猫と私と犬の小説家

瀧川るいか

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虹を見たんだ

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 夜行性の私が何故か朝に起きた。紫外線は少し嫌い。
朝に寝て昼に起きるのが私の生活。油断すると夕方に起きる時もある。寝相が悪い私は安心して寝るためにダブルベッドで寝ている。私くらいの可愛さがシングルベッドで収まる筈がないのでダブルベッドで寝ている。寧ろ、クイーンかキングサイズくらいでようやく足りそうなくらいだ。しかし、部屋のキャパシティが追い付いてくれないのが悩み。寝相が酷過ぎて友人に笑われた事があった。
寝ているはずの場所にいないなんてよくある事らしい。廊下で寝てるなんてあったらしい。勿論、全く記憶にない。自分でも見てみたいくらいだ。訳分からない寝言を言ってるらしい。嘸かし可愛いのだろう。
色とりどりのソフトクリーム模様でタオル生地の白いパジャマを着た私。個人的にかなり気に入っている。

「今日もいちいち可愛い私」

 普段なら確実に寝てる時間に目を覚ました。時計を見ると朝八時。有り得ない時間だった。
「は?まだ朝じゃん!」
しかし不思議と眠気がない。寝起きで乾いた喉を潤すため取り敢えずお茶でも飲むことにした。買い置きしてある脂肪の燃焼を助けるお茶。女の子なんだから美容とプロポーションを気にするのは当たり前。冷蔵庫に所狭しと置いてる一本を取り出した。ペットボトルの蓋を開けようとするが何故か開けられない。手に力が入らない。
「はぁ~。最近調子悪いなぁ」
ため息混じりに冷蔵庫に再びお茶を投げ込んだ。そんな私を我関せずで窓を眺める茶色い生き物が二つ。珍しく構って攻撃をしてこない。いつもなら起きた瞬間から甘えてくる可愛い子達。今日は違う。外に向かって鳴いてる。何かに向かって鳴いている。いつもとは違う鳴き声で外に向かって鳴いてる。
「ニャアーニャアー」
「メ~メ~」
「どした~なんかあったーー??」
外を眺めている可愛い愛猫達の間を可愛い私が割って入って窓から下を見た。見たくないものを見てしまった。愛猫達が私に伝えたかったのはどんな言葉なんだろうか。



綺麗な虹を見たんだ。
飛び立つ鳥を見たんだ。


 十時間後。今日はわんころとお茶の日だ。
いつもの喫茶店で待ち合わせ。わんころは不思議な雰囲気の歳が離れた男の人。職業がよくわからない感じだが至って普通の仕事をしている人。最初はカタギには見えない怪しい人だと思っていたが聞けば納得の仕事で安心した。どうやら趣味で小説を書いてるらしい。当の本人は全く小説を読まないらしいが。そして私の話を沢山聞いてくれる人。たまに愚痴り過ぎると拗ねる人。「まぁペットみたいなものだ」そんな事を言っても怒る事はなく話を聞いてくれるような人だ。そういえば色々と怒られた事があった。思考回路が少し常人とは距離のある不思議な人だ。いつも黒い服を着ていて黒いハット被っている。服を選ぶのがめんどくさいらしく同じ服を持っているらしい。結構、変人。悪い人では無い。怖い人でも無い。それなりに優しい人ではある。それは確か。私にだけかも知れないけど。

