33 / 55
対決⑧
しおりを挟む
「母親は、川原をかばったんでしょうか?」
朗読を中断し、平井が聞いた。
「かも知れないし、そうじゃないかも知れない。殺されたのも我が子、殺したのも我が子、母親の心境を推し量るのは難しい。復讐と保護、どちらもあったかも知れない…しかし酷い」
平井は再び紙面に目を落とした。
「僕は罪に問われなかった。それどころか世間から同情さえされた。心が痛んだというより、心をなんとかしたかった。この、いたぶらなければ愛せない心を」
「しかし憎らしいほど淡々と書く奴だ!」
朗読に平井の怒りが混じる。
「その後、僕は叔父の養子になり、社会人になるまでそこで過ごした。
この頃が一番平穏だったかも知れない。なぜなら愛する人が誰もいなかったから。僕は家族しか愛せないのだから。
僕はせめて、両親や兄弟の果たせなかった夢を叶えようと、勉学に集中した。
結果一流といわれる大学を出、そこそこの企業に就職も出来た。
ただ、その過程で、僕は持つべきではない家族をまた持ってしまった。
なんとかしたい心は、未だ手付かずだった。
家族を持ってまずしたことは、妻を虐めることだった。ただ、虐め方は以前とは違った。なぜなら結婚の時の約束事が
あったからだ。
僕は妻を人生の勝利者にすると誓った。
だから妻は殺してはならないのだ。
それに妻は、穏やかに愛されて続けなければならない。
虐めの記憶はあってはならない。
僕は模索していた。なんともならない心を今こそなんとかしようと。
ただ、繋ぎの虐めは、まるでその心の食べ物のように補給してやらなければならなかった。それも妻に悟られないようにだ。
何がいいのかを、会社でのある日の昼食中に考えていた時だ。
自分は今、何を食べている?と、ふと思った。
食べていたのは妻の手弁当だった。
妻は毎日、朝早くに起きて僕の弁当を作ってくれた。
料理が好きだと言っていた。
彼女の味付けは、亡き母のそれに近かったから、僕は毎日、昼食時を待ち焦がれた。
【美味しかったよ】という僕の言葉を聞くことと、綺麗に空になった弁当箱を見ることが、妻の最上の喜びだった。
…ならば。
翌日から、僕は昼食を外食に変えた。
僕の家から最寄駅までは、しばらく堤防を歩くことになる。
僕はその日の出勤途中に、堤防を下り、川べりに立った。そして可愛らしく清潔な布で包んである弁当箱の結びをほどき、蓋を開け、逆さにした。
妻の料理はその日から、朝の川が食べることになった。
そしてその川は後日、僕の娘も食べることになった」
朗読を中断し、平井が聞いた。
「かも知れないし、そうじゃないかも知れない。殺されたのも我が子、殺したのも我が子、母親の心境を推し量るのは難しい。復讐と保護、どちらもあったかも知れない…しかし酷い」
平井は再び紙面に目を落とした。
「僕は罪に問われなかった。それどころか世間から同情さえされた。心が痛んだというより、心をなんとかしたかった。この、いたぶらなければ愛せない心を」
「しかし憎らしいほど淡々と書く奴だ!」
朗読に平井の怒りが混じる。
「その後、僕は叔父の養子になり、社会人になるまでそこで過ごした。
この頃が一番平穏だったかも知れない。なぜなら愛する人が誰もいなかったから。僕は家族しか愛せないのだから。
僕はせめて、両親や兄弟の果たせなかった夢を叶えようと、勉学に集中した。
結果一流といわれる大学を出、そこそこの企業に就職も出来た。
ただ、その過程で、僕は持つべきではない家族をまた持ってしまった。
なんとかしたい心は、未だ手付かずだった。
家族を持ってまずしたことは、妻を虐めることだった。ただ、虐め方は以前とは違った。なぜなら結婚の時の約束事が
あったからだ。
僕は妻を人生の勝利者にすると誓った。
だから妻は殺してはならないのだ。
それに妻は、穏やかに愛されて続けなければならない。
虐めの記憶はあってはならない。
僕は模索していた。なんともならない心を今こそなんとかしようと。
ただ、繋ぎの虐めは、まるでその心の食べ物のように補給してやらなければならなかった。それも妻に悟られないようにだ。
何がいいのかを、会社でのある日の昼食中に考えていた時だ。
自分は今、何を食べている?と、ふと思った。
食べていたのは妻の手弁当だった。
妻は毎日、朝早くに起きて僕の弁当を作ってくれた。
料理が好きだと言っていた。
彼女の味付けは、亡き母のそれに近かったから、僕は毎日、昼食時を待ち焦がれた。
【美味しかったよ】という僕の言葉を聞くことと、綺麗に空になった弁当箱を見ることが、妻の最上の喜びだった。
…ならば。
翌日から、僕は昼食を外食に変えた。
僕の家から最寄駅までは、しばらく堤防を歩くことになる。
僕はその日の出勤途中に、堤防を下り、川べりに立った。そして可愛らしく清潔な布で包んである弁当箱の結びをほどき、蓋を開け、逆さにした。
妻の料理はその日から、朝の川が食べることになった。
そしてその川は後日、僕の娘も食べることになった」
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる