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20-4.夢2痴漢列車

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「た、たつ???」
「……あれ、もしかして分からない?」
「え、えっとね、ちょっと待って」

 すぐに意味が思い当たらない。
 そもそも何の話、してたんだっけ。
 私がたまに学校で妄想ネタを考えてるって話の前だから、えーと。

 あ、学校で私の妄想を思い出しちゃうって話だった!
 それで、たつ?
 たつ……立つ?

「ごめん、分かんないなら、聞かなかったことにして」
「えぇー。でも、気になっちゃうし。友達に聞いたらマズイようなこと?」
「絶対やめろ」

 真剣な顔で両肩を掴まれる。

「あー、うん、分かった。でも、意味がよく……」

 言い終わらないうちに、斉藤くんは「はぁぁぁぁーーー」と深いため息をついて、右手を額にやりながら、私にこう聞いた。

「勃起って分かる? 女性に挿入できる状態にすること」
「……っ、ぅあ」

 思わず、呻いてしまう。
 そうか、流れを考えれば、そうか。
 そうだよね。
 たつ、たつ、勃つ、ね。
 気づかなかった私が悪いのかもしれない。
 いや、でも……。

「そんな言葉が斉藤くんから出てくると思わなくて、全然分かんなかったよ」
「あれだけ妄想してても、ピンとこないのがちょっと不思議だな。どっからああいう情報って仕入れてくるの?」
「聞くの!? そこは聞いちゃ駄目だよ。乙女のシークレット中のシークレットだよ」
「駄目なんだ」
「とーぜん!」

 び、びっくりした。
 そこは、恥ずかしいし絶対に言いたくない。

 最初に仕入れた性知識は、小学生の修学旅行の夜に友達からこそっと聞いた、子作りの方法だ。当時は衝撃的だったけれど、最低限の基礎知識だけだったと思う。
 それ以上は、楓から中学時代に借りた同人誌によるところが大きい。きっと、いや絶対、偏っているんだと思う。

 私の知識なんて、そんなもの。
 知っていると思われるのも、底が浅いと思われるのも、どっちも恥ずかしい。

 ましてや、あんな妄想見られているのに。

「そういえば桜ちゃんの妄想、挿入ってないもんね。アレの本物の映像も出てこないし、そう考えると……」
「やめてーもうやめてー、掘り下げないでぇぇ」

 ギュッと斉藤くんの腕にしがみつく。
 本物なんて見たことないんだから、分かるわけない。

「あー。俺、もう駄目だ」
「何? どうしたの?」
「いまいち萌えって感情、今までは分からなかったけど、今完全に分かっちゃった……。恋愛って自分の中に変革が起こるんだな。恐ろしいな」

 今の、どこに萌え要素があったんだろう。
 それに、恋愛。
 甘酸っぱい響き。
 この流れなら、あざとくならないかなと思いながら、上目遣いに迫ってみる。

「恋愛、してるんだ? 私に萌えてくれてるの?」
「いきなり攻めてくるな。マズイマズイ、マズイって」

 たじたじになっている斉藤くんを見ると、なぜか攻めたくなってくる。
 恥ずかしかったのに、何でだろう。

「2人しかいないんだし、勃ってくれてもいいよ?」

 斉藤くんは赤くなりながら、私の頭を撫でると、少しすまなそうな顔を見せた。

 何?
 何を言われるのか分からなくて、身構える。

「このままだと言えなくなりそうだから、今言うよ。本当は昨日、言うつもりだったんだ。でも桜ちゃんの顔を見たら、言えなくてさ」

 嫌な予感がする。
 別れフラグみたいな。

「待って。別れるとか引っ越すとか、他に好きな人ができたとか、余命宣告されたとかじゃないよね」

 思いつく限りの、否定してほしいことを羅列してみる。

「違う違う」

 私の勢いに押されたのか、すぐに否定してくれて、ほっとした。

「そっか、良かった。なら、何?」
「うーん、いやー……」

 口元に手を当てて、私の反応を伺うようにこちらを見る。

「しばらく夢で会うのはやめよっかって」

 え。
 ええ。
 ええええええーーーー!?

 夢の私の方が好きだったはずなのに、どうしちゃったの?
 私に飽きちゃった?
 勃つだの何だのは言い訳で、やっぱり私に関心がなくなってきたんじゃ……。

「い、いや、テスト近いしさ。勉強しようと思ってるのに、早く会いたくて寝たくなっちゃうしさ。テスト終わるまで、やめよっかって。だから、そんなこの世の終わりみたいな顔しないでよ」

 そんな顔、私してたんだ。
 恥ずかしいな。
 でも、ほっとした。

「そうだね。私も会える時間、短くなっちゃうかなと思ってたし、賛成だよ。明日、虹色のラムネ渡して、食べるのはテスト最終日でいいかな」
「ああ、そうしよう」

 斉藤くんの夢にお邪魔するの、楽しみだなぁ。

「ただ、言いにくいんだけど、その後も夢で会うのはたまににしないか?」
「え」

 またも、冷水をぶっかけられたような気分になる。

「そんな顔しないでって。ほら、ラムネの数、無尽蔵にあるわけじゃないだろ? 毎日だとあっという間になくなる。土曜の夜だけとかさ、少しずつにしないか?」

 言われてみれば、このペースだと2週間はもたないかもしれない。

「斉藤くん、気に入ってるんだね、このラムネ」
「桜ちゃんは、連続で食べる気だったの?」
「うん、まぁ。両想いっぽくなったし、景気よくパーっと食べてもいいかなって」
「男気溢れるね。いい生き方だと思うよ」

 生き方の話なの!?

「ケーキの苺、先に食べるか後に食べるかの差くらいなものでしょ」

 自分を指差して「先」と言うと、斉藤くんは「後」と言って笑った。
 やっぱりな。
 そうだと思った。

「夢、終わりそう」

 彼が言う。
 そっか、もう終わりか。
 しばらく会えないと思うと、よけいに寂しい。

 自由に風景を変えられる夢では、きっともうこの景色は出さない。星が輝く宇宙を走る列車の中で微笑む彼を見るのは、これが最後かもしれない。

 いつか、なくなってしまうラムネ菓子。これからはもっと、ありがたみを持って食べよう。

「また明日」

 彼は消えて、私もまた消える。

 この空間は、2人いないと保てないのかもしれない。
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