 喫茶店に入るといつもの場所でわんころが珈琲を飲みながらスマホと睨めっこしてる。いつも通り遅れて来る私にも特に何も言わない。待っている時間さえも何か書く事に時間に注いでいる生き物で、私が遅れても問題ないし気にもしないのだろう。
「おつかれ~。待った?」
「それなりに。いつもの事でしょ」
私はわんころのいる席に座った。勿論、向かい合って座る。たまに隣合って座っている男女が居たりするが、この生き物とはそんな関係ではない。
「とりあえず水ちょーだい!薬飲むの忘れた!」
「はいはい。そこの水飲みな。俺飲んでないから。なんか頼む?」
「ごめんごめん!いや~少しだけ気になる事あって外出てきただけから大丈夫!」
私はわんころから透明なグラスに入った水をもらい、薬を飲んだ。決まった時間に飲む薬。ちゃんと薬を飲んでいるかとか元気かどうとか保護者でもないのに、わんころはやたら気にかけてくる。
「はぁ~」
「そういえば前どした?急に家出れないって。体調悪くなった?」
「んん!別に何もないよ」
「ならいいけど。なんか疲れてない?」
「いやぁーまぁ色々あってさぁ」
「ほぅ。色々ねぇ。んで?なんか面白い話でもあるの?」
わんころは嬉しそうに食い付いてきた。色々という便利な言葉で片付けられる底にある物事さえも目の前の生き物ってとっては興味があるようだ。
「わんころはさぁ、もし友達に死にたいって言われたらなんて言う?」
「いきなりぶっ込むねぇ。うーん」
持っていたスマホをテーブルの上に置いて、視線を上に向け考え出した。そして、表情を変えることなく考え出した言葉を言った。
「言いたくはないけどね。死ねば?って言うかな」
「なんでぇ?」
「なんかさぁ、そう言うと酷いと思われるかも知れないけどね。ふざけて言ってるなら「馬鹿じゃん!」で片付けるけど。真剣に言われたら「死んでいいんじゃない?」って言うかな~。俺は世の中にある事柄とか物事とか全て綺麗事であって欲しいんだけど。でも現実は綺麗事で片付けられない事とかあると思う。人って複雑だから」
「なんかわんころらしいねぇ」
「その言葉が出るまでの気持ちを考えたら苦しんだのは本人で、どうしようもない気持ちを抱えているのは本人なんだよね。もし選択肢として救いがあって本人が選ぶのが死なのであれば軽く間違えてるとは俺は言えないかな?りむちゃんは?」
「私もそーかなー。何も無かったら、そーゆー気持ちは出てこないし。私は死を選ぶ事を否定はしないけど絶対に死んで欲しくない。その選択を選ばせた環境は責めたい気持ちはあるけど」
「だよね。その辛さを分かってあげたい気持ちを持っていても全てを受け取る事は出来ないんだよなぁ」
「その言葉を形にする前に誰かが気持ちの部分で近くにいたら違ったりするのかなぁ。ネットでもリアルでも生きる場所があるなら死にたいとか思わないよね~」
「辛かったら逃げる選択はありだと思うけどなぁ。かっこ悪いとか思う必要ないし、生きてるだけで儲けもんだよ。それに死にたいって思う人と実際に投げ出してしまう人は違うと思うよ」
「なんで?」
「きっと自分の気持ちを言える場所とか相手がいなかったんだよ。実際に投げ出してしまう人は。でも、俺は否定はしないよ。もしもそれで救われるのであればね。でも生きて欲しいな」
「そーだねぇ。孤独とか孤立とか閉鎖感って最近だとないと思うけど、心の話になると多いのかなぁ。誰かと一緒にいたりSNSで繋がってるって孤独とは無縁な感じに思えるけど。逆にそう思っちゃう人もいるのかなぁ」
「人と比べてとか情報過多になるのは最近多いのかもね。考え過ぎても答えが出ない事なんていくらでもあるし。俺もネットとか見てて知りたくもない事でも見ちゃう事あるし」
「生きるって難しいなぁ」
「りむちゃんはちゃんと生きてるでしょ?俺様が言ってるんだから間違いないよ」
「出た出た~。俺様発言!まぁね!おかげさまで!あっ!煙草!」
私はお気に入りのブランドバッグから煙草と好きなアニメキャラクターのライターを取り出した。
「ダーメ」
「あれ?わんころは吸わないの?ついに禁煙?」
「違う違う。もうここ吸えないよ」
「あっ!そうだ!もう吸えないんだよね~」
「喫煙者には風当たり厳しいからね~」
「煙草吸ってない人よりも税金多く払ってるんだから優しくして欲しいよね」
「まぁね」
可愛い私に免じて今この瞬間だけ喫煙可にしてくれても良いと思うけど国が許さないだろう。
「んで、なんでまたそんな話持ってきた?」
「えっ?なにが?」
「いやいや。友達に死にたいとか言われたの?」
「違う違う!ちょっと聞いてみたかっただけだよ。気難しいわんころに~」
「そ!なんかあった?」
「朝起きたら綺麗な虹が見えたんだよ、ただそれだけだよ~」
「んー。全く分からない。まぁ無理すんな」
「うん!ありがとうね~」
「気にすんな」
「それだけ聞きたかった。わんころまだいる?」
「もう一杯だけ珈琲飲んでから帰るよ」
「相変わらず珈琲好きだねぇ!じゃあわたしそろそろ行くね~」
「酒でしょ?」
「違うでしょ!」
「あんまり無理すんなよ~」
「わかってる!」
「最近体調はどんな?」
「まぁまぁかな!わんころも仕事し過ぎはよくないよ!たまには休みな!」
「はいはい。俺は仕事が趣味みたいなもんだからいいの」
「そっか!じゃあまたね」
「またね」
心に残っていたモヤモヤが少しだけ溶けて消えた気がした。いつか終わる事なら、そのいつかが迎えに来るまで可愛く生き続けよう。たまに孤独を感じる事はある。でも、私には家族がいる。あの子達と楽しく生きていたいんだ。私はわんころを一人残し喫茶店を後にして愛猫達の待つ家に向かって帰って行った。

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