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リザードマンの目覚め
孵化
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────ククリ(人狼ガルダーガ種、ルーノ族・長老、ニダヴェリール宮廷特別顧問)
ゼディーによるアルデバランの移動要塞のデータの精査が完了し、アストレアでアルデバランの審問会が開かれた。
エリューデイル、ガイゼルヘルさん、リエルの3名は、シャノン学派およびその傘下の学派の更迭および立ち入り調査のため、アストレアから離れていた。
審問会には、ティフォーニア、ゼディー、ルーク、そして私が同席することになった。私の役割は、緩衝役兼ファシリテーターといったところだ。
ゼディーとルークが敵と認識した相手に向ける静かな眼差しは、とてつもなく恐ろしい。
やんちゃをしていた頃のカインですら、この両名には距離をとっていたくらいだ。
アルデバランはそんな両名の前に立たされているのだから、生きた心地はしないはずだ。ある程度は心の逃げ道を用意しないと、欲しい情報が得られにくい場合もある。
それが私の役割というわけだ。
審問会を始める際、アルデバランにはかわいそうだが、彼の処遇を宣告しておいた。
当面はニブルヘイムに投獄されゼディーによる尋問。
ラチがあかないようなら、ムスペルヘイムでルークによって強制自白技術と脳を割って直接記憶情報を取り出す技術の実験材料になる。その後は死ぬことも許されずムルペルヘイムの炎で焼かれ続ける生涯となる。
情状酌量の余地があるとすれば、この審問会でどこまで協力的に重要な情報を提供できるか次第であると告げた。
まず、パンデミックへの関与であるが、アルデバラン個人およびシャノン学派の関与を、全面的に否定した。ただし、ドラッケンの研究データを参考にして、一部のシャノン学派がヒューマノイドを改造する技術を当時の研究所で研究しており、その情報が現在の始祖となったヒューマノイドに流出していたらしく、それがパンデミックの引き金になったのではないかと主張した。
当時、研究所にいたシャノン学派はすべて死亡が確認されており、研究データも残っていないが、始祖たちは、その知識を有しているらしく、始祖の一人、ヴェルフェゴールの方からアルデバランにアプローチしてきたとのことだった。
ノスフェラトゥにとって、他の氏族は同胞ではなく、同じ食料を奪い合うライバルであり餌なのだそうだ。すでに始祖レヴィーは、始祖マモンに喰われ、レヴィー氏族はマモンの配下になっており、始祖を取り込んだことで始祖マモンは始祖の中では頭一つ飛び抜けて強大な存在になったそうだ。始祖ルキフェルも始祖バアルを喰い始祖マモンと対等の存在となっていたが、先を越された始祖ヴェルフェゴールは、両氏族から狙われていたそうだ。
始祖ヴェルフェゴールを先に喰った方がノスフェラトゥの王となる状況であり、自身の危機を感じた始祖ヴェルフェゴールは、ドラッケン研究チームに参加していたシャノン学派のグループと一番近い立場にあったアルデバランと接触したのだという。
シャノン学派の防御幕の技術は始祖ヴェルフェゴールにとって、とても有効な防衛手段だからだ。
始祖ヴェルフェゴールは、ノスフェラトゥの元になった研究データの一部をアルデバランに提供するといってきたそうだ。一部しか提供できないのは、始祖自身、当時のシャノン学派の研究データやノスフェラトゥの作り方を完全に理解できていなかったからなのだそうだ。
高次元生命体へのあこがれから、シャノン学派の研究データを盗み出して、興味本位で実験を繰り返していた時に、事故が発生し、パンデミックへと繋がったというのが、始祖ヴェルフェゴールの主張らしい。
しかしながら、シャノン学派の防御幕の技術はノスフェラトゥが携帯できるレベルにはまだ到達していないため、その準備が整うまでは長老の生体データを採取させるかわりに、アルデバランに対し家畜となるヒューマノイドを定期的に要求していたそうだ。
アルデバランの主張はそんな感じだった。
たしかに、始祖たちに新たな始祖を生み出す技術があれば、皆自分を強化するために始祖を生み出して喰い続けていたはずだ。それができないというのは、ノスフェラトゥの誕生は偶然の産物である可能性も十分に考えらる。
しかし、ドラッケンの研究設備がないと製造できないだけという可能性も考えられた。
なぜなら、ノイマン学派のいるドラッケンの都市は、現在もノスフェラトゥと交戦状態にあるからだ。ヒューマノイドを自動人形で代替し、不要になったヒューマノイドをすべて、防御幕技術と引き換えにシャノン学派に売ってしまったため、彼らの都市にヒューマノイドは一人も存在していないにもかからわずだ。
このことからも、始祖たちはドラッケンの研究施設を狙っているものと考えられる。
おそらく始祖たちは、ノスフェラトゥの製造技術を把握しているだろう。
もしかしたら、ヴェルフェゴールはアルデバランの船でノスフェラトゥの始祖の製造を企てていた可能性もあるのだ。
アルデバランが口を割らないだけなのか、騙されていただけなのかは今後の調査と、ゼディーたちによる尋問次第だった。
つぎの問題は、アルデバランの移動要塞に隔離されていたヒューマノイドのことだ。
アップリフト技術とよばれたこの技術は、低次元生命体であるヒューマノイドを、高次元生命体へと改造する技術だった。
アルデバランの移動要塞にいたヒューマノイドは、ヴェルフェゴールの家畜用にストックされていたヒューマノイド以外、すべて蜥蜴のような戦闘獣へと改造されていた。
肉体の機能をフル活用できるように脳機能や知性レベルを電脳世界で向上させている最中だったようで、不十分な状態で現実世界に引き戻すと死亡するとのことだった。
この主張の裏付け確認はゼディーがすでに行なっていたため、間違い無いらしい。
すでにここまで実験が進んだ状況では、実験を先に進めるか、彼らを廃棄処分するしかないらしい。
