ブルー・クレセンツ・ノート

キクイチ

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幻想への帰還

星を詠む者

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────リジル=ケンタウリ=アルファ(無色のホムンクルススターゲイザー、シャノン学派)


 〝大崩落〟によりヒューマノイドが野に放たれて5千年ほど経った頃、原始的ではあるが電脳空間が現実世界を覆い尽くすに至った。

 ここまで来れば早いもので、短期間のうちに情報処理技術の急速な進化を達成した。現実世界と仮想世界の境目を意識する必要のない領域に到達するまで、あまり時間は要さなかった。

 彼らの資産比率は、物質よりも情報が占める割合が90%を超え、実在する物質は、生命維持やインフラ維持のための資源材料として優先的に利用されるのが、既に当たり前となっていた。

 そんな超情報化社会において、大昔であればハッカーやらコンピューターカウボーイなどと言われていたであろうヒューマノイド達が夢中になっているのは、深淵アビスと呼ばれる、電脳空間内で偶然発見された、底が知れない海溝のような、深い溝の探求である。

 彼らは、ダイバーと呼ばれている。

 ただの溝になぜそこまで? と思うかもしれないが、深淵アビスに潜っている間は、ヒューマノイドの脳機能が拡張され、深く潜れば潜っただけ、彼らの思考が高速になり、非常に複雑な問題をより簡略化した視点で把握可能になるのだ。

 高次元の世界から、低次元の世界を眺めると、とてもシンプルに見えるように、既存の次元空間を、高次の次元空間から眺められるようになると、思考性能が大幅に向上することになるのだ。これは、視覚のみではなく、思考回路の次元順位が高くなることを意味している。

 我々、スターゲイザーは、これを知性の昇華アップリフトと呼んでいる。それは高次元生命体に進化するための登竜門でもある。
 とはいったものの、アールヴヘイム時代に存在していた上位種族の知性は、皆一様に最高の次元順位に到達していたため、ヒューマノイドの知性の次元順位が低すぎたというのが、正確な見解である。
 だが、知性の低さゆえに、一時は、廃棄処分まで決定されていたヒューマノイドが、ごく小数とはいえ、進化の扉の前に立てたことは、評価に値するといえよう。

 現代のヒューマノイドにとって、深淵アビスの深部は、情報処理技術におけるブレークスルーの宝庫だ。実際、既存の情報処理デバイスのアーキテクテャーを大幅に進化させているのも、深淵アビスのダイバー達である。また、ダイブスーツなどの装備類も発展途上の段階にあるため、今後の成長に投資家からの期待が集まり、深淵アビス関連産業は、一躍、世界最大の注目株となったのだ。

 面白いように、ヒューマノイドがその餌に食いついている状況だ。

 しかし、深淵アビスは、ヒューマノイドが簡単に潜れない領域でもある。

 肉体、とくにダイバーの脳構造が適性に影響するため、現状は浅瀬が精一杯といったところである。

 この先、深淵アビスについて、ヒューマノイドの知能でどこまで理解できるようになるのかは不明だが、彼らが理解できるできないに関わらず、誰かが深淵の底に到達した時点で、我々の目標の第一段階は達成するのだ。

 その時、この世界は根底からくつがえされることになるだろう。

 大崩落後の絶望的な状況下で、限りなく低い唯一の可能性にかけ、根気よく影からヒューマノイド達に道標みちしるべを提供し続けて来たのは、そのためである。

 舞台は整い始めている。
 そろそろ我々も、本格的に動きだす刻が来たようだ。

 来たるべき時に向けて……。
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