刺朗

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可能性①

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(仏になるとはどういうことなんだろう?)
後藤は話の続きに興味を深めた。
「なぁ、平井君、仏になるとはどういうことなんだ?」
記述の「経過」が待てず後藤は聞いた。
「簡単に言えば、不可能を可能にする力を得るということでしょうか」
平井はノートから目を上げて言った。
その時、捜査本部の刑事が
「今から捜査会議をするそうです。各担当は直ちに本部へ来て下さい」
と、刑事部長の指示を伝えに来た。
後藤は煮え切らないまま会議に臨んだ。
会場に行く途中、平井が同じく会議に行く刑事に
「えらくまた急な会議ですが、何か進展があったんですか?」
と聞いた。
肩を並べて歩きながら刑事は
「司法解剖で不可解な現象が認められたそうで、それについての説明が主な内容みたいだよ」
と言った。
捜査会議ではまず花田刑事部長から、司法解剖で判明した不可解な状況についての説明があり、その後、各担当の捜査の進行状況説明となった。

「解剖からもたらされた状況だが…」
刑事部長はそれだけ言って書面を黙読していた。
しばらくして頭を上げた部長は
「なんとも分からないな。ま、状況はこうだ」
と言い、後ろのホワイトボードに簡単な図を描いた。
それは片脚の絵で、脛から太腿の付け根までが描かれた。
太腿の真ん中に大腿骨を表す2本の線があり、その下あたりに刃物を表したような点線が描かれた。
前を向いた部長は
「これが被害者の右脚の図だが、まず傷の具合では、傷口の大きさは意外と広く、大人の拳がひとつ入る位だそうだ。
死因は大腿の動脈切断による失血。動脈はじめ付近の静脈に至るまで何本もの血管が切断されていた。これは凶器がそこを通り、このように…」
と、ボードの図を指差し
「凶器は大腿骨の裏側、つまりお尻側に回ったために起こったそうだ。凶器は小型の折りたたみナイフで、刃渡り20ミリ、柄の長さ45ミリ、幅10ミリ、厚さ6ミリと、超小型の部類のものだった。ナイフはお尻側の皮膚を貫通することなく、骨に沿って綺麗に大腿内に収まっていたそうだ」
と説明した。
刑事たちは皆、座席に座る自分のお尻あたりをモゾモゾ触っていた。一様に
「そんなこと出来るのか?」
と囁いている。会場はざわめいた。
「傷口は拳が入るほど大きかったと言いますが、そのあたりはどのような見解なのでしょう?」
ざわめきを裂くように、刑事のひとりが質問した。
「あぁ、そこなんだが、犯人はまず、小さな刃物を差し込んでから横に10センチほど引き、今度また差し込んで10センチほど引くという、つまり十字に切り込みを入れ、そのまま小さなナイフで肉を刻みながら裏まで回したようなんだ」
「それじゃ、犯人は被害者の太腿の中に腕を突っ込んだってことですか?」
「そうとしか考えられないそうだ。ナイフが綺麗に骨に沿わされていた点からも、少なくとも手首までが入っていたのではという見解だ」
「しかしかなり時間がかかる作業ですね。被害者はそれをじっと見て、耐えていたんですか?大声くらい上げたでしょう」
別の刑事が言った。
するとまた別の刑事が
「目撃者はいないんですか?」
と質問した。
部長は
「列車は○駅を出たら終着駅まで停まらない快速列車だった上、それが最終の快速列車だったから、犯行があった車両には他に乗客はいなかったそうだ」
と言った。
「被害者の右手には何かナイフでも握ったような血痕がありましたが、もしかしたら被害者は自分でその行為をしたんじゃないですか?ならば凶器はあったから自殺ではないんですか?」
と平井の隣の刑事が意見を述べたが、すぐに別の刑事が
「しかし血痕は手首までは付いていなかったぞ」
と反論した。
すると部長が
「その点なんだが、実は被害者の口中、つまり米粒が詰められていた口中には、被害者の血液も認められたんだ。その上、現場では分からなかったが、被害者の右手にはうっすらと血痕が手首あたりまであったそうだ。この2つから考えられることは…」
「舐めた?」
平井が立ち上がって言った。
部長は平井を見て
「平井君の言うように、どうも被害者は行為の後に、わざわざ自分の血糊を舐め取って、スプーンを持ったようなんだ」
と、難しい顔をして言った。
すると今度は後藤が
「しかしなんのためにそんな回りくどいことをしたんでしょう?飯粒についても分からない。メッセージなのか自殺の隠蔽なのか、分からないことだらけだ。後で皆さんに報告しますが、私と平井君の捜査も謎だらけの内容です。ただこの件との共通点はありそうです。それは被害者である川原が、誰かに対し何かをしようとした意図性があるということです」
「なるほど、意図性か」
部長は言い
「では、各担当の進行状況を言ってもらおうか」
と、会場に声をかけた。

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