この技術については、他のシャノン学派も同様の実験を行なっており、ラグランジュ学派で行われている身体機能の外部拡張といった研究と合わせて、大規模な共同研究が実施されているそうだ。
現状、完成体は1体もおらず、実験素体の知性レベルが高次元領域まで到達するのを待ちわびている状況とのことだ。
この件の是非については、アストレア側のメンバーで検討を進めることになった。
審問会を終えたアルデバランは、ゼディーにニブルヘイムへと連行されていった。
ルークは、回収したアルデバランの船の主要区画の再調査のため、アストレアに滞在することになった。ゼディーとは違う視点で、調査をおこなうほうがより確実だとルークが主張したためだった。ゼディーはとても不満そうだったが、ティフォーニアとしては、微細であってもいろいろな情報を収集したかったこともあり、ルークによる再調査を依頼した。
「ククリ、おつかれさま。いつも頼ってばかりでごめんね」
ティフォーニアが、私に労いの言葉をかけてくれた。
「ことがことだから仕方ないよ。本当はルシーニアが出席すべきだったけど、ニダヴェリール側の都合がどうしてもつかなくてね。私が代理になってしまって申し訳なかったね」
「そんなことないわよ。ククリがいてくれて本当に助かったわ。
アルデバラン、ククリがいかなったらゼディーとルークの迫力で立ったまま死んでもおかしくなかったくらいだったし」
「あはは。でも今回の件で、無色のホムンクルスまで、ヒューマノイドと同じ天秤にのさられちゃいそうだね。他の無色のホムンクルスが不憫で仕方ないよ。他の無色のホムンクルスから恨まれるだろうねアルデバランは」
「そうね、でも彼一人の仕業だって決まったわけじゃ無いからこれから先、どんな事実が出てくるかもう、見るのが怖いくらい。私、放任し過ぎたのかな?」
「どうかなー。君は、彼らに十分な自由を与えた。でも彼らの選択した結果がこれだった。君はそれについて未来を見据えて、判断を下せばいいだけでしょ?」
「まー、そうなんだけど。自治を見守るっていうのは、困難だらけの茨の道よね……」
「混沌の象徴がそんなこといってたら、何もはじまらないよ。君らしく、君が納得できる道を選べばよいのでは?」
「いつもそうやって突き放すんだからー」
「あまり可愛がりすぎると、両親に叱られちゃうからね。
でも、カウンセリングが必要ならいつでも医務室へおいで」
「ありがと」
……
私は、フォーマルハウトの移動要塞でルシオーヌの定例検診をしていた。
検診後のカウンセリング中に、先日話をしたシャノン学派の遠隔干渉について質問されたのだ。
「人格情報構造体?」
ルシオーヌは先進技術に興味があるらしく、シャノン学派が簡単な文字情報のみの一方通行の遠隔干渉でどうやって低次元世界に干渉しているのか、疑問に思っていたらしい。
「そう。電脳世界で稼働する擬似生命体の意志や目的、性質などを司るデータの集合体だよ。最初は、技術情報をまばらに送り込んで、技術の進歩、とくに電脳世界の設計理論をほぼ同一の状態に導くんだ。そのあとで、頃合いを見計らって、いくつかの設計思想にあわせた擬似生命体の情報を送り込む。
どれかの擬似生命体がひとつでも稼働してくれれば、あとは人格情報構造体を送り込めば、擬似生命体がその世界を、さらに都合の良い状況へと導くことができるようになるってわけ」
「かなり、不確実なやりかたなんだね?」
「うん。でも、シャノン派は、事実それで成功している」
「その擬似人格ってどういうものなの?」
「リジル=ケンタウリ=アルファという無色のホムンクルスの人格をもとにした最小限のデータを圧縮したものらしい。全てのシャノン学派はその人格情報構造体を利用している」
「リジル=ケンタウリ=アルファ?」
「最初にその仕組みを考案した無色のホムンクルスで、もう故人だけど、彼の功績とその人格情報構造体の完成度に敬意を込めて利用されているのだって。
機能を変更したいときは、差分データを送ればいいだけだしね」
「じゃぁ、それが空間転移の元凶になってるってことか」
「まぁそうなるね」
「双方向には絶対にならないの?」
「そうでは無いよ。でも、たくさんの現地の知性体が深淵の底に到達する必要があるらしい」
「深淵の底?」
「うん。高次元知性体への進化の扉見たいなものらしいよ。
一人だけだと単に高次元世界に転移するだけだけど、それが大量になると、低次元世界と高次元世界のつながりが密になって、一定レベルをこえたとき、高次元世界の一部に同化するんだってさ」
「それ、理屈だけの話?」
「一つだけ成功例があるんだよ」
「ほんと? ここの世界?」
「うん。ここの世界。しかも君のよく知っている大地」
「もしかして、ニーヴェルング鉱床?」
「正解」
「ほんとに? しらなかったー。なんで教えてくれなかったの?」
「誰も聞かないから」
「なにそれ……」
「でもね、そのおかげでガイゼルヘルさんはこの世界に戻ってこれたんだ。
ニーヴェルング鉱床周辺の大地は彼のバインドポイントだからね」
「え? ガイゼルヘルさんの領地ってこと?」
「まぁ、そうなるね。
いまは、彼のバインドポイント以上の何物でも無いけど。
彼のアースバインダーとしての能力を100%発揮できるのはあの大地なのさ」
「そうだったのか、それでちょくちょく視察に来るのか」
「まぁ、肉体が復活した時に最初にしたことは、あの大地にいたヒューマノイドを絶滅させたことなんだけどね……」
「うへー……それは酷いな。よっぽどストレス溜まってたんだろうね」
……
私はアストレアの露天風呂にいた。
「あれ? ククリじゃないか。珍しいね?」
ここでは絶対に聞こえるはずのない、ルークの声が聞こえた。
「……はぁ。ティフォーニアからユグドラシルへの出禁くらうよ? いいの?」
「なにいってるの? 君が間違えてるんだよ」
「え? うそ?」
私は知覚の感度を上げた。
「ルーク……私に幻術かけたね?」
「さぁ、どうかな……」
「とりあえず、もう出る!」
「おねがいだから、ちょっと、まって!
