劣等アルファは最強王子から逃げられない

文字の大きさ
9 / 11

怒るアルファ

しおりを挟む
アルウェンはひどく上機嫌で、書類の決裁を行っていた。
手元は狂うことなくサインをしながら、しかし不備があるものは突っ返し、検討するものは専用の棚へと入れていく。
次々と処理をされていく書類の量はどんどん増え、あと少しで今日の仕事は終わりそうだった。
書類を持ってきた従兄弟の宰相が気持ち悪いものを見るような顔でアルウェンに視線を向けているが、彼の視線はいつも考慮するに値しない。
「……おい、アル」
「殿下をつけろ、エドガー。それと俺のことは、番が許可しない限りあだ名で呼ぶな」
すこしでも勘違いをされたくないし、妬かれたくもない。
この身はすでに彼のものなのだ。
彼もまた、アルウェンのものであるように。
「まだお前の番じゃないだろう」
はあ、と呆れ交じりにため息をつかれ、アルウェンは細めた目をエドガーに向けた。
エドガーはリュシアンと同い年の従兄弟だ。
国王と同じ金色の髪に、青い眼をしている。彼の母親譲りの青い眼は、王族の特徴がよく出ていた。
エドガーの母親は国王の妹で、同い年であるためかよく一緒に遊んでいた。
サイモンと三人で幼なじみと言ってもよく、アルウェンがとある事件を起こしてからそばにきたサイモンと違い、その前からの付き合いなので、アルウェンが当時何をしたのかも知っている。
「俺の番だ」
にこり、と笑うと、エドガーは嫌そうに手を振り払った。
「威嚇するな、うっとおしい」
彼の背後に控える黒髪の騎士が、静かに腰に下げた剣の柄に手をかけた。
(お、なかなか胆力がある)
強そうな男だ、とアルウェンが笑顔の下で考えていると、エドガーは顔をそむけた。
「俺はいま、お前の幼なじみとして言っている。お前が過去にしたことをすべて言えて許されているというのなら、目の前に連れてこい」
「…………」
「ほらな。言えてもいないくせに、番なんて言うのはやめろ。気持ち悪いぞ。相手の同意もなく」
すべてが正論で、アルウェンは思わず顔をしかめた。
(これだから幼なじみは)
過ごした時間は長く、お互いのことはよく悪くもよくわかっている。
エドガーはアルウェンが言われて嫌なこともよくわかっているのだ。
良かった機嫌が降下しそうになり、小さく息を吐く。
「どうあっても同意
はいはい、とエドガーは肩をすくめて空いたままの両手をひらひらと振った。
「同意ところで、心が伴ってなきゃ逃げられるだけだ。お前の父親をよく見るんだな」
国王と王妃は政略結婚で、お互いアルファ同士だ。
アルファ同士で結婚した場合は、結婚相手とは別に『番』を作ることも許されており、母親である王妃にはいないが、国王である父には『番』がいた。
いた、なのは、無理矢理番にしたせいで、逃げられたからだ。
「…………ああ、本当に、見ることを怠っていた」
最期の一枚を終わらせると、アルウェンはゆっくりと背もたれに体重をかけた。
ぎしり、と椅子が音を立てて、アルウェンを支える。
アルウェンは血のように赤い眼を細めて、目の前の華やかな顔を見つめた。
金色の長いまつげの下の切れ長目は目の色が違うだけでアルウェンと同じで、小さな口は、エミールに似ている。
そして最近会ったエミールの同級生にも似ていた。
その眼は、彼の母親と同じく緑で、エミールと同じ色をしていた。
先代の国王である祖父と同じ目の色だ。

