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悪政のレヴナント
アルビオンの伝承
しおりを挟むある時、アールヴヘイムのフリギアン=ギアに死が訪れた。
フリギアン=ギアの崩御とともに産み落とされた死は、大地に多大なる災厄を撒き散らし、世界は混沌の渦に飲み込まれ、大地は瓦解し、タルタロスへ崩れ落ちてしまった。
フリギアン=ギアの死後、幼少の身にあったユグドラシルの世界龍、ミクソリディアン=ティフォーニアは、まだ生命体が生存している大地の欠片の維持を引き継ぐことになり、ユーフィリアの元で厳格な教育を施されて過ごすことになった。
これ以降、ティフォーニアはユーフィリアを深く恐れるようになった。
治世を始めたティフォーニアは、大陸の東の果てに位置する、災厄の影響の少ないアルビオン諸島を浄化の拠点にえらび、その北東部に、浄化の湖(通称:ウルズの湖)の源泉を引いた。
そして、生と死の門・闇夜の帳の世界龍、ロクリアン=ルシーニアに協力を要請し、この地に人狼種・ルーノ族の優秀なシャーマン達を呼び集め、彼らを大神官に任命し中央信託府を設立する。
これにより、アルビオン諸島の生態系は独自の進化を遂げることになった。
諸島の生命体は、ウルズの湖水の浄化力の影響で、一様に肉体の色素が極端に白くなり、真紅の瞳を持つようになった。諸島に集められたルーノ族も例外ではなく、後にアルビオン=ルーノ族として、ニダヴェリールのルーノ族とは異なる種へと進化していく。
だが、ウルズの湖水には、さらに大きな副作用があったのだ。
アールヴへイム時代は清浄であった大地も、刻すでに遅く、ほぼ全土が不浄な大地へと変貌を遂げていた。
そして、その大地で産まれ育った生物たちの肉体もまた、不浄な肉体となっていたため、ウルズの湖水の強力な浄化作用によって極端な出生率の低下を招き、アルビオンの生態系の総個体数を著しく減少させてしまったのだ。
幸いにもルーノ族が有していた高等法術のおかげで、飢饉や疫病に見舞われることはなかったが、穀物の育成や家畜の繁殖・維持には相当な苦労を伴った。ティフォーニアのお膝元とはいっても決して裕福な暮らしを営んでいたわけではなかった。
諸外国の民草は、こぞってアルビオン諸島を“清貧なる選ばれし民の楽園”と揶揄し、お世辞にも魅力的な土地とは認知されず、諸島に訪れようと思う者はほとんどいなかった。
欲をだして貿易商を営もうとしたヒューマノイドたちもいたが、ウルズの湖水の副作用によって肉体を病み、ゆっくりと不浄な肉体が焼けただれ、持ち込んだ商売品は腐食してしまい役に立たたなくなってしまった。儲け話もなければ長期の滞在は命取りとなることを身を持って思い知らされ、郷里に逃げ帰った。
そんな噂が広まってからは、アルビオン諸島に近づく物好きは、一人もいなくなった。
しかし、ティフォーニアは全く気にしていなかった。
ただ、災厄浄化の拠点となればそれでよかったのだ。
フリギアン=ギアから溢れ出た死は、完全に癒せれるものではない。
無知で臆病なティフォーニアも、それを充分に承知していた。
それでも浄化の任を推し進めようとしたのは、それが自分の業なのだと切に感じていたからだった。
そして、なによりも自分に向けられたエオリアン=ユーフィリアの怒りをすこしでも鎮めたかったのだ。
アルビオンの生態系が安定すると、ティフォーニアは、アルビオン=ルーノ族の神官を中央神託府に招集し、その中でも特に法術に長けた12名を選抜した。
そして、エオリアン=ユーフィリアに懇願し許可を得た上で、通常、大地の生命体に与えることは許されない強力な“祓魔能力”と“肉体再生能力”を与えた。
ティフォーニアは、その12名に〝浄化の使途〟こと〝ウルザブルン=マノ=ティウス〟(通称:ウルズ=マノス)の称号を与え、災厄浄化の尖兵としてティフォーニア自身に生涯の全てを捧げることを命じる。
ウルズ=マノスに選ばれた者の肉体と魂には、生涯削り取ることのできないユグドラシルの紋章が刻みこまれ、ウルズの湖から溢れ出す清浄な水が、常時、注がれ続ける“ウルズの聖杯”の水面に、その12名の名が浮かび上がった。
しかし、12名の使徒は不死身というわけではなかった。
その過酷な任務においてしばしば欠員がでることもあったのだ。
また、わずかでもティフォーニアへの信仰が揺らいだとき、ウルズ=マノスの資格が剥奪されると同時に、肉体に刻まれたユグドラシルの紋章が、死よりも酷い苦痛と肉体の腐敗を与える狂気の烙印へと変貌するという一種の呪いまで施されていた。
ティフォーニアは彼らに自己への絶対的な信仰と服従を要求したのだ。
彼らの命が途絶えるか資格が剥奪されるとウルズの聖杯の水面から名が消失した。
消失を確認すると、ティフォーニアは、淡々と、次の候補者の選定を行った。
ティフォーニアにとってアルビオン=ルーノ族とは、エオリアン=ユーフィリアの怒りをかわないための道具でしかなかったのだ。
そして、最初の12名の選定からさらに数百年の時が流れた。