どうせ、この時間だと誰もこないだろうし、せっかくだから夜空を見ながら世間話でもしようよ。講義も終わっちゃて、精密検査もロクシーに取られちゃったから、最近は全然話して無いだろ?」
「えー? まー、そーだね。じゃ、すこしだけね」
「ククリの寛容さは、タルタロスより深いね」
「私でもキレるときはキレるからからね?」
「ところで愛娘はどうしてる?」
「あぁ、面会禁止だったね。三賢者の総意で」
「うん、寂しくてしかたない。しかも、君にべったりだし」
「自業自得って言葉、ムスペルヘイムには存在しないの?」
「うん、存在しないし、外部から侵入してきたら即行で焼き尽くされるね」
「君は前向きだなー」
「俺の取り柄、魅力的だろ?」
「まぁ、君の良いところの一つではあるね」
ルークは空いたグラスにお酒をついでくれた。
「もう、いいよ」
「一人で飲むのは寂しいから、ちょっとつきあってくれよ」
「じゃ、これ飲んだら出ていい?」
「一気に飲むのは無しだよ?」
「じゃ、2回に分けて、一気に飲む」
「お願いだから、君くらいは俺の相手してくれよ!」
「ゼディーにでも頼んだら?」
「ククリ、おれマジ泣きするよ?」
「……はぁ」
「|流石(さすが)、ククリ。話せるねぇ」
「グラミアは、だいぶ頑張ってるよ。
いまは休養がてらフォーマルハウトの警備させてる。
フォーマルハウトは要塞を観光施設みたいにしちゃったから満喫してるみたいだよ?」
「へー、どんな感じかな? ニーヴェルングの要塞にも同じ設備つけるか」
「ティフォーニアが許可しないから! もう勝手に改装しちゃだめだよ?」
「ほんと、ティフォーニアはお堅いからなー、絶対ゼディー似だな」
「事前に相談すればいいのに、思いついたら勝手にやるのが悪いのさ」
「そーゆーもんかねー」
「でも、なんだかんだでグラミアはルークに似てきたと思うよ?」
「ええ? ほんと?」
「うん、前向きだし、気持ちが先に立つかんじだね。
空回りすることもあるけど、ムードメーカーというか、みんなを引っ張ってゆく感じ。多少のミスは、ケイとクラウソラスたちがフォローしてくれるから、いいチームになってきたよ」
「そっかー、流石俺の娘だな。逢いたいなぁ」
「許可でも取れば?」
「取ってくれる?」
「なんで私が?」
「親子3人、水入らずで、ムスペルヘイムで休日でもどお?
グラミアよろこぶとおもうよ?」
「私が一緒じゃ無いと許可降りないってわかってるからでしょ?
そのうち、フォーマルハウトの船が、ここに着くから会えるんじゃないの?
面会禁止が解ければ」
「それをなんとかしてほしいのだよ、ククリくん」
「自分で交渉すればいいじゃない? 自称叔父なんでしょ? ティフォーニアの」
「俺が交渉ごと苦手なの、長い付き合いなんだから知ってるだろ?」
「苦手なら克服すればいいじゃないか」
「俺は自分のいいところしか伸ばさない」
「そんなんだから、ルーテシア取られちゃうんでしょ?」
「心の傷をえぐらないで……」
「じゃ、ちゃんと自分でお願いしなよ。
素直に謝って反省すればいいのだから」
「それなんだよねー、俺の何がいけないのかまったくわからない」
「……はぁ。
ユグドラシルにはユグドラシルのルールがあるんだから、それを破っちゃだめでしょ?
ルークのルールを押し付けても意味がないからね?
わかってる?」
「うん。つまり、俺は悪くないとおもってるが、ルールに合わないことをして申し訳ないといえばいいかな?」
「出禁の申請してもいい?」
「ごめんなさい、本当に、それだけはやめて、少し調子に乗りすぎました」
「もう、わかっててからかうのやめてよね?
相手するの大変なんだからさ」
「だって、相手してくれるの君しかいないし……」
「ストレス溜まってるなら、ゼディーと模擬戦でもしたら?」
「模擬戦か……。
なら娘たちも参加させるか?
こっちの生物じゃ物足りないだろ?」
「……そーかもね。
でも、ニーヴェルング鉱床の守備はどうするの?」
「その間だけうちの兵隊貸し出すよ」
「それならいいかもね。
ティフォーニアに相談して見たら?」
「え……? ククリが相談してくれないの?」
「……わかった。アストレアの問題がひと段落ついてからティフォーニアに聞いてみるよ」
「さすが、ククリ。君だけだよ俺が信頼できるのは」
「もう出るね。こんど変なことしたら絶交だからね。いい?」
「わかってるよ。でも、たまにはこうやって話しの相手してくれよ?」
「医務室にいるからカウンセリングなら大歓迎だよ」
「じゃ、明日行くね」
「……あ、ごめん、10万年くらい予約でいっぱいだった」
「……」
「冗談だよ、いつでもおいで、留守の時も多いけどね。おやすみ」
「おやすみ」
私は、男性用の露天風呂を後にした。
……
数ヶ月後、移動要塞アルデバランの実験区画の調査を行なっていたルークから、緊急連絡が入った。
私は、クラウソラスとオートクレールをつれ、ルークに指示された機材をもって、現場に急行した。
現場にはすでにティフォーニアが着いていた。
「おまたせ、機材これで大丈夫?」
私は、機材のケースをルークに渡した。
「うん、ばっちり」
「なかのトカゲくん、無事に出てこれそうなの?」
ティフォーニアが心配そうに聞いた。
「ああ、しばらく先かと思ったが、優秀なのがいたようだ。一人だけ底に到達した、もういつでも出せる。どうする? サンプル用に取り出すかい?」
「どれくらい危険性がある? あのデータだけだと私じゃ判断できない」
「獣化した人狼ほどではないよ。毒性もない。
高次元生命体ではあるから、鍛えれば法術式も使えるようになるだろう。
ルガルより軸数は少ないけど特殊発声もできそうだ。
あとは、皮膚が硬いから、頑丈ではある。
残念ながら尻尾の分離は自由にできないみたいだね。
バランスとったり、外部装備を操作するとか、そんな想定の器官だね」
「眠らせて取り出せるかな? 本人はヒューマノイドのつもりなのでしょ?
