好きな人は、3人

秋風いろは

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2.待ち合わせ

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 ブルル、とコンビニのテーブルに置いたスマホが震えた。

 流行遅れの、大きくて厚みのあるディスプレイに、『もうすぐ着く』の六文字の通知が現れる。

 送信元は好きな人の一人、流山満琉ながれやまみつるだ。

 大学二年生になる前の春休みに、自動車学校で知り合った若い教官で、路上教習の時に電話番号を渡された。

 それが、ただれた関係の始まりだった。

 連絡をしなければよかったのかと何度も考えるけれど、答えは出ないままだ。


 イートインの座席から、斜め後ろの自動ドア付近を振り返る。まだ満琉の車は見えないものの、外に出ておくことにした。

 ぬるくなったコーヒーをぐいっと飲み干し、紙コップを捨てると、外に出た。

 大学にバスが出ているこの駅は、本当に駅だろうかと疑いたくなるほど、栄えていない。

 バスの停留所と地下鉄への出入口の他には、ただ通り過ぎるだけの新幹線の高架があるだけだ。高架に沿う形でコンビニと、申し訳程度の寂れた飲食店が並んでいて、この時間はほとんど人もいない。

 コンビニの前の薄汚れた灰色のアスファルトの上で、虫喰いだらけの葉とチラシか何かの切れ端がカサカサと転がっていくのを見ながら、無機質な高架の脚の向こう側から満琉の車が現れるのを待つ。

 さっきまで雨を降らしていた濁った雲が頭上を覆い、濃い薄いの斑点に侵された電柱や街灯が点在するその場所に立っていると、秋の冷気と灰色の毒気にあてられて平衡感覚を失っていく気がした。

 傾き始めた自分を感じ始めた時、やや大きめのテールランプが特徴の白い車が見えた。

 水しぶきをあげながら、瞬く間に目の前に停まる。

「待ったか?」

 運転席の窓が開いて、横に流した前髪の下から、切れ長の目が優しく里美の姿を捉えた。

「そこそこ」

 答えながら車の後ろを周り、助手席に乗り込む。満琉は、揃っている綺麗な歯を覗かせて手を口元にやり、笑った。スーツの袖から見える、真っ白なシャツに色気を感じる。

「そこは、そんなに待ってないよって言うところじゃないの」
 くすくすと笑う満琉を、上目遣いで覗き込む。
「思ってもいないことを言う女の子のが、よかった?」
「いいや。今の君が、好きだよ」

 満琉は、さらっと頭を撫でると頬に触れ、ちゅっと音をたてて耳の下あたりにキスをした。
 一度じっと見つめあうと、今度は唇にキスをして、さっと離す。

「じゃぁ、行こうか」

 胸がとくんと、高鳴る。
 たったこれだけのことで、頬が紅潮する。

 でも、同時に手慣れていると感じる。

 格好良く見えたそういった部分が、だんだんと不安に変わって、今は満琉にとって浮気相手ではないかと疑っている。

 別れてもいい相手、だからこその余裕に見える。

 会う時はいつもスーツ姿なのも、気になった。
 一緒に住んでいる誰かに、仕事に行くと言って、私に会いに来ているのかもしれない。

「今日はどこに食べに行くの?」
「イタリア料理店。ちょっと気付きにくいところにあって、気になったんだ。里美が他に行きたい店があるのなら、そっちにするよ」
「んーん。気になるから、そこに行きたい」
「オーケー」
「でもね。一度くらいは、満琉さんの家にお邪魔させてもらいたいな。そろそろ連れて行ってくれてもいいと思う。ね、一人で暮らしてるの?」

 気分よさそうに運転していた満琉が、困ったように笑う。

「色々と酷いから、ダーメ。幻滅されたくないし」
「幻滅できるくらいに仲良くなりたいのに。部屋が散らかっているくらい、気にしないよ。私、満琉さんのこと、全然知らない」
「好きな女の子の前では、格好つけていたいんだ。男心だよ。暴かないでくれ」
「……しょうがないなぁ」

 ここらへんが引き際かなと、引き下がる。これからイタリア料理を食べて、ホテルで休憩することを思うと、揉めたくはない。

 でもきっと、同棲相手がいるのだと思う。
 既婚者の可能性もあると思っている。

 暴きたいのに、暴きたくない。
 知らないうちに、誰かを傷つける役回りになっているのが怖ろしい。

 なのに一緒にいるとドキドキして、問いただす勇気も、別れる決意も湧かず、何も変えてこなかった。

 私はずるい。
 甘い糸に絡めとられたのだと言い訳をして何も確かめず、確かめてもいないのに、相手を悪者にして他の人とも関係を持っているクズだ。

 この車に乗っているクズは、一人なのか二人なのか。測る装置でもあればいいのにと思う。
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