好きな人は、3人

秋風いろは

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10.部室

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 今日は窓から様子を覗きこむこともなく、扉を開けて、中に入った。

 入口から入ってすぐの漫研の部室は、お昼の時間だからか、たくさんの人で賑わっていた。座れずに立っている人までいる。
 その誰もが、楽しそうだ。

 私はあまり来ていないので、既に知らない人も何人かいる。
 去年の新歓コンパに参加した人は全員顔を覚えたから、一年生か途中入部した人かのどちらかなのだろう。

 さっきの先輩はいないようだ。まだ学内をまわって、漫研の部員がいたら話しかけているのかもしれない。

「お久しぶりです。お疲れ様です」
「あれ、古城さん久しぶり! いっつもいないんだから。元気?」

 一年生の時に何回か話したことのある気さくな女性の先輩がいて、ほっとするものの、幽霊部員と化した私に内心面白くはないだろうと、下手に出る。

「なんとか、一応。すみません」
「これ、学祭の店番表ね。書きに来たんだよね?」
「ありがとうございます」

 渡されたそれを見ると、やはり昼は埋まっている。一日目の十五時からが二人分空いていたので、そこに書き込んだ。

「最近も異世界もの、読んでるの?」

 場をつなぐように、先輩に話しかけられる。

「そうですね。「異世界ダイエット戦士」シリーズはずっと買っていますが、最近は「もう一度君に会うために、僕は大魔法師になる」にはまっていますね」
「あれ、気にはなってるけど、どんな話なの?」
「聞いてくれますか! 森で出会った死にかけの老婆に、いきなり過去へ飛ばされるんですよ。そこで女の子と恋に落ちて結ばれるんですが、命を助けられる形で戻ってきてしまうんです。で、戻った時に、その老婆が自分の娘だったって分かった上に看取るんです。そして、もう一度、恋をした女の子と娘に会うために、過去に行く方法を探す、切ない純愛物語ですね」
「えー面白そう。アニメになったら見るよ」
「ただですね。可愛い女の子も男の子も、未来ではもう老いてるか死んでますし。主人公には嫁も子供もいて、商業的にはうけないかもしれないんで、アニメになるかは微妙ですね」
「それは厳しいね」

 好きな作品を話すのは楽しい。でも、自分の話ばかりでは、角が立つ。

「先輩は、最近何にはまっているんですか?」

 きっと興味がないジャンルだ。分かっていて、楽しそうにしながら聞く。

「そうだねー。「未来将棋」が最近は熱いかな」
「聞いたことはあります。面白いんですか?」
「将棋の駒が擬人化されててね。一緒にゲームの世界で旅をしながら強くなるんだけど、駒たちがもういいキャラしてて」

 あ、と他の漫研の部員がこちらを見る。

「みらしょーの話をしてますね! 先輩は誰推しですか!」

 知らない誰かが前のめりになって、話に参加する。

「やっぱり飛車くんかな。桂くんが茶々入れた時の切れ具合とか、最高」
「俺は紅一点の香ちゃん推しだな。他とのからみも可愛いけど、ヒロインとのいちゃつきがまた。百合展開もありだな」

 また、違う誰かが参加する。

 自分の知らない内容の話が目の前でどんどんと進み、置いてけぼりにされていく。

 私はただ笑顔を保ちながら相槌を入れるだけの、感情のない機械になって、目の前にいるのに、遠い遠い世界から眺めているような気分になる。

 たくさんの人が横にも、前にもいて、同じサークルの一員のはずなのに、一人でいるよりも孤独を感じた。

 私はどこにいても、中途半端だ。

 サークルにも馴染めず、友達はいても仲間と言えるほどの結束はない。

 これといった特技もないし、夢中になるほどの趣味もない。

 流れで入った学部にも愛着すら湧かず、ずっと一緒にいたいと思える誰かも、思ってくれる人もいない。

 息苦しくて、全部全部、吐き出したくて、無性に岩石に会いたくなった。
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