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考えたくないアルファ
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授業が終わって馬車の乗り場に行くと、アルウェンの側近の近衛騎士が待っていた。
すっかり見慣れた顔にわずかに顔をしかめると、近衛騎士であるサイモンは苦々しく笑う。
「申し訳ございません。リュシアン様」
サイモンはリュシアンの表情ですぐに察したのだろう。
それでも彼も主君の命令とあっては引くこともできず、学園の馬車乗り場に立っていた。
「謝るくらいなら、待たなくてもいいんですよ」
わざとらしくにこりと笑っても、サイモンは苦々しく笑ったままだった。
彼が悪いわけではないというのはわかってはいる。
だが、それでも彼に八つ当たりをしてしまいたくなるくらいには見慣れてしまったし、学園の馬車乗り場である以上、必然的に人も多いせいで日に日に囁かれる声と視線が増えていっていた。
好意的な視線ではないのは明らかで、それだけでもリュシアンの気分は悪い。
おまけにライモントもしばらく欠席で、その後に第一王子付きの側近の騎士がリュシアンをかなりの頻度で迎えに来るのだからなにかあったのかと周囲を勘ぐらせている。
貴族の子供たちが通う学園はどうあっても貴族社会への影響がり、普段中立を貫いているティレル家だけに社交界を賑わせていた。
「……なぜここに、と言っても、無駄なんでしょうか。今日は何もアルウェン殿下とお約束していませんが」
「今日はさすがに来てないですよ。殿下も公務がありますし、それはそれとして、殿下がリュシアン様とお茶をしたいそうなので、お迎えにあがりました」
サイモンだけであれば断りようも逃げようもあるが、時折アルウェンが直接迎えに来る時があった。
そうしてしまうともうどうしようもなく、リュシアンには断りようも逃げようもない。
周囲は何事かとざわついているが、サイモンが迎えに来ることに大した理由はなかった。
『アルウェンがリュシアンと会いたい』
簡単に言ってしまえばそれだけである。
(アルウェン殿下が会いたい、といってわざわざ近衛騎士まで寄越すことは、大した理由かもしれないが)
しかしわざわざサイモンを迎えに寄越している、というのが周囲を勘ぐらせている一因でもあった。
サイモンは、実は北の領地を治めるガーディナー公爵家の人間だ。
ガーディナー公爵家は代々総騎士団長を輩出してきた名門の一族で、今もサイモンの兄がすべての騎士と兵士を束ねる総騎士団長の座についている。
サイモンは生まれも名門貴族で、おまけに幼いころからアルウェンのそばにいると知られた存在である。
最側近で、どこへ行くにもアルウェンに付き従う腹心だと有名だ。
そのサイモンが、わざわざ馬車の乗り場にぼんやりと待っていることが、どれだけ人目を引くか、彼自身はわかっていないようだった。
(おまけに、明らかに、ガーディナー公爵家の人間だとわかる見目)
サイモンは北の人間特有の色素の薄い銀髪と青い眼をしており、色だけ見れば儚げだと言えなくもない。
そして一番リュシアンを悩ませるのはその色だ。
その色素の薄さは王都においては目立つ。
おまけにアルウェンと変わらない身長と体格をしているので、たとえサイモンの名前を知らなくとも、その鍛え上げた体は武門の人間であることが察せられ、色素の薄さから北の人間であると推察される。
そしてあとは若さを考えれば、彼がサイモン・ガーディナーであると察するのはたやすい。
(帰ってくれ)
リュシアンは週に何回か、切実にそう思っている。
とはいえ、サイモンはそんなに頭が回るタイプではないようで、リュシアンは何度か彼を言いくるめてアルウェンの誘いを断っていた。
しかし、彼をここで何度も返すわけにもいかないのがリュシアンの苦しいところだ。
あまりにも追い返していると、アルウェン本人がやってくる。
彼がやってきてしまうと、もうリュシアンには断りようもない。
おまけにサイモンはアルウェンの腹心で側近で有名すぎる。
無下に扱えばリュシアンの評判はさらに下がるため、そう何度も追い返すわけにもいかなかった。
