない。
「君が何かを背負う必要はないわよ、悪いのは明らかに死んだあいつだし、それはここにいる村人なら誰でもわかっていることだもの」
「そうじゃ、あんちゃんは悪くない。それにこんな時代なんじゃ、あんちゃんはこの村に来てから平和じゃったからわからんじゃろうが、人死になぞ珍しくもない」
「マサトさん。人が死ぬことは悲しいことです。ミーナのお父さんとお母さんが死んだときも悲しかったです。でも、よく知りもしない、こちらに対して攻撃してくるだけの人間の死にまで悲しむ必要はないんです」
そうか。
そうなのかもしれない。
神様もこの世界は神様の手が入らなければ滅びの道をたどるだけの世界だと言っていた。
そんな世界ならこんな悲劇が……いや、悲劇ともいえないようなことが世界中で起こっているのだろう。
だからと言って、悲しまなくていいわけではないし、当然だと思っていいわけでもない。
でも、その全てに心を砕いていたら、きっと心のほうが先に壊れてしまうのかもしれない。
「大丈夫か、青年。私の団のものが大変な失礼をした」
鍋が到着していないので、斑芋は毒抜きが難しいから教えられていないがデビルボア、フライラット、緑菜を使った料理は教えている。
まあ、内容としてはステーキか肉野菜炒めになるのだが。
村人の中には料理人の天職持ちはミーナ以外にはいないが、戦闘系の天職持ちなら解体作業は難なくこなすし、ステーキや肉野菜炒め程度なら天職が農家の人たちでも俺と同じ程度にはこなせるようになった。
まあ、肉自体は戦闘系の天職持ちの人たちによって一口大に切ってもらっているから熱した石板に乗せてそのまま焼いたりかき混ぜつつ焼くだけだから初めての人でもそんなに難しい作業ではないのだろう。
ただ、問題がなかったわけでもなく調合師が用意することになっていた火は大問題だった。
当初、調合師のやつは魔法で火を熾した後、その火を魔力で維持しようとしていた。
これは、村の中では木材は家を建てるために必要な建材という認識で、火を保つために使うなんてもってのほかみたいな思考があったからだ。
事実、調合師はポーション作成に当たって薪なんかは使わずに魔力だけでポーション作成に必要な火を維持しているらしい。
もちろんこの試みは大失敗で、そもそもポーションの調合用の鍋は鉄製なのに対して、今使っているのは石板。
熱伝導率も違えば、熱の保持時間も違う。
ポーション自体はじっくりコトコト作るらしく、基本は弱火なんだとか。
しかし、石板でのステーキづくりを弱火でやられた日には一枚焼き切るのに一体何時間かかることやら。
あまりにも酷すぎるので適当な木を切って薪にしてやってみたこともあったが、木の内部が完全に乾燥していないと煙が酷すぎて料理どころの騒ぎじゃなかった。
結局、来年以降用にある程度の量の木を薪として乾燥させつつ、調合師に火加減を調節してもらって料理をしている現状だ。
調合師はかなり不貞腐れていたが、いの一番に出来上がった料理を食べられることで満足したらしい。
そうして、概ね平和な毎日を過ごしていた……そう、過ごしていたはずなんだ。
「動くなっ! 怪しいやつめっ! 貴様が報告にあった神の名を勝手に名乗る余所者だなっ!!」
平和なはずだったんだ、つい昨日までは……。
今日になってみればいきなり騎士のような恰好をした人間が数人、村にやってきて料理を教えていた俺に向かって槍を向けてきたってわけだ。
槍の先端は木製ではなく鉄製であるところから考えても調合師を同じく、国に仕えている人間なのは明らかだろう。
「確かに俺は余所者だが、別に怪しくはない、ただ単に料理を教えているだけだ」
「それが怪しいと言っているんだっ! 村人を集めて獣の死骸を火にかけるなど魔族の儀式以外に何があるっ!?」
えー、ここにきて魔族とかいう概念も登場するのか?
