婚約破棄された王弟殿下は狂犬騎士を結婚させたい!

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問題にしていること

「あんたのせいでしょうがぁぁぁー!!」

大きな声にルルスは思わず耳をふさいだ。
(ダジルス、その通りだよ)
しかし言葉の通りなので、ルルスは困ったように微笑むにとどめた。
「あんたが恐ろしすぎて、アウマダ公爵が身内に迎え入れたくないと婚約解消を申し出てきたんでしょうが!!あんた、いい加減にしてくださいよ!殿下を結婚させるつもりないんですか!?」
ダジルスの怒りに震える声に、ルルスは苦笑した。
ルルスが婚約破棄させられた原因は、キースが原因だった。
「なぜそれが俺のせいなんだ?」
キースは不思議そうな顔をしてわずかに首を傾げた。
彼にはなぜルルスが婚約破棄されたのか分からないらしい。
そんなキースがかわいくて、ルルスは思わず笑いそうになってしまった。
しかしまだ婚約破棄した元婚約者が目の前にいて、いきなり笑いだすわけにもいかない。
「殿下が、結婚してもあんたをそばに置くと宣言してるからですよね!?」
「当たり前だろう。俺は殿下に終身、この身を捧げると誓っている。殿下が結婚した暁には、そのお子まで守る」
キースは平然と言うが、その言葉にはルルスへの忠誠しかない。
『キース・カースリーは、第二王子殿下の狂犬騎士である』
大げさではあるが、その評価に違わぬ忠誠があることは間違いがなかった。
キースはルルスに忠誠を誓っている。
彼は、彼だけは何があってもルルスを裏切らない。
それはこの10年間、兄の即位のためにがむしゃらに走り続けたルルスが一番よく知っている。
ルルスの敵をすべて殺して排除してくれる。
そしてルルスを助けて守ってくれる。
それは基本的に、忠誠を誓っているルルス『だけ』だ。
キースはかつて四千人の兵を一人で屠り、ルルスを守った。
けれどその際に一緒にいた侍女は守らなかった。
彼女は戦いの中で命を落として、ルルスはそれを悲しんだ。
『どうして……』
キースも必死だっただろう。
大勢の敵を前にして、ルルスを守りながら戦い抜くのは大変だったはずだ。
でもルルスは、彼女も守ってほしかった。
ルルスが彼女の死を悲しんだから、キースはそのあと、できる限り人を見捨てないようにしてくれてはいる。
だがそれでもルルスを殺そうとしたり、ルルスに害意を向けたりした瞬間、殺そうとする。
そんなにすぐに殺していたら国内の人間がいなくなってしまうし、だめだよ、とよくよく言い聞かせてはいるが。
『あんた、あれだけ暗殺者に狙われて、殺されそうになっておいて、どうしてそんなこと言えるんです?』
うんざりしたような苦々しい顔で、キースには苦言を呈される。
しょうがないよ、僕は王族だからと返すたび、キースは言いたいことを飲み込み、仕方ないと妥協してくれるのだ。
(やさしいのになあ)
ルルスにはキースがいかにルルスに譲歩して、合わせてくれているかがよくわかっている。
キースにしてみれば、敵は全員殺したほうが早いし、この公爵家の生き物はすべて殺すほうが簡単だ。
でもキースは、ルルスがだめだと言うから、それに合わせて、従ってくれる。
これだけ優しくて、おおらかな人間もいないと思うのだが。
『この狂犬めが!!』
そう罵られたことも一度や二度ではない。
アウマダ公爵はルルスのそばでキースを見てきたから、その恐ろしさもよく知っている。
だからこそ婚約解消を願い出てきた。
いまそうなっているように、もしこの先ローズがルルスを裏切ったり、ルルスを悲しませたり、害意を向けた瞬間、ローズは首を落とされる。
キースが守るのは、ルルスの子供まで。
家族であろうと、妻は忠誠を捧げる対象にはなっていない。
「やりすぎなんですよ!いつもいつも!首を落として殺すより先に、することがあるでしょうが!!この間の夜会流血事件のせいで!いま!殿下が婚約解消になったんですよ!?」
(そのせいだけじゃないけどね)
心の中で穏やかに付け加えながら、ルルスは黙って部下の言い合いを聞いていた。
「殿下に対する愛情が足りないから俺に首を落とされるんだろう?俺と同じように、殿下を敬愛し、忠誠を誓えばいいだけだ。紅茶をかけるなんて不敬をしなければいい。そうだろう?殿下の嫁になる女なら、それぐらいは当然だろうが」
なあ、と緑の眼を向けられたローズは、びくりと体を震わせた。
「わ、わた、わたくしは……」
彼女はうつむいて、言葉を探した。
「殿下の心も計れない女の忠誠などたかが知れてる。殿下に不敬を働いた時点でな」
だから殺す、と殺意を光らせるキースに、ルルスはすこしだけ気分が浮上してしまった。
(……相変わらず、僕のこと大好きだなあ)
ルルスはキースの言葉を聞いてこっそり微笑んだ。
キースはいつもやりすぎだ。
紅茶をかけられたのはたしかに不敬かもしれない。
だが、それだけで首を落としていたらこの国中の貴族がいなくなってしまう。
ダジルスの言う通り、キースはやりすぎだし、ルルスが婚約解消になったのはキースのせいだ。
でもキースが怒って刃を向けるのは、いつもいつもルルスのためだけ。
それをよくわかっているから、ルルスはいつもキースを許してしまう。
「キース、もういいよ。そんなに怒らないで」
頬を緩めて穏やかに制止すると、キースはルルスにも怒りの表情を向けた。
「よくないです」
「怒ってるなあ」
怒りの表情がおかしくて、ふふ、とルルスが笑うと、キースは眉間の皺を深くした。
肌がほどよく焼けたキースが目を眇めているとそれなりに迫力がある。
しかしルルスにはいつも穏やかに笑うか無表情の男の怒っている表情は珍しく、ルルスは久しぶりに違う表情が見えて嬉しくなった。
「ありがとう、キース。いいんだよ、もう。ダジルス、馬車を回してくれるかい?」
ダジルスはちらりとキースに視線を向けた後、玄関へと向かった。
「……殿下、すこしだけ、許可を」
ルルスが完全に何もせずに帰ることにしたと察したキースは、不満げに口の先をとがらせた。
すねたみたいな表情は子供っぽくてかわいいな、と微笑んだルルスは、すこしだけだよ、とキースを甘やかしてしまう。
その瞬間、キースが視界の端から消えた。
「いいか、殿下が許しても、俺は許さないからな」
次の瞬間はローズの横に立ったキースは、音もなく抜いた短剣をローズの首にあてていた。
緑の眼には陰りもなく、首元にあてられた刃が空の雲と青さを映している。
「ひっ……」
声に反応して顔を上げたローズはそばにキースがいることに驚き、眼を大きく見開いた。
「お前の父親は、殿下を害すと宣言したようなものだろうが。俺が怖いだと?俺は殿下に害がなければ殺さないし首もはねない。腹に一物あると宣言したお前の父親を、殿下は受け入れて許したんだぞ」
その言葉にローズは言葉をなくして息を飲んだ。
「お前もお前だ。王子がどれだけ苦労して、つらい思いをしたと思ってる?時間もないのにお前のために茶会に出ては、くだらない話に付き合い……婚約していたというのなら、どうして殿下を理解しようとしなかったんだ」
ぎり、と歯を噛み締めて顔を歪めたキースに、ローズは青ざめた顔をした。
「殿下の好みを知っているのか。好きな茶葉は?殿下は休日に何をしている?なんの本を読んだか、お前、そんなことも知らないだろう?」
ローズはキースに殺意を向けられるよりもひどい顔をして、黙り込んだ。
(仕方ないだろう。政略的なものだし、)
それにローズは、噂のままルルスを愚かで愛らしい王子としか思ってなかったはずだ。
そうするようにルルスが振舞ったから。
「次に同じような真似をしてみろ。お前たちは親子ともども、俺がこの手で殺す」
そう言ってから、いや、とキースは獰猛に笑った。
「足りないな。この屋敷の人間はひとり残らず殺す。公爵家を取り潰しにさせる」
ぎろりと睨みつけながらつぶやかれた低い声に、周りにいた使用人たちは顔を青ざめた。
その様子では公爵家から大量に使用人が離職するかもしれない。
ルルスはだめだよ、と頬杖をついた。
「キース、すこしだけって言っただろう?」
「すこしだけですよ、殿下。俺の積年の思いは、こんなもんじゃない」
ルルスは思わず目を細めて、ゆったりと笑う。
「熱烈だなあ」
「殿下」
ふざけているのではないと厳しい眼光を向けるキースに、ルルスは肩をすくめた。
ルルスは立ち上がり、ローズに微笑む。
「今までありがとう、ローズ。君のことをこう呼ぶのは、もう最後だね」
「お、お待ちください。ルルス様、私は……!」
「そう呼ばれるのも最後だね。それとキースの熱烈な告白、忘れないほうがいいよ」
ルルスは紫の眼を底光りさせながら、微笑んだ。
『お前の父親は、ルルスに忠誠を誓わなかったのだ。害意があるんだろう?』
そう含みを込めた笑顔を察したローズは、その場に崩れ落ちた。
(……君のいいところは、そうして人の表情を的確に読めるところだよ)
ルルスは彼女を放って、正門へ向かうために歩き始めた。
すぐにキースが追ってくるので、ルルスの先をふさぐ人間はいない。キースを避けるように誰もが姿を隠しているのかもしれない。
公爵家の敷地内であるため、ルルスは微笑んだ表情を崩さずに笑みを張り付けていた。
ルルスは幼さの残る顔をしているが、顔立ちは亡き母親に似てかなり華やかだ。長いまつげは頬に影を落とし、鼻筋はすっと通っていて、どんな表情でも人の視線を集める。
その表情を読むことは、ローズはよくできていた。
もちろん、読めていたのは顔に浮かべる表情だけで、彼女はルルスが考えるより、ルルスを理解してはいなかったようだが。
(もうすこし賢いかと思っていたんだけどなあ……)
ゆったりと微笑みながら、ルルスは婚約を解消できてよかったかもしれないと思い直した。
ローズはルルスに恋をしていたのだろう。
好かれているとは思っていたが、それは政略結婚をするうえで、相手を嫌いではないという程度のものだと思っていた。
ルルスはローズに対してはそう思っていたし、彼女も自分と同じだろうと思っていた。
けれどそれは、ルルスの思い違いであったらしい。
(嫉妬して紅茶をかぶせるなんて愚かしいことだけど、まあむしろ可愛らしい、かな)
これを逆手にルルスがどんなことをするかも考えつかぬほど、ローズはルルスを理解していなかったし、ルルスに恋をしていた。
愚かしい、と冷え冷えとした心で思う。
けれど同時に、それをローズに向けられなかったことは申し訳ないという後ろめたさもあった。
ルルスは王族で、ローズも公爵家の人間だ。
だから義務でしかなかった。この国における立場というのはそういうものだ。ルルスは割り切っている。
けれど、ルルスは一人の少女の心を踏みにじった。
「王子」
低い声に反応して顔を上げると、キースが横に並んで歩いていた。
キースはルルスと違って、男っぽい顔立ちをしている。
横顔だけでも顔はごつごつとしているし、眼は切れ長だ。幼いころから瘦せ気味ではあったが、大きくなるにつれ、柔らかな頬の肉が削げ落ち、精悍になった。
ルルスはその精悍な顔が好きだった。
時に女と見間違えそうな、中性的で彫刻のようだと評されるルルスとは全然違う。
その男らしい横顔は、いま、無表情ながら口の先をとがらせて不満そうにしているが。
「あー……その、なんだ……俺は夜会であの女の首をはねたことを後悔はしてないですよ。あの女は確実にあんたを殺す気だったでしょう」
でも、とキースは足早に歩くルルスに並びながら、もごもごと口を動かした。
なにがはじまるのだろう、と視線を向けると、やはりキースはすこし不満そうな顔をしていた。
先日、キースは貴族に扮していた暗殺者の女の首を夜会で跳ねた。
ぽーんと飛んだ首はボールのようで、そのあと吹いた血しぶきに、ルルスも汚れた。
夜会を血で濡らしたため、飾り立てもなく夜会流血事件と呼ばれているその件をルルスは一切怒らなかった。
しかし、王である兄をはじめとして、周囲からはかなり非難の的になったのはたしかだった。