(まあもう、大した評判ではないから、いっそ地の底まで落ちてもたいして落ちはしないだろうが)
そう思うものの、染みついた貴族としての意識で、リュシアンは軽率な行動がとれなかった。
リュシアンが舐められすぎると家の評判にも関わるし、ライモントの身にも危険が及ぶかもしれない。
ライモントはいくら強がってもオメガで、アルファには力で及ばないところがある。
貴族だろうとオメガが襲われるという話は社交界でもそれなりに話題になるものだ。
没落してしまえば、その家のオメガは娼館に売られるのが現実である。
ティレル家はオメガかアルファの子が生まれ、そうとわかった時点で平民だろうと番候補を引き取るので、選民意識は強くない。
だが、社交界では平民の血が混じっているというだけで悪口を囁かれることも少なくない。マナーが悪いとそういったことを言われるため、家ではその辺りに関してはかなり厳しく教育されるのだ。
(どうしたものか)
リュシアンの行きたくないという表情はわかっているはずなのに、のんびりと立っているサイモンに、今日は追い返そうかと悩んでいると、さらに周りがざわついた気がした。
「リュシアン!!」
苛立ちの混じる声に、リュシアンのほうが苛立ち、眉根を寄せて顔をしかめた。
振り返ると、第二王子であるエミールが厳しい表情で立っており、リュシアンは思わず睨みつけてしまった。
「……これはこれは、第二王子殿下。いつから私のお名前を呼ぶほど親しくなったのでしょう?」
張り付けたような笑みを浮かべてお前に名前を呼ぶことを許していないとわざとらしく公言すると、エミールはひるんだように顎を引いた。
リュシアンは己がきれいに見える笑い方を知っている。
わずかに首を傾げ、青い眼を細めて加虐的に微笑むと、周囲から一気に視線が集まった。
何も知りませんという顔をして無邪気に目を細める表情が、一番人目を引く。
「私をあなたの義兄だと勘違いしておいででは?」
第二王子殿下はライモント・ティレルにひどく執着している。
エミールの婚約者候補の争いが激化していることをわかっていながら、大勢の人がいる中で暗にそう口にすると、リュシアン!と非難される。
笑みから一転して表情を消すと、リュシアンは怒りに満ちた表情でエミールを睨んだ。
「はっきり言わねばわかりませんか?名前を呼ぶことを許しておりません」
明確な拒絶に、エミールは目を丸くしてうつむいた。
困ったように視線を彷徨わせてからリュシアンを見上げる。
「急にそんな……俺はただ、レイ、ライモントのことを聞きたいだけで……」
いじらしく名前を呼ぶ様子に、リュシアンは呆れを隠さなかった。
わざとらしく周囲に知らしめてエミールを蹴落とすつもりだったというのに、そんなリュシアンの思惑がばかばかしく思えるほど、エミールは無防備だった。
周囲に、子供とはいえ貴族の眼があることをわかっているのかと言いたくなるくらい抜けている。
アメリア・ローズウッドの派閥の令嬢たちもいるだろうに、そんなことも考えつかないくらい幼いのか馬鹿なのか。
(本当にコレが王位をついでいいものか)
最近、急激に第一王子のそばにいることが多くなったリュシアンは、やはりエミールの王としての資質を疑ってしまう。
アルウェンは良くも悪くも腹芸がうまい。
リュシアンにとってはそういう部分が厄介な相手である。
アルウェンがわざわざサイモンを迎えに寄越すのは彼の思惑なのだとうっすらとわかっている。
リュシアンの性格をそれとなく分かったうえで、サイモンを向かわせているのだ。
最初はアルウェンも、サイモンではなく別の近衛騎士を迎えに寄越していた。
それが毎回サイモンになったのは、リュシアンが敵いそうもないからだろう。
身分も。体格も。
リュシアンはサイモンには勝てないと思う。
逆に侯爵家なので、公爵家以外には身分差では勝てるということだ。
傲慢に振舞うまでもなく、身分差で断れる。
それを早々に理解したのだろう。
リュシアンが身分差を盾に断った最初の一回から、すぐにサイモンに変えたのだ。
(ほんとうに)
アルウェンはこわい。
好きだと言いながら、ただただまっすぐに好意を伝えるだけではなく、裏側で画策している。