神様は前任者が世界の浄化をしたと言っていたけれど、魔族が儀式を行っている状態では浄化は不完全なのでは……?
まあ、不完全だからこそ俺がこの世界に来たっていうのもあるのは事実なんだが……。
「おい、調合師。これは一体どういうことだ? 絶対、あんたの関係者だろ?」
「君ってさ、完全に私の名前が調合師だって思ってるでしょ? でもまあ、私の関係者なのは確かよ。調合師には各地の異変を伝える役割もあるんだから変な人間が村にやってきたら報告する義務があるのよ」
「おいおい、人を指して変とか失礼じゃないか?」
まあ、実際にこの世界にはない変なことをやっている自覚はある。
「君には悪いと思ったけど、この地を治める領主様は寛容な人だから、こんな態度に出てるのは完全にこの人たちの独断よ。そうよね、あんたたち?」
「確かに領主様からは説得してお連れするように命令されている。だが、このような面妖な儀式を行っている輩にそこまで遜る必要はないっ! なあに、手足の一本や二本無くなったところで問題ないだろう。」
いや、問題大有りだわ。
「やめとけ、あんたらが痛い思いするだけだぞ。神様の加護は強力だからな」
「うるさいっ、お前たち少し痛い目に合わせてやれっ!」
いやいや、そこまで言ってあんたが来るんじゃなくて部下にやらせるんかいっ!
「本当にやめとけ、怪我してからじゃ遅いんだぞ!?」
俺を取り囲んでいた男の中から特に年若い二人が前に出てきて俺の両足めがけて槍をふるってくる。
いや、冷静に言っているが、内心はビビりまくりだし本当は一目散に逃げだしたい気持ちでいっぱいだ。
でも、俺の後ろには村人たちはもちろん、ミーナもいる。
俺が逃げ出してしまったらミーナも村人たちもどうなるかわからない。
それに、こういった洗礼も一度は必要なことなのかもしれない。
「やれっ!!」
リーダーっぽい男が叫ぶや否や、前に出ていた二人の若い騎士は俺の両足めがけて槍をふるう。
その行動の結末が一体どういうことにつながるのか全く理解しないままに……。
「「ぐぎゃあぁぁっ!!!」」
そう、槍をふるわれた俺は無傷でふるってきた二人にはそれぞれの右足と左足に大きな穴が空いているのだ。
俺はもちろん、ミーナも理解しているが俺には神様の加護がかかっていて俺に対する攻撃はすべて攻撃したものへと二倍の威力で返っていく。
「何……いったい、なんだというのだっ!!」
「だから、言っただろう? 俺には神様の加護がかかっているって。そんな人間を槍で突こうとしたんだ、天罰が下ってもおかしくはないだろう?」
「君、その話マジだったのっ!?」
「あんたと村長には話してあったろう? 神様から依頼されて料理の技術を広めるために旅をしているって。神様に頼まれたんだ、加護をもらっていてもおかしくもなんともないだろう?」
「いやいや、おかしいから。教会の比喩表現か何かかと思ってたから」
「黙れっ! 面妖な技を使いおってっ! 儀式といいさっきの謎の攻撃といい貴様、もう許せんぞっ!」
「そんなことより、そっちの二人には約ポーションを使ってやれよ。下手すると死ぬぞ?」
足に大穴が開いているのだ、出血量から考えてもいつ死んだっておかしくはない。
「ええいっ! そんなことより、貴様を殺す方が先決に決まっておるだろう! おい、お前たちもいけっ!」
本当に命令しかしない男だが、こいつの言うことを聞くような人間は残っていない。
足に大穴が空いている二人はもちろん行動不能だし、残った人間も攻撃したはずの人間が気づいたら足に大穴が空いていた事実と俺と調合師の会話で神様の存在を信じたらしい。
残った人間は天に向かって謝罪をするばかりで、最初に攻撃してきた二人は調合師と村長にポーションをかけられている。
いや、神様に謝罪するよりも先に仲間を助けてやれよ。
なんで、調合師と村長が村のポーションを使ってやってるんだよ!?