「その、首、じゃなくても、よかったかもしれない……腕とか、とりあえず、殴り飛ばしておけば、よかった、かと……」
キースが気まずげに吐き出した言葉に、ルルスは眼を丸くした。
「俺のせい……いや、アウマダ公爵が悪いんですよ。忠誠心が足りなすぎる。でも、俺がもうちょっと、なんとかしてたら、よかった、んだろう、と……」
反省しているらしい狂犬の言葉に、ルルスは思わずふは、と息を吐くような笑い声をこぼした。
どうやらキースはキースで申し訳ないと思っているようで、言い訳が始まっていたらしい。
「なんだ、反省してるのか」
「……ちょっとは悪いと思ってます」
自分のせいで婚約が破棄されたことに反省を示しているらしいキースに、ルルスは笑った。
「それをどうして会議のときに言ってくれないんだ?散々だっただろう、反逆は疑われるし、減給処分になるし」
夜会流血事件は国の重鎮を集めて処分について会議をした。
もちろん夜会という場を血みどろにしたキースへの処分だ。
ルルスは、暗殺者から命を狙われた、というところで正統性を主張した。だが、やはり夜会というタイミングが良くなかった。
おまけにキースの態度も良くなく、王宮を警備する王宮騎士団長相手に、警備がざるすぎる、と怒りをあらわにした。
『キース、僕もわからなかったから』
『あたりまえです、王子は守られる方なんですから。一目でわかるのに、暗殺者を平然とそのままにする王宮騎士団が悪いんですよ』
平然とそう言ったキースに顔を歪めたのは王宮騎士団長で、しかし本当に暗殺者であった手前、反論もなく黙り込んでいた。
『……そうだとしても、裏取りをするべきだろうが、この狂犬めが』
頭が痛い、と顔を歪めたのは兄である国王で、ルルスが裏取りをしたので事なきを得た。
実際、近隣諸国を悩ませていた暗殺者集団を壊滅するにいたり、各国から賞賛を受けたのはたしかだ。
それは外交にも影響し、各国に対して輸出制限をかける南のアゼフ王国から独自の果物が入ってくるようになり、経済が潤った。実はアゼフ王国では王族がその暗殺者集団に狙われる事態が起きていたようで、アゼフ国王からかなり感謝されたのだ。
本当はキースを処刑すべきだという声もあったのだが、そういった経緯や経済が潤ったこと、そしてこの最強の男相手に誰がするのだ、という言葉がでてすべて終わり、キースは三か月の減給処分で済んだ。
キースは3度ほど処刑台に上がりかけたが、すべて生き残っている。
その実績を知っている兄や王宮騎士団長は、無駄なことはしたくないと減給処分に落ち着いた。
功績を考えるとそういった処分をしなくてもいいとルルスは主張したが、居合わせた貴族たちに示しがつかないとのことで、とりあえずといった形で減給処分になった。
減給処分であれば、キースが大人しく受け入れるせいだ。
「まあ、お前のせいだけど、お前は何も悪くない」
キースは珍しく反省をしているらしい。
けれどルルスはキースが悪いとは思っていない。
アウマダ公爵は忠誠心が足りないのではなく、普通の人間の感覚として、人ではない強さのあるキースが恐ろしいだけだ。
それは娘可愛さに発揮された思考で、アウマダ公爵は何かがあって娘が殺されるような事態は避けたいと思っての行動だろう。
娘だけでなく、己の自己保身もあるかもしれない。
(ま、公爵の思惑は当たってるよ)
ルルスに何かあれば、キースは怒りに任せてアウマダ公爵を含めた一族郎党のみならず、使用人まで殺すだろう。
(……いいことを思いついた)
しょげているキースを見て、ルルスは内心にやりと笑った。
兄が王位につき、国内の情勢が安定している今、キースは臣下としての態度を崩さない。
昔、国内が荒れていた時期は、よくルルスも命を狙われていた。
そのためあちこちへと逃げ回っていたときは、キースと信頼できる側近だけで逃げていたのもあって、キースももっと近い距離で接してくれていた。
だが王弟である今は、近衛騎士であるキースが砕けた態度をとるわけにもいかず、そのあたりだけはキースはきちんと距離を置いている。
