猫と私と犬の小説家

瀧川るいか

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渡り鳥は迷わない

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【1】
ここは暖かい場所だ。
小さな小さな僕。
何も見えないけどわかる。
「このままがいい。ずっと一緒に居たい」
でも、このまま一緒だったら僕は君には出会えないから早くここから出たい。
早く会いたい。
でも一緒に居たい。
なんだかわからない気持ちだ。
なんだかムズムズする。
耳を澄ますと落ち着く音がする。
ドクン、ドクン
僕の音と、もう一つ大きく暖かい音がする。僕の上の方から聞こえる。
ドクン、ドクン
「なんだろう?とても幸せだ」
穏やかな空気に包まれてる。
同じ歩幅じゃないけど、優しい音がする。
ドクン、ドクン
「何も見えないけど怖くなんかないよ」
ドクン、ドクン
時々、僕の音と君の音が重なる。
「なんだかよくわからないけど幸せだ」
ドクン、ドクン
渡り鳥は迷わない。
目が見えなくても。
耳が聞こえなくても。
匂いがわからなくても。
自分の居場所は感覚でわかる。
一緒にいる人は優しい人だ。
細い糸から君の暖かさが伝わる。
細い糸から君の優しさが伝わる。
選ばされた訳でもなく。
選んだ訳でもなく。
只、会いたくて来たんだよ。
出会った誰かと誰かの愛間に産まれた命。
「なんか眠たくなってきたから寝るね」
「おやすみ」

【2】
トントントン
包丁君とまな板君が仲良く遊んでる。
グツグツグツ
鍋の中で玉ねぎさんとお肉さんとじゃがいもさんが楽しそうに喋ってる。
「今日も美味しそうな匂いがする」
トントントン
まだ包丁君とまな板君が遊んでる。
「羨ましい。僕も一緒に遊びたいな」
ピーピーピー
電子音が終わりの合図を告げる。
楽しそうな音が同じリズムで僕にまで響いてくる。心地のいい気持ちだ。
「このままがいい。このまま居たいな」
何やら歌が聴こえる。
僕の知らない歌。
君の歌うメロディを追い掛けて僕も歌ってみる。
「・・・・・・今は歌えないや」
もっと耳を澄まして頑張って覚えよう。
そしたら一緒に君と歌を歌いたい。
誰よりも近くで聞いている声。
大好きな声だ。
やわらかい声だ。
不思議な気持ちだ。
知らない事だらけなのに声を聞いてるだけで安心感に満ち溢れて落ち着く。
渡り鳥は迷わない。
好きな事は好きな事のままだ。
楽しい事は楽しい事のままだ。
嬉しい事は嬉しい事のままだ。
居心地のいい気持ちは居心地のいい気持ちのままだ。
まだ顔も知らない君からの贈り物。
まだ出会えない君から出会う前に細胞の一個一個に沢山の喜びを教えてもらえたんだ。
「僕はなんて呼ばれるんだろう?」
出会って最初の贈り物は名前がいい。
僕の大好きな君の声で。
君のやわらかい声で。
「名前を呼んで欲しい」
だから考えといてね。
出会えたら教えてね。
「今日もありがとう」
「おやすみ」

【3】
モグモグモグモグ
大きな音がする。
今日も君は大好きな甘い食べ物かな。
「いいなぁ。僕も食べてみたい」
どんな形かわからない。
でも、きっと君が大好きなものだから僕も大好きになれる。
モグモグモグモグ
甘い匂いがする。
きっと可愛い見た目の食べ物だ。
果物の匂いもする。
どんな形なんだろう。
今の僕にはわからない。
君と出会えたら色々な事がわかるんだと思うと早く会いたくなっちゃう。
渡り鳥は迷わない。
君の事が知りたい。
今より、もっと知りたい。
君の匂いを知りたい。
きっと僕が好きな匂いだ。
君の好きな音が知りたい。
きっと僕も楽しくなる。
君の好きな食べ物が知りたい。
きっと甘くて美味しいだろうな。
君の顔が知りたい。
きっとニコニコしていて優しい人だ。
君の大好きになりたい。
きっと僕の方が大好きになっちゃうけど。
君にギュッてされたい。
きっと暖かくて、すぐ寝ちゃうけど。
もったいない。
もったいない。
寝るのなんてもったいない。
そんな事考えていたら眠たくなった。
「いつもありがとう」
「おやすみ」


【4】
グスン、グスン
今日は悲しい気持ちだ。
君が泣いてる。
わかってる。わかってるから。
グスン、グスン
今日は寂しい気持ちだ。
僕も何故か泣いてる。
細い糸から君の気持ちがわかった。
細い糸を通じて全てわかった。
グスン、グスン
大きく鼻をすする音が聞こえる。
グスン、グスン
小さく鼻をすする僕がいる。
ぽとり、ぽとり
耳を澄ますと涙の音が聞こえる。
ドンドンドンドン
大きく揺れる僕の居場所。
いつもの優しく暖かい音が離れていく。
僕と君を繋ぐ細い糸が離れていく。
ぽとり、ぽとり
君じゃない、誰かの涙の音も聞こえる。
声にならない感情が溢れてる。
渡り鳥は迷わない。
自分の行き先は自分で決めるんだ。
僕は君に会う為に生まれてきたんだ。
君が僕を呼んだんじゃなくて。
僕が君と一緒に居たくて会いに来たんだ。
一緒に居れたのは少しだけかもしれない。
小さな僕を誰よりも愛してくれた君。
今でも僕を愛してくれてる優しい君。
ちゃんと会いに来てくれる。
ありがとう。
会いたくなったら、いつでも会いに来て。
待ってるからね。
哀しまないで。
悲しまないで。
ちょっとずつね。
ちょっとずつだよ。
わかってる。
わかってるから。
もう触れられないかもしれない。
もう見えないかもしれない。
もう聞こえないかもしれない。
でも、大丈夫。
大丈夫だからね。
誰よりも近くで、近過ぎる距離で君と一緒に楽しい時間を過ごせたんだよ。
僕の自慢なんだ。
ありがとう。
誰よりも近くで、近過ぎる距離で君の暖かさと優しさを受け取ったんだよ。
ありがとう。
僕だけの大切なキラキラ星。
僕だけにしか見えない宝物。
ありがとう。
離れていても、ずっと暖かいんだ。
離れていても体がポワポワ暖かいんだ。
離れていても君が僕を想ってくれたら、いつでも一緒に居れるんだ。
ワガママかもしれないけど時々でいいから、君の心の隙間に僕をお邪魔させてね。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけでいいからね。
お願いね。
君が教えてくれた優しい気持ちで、これからも僕らは繋がっていける。
ありがとう。
短い間でも皆が大好きな君をひとり占めできたんだもん。
ありがとう。
その優しさを誰かに分けてあげてよ。
僕が嬉しかったポワポワの気持ちを誰かに分けてあげて。
お願いね。
きっと、みんながポワポワして僕みたいに暖かい気持ちになるんだよ。
そんな暖かい気持ちが君の世界に溢れてくれるといいな。
僕には決して消える事のないぬくもりがある。大好きな君から数え切れないくらいのポワポワを貰えたんだ。
ありがとう。
僕は今も幸せだよ。
渡り鳥は祈るんだ。
大好きな君の幸せを。
これからも一緒に歩いていくんだ。
大好きな君に手を引かれながら。
これからも沢山の幸せを連れて一緒に歩いていくんだ。
「いつまでも僕のママで」
「約束だよ」
「またね」
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