当初、ティフォーニア自身にすら焼け石に水と思われていた12名の使途たちは、予想に反し、堅調な成果をあげていた。混沌渦巻くギアの大陸全土において彼らの活躍は勇名をはせ続けた。
ティフォーニアは、これならばエオリアン=ユーフィリアの怒りをかわずにすむかもしれないと胸をなでおろし、彼らに幾ばくかの期待を寄せるようになっていた。
そんな時だった、史上まれに見る若さでウルズ=マノスの称号を獲得した少年が現れたのは……。
少年の名は、リエル=ダ=イクストラ=エヌ=イスカリオテ。
成人後まもなく〝大聖人:イスカリオテの聖光〟と讃美されアルビオン史上最高の賞賛を手中に収めた後に、突如として〝大罪人:イスカリオテの迷光〟と揶揄されアルビオン・ルーノ族から追放される、数奇な運命を歩む少年である。
リエルは、アルビオン諸島の南西部にあるイスカリオテ地方を治める名門貴族にして名君として名高いエドワルド=ダ=イクストラ卿の嫡子として生を受けた、由緒正しきアルビオン=ルーノだった。
イスカリオテ地方からのウルズ=マノスの選出は、リエルが最初だったこともあり、これを知ったイスカリオテの民草は、リエルを〝イスカリオテの聖光〟と呼び称え、郷里の英雄として讃美した。
リエルはその後、数百年にわたり皆の期待以上の業績を上げ続けることになる。
・12人がかりでも浄化不可能とされていた悪霊や魔物に単身挑み浄化を幾度も成功してみせた
・種族を問わず不治の病に汚染された無数の集落を救済した
・死地と化し、大地の恵みが失われた土地を幾つも蘇らせた
いつしか、彼は最高の祓魔術師として名実ともに皆からの尊敬を集める存在となっていた。中央神託府を統べる大神官たちも、こぞって彼を“至高のウルズ=マノス”と賞賛し、ティフォーニア自身も、彼に特別な期待を寄せるようになっていた。
忌まわしい事件が起こったのは、そんな時だった。
大神官達は、とある任務を終え、中央神託府に帰投したリエルを、大罪人として更迭したのだ。
あまりにも突然の出来事で、誰も何が起こったのか理解できなかった。
その後、リエルはニブルヘイムの大雪原に彼専用に設けられた特別製の牢獄に投獄された。
ニブルヘイムはティフォーニアの支配が及ばず、彼女の目が届かないユグドラシルの外にある外郭世界だ。
ニブルヘイムに投獄後まもなく、リエルは罪状が公にされることなくアルビオン=ルーノ族から追放処分となり、看守達によって百年以上にわたる重い折檻を与えられ続けられることになる。
ティフォーニアはこの件に関して無力だった。
使途の選定と災厄浄化の命令以外は、アルビオンの大神官達に、すべて権限を委譲してしまっていたからだ。
リエル更迭の件も〝アルビオン=ルーノ族内部の問題〟とされてしまったために、一切、干渉することはできなかった。
全ての権限を、再度、自身の管理下に置くこともできたが、それは権限を委譲してしまった自分自身の失態を認めることも意味していたため、エオリアン=ユーフィリアを極端に恐れるティフォーニアには強権を発動する勇気はなかった。
大神官達は、ニダヴェリールのルーノ族に要請し、ニブルヘイムの牢獄へ、呪詛の湖のシャーマンを呼び寄せた。
リエルの肉体再生能力を妨げるための強力な呪詛の刻印を施させた上で、〝ユグドラシルの紋章〟が刻まれた左腕を切断、フヴェルゲルミルの呪われた水を体にあびせ、無理矢理飲み込ませた上で、更なる折檻を加えた後に、手足を縛ったままニブルヘイムの大雪原のまっただ中に置き去りにしたという。
終始、彼が犯した罪状は公にされることはなかった。
その後のリエルの消息については、ニダヴェリールのルーノ族に伝わる〝アルビオンの伝承〟には一切記されていない。
〝アルビオンの伝承〟の最後は、6つの詩編で締めくくられている。
1つ目は、リエルの追放と同時期から、ウルズの聖杯に浮かび上がる使途の連名の13番目には、必ずリエルの名前が啓示されるようになったということ。
2つ目は、聖杯を管理する中央神託府の大神官たちは、決して13番目の使徒の存在を認めず、ウルズの聖杯を公の目から隔離してしまったこと。
3つ目は、リエルの追放から100年ほど後、ミクソリディアン=ティフォーニアは、ウルズ=マノスの選定を行わなくなり、さらに700年ほど後、最後の使徒が失われると同時に、アルビオンに引き込まれていたウルザブルンの源泉を止め、アルビオン諸島全土を深い海の底に沈めてしまったこと。
4つ目は、アルビオンを沈めた後、ミクソリディアン=ティフォーニアは、行方を眩ましてしまい。その時を境にユグドラシルは、現在のような、“混沌の象徴”と化してしまったこと。
5つ目は、すべての外郭世界を巻き込んだミクソリディアン=ティフォーニアの大捜索が幾度も実施されたが、結局彼女を発見できなかったこと。
そして、最後の詩編はこう締めくくられている。
東の果ての深海の奥底に安置されているウルズの聖杯は、今でもリエル=ダ=イクストラ=エヌ=イスカリオテの名を煌々と啓示し続けていると……。
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