(王様みたいだな)
表ではそんなことはありませんという風にリュシアンに微笑み、派閥にもリュシアンだけではありませんと言いながら、あの男はすこしも手段を選ばない。
波風を立てないようにしながら策を巡らせることが国政に発揮されることを考えると、やはり目の前の幼い王子よりは王位にふさわしいと思う。
「……婚約者『候補』でしかない義弟に、ずいぶんとご執心なようですね」
エミールにもわかるように断言し、ここまで言わねばわからないことを嘲った。
周囲の見下す視線に交じり、リュシアンは口の端を歪めて嘲笑した。
「殿下の紹介の王宮メイドだったというのに、殿下に情報が行っていないのですか?」
その言葉に顔を上げたエミールに、リュシアンは思わず罵りそうになってしまった。
(反応がわかりやすすぎる)
これではローズウッド家もアルウェンにつきたくなるはずだ、と内心は納得もした。
「リュシアン様、その件はきちんとアルウェン殿下管理の元、調査を行っておりますので、ご安心を」
サイモンの助け舟に、リュシアンは小さくうなずいた。
「当然です。王宮に問題がないわけがないでしょう。こちらは被害者ですよ」
そこまで口にすれば、周囲はおおよそなにがあったのか把握するだろう。
明日か今日にはこの話が社交界に広まり、エミールは王位争いで一歩、遅れをとることになるはずだ。
(……やってしまった)
にこりと無邪気にエミールに笑いかけてから、内心リュシアンは頭を抱えたくなった。
(やってしまった。やってしまった)
「さあリュシアン様、アルウェン殿下がお待ちですので」
サイモンが大きな手を差し伸べてくる。
その手を取りたくはなかったが、こうも喧嘩腰にエミールの評判を落として、家に帰ります、などと言えるはずもない。
リュシアンはサイモンの手をとり、王宮行きの馬車に乗り込む。
(逃げたい……)
ゆっくりと動き出した馬車は揺れも少なく、座面はソファのようにやわらかい。
優雅に乗り込んだ馬車内に人目がないのをいいことに、リュシアンはひとりで馬車の中で頭を抱えた。
怒りのあまり、感情でエミールの評判を落とした。
そこまで言う必要はなかったはずだし、あれでは仕方なく見えるだろうが、リュシアンが第一王子側についたと思われてもおかしくない。
(……やりすぎた)
リュシアンは眼を閉じて落ち込む。
これからのことを考えたくなどないし、あとは王宮の甘い菓子を食べられるくらいしかいいことがない。しかしそんなことは慰めにもならない。
ふと馬車の外に視線を向ける。
エミールのそばには何人かの子女や子息が近寄ってきていた。
エミールの顔色は悪く、やはりあの毒殺騒ぎはエミールが絡んでいると察する。
本来はリュシアンを狙っていた。
それを察していたライモントが身代わりになったために、リュシアンは無事だった。
だが、本来はリュシアンが倒れていたはずだ。
(……ちょっと、出来すぎていないか?)
エミールがあの調子では、今日のように大勢の前でリュシアンを問い詰めていただろう。
リュシアンが怒りに任せてエミールのしたことを暴露しなかったとしても、エミール自身で自滅していた可能性が高い。
ましてや本当に狙い道理にリュシアンが倒れていたら、ライモントはリュシアン以上にエミールの評判を落としに行ったはずだ。
なにせ、評判を落とすのはそう難しくない。
エミールが中立の侯爵家の子息を狙ったと流布するだけでも十分だ。それを裏付けるように長子であるリュシアンが学校に来なければ、その信憑性が増す。
エミールがリュシアンを狙ったとあっては、ティレル家は第二王子派から離れるだろう。
中立派閥の代表格が離れれば、第一王子側に支持が傾くようなものだ。
(どうあっても、第一王子側につく流れのような)
今回はたまたまライモントが毒に倒れ、リュシアンが怒ってエミールの評判を下げた。
だが、リュシアンがアルウェン側につく流れが、あまりにも自然にできている気がした。
出来すぎているくらいに。
(もし計画的だとしたら)
本来のエミールがあの調子なら、どちらの王子につくかで国内の情勢が不安定になるとは思えない。
間違いなく、アルウェンが王太子になればすべてが解決するだろうし、アルウェンからすればその支持を勝ち取るのも難しいとは思えなかった。