メンタル面は大丈夫かしら?」
「ああ、眠らせた状態で取り出せる。
戦闘獣として設計されてるから情動変化は最小限に調整されているから大丈夫だとは思う。ただ、心の中の葛藤がどれくらい影響を及ぼすかはわからないな。
どちらにしろ、自分の姿を受けいれられるまではリハビリは必要だろう。
そうでなければ、当初の予定通り、脳に手を加えて戦闘マシンにするかだ」
「ククリは何か質問ある?」
「メンタル系の法術式や薬への耐性はどれくらいある? ルガル以上?
すこしずつ慣らすにしても最初はパニック状態になるだろうから、看病するにしてもどうやるかきめないといけないね」
「こいつの法術耐性は獣化したルーノ族の平均より少し高めだな。皮膚がそういう構造になってる。毒耐性も高いから薬も人狼より強めじゃないと効果が薄いとおもう。分量は生体データとにらめっこして調整ってところだな」
「ティフォーニア、決断は?」
「このまま取り出しましょう。アストレア内にあいている隔離区画がいくつかあるから、眠らせて、そこに移しましょう。今後、出られるようになった子は、同じように対応しましょう」
「了解。じゃ、取り出すね。イニシエート、イグジット・シークゥエンス」
ルークはコンソールから該当のリザードマンを睡眠状態に調整し、電脳世界からの離脱シークェンスを実行した。
「名前はハル=バード、女性、体組成は未成年で発達途上、この個体の生存期間は約24年程度、この種族の平均寿命は3000年程度で、生後30年くらいで成人するだろう。後数年もすれば繁殖可能になるとおもう。短命種族だから繁殖能力は高いのかもしれないが、こればっかりは試さないとわからないな。母体は卵を産み落とすタイプだ。思い切ったことしな、ほかの知的生命体とは大分ちがう」
離脱シークェンスが完了すると、大きな棺桶が、床から飛び出してきた。
減圧後、内部の液体が排出されると棺桶のロックが解除された。
「開くね」
ルークは棺桶の扉を開いた。
見た目は獣化したルガルのトカゲバージョンといった感じだ。
皮膚は固く冷たかったが、体の内側はルガルやヒューマノイドと同じ体温のようなので恒温動物ではあるようだ。
「この種族のコードネームはリザードマンっていうらしい、そのまんまだな。元はヒューマノイドだし、命名はティフォーニアがすればいいとおもうけどどうする?」
「ならリザードマンでいいわ」
どこまでルガルの医療知識が通用するかが心配だ。
「ねえ、ルーク。リザードマンの医療用データまとめてもらえる?」
「すぐ用意する」
「ありがと」
隔離区画で目覚めた最初のリザードマン、ハル=バードは、情動変化の機能が最小限に抑えられていたこともあり、パニック状態に陥ることなく、落ち着いて現実を見つめられたようだ。
しかし、まったく変わってしまった自分の姿や知覚に驚いていることには変わりなかった。ただ、脳構造がリザードマンに合わせて変化していたことで、不思議なことに自分の姿に違和感があまりないとのことだった。
しばらくは隔離区画で生活してもらい、新しい体に慣れてもらうことを告げ、また、先輩としてこれから孵化してくる後輩のためにいろいろとフォローしてあげてほしいとお願いした。
メンタルの強い種族なのか、生来の彼女の性格なのかはわからないが、とても前向きで、責任感があり、しっかりとした印象をうけた。
念のため、ニダヴェリールから応援に駆けつけてくれたルーノ族の看護チームに彼女のサポートをお願いしてアストレアの宮殿に戻ることにした。
問題はそれからだ。
シャノン学派およびその傘下の移動要塞を回っていた3名が帰投したのだ。
連絡が取れない移動要塞がいくつかあったことがわかり、リエルにはその捜索にでてもらった。
彼らの持ち帰った膨大なデータと更迭した無色のホムンクルスたちについて、連日、個別に審問会が開かれた。
メンバーはアルデバランの時と一緒だったが、ゼディーとルークは各移動要塞のデータの精査で大忙しになった。
エリューデイルとガイゼルヘルさんは、高次元生命体に改造されたヒューマノイドの今後についてバベッジ学派とノイマン学派を交えて検討した。
ティフォーニアも当然それにも参加していたので、彼女は多忙を極めていた。
さすがにティフォーニアの負担が増えすぎたので、ヘルヘイムからリディアン=ルーテシアに来てもらい、ティフォーニアの代わりに審問会に出席してもらうことになった。
ルーテシアの存在は予想以上の効果を発揮する。
無色のホムンクルスたちが必要以上に彼女を恐れたのだ。ルーテシアはいつもの温厚な笑顔で話を聞いているだけなのだが、死の象徴であるヘルヘイムの世界龍というだけで、ルークやゼディーすら凌ぐ恐怖を与えていたようだ。ルーテシアのおかげで審問会の時間を3割も短縮することができたのだ。
しかし、ルーテシア自身は、その風評被害(?)に少々ショックを受けていたようだった……。
ゼディーによるアルデバランの移動要塞のデータの精査が完了し、アストレアでアルデバランの審問会が開かれた。
エリューデイル、ガイゼルヘルさん、リエルの3名は、シャノン学派およびその傘下の学派の更迭および立ち入り調査のため、アストレアから離れていた。
審問会には、ティフォーニア、ゼディー、ルーク、そして私が同席することになった。私の役割は、緩衝役兼ファシリテーターといったところだ。
ゼディーとルークが敵と認識した相手に向ける静かな眼差しは、とてつもなく恐ろしい。
やんちゃをしていた頃のカインですら、この両名には距離をとっていたくらいだ。
