猫と私と犬の小説家

瀧川るいか

文字の大きさ
上 下
20 / 50

犬と馬

しおりを挟む
約束の時間は十七時。今日はわんころと会う予定。現在の時刻十七時三十分。十八時三十分には到着する予定。所謂、寝坊。現在、セッティング中。忘れずに連絡はした。遅れる旨は伝えてある。いつもの調子で返事が返ってきた。多分、問題ない。
「わんころだし、いいかなぁ~」
そんな事を言いながら髪を乾かしている。
「あっ!髪の毛が傷んでるなぁ~こんな艶のなさで外出たくないなぁ~」
髪から少し艶やかさ落ちてる気がした。髪の毛はどこからでも見える存在だから二週間に一回は美容院でトリートメントしてもらっているが、そんな日もある。小さな事が気になる。
「わんころだし、いいかなぁ~」
髪の毛を乾かし終わり、今日の武装を考える。
武装というのは洋服だ。クローゼットの中を眺めながら考える。
「基本は姫武装なんだけどなぁ~」
「昨日食べ過ぎてお腹キツいんだよなぁ~」
「ユルい格好がいいなぁ~」
「でも駅だと人多いしなぁ~」
「でも可愛くないのはやだなぁ~」
「うーん」
色々と悩んだ結果。姫武装ではなくゆるめの服をチョイスした。たまにはゆるめの私も悪くない。
「わんころだし、いいかぁ~」
お気に入りのブランドのリュックは背負いたい。これは譲れない。私のプライドだ。
「靴はどしよかなぁ~」
「足痛くなるの嫌なんだよなぁ~」
「うーん」
クロックスを選んだ。可愛くある為に痛いのを我慢して靴を履く事もあるが、今日はそんな気分ではない。
「わんころだし、いいかぁ~」
現在の時刻は十八時三十分。
「あっ!もうこんな時間!さすがにやばい!」
「わんころだし、いいかぁ~」
ソワソワしだす茶トラの二匹。特にメー。必死で引き止めに来るメー。行動には移さないが寂しそうなチャチャ。
「やばいやばい!遅れてる遅れてる!」
「じゃあ~留守番頼むよー!!」
「いってくるねー!」
タクシーに乗りながら一応連絡する。
「わんころだし、大丈夫かぁ」
タクシーに揺られる事三十分。こんな筈では無かった。道が混んでる。現在の時刻十九時十分。電子決済で会計を済ませ、駅前に降りた。この時間の駅前は帰宅する人々で溢れていて、その中で一人の人間を探すのは大変なのだ。