考えたくない、と頭を抱え、リュシアンは揺れの少ない馬車の中でつかの間、目をつむった。
すっかり見慣れた顔にわずかに顔をしかめると、近衛騎士であるサイモンは苦々しく笑う。
「申し訳ございません。リュシアン様」
サイモンはリュシアンの表情ですぐに察したのだろう。
それでも彼も主君の命令とあっては引くこともできず、学園の馬車乗り場に立っていた。
「謝るくらいなら、待たなくてもいいんですよ」
わざとらしくにこりと笑っても、サイモンは苦々しく笑ったままだった。
彼が悪いわけではないというのはわかってはいる。
だが、それでも彼に八つ当たりをしてしまいたくなるくらいには見慣れてしまったし、学園の馬車乗り場である以上、必然的に人も多いせいで日に日に囁かれる声と視線が増えていっていた。
好意的な視線ではないのは明らかで、それだけでもリュシアンの気分は悪い。
おまけにライモントもしばらく欠席で、その後に第一王子付きの側近の騎士がリュシアンをかなりの頻度で迎えに来るのだからなにかあったのかと周囲を勘ぐらせている。
貴族の子供たちが通う学園はどうあっても貴族社会への影響がり、普段中立を貫いているティレル家だけに社交界を賑わせていた。
「……なぜここに、と言っても、無駄なんでしょうか。今日は何もアルウェン殿下とお約束していませんが」
「今日はさすがに来てないですよ。殿下も公務がありますし、それはそれとして、殿下がリュシアン様とお茶をしたいそうなので、お迎えにあがりました」
サイモンだけであれば断りようも逃げようもあるが、時折アルウェンが直接迎えに来る時があった。
そうしてしまうともうどうしようもなく、リュシアンには断りようも逃げようもない。
周囲は何事かとざわついているが、サイモンが迎えに来ることに大した理由はなかった。
『アルウェンがリュシアンと会いたい』
簡単に言ってしまえばそれだけである。
(アルウェン殿下が会いたい、といってわざわざ近衛騎士まで寄越すことは、大した理由かもしれないが)
しかしわざわざサイモンを迎えに寄越している、というのが周囲を勘ぐらせている一因でもあった。
サイモンは、実は北の領地を治めるガーディナー公爵家の人間だ。
ガーディナー公爵家は代々総騎士団長を輩出してきた名門の一族で、今もサイモンの兄がすべての騎士と兵士を束ねる総騎士団長の座についている。
サイモンは生まれも名門貴族で、おまけに幼いころからアルウェンのそばにいると知られた存在である。
最側近で、どこへ行くにもアルウェンに付き従う腹心だと有名だ。
そのサイモンが、わざわざ馬車の乗り場にぼんやりと待っていることが、どれだけ人目を引くか、彼自身はわかっていないようだった。
(おまけに、明らかに、ガーディナー公爵家の人間だとわかる見目)
サイモンは北の人間特有の色素の薄い銀髪と青い眼をしており、色だけ見れば儚げだと言えなくもない。
そして一番リュシアンを悩ませるのはその色だ。
その色素の薄さは王都においては目立つ。
おまけにアルウェンと変わらない身長と体格をしているので、たとえサイモンの名前を知らなくとも、その鍛え上げた体は武門の人間であることが察せられ、色素の薄さから北の人間であると推察される。
そしてあとは若さを考えれば、彼がサイモン・ガーディナーであると察するのはたやすい。
(帰ってくれ)
リュシアンは週に何回か、切実にそう思っている。
とはいえ、サイモンはそんなに頭が回るタイプではないようで、リュシアンは何度か彼を言いくるめてアルウェンの誘いを断っていた。
しかし、彼をここで何度も返すわけにもいかないのがリュシアンの苦しいところだ。
あまりにも追い返していると、アルウェン本人がやってくる。
彼がやってきてしまうと、もうリュシアンには断りようもない。
おまけにサイモンはアルウェンの腹心で側近で有名すぎる。
無下に扱えばリュシアンの評判はさらに下がるため、そう何度も追い返すわけにもいかなかった。
(まあもう、大した評判ではないから、いっそ地の底まで落ちてもたいして落ちはしないだろうが)
そう思うものの、染みついた貴族としての意識で、リュシアンは軽率な行動がとれなかった。
