猫と私と犬の小説家

瀧川るいか

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たったひと握りの馬鹿のせいで

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「趣味人間観察です!」
とか言ってる人みたいになりたいと思ってみたくなった可愛い私は街の商業施設をぷらぷらしていた。
完全武装姫ファッション全開でぷらぷらしている。
犬のキャラクターもリュックからぷらぷらしてる。
「なんか人が多いなぁ~」
そんな事を言いながらお気に入りの雑貨屋を物色していると「えー!めちゃくちゃ可愛くない?」と聞こえた。てっきり私の事かと思い振り返るとハリネズミのぬいぐるみを持ってはしゃぐ女子二人組がいる。ハリネズミのぬいぐるみを顔の近くに寄せ同調を求める姿に凄く違和感。
内心、完全武装した私より可愛い存在なんて地球上にはいないと思ってる私からしたら気安く話し掛けられた訳ではないと思い安心した。
しかし、「これめちゃくちゃ可愛くない?」とはしゃぐ姿を可愛いと言ってもらいたいのか。
今、現在手にしているハリネズミのぬいぐるみの可愛さに同調して欲しいのか。
真相は誰にもわからないが、正直興味がない。
確実に言える事はぬいぐるみを持ってはしゃぐ姿で二割増しくらいになった程度では私には勝てないだろう。誰がなんと言おうと今日の私は完全武装で来ている。
チャチャとメーもお家で満足しているだろう。
夢展望な私に勝るものはない。
しかしハリネズミのぬいぐるみは可愛いと思う。今度こっそり買おう。
そんな賑やかな雑貨屋を出て、エスカレーターに乗り上の階に向かう。
身を乗り出してはいけませんの看板を眺めながら「こりゃ痛いなぁ~」なんて思いながら。
黄色い線の内側に立って下さいの注意書きを見ながら「コケたら痛いなぁ~」なんて思いながら。
「エスカレーターは危険ですので歩かないで下さい」の店内アナウンスを聞きながら「それは危ないもんなぁ~」なんて思いながら。
スカートの中を下から見られないように両手で隠しながらエスカレーターで上の階に向かう途中に不思議な光景を目にした。
エスカレーターに乗ってる私の右隣をスイスイと歩いていくおじさん。
「失礼!」
すれ違いざまに、そんな事を言われた。
「えっ?あれありなん?」
可愛過ぎる口元が思わず言った。
黄色い線の内側に立って下さいの看板。
「エスカレーターは危険ですので歩かないで下さい」の店内アナウンス。
「いやいやルールは守ろうよ」
「危ないじゃん」
「小さい子供とかいるし」
「いい大人がみっともない」
「願わくば転けてしまってもいい」
「うん。誰にも迷惑かけずに転けてほしい」
そんな事を思いながら最上階の本屋でぷらぷらしていると今日発売の漫画の単行本が山積みにされていた。
「これこれ~忘れてた~」
「最近忙しくて読めてなかったなぁ~」
山積みにされている単行本の中から一番上にあった一冊を手に取りレジで会計を済ませた。
「どうせ手に取るなら頂上から取らないと私らしくないなぁ~」なんて思いながら下りのエスカレーターに乗っていると後ろから再びエスカレーターを歩くおじさんが私の右隣をスマホ片手に通り過ぎっていった。
あっという間に見えなくなるくらいのスピードで。
「いやぁ~あれダメでしょ」
「転けたら面白いなぁ~」 
「是非!転けてほしい~」
そんな邪悪な事を考えていたら突然エスカレーターが止まった。
「はっ?えっ?どした?」
「私が可愛過ぎた?」
「エスカレーターは緊急停止します。離れて下さい」とアナウンスが店内に流れた。
そして通り過ぎたエスカレーターを歩くおじさんが座り込んで何やら叫んでいる。
「助けてくださーい!靴紐が巻き込まれてー!助けてくださーい!」
どうやらほどけた靴紐がエスカレーターの隙間に巻き込まれてしまって転けて助けを求めているらしい。
私は止まったエスカレーターを不思議な気持ちで歩きながらおじさんをチラ見程度で済ませ、もう動かなくなったエスカレーターは諦めて階段で下りる事にした。
「いやぁ~動かなくなったエスカレーターは普通に歩くと不思議な感じだなぁ」
信じてもらえないかもしれないが可愛い私は本気で思うと何かが起こる。
本気でムカついた時に「車ごと田んぼにでも落ちないかな~」と思っていたら本当に田んぼ落ちた人がいた。
そういえば「転けたらいいのに」と思ってしまった私がいた。
悪いと思わないから謝罪はしないし、する必要もないけど。間違った事をしたから罰が下っただけだ。

黄色い線の内側に立って下さいの看板。
「エスカレーターは危険ですので歩かないで下さい」の店内アナウンス。
あれほど警告されていながら無視した方が悪いと思う。
だって誰もそんな事してないんだから。
たったひと握りのバカのせいで沢山の人が困った。
使いたい人がエスカレーターを使えないで困った。
たったひと握りのバカのせいで気分が悪くなった。
楽しく買い物してた可愛い私の気分が悪くなった。
たったひと握りのバカのせいで。
「助けてくださーい!」と地元の中心で叫ぶのは止めてもらいたい。
しかもルール違反して助けを求めるなんてカッコ悪い。
でも、少し面白かった。
たったひと握りのバカのせいで。
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