「うーん。人が多いなぁ~。めんどくさいから、わんころの体にGPSでも埋め込んどけばよかったなぁ」
スマホ片手にわんころを探す私。何となく居そうな場所に行ってみる事にした。
「あっ!いた!」
さすが私くらい可愛いと見つけるのも早い。
というか、わんころは黒ずくめな人間だから目立つ。なんか変な目立ち方をする人っていると思うが、その類だ。
「ごめーん!待ったー?」
「それなりにねー。久しぶりに駅来て散歩しながら楽しくしてたからいいよ~。しっかし雰囲気変わったね~ここら辺も」
「改装工事でかなり変わったよね~。なんか変な感じだよね~。まぁまぁとりあえず行こ行こ」
「どこに?」
「犬と馬!」
「は?」
「まぁ~来なせぇな~」
「よくわからないけど着いてけばいいんだろ~」
早歩きで歩く私の後ろをゆっくりと歩くわんころ。
なんでかよくわからないけどトロトロとしている。そんな感じの人間。駅から少し歩くと馬刺し屋に着いた。
「ここ!」
「ここ?」
「うん!」
「うん?」
「犬と馬!」
「どゆこと?全く意味がわからんけど」
「いいから!来なせぇな~」
「はいはーい」
階段を上がると元気のいい店員の声がする。
「いらっしゃいませー!ご予約されてましたか?」
「あっ!はい!してますしてます!」
「えっ!してたの?」
驚くわんころ。
「いいじゃーん、別に!うるさいの嫌いでしょ?だから静かなとこにしてあげたんじゃん」
「まぁ、ありがと。んで席はー?」
店員に席まで案内してもらう事にした。
「やっぱここだよね~いいねぇ~」
「取り敢えず座ろうか~。なんでまたこの席?」
「だってこの絵とか最高でしょ?」
壁に飾ってある肖像画を指さした。モナリザの顔が馬になっている謎の肖像画。変な人は変なものが好きだと誰かが言ってた気がする。そもそも飾ってある肖像画については、諸々の権利関係など気になるとこはあるが面白いから敢えてそこは触れないでいようと思う。そんな私も面白いものは好きなのだ。
「まぁ~好きだねぇ~」
「こーゆー変なのわんころ好きだと思ってさ~」
「うんうん。んでここは何を食べるの?」
「だから犬と馬!」
「どゆこと?」
「うん!だから犬と馬!」
「言いたいだけでしょ?」
「はははは!そうそう!そーゆとこあるよね。可愛い私に免じて許して~」
「んでメニューは?」
「これこれ!」
「うーん」
「どした?」
「何を食べればいいの?」
「だから犬と馬!」
「犬さんは食べれないでしょ?馬さんを食べればいいだよね?」
「うん!私がわんころと一緒に馬を食べるの!それが犬と馬!」
「じゃあ任せるわ~。りむちゃんのおすすめで~。ここ煙草吸えるんだね~?」
「うん!吸える吸える。煙草吸えなかったら、わんころくたばると思って!じゃあ取り敢えずカシスウーロン!」
「馬さんは?」
「よくわからないからおすすめの盛り合わせで~」
「来た事ないの?」
「あるある!いやぁ美味かったなぁ~」
「じゃあその美味かったのにしようよ」
「わんころお酒は?」
「じゃあ梅酒で」
「じゃあ注文しよ!」
「はいはーい」
コールボタンを押してすぐさま店員が注文を聞きに来た。店内に客がさほど居ないせいもあり対応が早い。コールのボタンの隣に金色の鈴が置いてある。
「わんころ!鈴は鳴らさないでね!テキーラ運ばれてくるから!」
「マジ?あーなんか書いてるねぇ~」
「鳴らすと問答無用で持ってくるから~ここ!」
「あー俺は無理だなぁ~りむちゃんは?」
「無理無理無理無理!」
「そういうば最近体調は?」
「うん!良い感じだよ!」
「そっか。安心」
「思いっきり忘れてたんだけど!前渡されたやつ?わんころが書いたやつ。渡り鳥の話!短いけど、あれねぇ~良かったよ!あれはね!あれだけはね!」
「おお!珍しく御褒めの言葉!あれいいよね~。我ながらよく出来てると思うんだよね。うんうん!自分でも書いた時あまりにも感動して涙が止まらなかったなぁ。自分の才能に!うんうん!命の尊さとか生まれ出る事の奇跡をね~」
わんころは嬉しそうに反応した。珍しく良いと思える作品を書いていたから、可愛い私は素直に褒めた。
「わかったわかった!凄い凄い!」
ついつい話を振ってしまった。わんころは自分の書いた作品について話を振ると滝の様に湯水のように沢山の言葉を返してくる生き物だ。そんな自分の作品に対する愛を語っていると、ノックの音がして木の襖を開け店員が料理を運んできた。
「お待たせしましたー」
馬刺し料理がテーブルの上に並べられると店員が薬味の説明としてくれるのがルール。一通り説明が終わると店員は去っていった。
「よし!食べよ!」
「作品の解説は?てか、どれから食べればいいの?」
「細かい事気にしないでいいから食べなせぇな」
自分の書いた作品について熱弁したそうなわんころに箸を渡して人生初の馬を楽しむように促した。
「わかった~」
「いやぁ~美味い!馬さん達が口の中で愛し合ってるわ~。どう!美味いでしょ?」
「うん。美味いねぇ。初めて食ったけど美味い!」
「本当にわんころは知らない事多いよね~」
「なんで~」
「年上とかだと色んなお店知ってるけど、わんころ全然知らないから」
「しょうがないでしょ~仕事ばっかしてんだから」
「モテないぞ~」
「別にいいよ~」
「まぁ~年上っていってもねぇ~。たかが十歳以上違うだけだから大して変わらないかぁ~」
「いやぁ~だいぶ違うでしょ~」
「変わらない変わらない。たかが十以上だよ?私からしたらたかがだよ」
「もう別の生き物だよ」
「同じ同じ。とりあえず人類だよ」
「そりゃ人類でしょ」
「それにわんころは無駄に若く見えるからなぁ」
「から?」
「ん?なんでもないよ。普段なにしてんの?若さの秘訣とか」
「青汁飲んだりとか」
「うん!非常につまらない答え。もう少し笑わせてるためにボケてよ!」
「ここはボケれないでしょ」
「煙草吸う!」
「はいはい」
最近の私はPeace。可愛い私には少し似合わないPeace。
わんころは相変わらずメンソール。ずっと変わらないメンソール。馬と酒と煙草。
「んで今日はどしたの?」
「うん?まぁ色々と」
「なんかあった?」
「ひたすら愚痴りたい!」
「は?」
「聞いて!」
「はいはい」