アルデバランはそんな両名の前に立たされているのだから、生きた心地はしないはずだ。ある程度は心の逃げ道を用意しないと、欲しい情報が得られにくい場合もある。
それが私の役割というわけだ。
審問会を始める際、アルデバランにはかわいそうだが、彼の処遇を宣告しておいた。
当面はニブルヘイムに投獄されゼディーによる尋問。
ラチがあかないようなら、ムスペルヘイムでルークによって強制自白技術と脳を割って直接記憶情報を取り出す技術の実験材料になる。その後は死ぬことも許されずムルペルヘイムの炎で焼かれ続ける生涯となる。
情状酌量の余地があるとすれば、この審問会でどこまで協力的に重要な情報を提供できるか次第であると告げた。
まず、パンデミックへの関与であるが、アルデバラン個人およびシャノン学派の関与を、全面的に否定した。ただし、ドラッケンの研究データを参考にして、一部のシャノン学派がヒューマノイドを改造する技術を当時の研究所で研究しており、その情報が現在の始祖となったヒューマノイドに流出していたらしく、それがパンデミックの引き金になったのではないかと主張した。
当時、研究所にいたシャノン学派はすべて死亡が確認されており、研究データも残っていないが、始祖たちは、その知識を有しているらしく、始祖の一人、ヴェルフェゴールの方からアルデバランにアプローチしてきたとのことだった。
ノスフェラトゥにとって、他の氏族は同胞ではなく、同じ食料を奪い合うライバルであり餌なのだそうだ。すでに始祖レヴィーは、始祖マモンに喰われ、レヴィー氏族はマモンの配下になっており、始祖を取り込んだことで始祖マモンは始祖の中では頭一つ飛び抜けて強大な存在になったそうだ。始祖ルキフェルも始祖バアルを喰い始祖マモンと対等の存在となっていたが、先を越された始祖ヴェルフェゴールは、両氏族から狙われていたそうだ。
始祖ヴェルフェゴールを先に喰った方がノスフェラトゥの王となる状況であり、自身の危機を感じた始祖ヴェルフェゴールは、ドラッケン研究チームに参加していたシャノン学派のグループと一番近い立場にあったアルデバランと接触したのだという。
シャノン学派の防御幕の技術は始祖ヴェルフェゴールにとって、とても有効な防衛手段だからだ。
始祖ヴェルフェゴールは、ノスフェラトゥの元になった研究データの一部をアルデバランに提供するといってきたそうだ。一部しか提供できないのは、始祖自身、当時のシャノン学派の研究データやノスフェラトゥの作り方を完全に理解できていなかったからなのだそうだ。
高次元生命体へのあこがれから、シャノン学派の研究データを盗み出して、興味本位で実験を繰り返していた時に、事故が発生し、パンデミックへと繋がったというのが、始祖ヴェルフェゴールの主張らしい。
しかしながら、シャノン学派の防御幕の技術はノスフェラトゥが携帯できるレベルにはまだ到達していないため、その準備が整うまでは長老の生体データを採取させるかわりに、アルデバランに対し家畜となるヒューマノイドを定期的に要求していたそうだ。
アルデバランの主張はそんな感じだった。
たしかに、始祖たちに新たな始祖を生み出す技術があれば、皆自分を強化するために始祖を生み出して喰い続けていたはずだ。それができないというのは、ノスフェラトゥの誕生は偶然の産物である可能性も十分に考えらる。
しかし、ドラッケンの研究設備がないと製造できないだけという可能性も考えられた。
なぜなら、ノイマン学派のいるドラッケンの都市は、現在もノスフェラトゥと交戦状態にあるからだ。ヒューマノイドを自動人形で代替し、不要になったヒューマノイドをすべて、防御幕技術と引き換えにシャノン学派に売ってしまったため、彼らの都市にヒューマノイドは一人も存在していないにもかからわずだ。
このことからも、始祖たちはドラッケンの研究施設を狙っているものと考えられる。
おそらく始祖たちは、ノスフェラトゥの製造技術を把握しているだろう。
もしかしたら、ヴェルフェゴールはアルデバランの船でノスフェラトゥの始祖の製造を企てていた可能性もあるのだ。
アルデバランが口を割らないだけなのか、騙されていただけなのかは今後の調査と、ゼディーたちによる尋問次第だった。
つぎの問題は、アルデバランの移動要塞に隔離されていたヒューマノイドのことだ。
アップリフト技術とよばれたこの技術は、低次元生命体であるヒューマノイドを、高次元生命体へと改造する技術だった。
アルデバランの移動要塞にいたヒューマノイドは、ヴェルフェゴールの家畜用にストックされていたヒューマノイド以外、すべて蜥蜴のような戦闘獣へと改造されていた。
肉体の機能をフル活用できるように脳機能や知性レベルを電脳世界で向上させている最中だったようで、不十分な状態で現実世界に引き戻すと死亡するとのことだった。
この主張の裏付け確認はゼディーがすでに行なっていたため、間違い無いらしい。
すでにここまで実験が進んだ状況では、実験を先に進めるか、彼らを廃棄処分するしかないらしい。
この技術については、他のシャノン学派も同様の実験を行なっており、ラグランジュ学派で行われている身体機能の外部拡張といった研究と合わせて、大規模な共同研究が実施されているそうだ。
現状、完成体は1体もおらず、実験素体の知性レベルが高次元領域まで到達するのを待ちわびている状況とのことだ。
この件の是非については、アストレア側のメンバーで検討を進めることになった。
審問会を終えたアルデバランは、ゼディーにニブルヘイムへと連行されていった。
