刺朗

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三次元のエピローグ⑦

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伊藤は「刺朗」という小説を持ち帰り、ゆっくりと読んだ。
正直なところ難解で、素人臭く、強引な展開や構成の無理が散見するが、それを超えて中井志郎が本当は何がしたかったのかが、なんとなく見えた。
話の中の雪子、つまり幸恵は事件の真相を知っているが、現実の雪子は何も知らないままだ。
そう、話の中にあって外に無いのは「手紙」なのだ。

4日後に伊藤は施設を再訪した。
今井と中井が出迎えた。
例の応接間で彼らと向かい合った。
さっそく伊藤は感想を語った。
「後藤刑事は私のことかな?なんとなく名前が似てるからそう感じたんだが」
伊藤は一言目を笑顔で言った。
伊藤は話を続けた。
「川田が犯した罪は殺人、それもかつては尊属殺人と言われたもっとも重い罪です。事実であれば時効は無いはずです。ただ、警察側でうやむやにしてるだけですよ。実は私も自分を納得させるために時効という言葉を使いました。この事件と過去の事件は、まだ裁けるとは思います。ただ、一旦うやむやなりに捜査が終わっているので、再開には手間がかかるでしょうが。
それと何より、そこまでして裁きたい人がいるかどうかでしょうね。
ですから私が謝られる必要はないんです。
私が思うには、裁きたいと思う可能性があるのは雪子さんひとりでしょうが、彼女をそういう気持ちにしていいものかどうかは迷ってしまいます」
「ということは、あの事件は生きているんですね?」
今井が安堵したように言った。
(亡くなった赤ちゃんが、生きているんだ)
中井が文字で呟いた。
それを見て伊藤は
「ただ、雪子さんの中ではまだ真実の事件は生まれていません。生まれたら雪子さんはまた新たな地獄に突き落とされます。雪子さんは長い月日をかけて、赤ん坊はあの少年に殺されたと、川田に言い聞かされているはずですから」
と言った。
中井が書く。
(確かにあの日、河川敷ですれ違ったふたりは、仲良さそうにしていました。川田は憎いですが、雪子さんをまた悲しませることには抵抗があります)
「難しいな」
今井が呟く。
「話を少し軽くしましょう」
伊藤は改めて
「平井刑事というのは君かい?」
と、中井に尋ねた。
中井は微笑んで
(後藤は伊藤さんで、平井は私です)
と書いた。
「私は誰なんだ?」
今井が横から聞いた。
(強いて言えば、河原に少年を迎えに来た人ですかね?)
そう書いて中井は笑った。
「後藤の由来はなんなんだい?」
中井がよく知らない自分を、後藤にしたきっかけが伊藤は知りたかった。
(刑事さんということと、名刺からです)
「じゃ、平井は?」
(自分も刑事になって、事件を追いたかったんです。赤ちゃんとお母さんのために)
小説の中で平井がしたように、中井の顔が真顔になった。
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