可愛い私の愚痴りタイムから三時間後。

「てゆー事なの!」
「そりゃ~やだね~」
「ねぇ~ムカつくでしょ!」
「うん。ムカつくねぇ~」
「腹立つでしょ~」
「そうだね~腹立つねぇ~」
「わんころ!なんか心無い返事だ!」
「そんな事ないよ~」
「そんな事あるよ!」
「で、結局りむちゃんはどしたいの?」
「まだ決めてない~」
「感情的になって衝動的に決めた事って後悔する事多いから、なんでもそうだけど落ち着いてから考えて決めた方がいいよ。俺も若い時は色々あったな~言えないけど」
「だよね~」
「自分が正しい事をしたから正しいかっていうと違う時もあるし。難しいんだよね。だから冷静になってから決めなよ」
「だからわんころに愚痴るの!冷静になる為に~」
「まぁ~いいけどさぁ~。喋るぬいぐるみが可愛く無かったのは残念だよね。でもさすがに可愛くないって理由で返品は無理でしょ?」
「分かってるんだけどねぇ~なんか会話してると腹立ってきちゃうからチャチャとメーのおもちゃになってる」
「じゃあいいじゃん」
「でも高かったしさぁ~」
「まぁね~」
「私の部屋に存在するものなら可愛くないとダメじゃん?チャチャとメーの事もあるし」
「そうだよねぇ~。でもチャチャちゃんとメーちゃんと仲良くしてるならいいんじゃない?」
「そうだけどさぁ~。返す言葉に私に対する優しさがないんだよ~あのぬいぐるみ」
「そりゃ優しさとかないでしょ?おもちゃだし」
「でもさぁ~私だよ?可愛くないとやだもん!」
「そうだけどさぁ~許してあげなよ~チャチャちゃんとメーちゃんは新しいぬいぐるみ貰えて喜んでるなら今更返品したら可哀想じゃん」
「そうだねぇ~そのままにしとくかぁ~」
「んで?スッキリしたの?」
「うん!なんとなく!でも騙された気がしてムカつく!」
「何に?」
「うーん世の中に!」
「世の中の嘘や矛盾を下らないと笑い飛ばして、愛する事が出来たら生きる事は楽しいよ」
「またわんころは難しい事を言う!どゆこと?」
「自分で考えなぁ~。りむちゃんならそのうちわかるよ!まぁ~お酒飲みなよ」
「はいはーい。飲みまーす」
馬はもういなくなっていた。
可愛い私の愚痴と一緒にいなくなった。
「まだ馬さん食べるの?」
「うーん。姫は機嫌が良いから食べる!メニュー!」
「はいはい」
「ユッケジャンかなぁ~この韓国海苔で巻くやつ」
「じゃあそれね!」
「鈴鳴らさないでね~」
「あっ!」

[チリリーン!]

店内に響き渡る鈴の音。
それに反応して「テキーラ入りました!」の声が店内に響き渡る。

「わんころ!」
「ごめーん」
「ばかぁ!」
「犬と馬と鹿になったねぇ~動物さんが増えた!」
「ふふ。うん!今のちょっと面白かった!」
「りむちゃん飲む?」
「無理無理無理無理無理無理!」





しおりを挟む

処理中です...