ルークは、回収したアルデバランの船の主要区画の再調査のため、アストレアに滞在することになった。ゼディーとは違う視点で、調査をおこなうほうがより確実だとルークが主張したためだった。ゼディーはとても不満そうだったが、ティフォーニアとしては、微細であってもいろいろな情報を収集したかったこともあり、ルークによる再調査を依頼した。
「ククリ、おつかれさま。いつも頼ってばかりでごめんね」
ティフォーニアが、私に労いの言葉をかけてくれた。
「ことがことだから仕方ないよ。本当はルシーニアが出席すべきだったけど、ニダヴェリール側の都合がどうしてもつかなくてね。私が代理になってしまって申し訳なかったね」
「そんなことないわよ。ククリがいてくれて本当に助かったわ。
アルデバラン、ククリがいかなったらゼディーとルークの迫力で立ったまま死んでもおかしくなかったくらいだったし」
「あはは。でも今回の件で、無色のホムンクルスまで、ヒューマノイドと同じ天秤にのさられちゃいそうだね。他の無色のホムンクルスが不憫で仕方ないよ。他の無色のホムンクルスから恨まれるだろうねアルデバランは」
「そうね、でも彼一人の仕業だって決まったわけじゃ無いからこれから先、どんな事実が出てくるかもう、見るのが怖いくらい。私、放任し過ぎたのかな?」
「どうかなー。君は、彼らに十分な自由を与えた。でも彼らの選択した結果がこれだった。君はそれについて未来を見据えて、判断を下せばいいだけでしょ?」
「まー、そうなんだけど。自治を見守るっていうのは、困難だらけの茨の道よね……」
「混沌の象徴がそんなこといってたら、何もはじまらないよ。君らしく、君が納得できる道を選べばよいのでは?」
「いつもそうやって突き放すんだからー」
「あまり可愛がりすぎると、両親に叱られちゃうからね。
でも、カウンセリングが必要ならいつでも医務室へおいで」
「ありがと」
……
私は、フォーマルハウトの移動要塞でルシオーヌの定例検診をしていた。
検診後のカウンセリング中に、先日話をしたシャノン学派の遠隔干渉について質問されたのだ。
「人格情報構造体?」
ルシオーヌは先進技術に興味があるらしく、シャノン学派が簡単な文字情報のみの一方通行の遠隔干渉でどうやって低次元世界に干渉しているのか、疑問に思っていたらしい。
「そう。電脳世界で稼働する擬似生命体の意志や目的、性質などを司るデータの集合体だよ。最初は、技術情報をまばらに送り込んで、技術の進歩、とくに電脳世界の設計理論をほぼ同一の状態に導くんだ。そのあとで、頃合いを見計らって、いくつかの設計思想にあわせた擬似生命体の情報を送り込む。
どれかの擬似生命体がひとつでも稼働してくれれば、あとは人格情報構造体を送り込めば、擬似生命体がその世界を、さらに都合の良い状況へと導くことができるようになるってわけ」
「かなり、不確実なやりかたなんだね?」
「うん。でも、シャノン派は、事実それで成功している」
「その擬似人格ってどういうものなの?」
「リジル=ケンタウリ=アルファという無色のホムンクルスの人格をもとにした最小限のデータを圧縮したものらしい。全てのシャノン学派はその人格情報構造体を利用している」
「リジル=ケンタウリ=アルファ?」
「最初にその仕組みを考案した無色のホムンクルスで、もう故人だけど、彼の功績とその人格情報構造体の完成度に敬意を込めて利用されているのだって。
機能を変更したいときは、差分データを送ればいいだけだしね」
「じゃぁ、それが空間転移の元凶になってるってことか」
「まぁそうなるね」
「双方向には絶対にならないの?」
「そうでは無いよ。でも、たくさんの現地の知性体が深淵の底に到達する必要があるらしい」
「深淵の底?」
「うん。高次元知性体への進化の扉見たいなものらしいよ。
一人だけだと単に高次元世界に転移するだけだけど、それが大量になると、低次元世界と高次元世界のつながりが密になって、一定レベルをこえたとき、高次元世界の一部に同化するんだってさ」
「それ、理屈だけの話?」
「一つだけ成功例があるんだよ」
「ほんと? ここの世界?」
「うん。ここの世界。しかも君のよく知っている大地」
「もしかして、ニーヴェルング鉱床?」
「正解」
「ほんとに? しらなかったー。なんで教えてくれなかったの?」
「誰も聞かないから」
「なにそれ……」
「でもね、そのおかげでガイゼルヘルさんはこの世界に戻ってこれたんだ。
ニーヴェルング鉱床周辺の大地は彼のバインドポイントだからね」
「え? ガイゼルヘルさんの領地ってこと?」
「まぁ、そうなるね。
いまは、彼のバインドポイント以上の何物でも無いけど。
彼のアースバインダーとしての能力を100%発揮できるのはあの大地なのさ」
「そうだったのか、それでちょくちょく視察に来るのか」
「まぁ、肉体が復活した時に最初にしたことは、あの大地にいたヒューマノイドを絶滅させたことなんだけどね……」
「うへー……それは酷いな。よっぽどストレス溜まってたんだろうね」
……
私はアストレアの露天風呂にいた。
「あれ? ククリじゃないか。珍しいね?」
ここでは絶対に聞こえるはずのない、ルークの声が聞こえた。
「……はぁ。ティフォーニアからユグドラシルへの出禁くらうよ? いいの?」
「なにいってるの? 君が間違えてるんだよ」
「え? うそ?」
私は知覚の感度を上げた。
「ルーク……私に幻術かけたね?」
「さぁ、どうかな……」
「とりあえず、もう出る!」
「おねがいだから、ちょっと、まって!