「まさか、番のところに子供がいたなんてな」

「…………」
そう言ってアルウェンが口にしても、宰相であるエドガーは顔色を変えなかった。
(こいつ、知っていたな……)
エドガーはもともと宰相補佐でしかなかったが、前任の宰相である大叔父に早々に席を譲られた。
本人は向いてないと嘆いているし、周りも若すぎると囁くが、その地位にふさわしい頭の良さと処世術を心得ている。
魔法騎士として単騎での力が突出している第一王子を前にして、すこしも顔を変えない胆力も持ち得ていた。
アルウェンが赤い眼で見つめても、エドガーの青い瞳は氷のようにすべてを拒絶している。
そんなことは壮年の貴族でさえできないものも多い。
とくに近年はアルファとして成熟しつつあるとかで、自身のアルファ性を抑えなければ近衛騎士のサイモンでさえ震えるというのに。
(まあ、サイモンは強いからな)
サイモンは武家の出なので、人間の強弱に敏感だ。
自分より強いか弱いかを判断する能力が強かった。それは騎士としては必要な能力だ。
戦うことに特化した一門の特徴で、ある意味本能が強い。
そのためアルウェンのフェロモンにも過敏に反応してしまい、サイモンは最近特に振り回されている。
フェロモンで右往左往するのは体に負荷もかかるうえ、アルウェンのフェロモンに慣れすぎて鈍感になられすぎても困る。
そういう理由も相まって、本当は差し向けたくはないが、リュシアンの元へと向かわせていた。
(ほかにも理由はあるが、ああ)
そもそもリュシアンがサイモンくらいでないと、煙に巻いてアルウェンのところへ来てくれないせいでもあった。
身分差を理由にことごとく断られてきた騎士たちからの話を聞いて、アルウェンは震えた。

(最高だ……!)

主に喜びで。
好きな子のことを思いだしたアルウェンは、ふ、と微笑んだ。
黒い髪の間から覗くしなやかな水のような眼差しが強くて、アルウェンはでろでろである。
アルウェンの表情にエドガーは即座に嫌そうに顔をしかめた。
「気持ち悪いぞ」
率直な感想にも今のアルウェンは寛大だった。
なにせこのあと、好きな子とお茶会ができる。
リュシアンは頭がいいので、サイモンを差し向ければ断らない。今日も今日とて、サイモンを差し向けてリュシアンを誘っていた。
リュシアンは身分差も理解しているし、サイモンがアルウェンの側近であることを重々に理解していて、その知名度から誘いに応じざるを得ないのだ。
(さすが、『中立のティレル』というところか)
だからこのあと、間違いなく会える。
けれどサイモンにしても断ることもあるので、油断はできない。
こんなにもアルウェンは会いたくてたまらないのに、リュシアンは簡単に会わせてくれずに、きちんと策を弄しないといけない。
そんなリュシアンにアルウェンはぞくぞくする。
会いたくてたまらなかった子に、会って、見て、話をすることすら、焦らされているようで。
「本当に顔が、かつてないくらいに気持ち悪い」
「不敬罪って言葉を教え込んでやろうか」
「そうか、俺はお前に強姦罪って言葉を今一度教え込んでやりたいよ。いいか、絶対にするなよ。いいな?俺はお前がそれをした瞬間、リュシアン・ティレルの絶対的な味方をするからな。そうでなくとも俺は彼の味方だ」
継承権第一位だとしても関係ないからな、とエドガーは低い声でつぶやく。
その顔は暗く、本気で憂いているようだ。
アルウェンのことを怪物だと思って疑わないエドガーに、アルウェンは笑った。
「お前が脅すまでもないと思うぞ。あの子は、とても強くて頭がいい人間になっていた」
アルウェンは15年間会えなかった。
その間、どんな風になっているのだろうとずっと想像していたが。
太陽の下で美しく光を弾く黒い髪。氷のように冷たいようで、目の奥にあらゆる計算を眠らせ、アルウェンに飾り立てたような微笑みを向ける。
成長した彼は、美しく、そして強くなっていた。
アルウェンの誘いさえ、平然と断るくらい。
そのことに笑みを深め、暗い顔をする従兄弟に顔を向けた。
(……一応、答え合わせをしておくか)
とん、と肘置きを指先で叩く。
「エドガー、もう書類も終わった。そううるさく言うな」
こちらを持って行ってくれ、と視線を向けると、エドガーが書類を手にするため、近寄ってくる。
とんとん、と考えに耽るように肘置きを何度か叩き、アルウェンは、己のフェロモンを抑えるのをやめた。