リュシアンが舐められすぎると家の評判にも関わるし、ライモントの身にも危険が及ぶかもしれない。
ライモントはいくら強がってもオメガで、アルファには力で及ばないところがある。
貴族だろうとオメガが襲われるという話は社交界でもそれなりに話題になるものだ。
没落してしまえば、その家のオメガは娼館に売られるのが現実である。
ティレル家はオメガかアルファの子が生まれ、そうとわかった時点で平民だろうと番候補を引き取るので、選民意識は強くない。
だが、社交界では平民の血が混じっているというだけで悪口を囁かれることも少なくない。マナーが悪いとそういったことを言われるため、家ではその辺りに関してはかなり厳しく教育されるのだ。
(どうしたものか)
リュシアンの行きたくないという表情はわかっているはずなのに、のんびりと立っているサイモンに、今日は追い返そうかと悩んでいると、さらに周りがざわついた気がした。
「リュシアン!!」
苛立ちの混じる声に、リュシアンのほうが苛立ち、眉根を寄せて顔をしかめた。
振り返ると、第二王子であるエミールが厳しい表情で立っており、リュシアンは思わず睨みつけてしまった。
「……これはこれは、第二王子殿下。いつから私のお名前を呼ぶほど親しくなったのでしょう?」
張り付けたような笑みを浮かべてお前に名前を呼ぶことを許していないとわざとらしく公言すると、エミールはひるんだように顎を引いた。
リュシアンは己がきれいに見える笑い方を知っている。
わずかに首を傾げ、青い眼を細めて加虐的に微笑むと、周囲から一気に視線が集まった。
何も知りませんという顔をして無邪気に目を細める表情が、一番人目を引く。
「私をあなたの義兄だと勘違いしておいででは?」
第二王子殿下はライモント・ティレルにひどく執着している。
エミールの婚約者候補の争いが激化していることをわかっていながら、大勢の人がいる中で暗にそう口にすると、リュシアン!と非難される。
笑みから一転して表情を消すと、リュシアンは怒りに満ちた表情でエミールを睨んだ。
「はっきり言わねばわかりませんか?名前を呼ぶことを許しておりません」
明確な拒絶に、エミールは目を丸くしてうつむいた。
困ったように視線を彷徨わせてからリュシアンを見上げる。
「急にそんな……俺はただ、レイ、ライモントのことを聞きたいだけで……」
いじらしく名前を呼ぶ様子に、リュシアンは呆れを隠さなかった。
わざとらしく周囲に知らしめてエミールを蹴落とすつもりだったというのに、そんなリュシアンの思惑がばかばかしく思えるほど、エミールは無防備だった。
周囲に、子供とはいえ貴族の眼があることをわかっているのかと言いたくなるくらい抜けている。
アメリア・ローズウッドの派閥の令嬢たちもいるだろうに、そんなことも考えつかないくらい幼いのか馬鹿なのか。
(本当にコレが王位をついでいいものか)
最近、急激に第一王子のそばにいることが多くなったリュシアンは、やはりエミールの王としての資質を疑ってしまう。
アルウェンは良くも悪くも腹芸がうまい。
リュシアンにとってはそういう部分が厄介な相手である。
アルウェンがわざわざサイモンを迎えに寄越すのは彼の思惑なのだとうっすらとわかっている。
リュシアンの性格をそれとなく分かったうえで、サイモンを向かわせているのだ。
最初はアルウェンも、サイモンではなく別の近衛騎士を迎えに寄越していた。
それが毎回サイモンになったのは、リュシアンが敵いそうもないからだろう。
身分も。体格も。
リュシアンはサイモンには勝てないと思う。
逆に侯爵家なので、公爵家以外には身分差では勝てるということだ。
傲慢に振舞うまでもなく、身分差で断れる。
それを早々に理解したのだろう。
リュシアンが身分差を盾に断った最初の一回から、すぐにサイモンに変えたのだ。
(ほんとうに)
アルウェンはこわい。
好きだと言いながら、ただただまっすぐに好意を伝えるだけではなく、裏側で画策している。
(王様みたいだな)
表ではそんなことはありませんという風にリュシアンに微笑み、派閥にもリュシアンだけではありませんと言いながら、あの男はすこしも手段を選ばない。