どうせ、この時間だと誰もこないだろうし、せっかくだから夜空を見ながら世間話でもしようよ。講義も終わっちゃて、精密検査もロクシーに取られちゃったから、最近は全然話して無いだろ?」
「えー? まー、そーだね。じゃ、すこしだけね」
「ククリの寛容さは、タルタロスより深いね」
「私でもキレるときはキレるからからね?」
「ところで愛娘はどうしてる?」
「あぁ、面会禁止だったね。三賢者の総意で」
「うん、寂しくてしかたない。しかも、君にべったりだし」
「自業自得って言葉、ムスペルヘイムには存在しないの?」
「うん、存在しないし、外部から侵入してきたら即行で焼き尽くされるね」
「君は前向きだなー」
「俺の取り柄、魅力的だろ?」
「まぁ、君の良いところの一つではあるね」
ルークは空いたグラスにお酒をついでくれた。
「もう、いいよ」
「一人で飲むのは寂しいから、ちょっとつきあってくれよ」
「じゃ、これ飲んだら出ていい?」
「一気に飲むのは無しだよ?」
「じゃ、2回に分けて、一気に飲む」
「お願いだから、君くらいは俺の相手してくれよ!」
「ゼディーにでも頼んだら?」
「ククリ、おれマジ泣きするよ?」
「……はぁ」
「|流石(さすが)、ククリ。話せるねぇ」
「グラミアは、だいぶ頑張ってるよ。
いまは休養がてらフォーマルハウトの警備させてる。
フォーマルハウトは要塞を観光施設みたいにしちゃったから満喫してるみたいだよ?」
「へー、どんな感じかな? ニーヴェルングの要塞にも同じ設備つけるか」
「ティフォーニアが許可しないから! もう勝手に改装しちゃだめだよ?」
「ほんと、ティフォーニアはお堅いからなー、絶対ゼディー似だな」
「事前に相談すればいいのに、思いついたら勝手にやるのが悪いのさ」
「そーゆーもんかねー」
「でも、なんだかんだでグラミアはルークに似てきたと思うよ?」
「ええ? ほんと?」
「うん、前向きだし、気持ちが先に立つかんじだね。
空回りすることもあるけど、ムードメーカーというか、みんなを引っ張ってゆく感じ。多少のミスは、ケイとクラウソラスたちがフォローしてくれるから、いいチームになってきたよ」
「そっかー、流石俺の娘だな。逢いたいなぁ」
「許可でも取れば?」
「取ってくれる?」
「なんで私が?」
「親子3人、水入らずで、ムスペルヘイムで休日でもどお?
グラミアよろこぶとおもうよ?」
「私が一緒じゃ無いと許可降りないってわかってるからでしょ?
そのうち、フォーマルハウトの船が、ここに着くから会えるんじゃないの?
面会禁止が解ければ」
「それをなんとかしてほしいのだよ、ククリくん」
「自分で交渉すればいいじゃない? 自称叔父なんでしょ? ティフォーニアの」
「俺が交渉ごと苦手なの、長い付き合いなんだから知ってるだろ?」
「苦手なら克服すればいいじゃないか」
「俺は自分のいいところしか伸ばさない」
「そんなんだから、ルーテシア取られちゃうんでしょ?」
「心の傷をえぐらないで……」
「じゃ、ちゃんと自分でお願いしなよ。
素直に謝って反省すればいいのだから」
「それなんだよねー、俺の何がいけないのかまったくわからない」
「……はぁ。
ユグドラシルにはユグドラシルのルールがあるんだから、それを破っちゃだめでしょ?
ルークのルールを押し付けても意味がないからね?
わかってる?」
「うん。つまり、俺は悪くないとおもってるが、ルールに合わないことをして申し訳ないといえばいいかな?」
「出禁の申請してもいい?」
「ごめんなさい、本当に、それだけはやめて、少し調子に乗りすぎました」
「もう、わかっててからかうのやめてよね?
相手するの大変なんだからさ」
「だって、相手してくれるの君しかいないし……」
「ストレス溜まってるなら、ゼディーと模擬戦でもしたら?」
「模擬戦か……。
なら娘たちも参加させるか?
こっちの生物じゃ物足りないだろ?」
「……そーかもね。
でも、ニーヴェルング鉱床の守備はどうするの?」
「その間だけうちの兵隊貸し出すよ」
「それならいいかもね。
ティフォーニアに相談して見たら?」
「え……? ククリが相談してくれないの?」
「……わかった。アストレアの問題がひと段落ついてからティフォーニアに聞いてみるよ」
「さすが、ククリ。君だけだよ俺が信頼できるのは」
「もう出るね。こんど変なことしたら絶交だからね。いい?」
「わかってるよ。でも、たまにはこうやって話しの相手してくれよ?」
「医務室にいるからカウンセリングなら大歓迎だよ」
「じゃ、明日行くね」
「……あ、ごめん、10万年くらい予約でいっぱいだった」
「……」
「冗談だよ、いつでもおいで、留守の時も多いけどね。おやすみ」
「おやすみ」
私は、男性用の露天風呂を後にした。
……
数ヶ月後、移動要塞アルデバランの実験区画の調査を行なっていたルークから、緊急連絡が入った。
私は、クラウソラスとオートクレールをつれ、ルークに指示された機材をもって、現場に急行した。
現場にはすでにティフォーニアが着いていた。
「おまたせ、機材これで大丈夫?」
私は、機材のケースをルークに渡した。
「うん、ばっちり」
「なかのトカゲくん、無事に出てこれそうなの?」
ティフォーニアが心配そうに聞いた。
「ああ、しばらく先かと思ったが、優秀なのがいたようだ。一人だけ底に到達した、もういつでも出せる。どうする? サンプル用に取り出すかい?」
「どれくらい危険性がある? あのデータだけだと私じゃ判断できない」
「獣化した人狼ほどではないよ。毒性もない。
高次元生命体ではあるから、鍛えれば法術式も使えるようになるだろう。
ルガルより軸数は少ないけど特殊発声もできそうだ。
あとは、皮膚が硬いから、頑丈ではある。
残念ながら尻尾の分離は自由にできないみたいだね。
バランスとったり、外部装備を操作するとか、そんな想定の器官だね」
「眠らせて取り出せるかな? 本人はヒューマノイドのつもりなのでしょ?