「そんなに俺を殺したいなら、自分で向かって来いよ。部下に命令するばかりじゃなくてさ」
「馬鹿にしおって! 貴様なぞわたし一人で十分よっ!」
「頼むから、ポーションで治せない部分に攻撃するのはやめろよ? あんたみたいに人の話を聞かない人間でも死んだら悲しむ人間もいるだろう?」
こちらとしては正当防衛……というか、神様による強制的な加護というか呪いみたいなものだから防ぎようがないのだ。
まあ、防ぐ手段があったとしても自分の命を差し出そうとは思わないから攻撃されたら相手が傷ついてもしょうがないとは思っているけれども……。
「黙れ黙れ黙れっ!! どんな呪いだろうとペテンだろうとわたしには効かないことを証明してやるっ!」
「やめろっ!!!!」
リーダーっぽい男が槍を構えて俺に向かってくる瞬間に聞きなれない男の声が響いてきた。
村にいる誰とも、またさっきやってきた騎士の中の誰とも違う声だ。
襲ってきた男は声を意にも介していなかったのか、それとも声が聞こえないくらい興奮していたのか何事もなかったかのように叫びながら俺に向かって槍を突き出す。
手や足なんかの末端の部分に攻撃されたのなら万が一の確率で避けられたかもしれない。
だが、男が狙ってきたのは俺の腹部で俺の運動神経、並びに男の身体能力を加味すれば避けることなど到底かなわない。
結果は分かり切っている。
ホーンラビットと同じことになるのだ。
男の腹部には攻撃に使用した槍の二倍の大きさの穴が空いており地面には夥しいほどの血痕が流れ落ちる。
一目見て、男が助からないことはわかる。
「おいっ、調合師っ! 早くポーションを持ってこいっ」
「ダメよ、そこまでの大怪我になれば村に保管してあるポーションじゃ回復しきれない。苦しむ時間が長くなるだけ」
俺が慌てたのはこの男が死にそうになっているからじゃない……俺に攻撃してきた人間が死のうがどうでもいい……そんな風に感じてしまった自分に焦ったんだ。
神様が言うには俺は前の世界で善行も悪行も等しく行っていたらしい。
善人ならばたとえ自分を攻撃してきた人間でも死にそうになれば涙を流すのだろうか。
悪人ならば自分を攻撃した人間が死にそうになれば哄笑でもあげるのだろうか。
そのどちらでもない俺はただただ、戸惑っていただけだ。
悲しくもない、嬉しくもない。
その感情の起伏のなさが妙に気持ち悪かった。
「マサトさんっ、大丈夫ですか!?」
抱きついてきたミーナの体温とその言葉によってどこかに飛んで行ってしまった俺の思考回路は冷静さを取り戻していく。
たとえ、自分を攻撃してきた人間が死に瀕しているときに何も感じなくても、それで自分を信じてくれた人間を放って何もかもどうでもよくなっていいわけではない。
「君が何かを背負う必要はないわよ、悪いのは明らかに死んだあいつだし、それはここにいる村人なら誰でもわかっていることだもの」
「そうじゃ、あんちゃんは悪くない。それにこんな時代なんじゃ、あんちゃんはこの村に来てから平和じゃったからわからんじゃろうが、人死になぞ珍しくもない」
「マサトさん。人が死ぬことは悲しいことです。ミーナのお父さんとお母さんが死んだときも悲しかったです。でも、よく知りもしない、こちらに対して攻撃してくるだけの人間の死にまで悲しむ必要はないんです」
そうか。
そうなのかもしれない。
神様もこの世界は神様の手が入らなければ滅びの道をたどるだけの世界だと言っていた。
そんな世界ならこんな悲劇が……いや、悲劇ともいえないようなことが世界中で起こっているのだろう。
だからと言って、悲しまなくていいわけではないし、当然だと思っていいわけでもない。
でも、その全てに心を砕いていたら、きっと心のほうが先に壊れてしまうのかもしれない。
「大丈夫か、青年。私の団のものが大変な失礼をした」
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