「じゃ、キースは傷心な僕と一緒に昼寝してくれるよね?」
ルルスがゆったりと微笑むと、キースは嫌そうに眉根を寄せた。
「王子」
「ああ、大変だなあ。こんな暴れん坊の臣下を持って。婚約破棄になってしまったよ~これからひとりかあ、寂しいなあ。馬車も一緒に乗ってくれるよね?僕はお前のせいで傷ついたんだもんねえ」
「王子、あんたねえ、やめてくださいよ。今のあんたは、ただの王子じゃない。王の弟だ。この国で上から数えるほうが早いほど尊い身分でしょう」
「お前がいつまでも僕を王子と呼ぶんだろう?」
その言葉に、う、と言葉を詰まらせた。
「殿下、そんなことは聞けませんよ」
ルルスは上目遣いにキースを見上げた。
うる、と瞳を揺らしてしょんぼりとした顔を作る。
「そうか……やはり僕はこれからも一人なのだな……お前にさえ距離を置かれて……」
「ちょっと殿下、やめてください。あんたわざとしてるでしょう。わかってるんですよ」
「……」
瞳をうるませていると、キースは観念したように目を閉じた。
「……今日だけですよ」
「わあ、キースありがとう!大好き!」
涙を引っ込めて満面の笑みを浮かべると、キースは苦々しげに顔をしかめた。
「わざとだって毎回わかってるんです。あんた、俺がそれに絶対折れるとわかってますよね」
「キース、愛してるよ」
浮かれた声でそう返すと、キースはなおのこと苦々しげな顔をした。
「話を逸らさないでください。そう言えばいいと思って……ていうかあんた、俺が気にするほど、婚約破棄も気にしてないんですか?」
長年そばにいる忠実な騎士は、ルルスの心の内を察してそう問いかける。
ルルスはふふ、と微笑んだ。
「キースは悪くないと言っただろう?」
キースは観念したように、今日だけですからね、と念を押した。
いつもは完全に線を引いて許してはくれないが、今日だけルルスを甘やかしてくれるらしいので、せいぜい甘えてやろうと決める。
「……お前は、本当に性悪な主人を選んじゃったなあ」
ルルスは思わずそうぼやいた。
キースはもっといい主人がいたはずだ。
ルルスのように王族だと、しきたりやルールに縛られる。
それこそ夜会で人を殺してはいけないというのは、キースにとっては縛りになるのだろう。
彼はいつだって、自分が首をはねてしまうのが早いと思っているし、年々技術が増していくキースを見ていると、実際に首をはねてしまうほうが早いはずだ。
キースはルルスのそばにいるとその力も満足に使えない。
「いいえ」
王家の紋が入った馬車のもとまで来ると、背後からルルスを呼ぶ声がした。
顔だけを振り向くと、アウマダ公爵が走り寄ってくるのが見える。
「殿下、ルルス殿下。さあ、馬車にお乗りください」
キースもアウマダ公爵が見えているはずだ。
しかし手を差し出し、早く馬車に乗るようにと促す。
ルルスはその手を取って、馬車に乗り込んだ。
中に入るとキースもすぐに馬車に乗りこむ。いささか乱暴にドアを閉めると、すぐに壁を軽くたたいて馬車を出すよう指示を出した。
がたん、と動き出した馬車の中でルルスの足元にキースは跪く。
「あんたは主人じゃない。そんなものではありませんよ」
新緑の瞳が、下からじっとルルスを見上げる。
「俺のすべてです。あんたが俺の世界そのものだ。殿下」
熱い視線には、ルルスに対する敬愛と忠義が宿っていた。新緑の緑の根元はしっかりとした幹と、折れそうもないない根が張っている。
それはこの10年間、誰よりもそばにいたルルスがよくわかっていた。
こんなことはいけないと、ルルスはよくわかっている。
キースはあのときからルルスのそばにいてくれるだけで、本当はこんな忠義という根を張らせてはいけなかった。
(ごめんなさい、キース)
ルルスは崩れてしまいそうな表情を維持して、ゆったりと微笑んだ。
「情熱的だなあ。とりあえずさっきのお願い聞いてよ。君の肩を借りて、ちょっと王城まで昼寝させて」
横に座れ、と命じると、キースは静かにルルスの横に座った。