メンタル面は大丈夫かしら?」
「ああ、眠らせた状態で取り出せる。
戦闘獣として設計されてるから情動変化は最小限に調整されているから大丈夫だとは思う。ただ、心の中の葛藤がどれくらい影響を及ぼすかはわからないな。
どちらにしろ、自分の姿を受けいれられるまではリハビリは必要だろう。
そうでなければ、当初の予定通り、脳に手を加えて戦闘マシンにするかだ」
「ククリは何か質問ある?」
「メンタル系の法術式や薬への耐性はどれくらいある? ルガル以上?
すこしずつ慣らすにしても最初はパニック状態になるだろうから、看病するにしてもどうやるかきめないといけないね」
「こいつの法術耐性は獣化したルーノ族の平均より少し高めだな。皮膚がそういう構造になってる。毒耐性も高いから薬も人狼より強めじゃないと効果が薄いとおもう。分量は生体データとにらめっこして調整ってところだな」
「ティフォーニア、決断は?」
「このまま取り出しましょう。アストレア内にあいている隔離区画がいくつかあるから、眠らせて、そこに移しましょう。今後、出られるようになった子は、同じように対応しましょう」
「了解。じゃ、取り出すね。イニシエート、イグジット・シークゥエンス」
ルークはコンソールから該当のリザードマンを睡眠状態に調整し、電脳世界からの離脱シークェンスを実行した。
「名前はハル=バード、女性、体組成は未成年で発達途上、この個体の生存期間は約24年程度、この種族の平均寿命は3000年程度で、生後30年くらいで成人するだろう。後数年もすれば繁殖可能になるとおもう。短命種族だから繁殖能力は高いのかもしれないが、こればっかりは試さないとわからないな。母体は卵を産み落とすタイプだ。思い切ったことしな、ほかの知的生命体とは大分ちがう」
離脱シークェンスが完了すると、大きな棺桶が、床から飛び出してきた。
減圧後、内部の液体が排出されると棺桶のロックが解除された。
「開くね」
ルークは棺桶の扉を開いた。
見た目は獣化したルガルのトカゲバージョンといった感じだ。
皮膚は固く冷たかったが、体の内側はルガルやヒューマノイドと同じ体温のようなので恒温動物ではあるようだ。
「この種族のコードネームはリザードマンっていうらしい、そのまんまだな。元はヒューマノイドだし、命名はティフォーニアがすればいいとおもうけどどうする?」
「ならリザードマンでいいわ」
どこまでルガルの医療知識が通用するかが心配だ。
「ねえ、ルーク。リザードマンの医療用データまとめてもらえる?」
「すぐ用意する」
「ありがと」
隔離区画で目覚めた最初のリザードマン、ハル=バードは、情動変化の機能が最小限に抑えられていたこともあり、パニック状態に陥ることなく、落ち着いて現実を見つめられたようだ。
しかし、まったく変わってしまった自分の姿や知覚に驚いていることには変わりなかった。ただ、脳構造がリザードマンに合わせて変化していたことで、不思議なことに自分の姿に違和感があまりないとのことだった。
しばらくは隔離区画で生活してもらい、新しい体に慣れてもらうことを告げ、また、先輩としてこれから孵化してくる後輩のためにいろいろとフォローしてあげてほしいとお願いした。
メンタルの強い種族なのか、生来の彼女の性格なのかはわからないが、とても前向きで、責任感があり、しっかりとした印象をうけた。
念のため、ニダヴェリールから応援に駆けつけてくれたルーノ族の看護チームに彼女のサポートをお願いしてアストレアの宮殿に戻ることにした。
問題はそれからだ。
シャノン学派およびその傘下の移動要塞を回っていた3名が帰投したのだ。
連絡が取れない移動要塞がいくつかあったことがわかり、リエルにはその捜索にでてもらった。
彼らの持ち帰った膨大なデータと更迭した無色のホムンクルスたちについて、連日、個別に審問会が開かれた。
メンバーはアルデバランの時と一緒だったが、ゼディーとルークは各移動要塞のデータの精査で大忙しになった。
エリューデイルとガイゼルヘルさんは、高次元生命体に改造されたヒューマノイドの今後についてバベッジ学派とノイマン学派を交えて検討した。
ティフォーニアも当然それにも参加していたので、彼女は多忙を極めていた。
さすがにティフォーニアの負担が増えすぎたので、ヘルヘイムからリディアン=ルーテシアに来てもらい、ティフォーニアの代わりに審問会に出席してもらうことになった。
ルーテシアの存在は予想以上の効果を発揮する。
無色のホムンクルスたちが必要以上に彼女を恐れたのだ。ルーテシアはいつもの温厚な笑顔で話を聞いているだけなのだが、死の象徴であるヘルヘイムの世界龍というだけで、ルークやゼディーすら凌ぐ恐怖を与えていたようだ。ルーテシアのおかげで審問会の時間を3割も短縮することができたのだ。
しかし、ルーテシア自身は、その風評被害(?)に少々ショックを受けていたようだった……。
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