波風を立てないようにしながら策を巡らせることが国政に発揮されることを考えると、やはり目の前の幼い王子よりは王位にふさわしいと思う。
「……婚約者『候補』でしかない義弟に、ずいぶんとご執心なようですね」
エミールにもわかるように断言し、ここまで言わねばわからないことを嘲った。
周囲の見下す視線に交じり、リュシアンは口の端を歪めて嘲笑した。
「殿下の紹介の王宮メイドだったというのに、殿下に情報が行っていないのですか?」
その言葉に顔を上げたエミールに、リュシアンは思わず罵りそうになってしまった。
(反応がわかりやすすぎる)
これではローズウッド家もアルウェンにつきたくなるはずだ、と内心は納得もした。
「リュシアン様、その件はきちんとアルウェン殿下管理の元、調査を行っておりますので、ご安心を」
サイモンの助け舟に、リュシアンは小さくうなずいた。
「当然です。王宮に問題がないわけがないでしょう。こちらは被害者ですよ」
そこまで口にすれば、周囲はおおよそなにがあったのか把握するだろう。
明日か今日にはこの話が社交界に広まり、エミールは王位争いで一歩、遅れをとることになるはずだ。
(……やってしまった)
にこりと無邪気にエミールに笑いかけてから、内心リュシアンは頭を抱えたくなった。
(やってしまった。やってしまった)
「さあリュシアン様、アルウェン殿下がお待ちですので」
サイモンが大きな手を差し伸べてくる。
その手を取りたくはなかったが、こうも喧嘩腰にエミールの評判を落として、家に帰ります、などと言えるはずもない。
リュシアンはサイモンの手をとり、王宮行きの馬車に乗り込む。
(逃げたい……)
ゆっくりと動き出した馬車は揺れも少なく、座面はソファのようにやわらかい。
優雅に乗り込んだ馬車内に人目がないのをいいことに、リュシアンはひとりで馬車の中で頭を抱えた。
怒りのあまり、感情でエミールの評判を落とした。
そこまで言う必要はなかったはずだし、あれでは仕方なく見えるだろうが、リュシアンが第一王子側についたと思われてもおかしくない。
(……やりすぎた)
リュシアンは眼を閉じて落ち込む。
これからのことを考えたくなどないし、あとは王宮の甘い菓子を食べられるくらいしかいいことがない。しかしそんなことは慰めにもならない。
ふと馬車の外に視線を向ける。
エミールのそばには何人かの子女や子息が近寄ってきていた。
エミールの顔色は悪く、やはりあの毒殺騒ぎはエミールが絡んでいると察する。
本来はリュシアンを狙っていた。
それを察していたライモントが身代わりになったために、リュシアンは無事だった。
だが、本来はリュシアンが倒れていたはずだ。
(……ちょっと、出来すぎていないか?)
エミールがあの調子では、今日のように大勢の前でリュシアンを問い詰めていただろう。
リュシアンが怒りに任せてエミールのしたことを暴露しなかったとしても、エミール自身で自滅していた可能性が高い。
ましてや本当に狙い道理にリュシアンが倒れていたら、ライモントはリュシアン以上にエミールの評判を落としに行ったはずだ。
なにせ、評判を落とすのはそう難しくない。
エミールが中立の侯爵家の子息を狙ったと流布するだけでも十分だ。それを裏付けるように長子であるリュシアンが学校に来なければ、その信憑性が増す。
エミールがリュシアンを狙ったとあっては、ティレル家は第二王子派から離れるだろう。
中立派閥の代表格が離れれば、第一王子側に支持が傾くようなものだ。
(どうあっても、第一王子側につく流れのような)
今回はたまたまライモントが毒に倒れ、リュシアンが怒ってエミールの評判を下げた。
だが、リュシアンがアルウェン側につく流れが、あまりにも自然にできている気がした。
出来すぎているくらいに。
(もし計画的だとしたら)
本来のエミールがあの調子なら、どちらの王子につくかで国内の情勢が不安定になるとは思えない。
間違いなく、アルウェンが王太子になればすべてが解決するだろうし、アルウェンからすればその支持を勝ち取るのも難しいとは思えなかった。
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