そのまま肩にもたれかかろうとすると、ずるりと態勢を崩されて、キースの膝の上に寝かされる。
「あれ?キース?」
そこまで要求していないのに、と目を瞬いて見上げる。
するとキースは仏頂面をして口の先を不満げにとがらせていた。
「ちょっと休んだほうがいいです。あんた、今日ジード伯爵領から三日もかけて戻ってきて、それですぐにアウマダ公爵のタウンハウスまで来て、全然寝れてないでしょう」
その通りだった。
ルルスは三日もかかる港町に視察に行き、そして今日帰ってきて休む間もなくアウマダ公爵の王都にあるタウンハウスまで来ている。
実はルルスはかなり忙しい。
学園にも行けていないほどだ。
だからローズの言っていることは完全に心当たりがないし、そもそも物理的に不可能なのだ。別の誰かと学園で交流を深めるほど、行けていない。
当然キースもその工程に付き合った上、夜の見張りまでしていたので、彼のほうが大変だったはずだ。
だがさきほどローズを脅すときの動きといい、いつも通りに動けているので、やはり違う生き物かもしれない。
白い手袋がルルスの目元を覆うので、ふふ、と微笑んだ。
「それで怒ってたの?僕はいつも、馬車で寝てるよ」
キースはどうやら、ルルスが休まずに動いていたことにも怒っていたらしい。
それかルルスに負担を強いる原因になったアウマダ公爵に怒っていたのだろう。
彼の言葉どおり、ローズはキースがここまで多忙だとは思っていなかったのかもしれない。
むしろ婚約者にあまりかまうことのない、至らない男のように思われていたのかもしれないと気づき、息を吐いた。
(……勘弁してよ)
固い膝の上で、ルルスは静かに目を閉じた。
「俺が同席しないときは、座ったままうたた寝するくらいでしょう」
それはその通りなので、ルルスは小さく息を吐いた。
「寝てるよ」
「うたた寝は寝てるうちに入りませんよ。この3日間の移動中も、寝る前にあちこちに手紙出すために色々書き物してたの知ってるんです。馬車の移動中は本やら報告書を読んで魔法の研究をするし」
それだとまるでちっとも休んでいないようだ。
おかしいな、とルルスは首を傾げた。
しかしキースの言う通り疲れがたまっていたのか、横になるとうとうとと意識がまどろんでくる。
眠気がやってきて、ルルスはぼんやりとした口調で、ねえ、と舌足らずに声をかけた。
「ねえ、キース。今日の夜、僕の部屋で一緒に寝てよ。今日くらいは甘やかして」
僕頑張ったでしょう、とねだると、あきれたようなため息が降ってきた。
「……今日は特別ですよ」
今日だけだぞと言うキースは、ねだればいつでもお願いを聞いてくれる。
ルルスは自分の顔に置かれた手の上に自分の手を重ねて、だめだなあとうとうととした。
(別に婚約破棄くらいね、気にしてないよ)
本当はそう思っているが、そんなことを明言するつもりはさらさらない。
明言したらキースは甘やかす理由がなくなって、ルルスの近くに来てくれない。
(……そんなことより、)
ルルスは生まれた時から王族だ。
すべてが彼の父のもので、兄のものであって、自分のもの。
そしてそれらは自分のものであって、自分のものではない。
だからルルスは昔からいろんなものを手放してきたし、結婚も政略的なものだと割り切っていた。
欠陥品なのかと自嘲するほど、ルルスには人並みの感情が足りていないように思う。
だから婚約破棄でさえあまり気にしていない。
ローズにあてがう次の婚約者は目星をつけているし、この婚約破棄で紅茶をかけられたことでさえ、社交の駆け引きにするつもりだ。
そうなる算段はついているからあとは兄に事情を話せばいいだけ。
(キース、)
だというのに、ルルスにはたった一つだけ、手放せないものがある。
(僕はこの手を離せないことのほうがね、問題なんだよ)
白い手袋で隠しているがさついた大きな手が、ルルスはいつまでも離せない。
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