「あ、あ゛?あ゛がっ、お、まァ、あェッ…………」

エドガーが悲鳴を上げた。低い声で獣が絶叫するように叫び、大きく目を見開く。
背後にいた騎士が動こうとして、真っ青な顔をして立ちすくんだ。
赤い眼で面白そうに騎士を見やると、男はわずかに顔を歪めた。
がく、とエドガーが膝をつき、床に座り込む。
ぶるぶると体を震わせ、顔を真っ赤にするエドガーに、アルウェンは微笑んだ。
「気持ち悪いか?」
「ひ、ひぃ、あ…………っ」
自身の悲鳴の中にわずかに滲む甘ったるさに、エドガーは頭を抱えた。
エドガーはオメガだ。
だからオメガの本能で、強いアルファ性を出すアルファに出会うと発情してしまうのだ。オメガは強いオスを誘惑し、強い遺伝子を欲しがる。
己の声に発情したようなものが混ざっているのを理解したエドガーはぼろ、と涙をこぼした。
「あ、やめ、やめて……やめてくれ、ある、ある!」
ぼたぼたと涙をこぼすエドガーは、徐々に発情フェロモンをにじみ出していた。
このままアルウェンが止めなければ完全に発情しだすだろう。
「やめてほしいなら、エドガー、答えられるだろう?」

「ライモント・ティレルが、異母兄弟かどうか」

目に涙をいっぱいに溜めたエドガーは、絶望的な表情でアルウェンを見返した。
先ほど拒絶したときと違い、なんでそんなことを聞くのかと詰るような表情だった。
「……俺が怪物だって、よく知っているだろう?お前ずっと言っていたじゃないか」
ひとでなし。
母親である正妃がそう詰り、エドガーもそう詰る。
サイモンは呆れ半分で、『あんたひとでなしすぎる』とよく嘆いていた。
「ほら、エドガー。答えろ」
「…………」
エドガーは、目に涙を浮かべながらも、沈黙を選んだ。
とっくにライモント・ティレルが国王の番の子供であることはわかっているが、それでもアルウェンは答え合わせをしなくてはいけない。
もし間違っていたら、それはそれで計画を変更する必要があるからだ。
ふんわりと漂う甘い香りに、アルウェンは笑った。
「……このまま、ここにサイモンを呼んでもいいんだぞ?それか、そこの騎士と二人きりにしてやろうか」
エドガーの護衛である騎士は、びくりと体を震わせた。
荒い息を吐き、エドガーを見ていた視線をそっと逸らす。
どうやら彼もアルファらしく、エドガーからにじみ出る発情フェロモンに気づき、視線を向けていたらしい。
アルウェンがアルファ性を出しているから動かないでいるだけで、アルウェンがいなくなればすぐにエドガーを襲いだすだろう。
「ある!」
やめてくれと名前を呼ぶエドガーに、アルウェンはわずかに顔をしかめた。
「言うつもりがないということか」
アルウェンがそのまま部屋を出て行こうと立ち上がると、エドガーは顔を真っ青にした。
「明日、誰と番になっているか、楽しみだな。叔母上も、これでお前の相手の心配から解放されるだろう」
アルウェンの言葉に顔をぐしゃぐしゃにしたエドガーは震えながら口を開いた。

「らい、らいもんと、はぁ……お前、おまえの、おと、おとう、と」

そう言われた瞬間、アルウェンは、にい、と笑った。

「…………それは本当ですか」

ど、とのしかかる圧力に、エドガーは体を抱えて振り返った。
アルウェンは聞き覚えのある冷ややかな声にびくりと固まり、入り口に視線を向ける。
そこには絶対零度の冷たい表情をしたリュシアンが立っており、氷のほうが生ぬるいような眼で室内を睥睨していた。
(な、なんでだ!?)
自分とは別種の強いアルファ性と、にじみ出る怒り交じりの『威嚇』に、思わずアルウェンは自分のアルファ性を引っ込めて、目を白黒させた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

α主人公の友人モブαのはずが、なぜか俺が迫られている。

宵のうさぎ
BL
 異世界に転生したと思ったら、オメガバースの世界でした。  しかも、どうやらここは前世の姉ちゃんが読んでいたBL漫画の世界らしい。  漫画の主人公であるハイスぺアルファ・レオンの友人モブアルファ・カイルとして過ごしていたはずなのに、なぜか俺が迫られている。 「カイル、君の為なら僕は全てを捨てられる」  え、後天的Ω?ビッチング!? 「カイル、僕を君のオメガにしてくれ」  この小説は主人公攻め、受けのビッチング(後天的Ω)の要素が含まれていますのでご注意を!  騎士団長子息モブアルファ×原作主人公アルファ(後天的Ωになる)

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

僕はただの平民なのに、やたら敵視されています

カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。 平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。 真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は未定 ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い ・本格的に嫌われ始めるのは2章から

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

処理中です...